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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十九章 坑殺二十万
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(193)

 さっそく最悪な計画を実行しようとする趙高と、それに抗おうとする者たち。

 趙高は安全に作戦を実行するために地下から研究員を呼びますが、研究員から見ればその計画は破滅そのものでした。

 放置されて不安を覚える将軍とともに、彼は何とかそれを止めに走ります。

 趙高はすぐさま両軍せん滅計画の準備を始めた。

「人食いの病毒を援軍に隠し持たせて、陣地に着く直前で兵士たちに与えましょう。そしてそのまま戦わせれば、両軍に感染が広がります。

 援軍は、ちょうど来ている司馬欣に連れて行かせましょう。

 元々同じ役目の者に連れて行かせれば、あちらも疑うまい!」

 心から秦のためを思って窮状を訴えに来た司馬欣も、趙高にとっては捨て駒でしかなかった。そんな国への忠誠も、もはやどうでもよかった。

 むしろ、役立たずを少しでも役立ててやろうくらいに思っていた。

 それから、地下から熟練の研究員を一人呼び出した。

 人食いの病毒を地上で持ち運ぶ以上、きちんと性質を知っていて管理できる者を一人はつけねばならない。

 間違って都で感染拡大などしたら、大惨事である。

「……という訳で、現在のわが国の窮状を救うため、あなた方の作品を使います。

 成功させれば、あなたを地上の高い位につけてもっといい暮らしをさせてあげましょう」

「……は、ありがたき幸せ」

 その研究員は驚いたが、逆らわなかった。

 面と向かって逆らえるはずもない、地上の身分を得て作った妻子を人質に取られてるのだから。断れば、妻子もろとも殺されるだけだ。

 しかし内心は、どうしたらこの無謀な作戦をやめさせられるかで一杯だった。

(冗談じゃないぞ!

 そんなことをしたら、早晩都にも感染が及んで結局家族も死んでしまう!)

 この熟練の研究員は、石生と同じように徐福がいた頃から研究に従事してきた。何度かの事故と徐福の論理的な説明で、病毒の危険性をしっかり理解している。

 いや、この男に限らず徐福の頃からいた古参の研究員は皆そうだ。だから趙高が誘惑しても圧力をかけても、副産物を地上で使うのに反対なのだ。

 そのせいで、趙高は手下として送り込んだ者に人食いの病毒を持ち出させることはできたものの、地上での実験で彼らの手を借りることはできなかった。

 しかし、今回は失敗する訳にはいかない。

 だから人質を取って逆らえぬようにして、この研究員を使うことにした。

 それでも、逆らおうと思えば逆らえない訳ではない。だってこの研究員には、これを成功させたら結局家族も死んでしまうと分かっているから。

 趙高は、都から離れた戦場で人食い死体を発生させて、都への道と関を封鎖すればその内側は大丈夫だと思っている。

 だが、研究員から見ればそんな訳はない。

 人食い死体は人のように道だけを通る訳ではないから、それでは確実に侵入される。たとえ旧秦の地を壁で囲ったとしても、よほど厳重に検問を敷かないと感染して間もない者はすり抜けてしまうだろう。

(こ、こんな作戦、何としても止めねば!

 だがここで反対するだけではだめだ。それでは俺の代わりが選ばれるか、最悪研究員の参加なしで決行してしまう。

 趙高を実行した気にさせておいて、都から離れたところを潰さねば!)

 研究員は考えた末、地下にこっそり手紙を出してこのことを知らせた。

<俺は逃げて、前線にこのことを知らせに行く。

 俺がいなくなれば趙高はまず代わりを選ぶだろうから、そいつは黙って従ってくれ。実行したと思わせて、現地で止める>

 石生がこれを知れば、本当に趙高のせいと信じるかは別として、このおぞましい計画は止めるよう動いてくれるだろう。

 後は、自分がどうやって前線に行くかだが……。

 趙高の屋敷で作戦の準備をしていると、日に何度も同じところから使いが来るのに気づいた。

「司馬欣様が、陛下に謁見を願い出ております。

 何としても、前線の窮状を知ってもらいたいと」

 趙高は作戦の準備に気を取られていて、すげなく断り続けていた。

「そんなものは放っておきなさい!援軍と物資はきちんと準備しているのですから、それでいいでしょう!

 だいだい、そんな話を陛下のお耳に入れたら私が責任を取らされるではありませんか」

 その話を聞いて、研究員は思いついた。

(そうだ、その司馬欣という将軍に危機を知らせて前線に案内してもらえば……!)

 夜が更けると、研究員はこっそり趙高の屋敷を抜け出した。趙高のためだけに殺されようとしている前線の部隊を救い、そして世界を救うために。


 一方、司馬欣は一向に謁見させてもらえる様子がないのに悶々としていた。

 これほど大任を帯びた自分がここまでの非常事態を告げに来ているのに何日も放置されるとは、尋常ならぬことだ。

 この状況に、司馬欣は恐怖を覚える。

(なぜ、私に何もさせてくれない!?

 まさか、趙高は本当に私たちを処刑するつもりでは……!)

 どこか別のつてで謁見できないかと他の有力者にも連絡を取ろうとするうち、二人の丞相……李斯と馮去疾が死んだことも知った。

 二人とも反逆罪でいきなり収監され、馮去疾は自害、李斯は罪を認めて市中で五刑に処されたという。

 この現状に、司馬欣は戦慄した。

 あの二人は真面目で、とてもそんな事を企むとは思えない。むしろ全力で国を守ろうと働いていたはずだ。

 それが、こんな事になっているとは……。

(ああっもう宮廷はまともではない!

 あの二人さえそうなってしまうようでは、私や章邯殿たちもどうなるか分からない)

 司馬欣はそう思ったが、それが正しいという確証はない。

 もし自分の早とちりであれば、まだ頼りにされている章邯にいらぬ濡れ衣を着せてしまいかねない。

 自分たちの危機と国家の危機の間で気持ちは揺れ、司馬欣は行動を定められなかった。

 夜中に、一人の男が恐るべき危機を告げに来るまでは。


 ある夜、司馬欣にどうしても会いたいという男が現れた。

 その男は司馬欣に会うなり、切迫した顔で告げた。

「趙高様が、あなた方に敗戦の責任を押し付けて処刑しようとしております。このままでは、あなたは前線に帰れないでしょう。

 今すぐここからお逃げなされ!」

 やはり思った通りだったと、司馬欣はすぐ逃げ出す決意をした。逃げて知らせなければ、前線にいる章邯たちも危ない。

 すると、知らせにきた男もついて行くと言い出した。

「俺もこうして機密を漏らしたことが分かれば、死を免れないでしょう。

 どうか、一緒に連れて逃げてください!」

 せっかく自分を助けてくれた者を見捨てるのも忍びなく、司馬欣はその男と一緒に咸陽を飛び出して前線へと駆け戻った。

 念には念を入れて、捕まらないように来た道とは別の道を通って。

 都からだいぶ離れると、助けてくれた男……研究員は本題を切り出した。

「実は、今あなた方だけではなく、あなた方率いる秦軍の兵士たち……そこを通して反乱軍や天下万民に危機が迫っているのです。

 世が滅ぶのを見ているに忍びず、知らせに参りました。

 にわかには信じられぬ話でしょうが、どうか信じてくださいませ」

 そう言って研究員は、司馬欣に趙高がやろうとしている計画の全貌を話し始めた。防げなければ世が滅ぶことになる、恐るべき皆殺し作戦のことを……。


 一方、趙高は研究員の逃亡に気づいて激怒した。

「何と、人質を取っても私に従わぬというのですか!?

 ぐっ……結局、死刑囚上がりの性根などそんなものですか!!」

 とはいえ、計画を中止することはない。もはやこの計画しか、力を蓄えた秦軍と反乱軍を同時に潰す手はないのだから。

「やむを得ません、他の研究員を代わりに選びなさい。今度は家族だけでなく、石生以外の他の研究員も何人か人質にするのです。

 逃げた研究員が外で何か言うかもしれませんが、所詮は何の証拠も持たぬ一人。あのような話を信じる者などおらぬでしょう。

 それより早く、計画の実行を!」

 趙高はすぐさま代わりの研究員を呼び出し、計画の管理を任せた。その代わりの研究員は素直に従ったので、一安心だ。

 そうして援軍とは名ばかりの老兵ばかりの部隊と申し訳程度の食糧を揃えたが、今度は司馬欣が逃亡したという知らせが入った。

「きいいぃーっ!!なぜ、こうも、私に逆らうかあァッ!!

 ……しかし、これで司馬欣を堂々と処分する理由ができました。

 それに、逃げたとて前線に戻っていれば人食い死体からは逃げられまい。どうせ死ぬのだから、同じことです!」

 趙高は計画通り、人食いの病毒を持たせた援軍を出発させた。

 いろいろと思い通りにいかぬのは腹立たしいが、とにかくこれを成功させればもう反乱軍は気にしなくてよくなる。

 今はそれだけが、何より重要だった。

 よもや、逃げた者が必死で世を救おうと現場に走り止めようとしているなどとは、夢にも思わなかった。


「……そんな、ことが……!」

 司馬欣は、研究員の話を聞いて耳を疑った。

 確かに、にわかに信じられる話ではない。むしろ、酒場などで語られる怪談の類のような馬鹿げた話にすら思える。

 しかし、それを話した研究員の態度は真剣そのものだ。

「信じられぬのは分かります……しかし、本当なのです!

 じきに、前線に人食いの病毒を仕込まれた援軍が到着するでしょう。両軍に滅びを広げるための、捨て石の部隊が。

 そしてその中から、俺の言った通りの症状の病が出るでしょう。

 俺を嘘つきと切り捨てるのは、戦が終わるまでそうならなかった時にしてください」

 研究員は、悲壮な顔でこう言った。

 これからどうなるか、具体的なことを言ってきて、そうならなかったら自分を処刑してもいいとさえ言う。

 司馬欣は、これを足蹴にするのは危険なように思った。

「分かった、とにかく章邯将軍にそのことを知らせ、援軍が来るか待ってみよう」

 司馬欣はこの研究員の言うことを受け入れ、章邯の待つ前線へひた走った。

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