(18)
助けを求める安期小生に、徐福は両方が得をする策を提案します。
島を救い、徐福も儲かる……方法は意外と簡単です。
ちなみに、島の者が漂流者を昏倒させる毒粉は、ブードゥー教のゾンビーパウダーがモデルです。意識を失わせて仮死状態にするという、アレです。
起源の話なので、クラシックな要素を入れるのもいいと思い立ちまして。
安期小生の必死の訴えに、徐福は盛大に笑った。
「ああ、考えているとも!
俺もおまえも得をする、そして島も持ち直す方法だ。元は俺が無事帰るための口実として考えていたものだが、これは実際にやるべきだな」
徐福は、目をギラリと光らせて言った。
「俺が大陸に帰り、大陸で健康な子供を買ってここに連れてくる。そいつらを島に取り込んで子を成させれば、血の淀みは解消されるだろう。
親に売られて希望もない子供なら、大人になる頃には島を故郷と思うようになるはずだ。
それに対価を払って買ったなら、探しに来る者もただの漂流者よりずっと少ないだろう。
ただし、その対価と俺への報酬として、仙紅布はいただくぞ?あれは大陸では高く売れる、仙人が嘘だとバレない限りな」
それを聞くと、安期小生もどこか後ろめたさの混じった笑みを浮かべた。
「なるほど、おまえがつなぎになるのか……それなら可能だな。
おまえを全面的に信用する、という前提だが」
安期小生の中で、期待と不安が交錯する。
徐福が言うとおりに動いてくれればいい、しかしそうでなかったら……。
徐福の提案では、徐福を大陸に戻すことが前提条件だ。
つまり、徐福が大陸に帰った途端に逃げてしまう危険を含んでいる。さらに最悪の場合、徐福が仙人の真実をばらしてしまうことも考えられる。
そうなれば、島は終わりだ。
だが、今この助けの手を取らなければ、もう機会はないかもしれない。
自分は滅びゆく島に縛られ、島中の不満を一身に引き受けて、暮らしが良くならないと憤る頭が単純な奴らに石をぶつけられて死ぬのかもしれない。
もしくは、文化も生活もどうなっているか分からない大陸に渡って、右も左も分からぬまま身一つで己を放り出すか……。
それを選ぶにしても、徐福の助力は必要に思えた。
安期小生がそちらの提案をすると、徐福は意地悪く首を振った。
「うーむ、それでは俺に儲けがないな。
俺に何も得がない提案を、はいそうですかと受ける事はできん」
徐福は安期小生をしかとにらみつけ、険しい口調で告げた。
「俺はな、この島に不老不死の仙人がいると聞いて、命がけでこの島に来たのだ。不老不死の秘密を解き明かし、俺が不老不死になるために。
だが、仙人はおらず不老不死もなかった!
これでは、俺の命がけの冒険は何だったのだ!?
ここまでの行動を起こしたのだ、何の得もない解決など認めぬぞ!!」
徐福の射るような眼差しに、安期小生はたじろいだ。
徐福がただの漂流者でないことは、薄々気づいていた。館からの脱出も、水辺で水汲みの女を拘束してあったのも、手並みが鮮やかすぎる。
まるで初めから予定していたように、見事な動きだった。
そして、今の告白で完全に合点がいった。
徐福は目的もなく漂流してここに来たのではない。仙人の真実を探るという明確な目的を持って、そのために必要な準備をして、来るべくして来たのだ。
その苦労は、並大抵ではないだろう。
それが水泡に帰してしまう辛さは、安期小生にもよく分かる。
安期小生だって、今まさに同じようなことをしているのだ。こんな事をしていると島の古老たちにバレたら、どうなるか……。
だが、安期小生はそれでも未来の光を掴みたかった。
「……分かった、おまえの提案を受けよう」
安期小生は、腹をくくってうなずいた。
「島の古老共は反対するだろうが……それが何だと言うのだ!?
外の血を混ぜたら災厄が起こるだと?笑わせる言い訳だ、島の滅びなどもうすぐそこに迫っておるではないか!
起きるかどうか分からん災厄を恐れて確実に来る滅びに身を任せるなど、言語道断だ。
俺はやるぞ、俺と子孫のために島を立て直して見せる!!」
安期小生は、徐福に頭を下げて言った。
「必ず、おまえが島から出られるように取り計らおう。
そして、再びここに来る方法を教えよう。
そのために、俺の持てる力の全てを尽くそう!」
そう言うと、安期小生は徐福を縛る縄を断ち切った。そして、力の入らない徐福の体をごろりと転がす。
「しかしまあ、俺が解放しに来るまではここで大人しくしておれよ?
一応、島の未来のためと言って古老たちを説き伏せるつもりではいるが……その間にまた暴れられたら話がどうなるか分からん。
できるだけ穏便に、な」
「うむ、分かった。
それと安期小生よ……」
去ろうとする安期小生に、徐福はもう一つ提案した。
「説き伏せる際に、災厄とやらについて詳しく聞き出してはくれぬか。
もし何か原因があるのなら、島に入れる人間からそれを取り除くことで、ある程度防げるやもしれん。
おまえにとってはもちろん、俺にとっても仙紅布を作れるこの島が滅んでしまっては困る。
伝承がある以上、何かしらはあったはずだ。対策はしておいて、損はないだろう」
そう言って、徐福は口の中から丸薬を吐き出した。
「昏倒の毒に耐える、こいつのようにな。
万が一のために一つやる、持って行け!」
徐福が出したのは、先ほど安期小生が使った毒に対抗する薬だ。
徐福は何としても仙人の秘密を調べるために、そして何より生きて帰るために、あらゆる対策を考えていた。
漂流者を昏倒させて意識を奪う毒のことも、聞いた以上は対策を講じていた。
かつてそれを食らった漂流者たちから、詳しく症状を聞き出した。その症状から原因と思われる毒に当たりをつけ、それに拮抗する薬を調合した。
そして館を出た時から、口の中に仕込んでいたのだ。
「こいつを噛み砕いて飲み込めば、毒をかけられても意識は失わぬはずだ。思考能力は保たれ、しゃべる事もできる。
だが、体の痺れが取れて動けるようになるには少々時間がかかる。
注意して使えよ……ちなみに俺は、まだまともに動けん」
それを聞くと、安期小生は驚いて目を丸くした。
「何だ、おまえ……まだ動けないのか!
俺を騙したのだな?」
だが、その声に怒りはなかった。
「何と賢く、そして剛胆な男だ……おまえとなら、俺も島を救える気がしてきた。頼もしい相棒だ、これからよろしく頼むぜ」
安期小生は丸薬を拾い上げ、感謝の笑みを浮かべながら去っていった。
徐福は、期待を込めた目でその後姿を見送っていた。
後は安期小生の説得がうまくいけば、全ては解決に向かって動き出す。しかし、そううまくいくかは分からない。
(……どうやら、この島では老人と若者が対立しているようだな。
老人たちは伝統を守りたがり、若者たちは変化を求める……よくある話だ。しかし変わらなければこの島は滅ぶ。
はてさて、どっちが勝つか……)
安期小生に丸薬を与えたのは、負ける可能性への保険に他ならない。
少なくとも島から出るまでは、油断は禁物だ。
本当に急を要する時に少しでも動けるように、徐福はうとうとと眠りについた。
どれくらい時間が経っただろうか……徐福は薄闇の中に人の気配を感じた。
時刻はもう夜になろうとしているようだ。かろうじて物の形が分かるかすかな光の中に、一人の男が立っていた。
背格好だけ見れば、安期小生のようだ。
しかし徐福は、その男から漂う安期小生にはなかった芳香に気づいた。
(こいつは……!)
思わず身を固くした徐福の前で、松明の光が男の姿を照らし出していく。
白髪混じりの髪、年齢を感じさせるしわやたるみのある肌……それは館の最奥で見た、安期生の姿であった。
安期生は転がっている徐福を、暗く冷たい目でにらみつけた。
そして、いきなり松明を徐福めがけて投げつけたのだ。
「うわっ!?」
突如目の前に迫ってきた光と熱に、徐福は反射的に悲鳴を上げて飛びのいた。そして、注がれる視線に気づき、失敗だったと悟った。
「……やはり起きておったか!
よそ者が、馬鹿息子に余計なことを吹きこみおって!」
安期生は、低くしゃがれた声で呟いた。
「貴様には分からんだろう……島を安寧に保つために、変わらぬことがどれほど大切か!
外の血を混ぜて起こった災厄が、いかなるおぞましいものであったか……だから我々は大陸から追放されてこんな島に追いやられたのだ。
だが、我々はこの島で平穏に暮らしている。忌まわしき血を持つ我らに与えられた安息、終わらせる訳にはいかん!!」
その瞬間、徐福は安期小生の敗北を悟った。
安期生がここに来たということは、安期小生は負けたのだ。
気が付けば、安期生の周りには同じように年を取った男たちが数十人も取り巻いていた。皆が妄執にねじれた視線で、徐福をにらみつけている。
安期生は、唐突に徐福に向かって手をかざした。
「秘密を知られた以上、帰す訳にはいかぬな」
放たれた毒粉が、回復しかけた徐福の体を再び痺れさせ、床に引きずり倒す。
「貴様はそのうち、見せしめとしてむごたらしく殺してやる。いたずらに伝統を破り、島に災いを呼び込もうとする愚か者への戒めとしてな!
そうすれば、あの馬鹿息子も目が覚めるだろう」
もはや、逃げる事は出来ない。
だが、徐福はわずかな希望を見出した。
(安期小生は、まだ生きている……!)
安期生は、徐福を殺すと言った。しかしそれは今すぐにではない。殺されるまでの間に安期小生が助けに来る可能性はある。
渡した丸薬が、安期小生を守っていれば……今徐福の思考が守られているように。
そんな事には露ほども気づかず、老人たちは去っていこうとする。
その時、老人の一人が安期生にささやいた。
「安期生殿、これであなたのご子息の邪心ははっきりしましたな。
あの男に毒は効くではありませぬか。それなのに入れ知恵を受けたのは、捕える時に毒をまくふりをするか弱毒にすり替えて、ご子息が初めからこの男を使う気であった証。
そこまでしたご子息よりは、某の息子の方が長にふさわしいかと……」
「……考えておこう」
老人たちの、不機嫌な会話が闇の中に消えて行った。
徐福は、心の中で安期小生をほめた。
(よくやった……この毒消しの丸薬の事は、未だ気づかれておらぬ!)
相手の知らない手があるうちは、まだ勝ち目がある。安期小生は自分と徐福のために、その秘密を守ってくれたのだ。
まだ、可能性はある。
徐福は再び動かなくなった体を闇の中に横たえ、時が過ぎるのを待った。




