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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十九章 坑殺二十万
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(192)

 李斯への拷問の裏で起こっていた、地下の不測の事態です。

 それは趙高にとって、地上の現実をどうにかする希望でした。しかし一度できたものがそう簡単に二度できるかというと……この時代の技術では難しい。


 アンブレラはタイラントでもハンターでも自由自在に作れるが、作れなかったらそれはそれで上層部の焦りから別の地獄が生まれていたと思う。

 そんな、作れないからこその暴挙。

 時は、李斯の拷問という実験中にさかのぼる。

 しばらく目立った成果がなく趙高自身も興味を失いかけていた地下から、いきなり不測の事態の報告と救援要請が届いたのだ。

 石生たちに不老不死の研究をさせている、阿房宮の地下からだ。

「一体何が起こったのです!?

 石生は……研究員たちは無事なのですか!?」

 最近はあまり進捗がないとはいえ、研究に必要な者たちが失われたら不老不死にたどり着けなくなってしまう。

 趙高は血相を変えて、使者から事情を聴きだした。

 すると、起こったことは被害を出してはいるが、好ましい変化ともとれることだった。


 実験中、これまでにない性質を持つ変異体が生まれたのである。


 そもそも、これまで作り出してきた人食い死体は不老不死には程遠い。それを少しでも生きた人間に近づけるべく、日夜実験が続けられていた。

 感染者に様々な他の病や毒を与えて重ね、少しでも好ましい変化を起こす方法を長いこと模索していた。

 ある意味では、それが実を結んだというのか。

 発生したのは、破壊の超人とも言うべき存在であった。

 それは、これまでの人食い死体よりだいぶ知能が改善していた。障害物にただぶつかったり叩いたりするだけでなく、人の知識を使って対処できるくらいには。

 さらに、身体能力は人食い死体どころか生きた人間をも遥かに超えていた。拘束しようとした研究員や助手を、片手でひねり潰すほどに。

 そしてその欲求は、人を食うだけではなくなっていた。食欲こそ人食い死体より落ちたものの、食べもしないのに周囲にある物や人を見境なく壊すほど破壊衝動に満ちていた。

 もちろん地下の施設も人も、そんなものへの対処は想定していない。

 何とか石生たち中心となる研究員を逃がしたものの助手や警備兵の多くが犠牲となり、閉じ込めるのが精いっぱいだった。

 趙高はすぐに手練れの兵士を集めて数十人送ったが、それでも生け捕りにはできなかった。

 そうしている間にも化け物は施設内で暴れまわり、人食い死体の檻や大切な実験のための設備を壊していく。

 結局、これ以上大切なものを壊されてはかなわないと、石生の判断で殺してしまった。

 かすっただけで人を殺せる毒矢を数十本も撃ち込み、さらに油をまいて火をつけ、表面が真っ黒に焦げてもまだ動いていたのでバラバラに切り刻んで。

「申し訳ありませぬ……変異させる実験をしている以上、想定しておくべきでした。

 ですが、これでまた新たな知見が手に入りました!

 これなら近いうちに知能を生きている人間と同程度に改善し、身体能力は遥かに強化し……不老不死の超人が作れるかもしれません!」

 石生は謝りながらも、目を輝かせていた。

 不老不死に近づいた以上、彼にとっては間違いなく喜ぶべきことだろう。

 趙高も、それほど厳しく責めはしなかった。

「よろしいでしょう、むしろ想定していなかったことによく対応してくれました。

 変異体は惜しいですが、あなたが生きていてくれた方が良いことです。あなたが生きていれば、同じものもより良いものももっと作れましょうからね」

 趙高にとって一番大切なのは、石生が研究を続けられることだ。

 そうすれば、死んでしまった一個体にこだわらずとも同じものが何度でも手に入る。そう楽観していたから、許したのだ。

 しかし、現実はそうではなかった。

 石生が殺してしまった変異体を、もう一度作ることは未だできていない。

 石生は化け物の死体をきっちり解剖して調べ、さらに与えた毒や元となった人間についても検証を重ねた。

 それでも、どうしたらあの変異体になるか確定的なことは分からない。

 あの変異体になったのと同じ工程を他の検体にやってみても、普通の人食い死体になるか起き上がらないかのどちらかである。

 これには石生も戸惑い、趙高は愕然とした。

「申し訳ありませぬ……こんなに再現性が悪いなんて。

 これはどうやら、素体の質によるところが大きいようです。

 同じ毒を使っても起き上がらぬ者すらいるくらいですから……おそらく人として毒に耐える強靭さがなければならないのでしょう。

 確か素体は、劣悪な環境でもほとんど病気をしなかった屈強な者でした」

 考えてみれば、尸解の血の時点で死んで起き上がる者とそうでない者がいた。元々、個人の体質に影響を受けやすかったのだ。

 それに普通の病気でも、軽い者重い者死ぬ者と違いが出るではないか。

 そこが原因だと言われると、一朝一夕にはどうにもなりそうにない。

「むう……これは実際に使うにも面倒なことになりそうです。

 病への抵抗が極めて強い者にしか望んだように作用しないとなると、陛下や趙高様に使っても失敗する可能性が高いです。

 これはどうにか改善しなければ……!」

 石生はそちらを悩んでいたが、趙高が気にしているのはそんな事ではなかった。

(なっ……あ、あれをもう一度作れぬというのですか!)

 趙高は今は不老不死より、反乱軍をどうにかできる兵器を欲していた。なのに、兵器として有用なあの変異体が手に入らぬとは。

 そのうえ、石生はあれをもう一度作るのではなく、あれで得た知見からさらに生きた人間に近づける方向で研究している。

 趙高は、そんなものよりあれをもう一度作ってほしいのに。

 焦った趙高は、地上の実験地であれを作ろうと思い立ち、石生にあれを作るのに使った毒の処方を教えろと迫った。

 しかし、石生は拒否した。

 それどころか、教えろと迫った趙高の手下にこう言い放ったのだ。

「この研究は、素晴らしい人物を長久に生かし、太平の世を続けるためのもの。

 あんな世を乱すだけの怪物など、地上に出すどころか生み出す価値もない!

 そもそも、趙高様のような聡明で思慮深いお方があんなものを欲する訳がありません。私を騙そうとしても、そうはいきません!

 あなたの私欲と背信、趙高様に訴えますよ!!」

 これを聞いた趙高は、頭が痛くなった。

 だがとりあえず、その手下を処分したことにして石生と顔を合わせぬよう配置変えをした。

 石生は、趙高が高潔な人物だと信じて研究を続けてくれている。もしその信用が崩れて外で兵器として使うことがバレたら、反抗してくる恐れがある。

 官吏の換えはいくらでもいるが、研究において石生の代わりになれる者はいない。石生にだけは、逃げられる訳にいかなかった。

 それでも何とかあの変異体を作ろうと、変異体に与えられた毒を推測でいくつも作って監獄の感染者に与えてみたが……ただの一体も成功しなかった。

 これが監獄での最後の実験である。

 頼りになるはずだった兵器は、作れない。

 これから地上で独自に実験する時間もない。

 変異体の力で反乱軍を蹴散らすという趙高の希望は、泡と消えてしまった。


 それでも反乱軍は待ってなどくれない、日に日に都に近づいてくる。

 秦の領土を落とせと命じられた劉邦なる者は黄河沿いの要地をどんどん降伏させ、武勇を誇る項羽も別の道から都に向かい始めた。

 趙高も、いよいよ認めざるを得なくなってきた……このままでは、秦は滅ぶと。

 折しも、前線から司馬欣が窮状を訴えに来たと知らせが入った。

 趙高は、秦軍のふがいなさにぎりぎりと歯噛みした。

「あれほどの大任を与えられて大軍を率いながら、役立たずどもめ!!逃げて助けを求めるばかりなら乞食にもできように!」

 だが、対策は考えねばならない。

 国が滅んでしまったら、自分が手中にしている全てが奪われてしまう。自分のためだけのものになるはずの不老不死も、意味がなくなってしまう。

 それどころか、研究を奪われて反乱軍の王が不老不死になってしまうかもしれない。

 それだけは避けねばならなかった。

 趙高は必死で地図を眺め、対策を練る。

(将軍共はふがいないが、それでも援軍と物資は送らねばなるまい。でなければ、特に戦で敵なしの項羽は防げぬか。

 ……ですが、果たして送ったところで勝てるかどうか。

 それに、これ以上人と物資を送れば都は空になってしまいます。我々の手に守る力を残しておかなくて、大丈夫でしょうか?)

 趙高は、自分以外の誰も信じていなかった。

 ゆえに、章邯たち秦軍のことも素直に信じられなかった。

(そもそも、章邯たちがあんなに援軍や物資を要求するのは、自分たちの手元に力を蓄えるためでは?

 それで、私の下から力を奪って国を乗っ取りに攻めてくる?

 あああ、有り得ることです!そうでなくては、天下に誇る秦軍があんな烏合の衆に苦戦する訳がありません!)

 その疑念が高じて、ついに趙高は章邯たちをも潰そうと考え始めてしまった。

 司馬欣の危惧は、当たっていたのだ。

 趙高はその疑心暗鬼を暴走させ、目を血走らせて地図にかじりつく。

(し、しかしっ……ただ章邯たちを除いたのでは、項羽の都までの道が開けてしまいます!それでは意味がない!

 両方を、等しく叩き潰してしまわねば!!)

 趙高はついに、禁断の考えにたどり着いた。

「そうです、皆殺しに……あの監獄のように、全てをきれいさっぱり……」

 趙高の口が裂けんばかりの笑みを形作った。

「ふふふ、そうです……まけば良いのです!病毒を!それで全て片が付く!!」

 趙高はついに、人食いの病毒を戦場にばらまくという最悪の一手に思い至った。そうして全てを殺してしまえば、全て解決できると。

 否、もはやそれ以外に解決の方法が浮かばない。

 そんな事をすれば、戦場となる辺りにはすさまじい数の人食い死体が発生すると想像はついた。

 徐福が危惧したように、人が生きられぬ土地ができると。

 しかし、趙高にはもうそれでも良かった。

 ただ、自分のものをこれ以上奪われぬためなら。

「くっくくく、人食い死体の大群、死の土地、大いに結構!

 死体どもが押し寄せてくる反乱軍を食い散らかせば、ついでに逃げる反乱軍を追って東に広がれば、労せずして反乱軍を滅ぼせる!!

 東の民も皆死ぬだろうが……私に従わぬ者など、一人残らず滅んでしまえば良い!

 これで都と旧秦の地は、私の天下は守られる……ホーッホッホッホ!!!」

 趙高は、身をそらせて狂ったように笑った。

 自分はもう、何も失わない。既に失われてしまったものなど、どうなろうが構わない。自分の手の中にないものなど、全て滅ぼしてしまえばいい。

 止めどない欲と疑念の果てに、ついに世を滅ぼしかねない最悪の計画が動き出した。

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