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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十章 巨悪堕つ
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(199)

 胡亥と秦の皇室に対する趙高の本心と、最期への道です。


 趙高は歴史上稀に見る最悪さの宦官ですが、彼があそこまでやったのはどんな思いがあったのでしょうか。

 私なりに、宦官と言う存在と嫉妬から考えてみました。


 そして、ついに秦最後の王が登場します。

 子嬰シエイ:趙高に唯一生かされていた秦の王族。

  趙高を殺し秦王となり、劉邦に降伏して生かされるも、項羽には殺されてしまった。

「ホ~ッホッホッホ!それは結構!!」

 胡亥を討ち取ったとの配下の報告に、趙高は久しぶりに腹の底から笑った。胡亥の最期の滑稽さも手伝って、笑いが止まらない。

「ヒーッヒッヒッヒ!これで私は救世主、暴君から国を救った英雄!!

 仕方ありませんよねえ?陛下御自身が何もなさらなかったのだから。

 民にもそのひどさを分かっていただけるように、陛下の首は市井で晒しましょうか。皆殺しにした妻子も一緒に」

 趙高は嬉々として、この後の準備を始めた。

 あの小生意気な胡亥が守れなかった大切なものの残骸とともに晒されると思うと、胸がすく思いだ。

「ふふふ……許されていい訳がないのですよ。

 あんなに楽しかしない男が、富も家族も手に入れるなどと」

 趙高は、しみじみと呟く。

「私はこんなにも努力して、こんなにも失ったのに……手に入れるのは私のような者でなければ、割に合いません。

 私はもう、家族も作ることができないのに。

 なのにあいつは、子供も不老不死もと……!」

 趙高の言葉には、どす黒く凝り固まった恨みと嫉妬がにじみ出ていた。

 そう、趙高は宦官。宦官とは男性器を切除されてしまった者のこと、ゆえにもうどうやっても子を持つことができない。

 もっとも、その道を選んだのは趙高だ。

 卑しい身分で不遇な境遇にあって、宦官になればせめて一代の富貴は手に入るだろうかと男を手放した。

 さらに宦官になったうえで少しでも上に行けるように、寝る間も惜しんで法学を修めた。だから始皇帝に取り立てられたのだ。

 しかしその周囲には、不当に幸せそうな奴らがゴロゴロしていた。

 戦乱の世が終わり、将来を約束された数多の公子たち。たとえ後を継げなくとも、多くの子と富はついてくる。

 始皇帝は有能でよく働いたが、求めるものが多すぎた。人の世の全てを手に入れ、さらに不老不死などと。

 趙高は内心、悔しくてたまらなかった。

 自分はあんなに努力して子を持つことも諦めて、ようやくここに来た。なのに周りにいる公子たちの、この恵まれようは何だ。

 こんなに恵まれているのにまだ人の理を越えて手を伸ばそうとする始皇帝の、この強欲さは何だ。

 それでも、不老不死を求めて徒労に終わるのなら、それもいいかと思っていた。

 だが、不老不死は夢物語ではなかった。徐福はそれの元になりそうな不可思議を見つけ、理論立てて研究していた。

 それを知った時の失望と憤りは、今も忘れられない。

 こいつらは結局、不老不死を手に入れるのかもしれない。

 だとしたら、世の中は一体どうなっているんだ。苦労した分報われるとか働かねば手に入らないとか、嘘じゃないか。

 裏切られたようで、憎くなった。

 全てを最高に無残に、叩き壊してやりたくなった。

 そして、全てを自分のものにしたくなった。

 それで誰かを不幸にしても報われない思いをさせても、もうどうでもいい。だって世界は、所詮そんなもんじゃないか。

 だから……全てを奪って壊して、自分が不老不死を手に入れ永遠の絶対君主となれるよう、非道な策を巡らした。

 公子の中でも、特に胡亥はいけ好かなかった。

 あまり期待されていないせいではあるが、他人から口うるさく言われないのをいいことに怠け放題で楽ばかりして。

 そのくせ公子という身分だけで人を平伏させて見下して。

 何の努力もしない、何もできない無能のくせに。

 だから胡亥はそれにふさわしく、知らないうちに落とせるところまで落として最悪の絶望を与えてやることにした。

 こいつには不当に恵まれた分だけ、罪を引き受けて不幸になってもらおう。

 それが今、完璧な形で成就した。

 楽ばかりしていい思いをしたうえ子供をたくさんもうけて良き父と勘違いしていた阿呆は、身も心も名も地獄の底まで落ちた。

 そして、奪ったものは全て自分が手に入れる。

 もっとも、奪えたものは当初の予定よりだいぶ少なくなってしまったが……仕方ない。努力しても全てが報われぬのは世の常だ。

 後はせめて奪えたものをできるだけ守りつつ、英雄として再び雄飛する時を待つのみ……趙高の胸は、達成感と未来への希望で満たされていた。


 翌日、趙高は胡亥を誅殺したことを重臣たちを集めて告げた。

 重臣たちの中には悲痛な顔をする者はいたが、抗議する者はいなかった。そんな勇気のある者は、とっくに皆殺しにされているから。

 趙高は満足げに重臣たちを見回し、これからのことを告げる。

「跡継ぎには、子嬰様になっていただきましょう。

 それからもう秦の国は統一前の小さな国に戻ってしまいましたので、実がないのに皇帝を称するのはよろしくありません。

 子嬰様には、秦王としてご即位いただきます」

 もはや趙高が君主の位を勝手にどうこう言っても、止める者はいない。

 完全に、趙高の思うままだ。

 趙高は、押し黙ったままの重臣たちを眺めながら頭の中でこれからの計画を反復する。

(ふふふ、子嬰もここにいる重臣たちも皆、私には逆らえぬと悟っているようです。これなら、私の身を守るために何人でも生贄に差し出せる!

 子嬰と重臣たちに罪をなすりつけて、私は何としても生き残ってやる!

 侵攻してくる劉邦とやらは所詮小役人上がり、この国の富と手柄を望むだけやって、必ず堕落させて操ってくれる!

 そしてこの危機を乗りきるまで、私を守らせるのだ!!)

 趙高は、秦帝国を維持するのはさすがに諦めた。

 とにかく今は元の王国に戻しても他国の神経をなだめ、自分の意のままになる政権を維持することだけを考えねば。

 そのためなら、秦王の子嬰も重臣たちも皆売り渡してやる。

 たとえここが反乱軍に占領されても、自分はその手柄で反乱軍に取り入り、この地で権勢を持ち続けられるように。

 結局全ては、自分のための駒でしかないのだ。

 今後の方針を決めると、趙高は胡亥を晒した後、ささやかに弔った。その弔い方はあれほど豪勢な暮らしをしていた皇帝とは思えぬ、簡素なものだった。

 皇帝にはふさわしくない暗愚だったという見せしめの意味もあるし、もうこいつにこれ以上金をかけてやる意味もない。

 使い終わった駒など、こんなものだ。

 そして次は子嬰を同じ生贄にすべく、趙高は子嬰に使いを出した。


「……という訳でございますので、次の秦王は子嬰様でございます。

 つきましては子嬰様は、身を清めたうえで秦の祖が祀られている廟にお越しください。そこで即位の儀を行います」

 趙高の使者は子嬰に胡亥の悪行と醜態を告げ、大げさに嘆いて見せた、そして一転、子嬰の秦王即位を祝う言葉を並べた。

 しかし、それを聞く子嬰の心に喜びはなかった。

 子嬰には分かっている……暴君となった胡亥の誅殺も自分の即位も、結局趙高のためだけの茶番でしかないことを。

 生贄にされる番が、ついに巡ってきただけだ。

 しかし子嬰は、大人しく生贄になる気はなかった。

 趙高の使者が帰ると、子嬰は二人の子供とともに策を練った。

「奴のことだ、私を秦王にするのも表向きを取り繕い、反乱軍に対して私たちの身柄を有効に使うためだけだ。

 奴に従っていれば、私たちは長く生きられまい」

 そこで子嬰は一度天を仰ぎ、強い意志のこもった目で子供たちを見て言った。

「いや、どのみち私たちに生きる道はないのかもしれない。趙高に殺されるか反乱軍に殺されるか、どちらかだ。

 だが、どのみち死ぬのなら……己の意志でせめて死に様くらい決めてやろうではないか。

 せっかく失うものがないのだ、最期まで奴に従うこともあるまい」

 子嬰は、皇室を弄び多くの親族を惨たらしく殺した趙高を心の底から恨んでいた。祖父、始皇帝の作った全く新しい国を地獄に変えられたことを、どうやっても許せなかった。

 必ずいつか復讐してやると、心に決めていた。

 そしてついに、今というまたとない好機がやってきた。

「私が儀式に行かねば、奴は事が事だけに自分で引きずり出しに来るだろう。奴は私のことを、従順で無害だと思っているからな。

 そこを狙い、一族の仇を討ち、秦の諸悪の根源を断つ!!」

 子嬰は、たとえこの国がもう手遅れでも、趙高だけは殺すと決めた。

 今まで趙高に何もさせてもらえず細々と生かされるに甘んじ、従順を装っていたのも、全てはこの時のため。

 自分が次の駒として生かされているのは、分かっていた。他の一族が皆殺しにされ胡亥がどんどん外界と引き離されるのを見ていて、分からざるを得なかった。

 今、自分は趙高にとって決して捨てられぬ重要な駒になった。

 ならば自分はその立場を利用して、喉笛に噛みついてやる。


 子嬰はこれまで、趙高のやっていることを知りながら何もしなかった。だがそれは趙高の思うように、恐れて何もできなくなった訳ではない。

 下手に動いて殺されないように息を殺し感情を殺し、自分が趙高にとって欠かせない存在になるまで待っていたのだ。

 沈黙は、全てが肯定ではない。

 鹿を馬とも鹿とも言わなかった者たちだって、まだ生きている。

 だが趙高は、そんな表から見えない殺意に気づいていなかった。もはや宮中に敵はおらず反乱軍のことで頭が一杯の趙高に、子嬰の隠した爪と牙が見えるはずもなかった。

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