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ついに李斯と馮去疾が囚われ、最悪の実験のお時間です。
胸糞展開ですが、趙高は史実でも胸糞なことしかしていないので仕方ないね。
古代中国版デッドマンズプリズン!
ちなみに私はゾンビ映画の中で、デッドマンズプリズンが記憶に残っています。閉鎖環境の監獄なら、こういう周囲に広がったら困る実験もやりやすいね。
上書の返事をやきもきしながら待っていた李斯の屋敷を、いきなり武装した兵士たちが取り囲んだ。
「無礼な、ここを丞相の屋敷と知ってのことか!」
門番がそう言うと、兵士たちは門番を一刀の下に切り捨てて屋敷になだれ込んだ。
李斯の一族や従者たちは何が起こったか分からず右往左往し、なす術もなく次々と縄をかけられた。
李斯本人も、信じられず呆然としている間に捕らえられた。
まさかこんな手荒なことになるとは、思わなかったのだ。
ゆえに、逃げる準備なんて全くしていない。むしろ、逃げるのはそれこそ不忠だとかこの私に軽々しく手出しできるものかとか考えて、ひたすら正攻法でやろうとしていた。
しかし、趙高はそんな甘い考えが通じる相手ではない。
李斯と組んで蒙一族を追い落とした時も、いきなり罪をふっかけてやったではないか。
李斯はそれを思い出しはっとしたが、もう遅い。
もはや逃れることはできず、牢に引きずり込まれるしかなかった。
ほぼ同時に馮去疾の屋敷でも同じことが起き、咸陽の街を震撼させた。
無様に縄をかけられていく建国の功臣とその一族を見て、都の民たちは心に刻んだ。もはやこの国には、道理も慈悲もないことを。
その処置に驚いて諫めようとする者もまだ少しはいたが、ことごとくその場で捕まって牢に入れられてしまった。
今や咸陽には、趙高にへつらい身を守る者とひたすら息を潜めて反乱軍を待つ者しか、生きることを許されなかった。
獄につながれた李斯と馮去疾に、すさまじい拷問が始まった。
冷たい石の床にむしろもなく座らされ、ひたすら身に覚えのない罪を認めろと脅される。認めないと、容赦なく鞭が振り下ろされる。
これまで戦に出たことがなくきれいだった李斯の体は、たちまちボロボロになった。
そのうえ食事を与えない、与えても腐ったもの、便所に行かせない、体も洗わない、眠りすら妨げるとあらゆる責めが襲ってくる。
根っから文官の李斯と馮去疾には、想像を絶する責め苦だった。
しかし、二人がそう簡単に折れるかどうかは別の話だ。
二人とも体こそもろいが、一日二日で音を上げることはなかった。
なぜなら、二人はこの国の臣の最高位、丞相だ。この国を守り末永く発展させるよう、始皇帝に命じられたのだ。
今趙高に乗っ取られている宮廷の、最後の堰がこの二人なのだ。
二人は、ひしひしと感じていた……自分たちが屈して罪を認めれば、宮廷の全てが趙高のものになり道理も真実もなくなってしまう。
ゆえに、どんなに苦しくても屈する訳にいかなかった。
しかしそれを聞いた趙高は、底意地悪く笑った。
「くくくっそうでなくては!
せっかくこれから大事な実験を始めるのに、早々に降参されては面白くない。本番と同じように、心は反逆者でいてもらわねば」
趙高は、あからさまにへつらう顔の食客に命じた。
「例のものを、まずは一人だけに振舞ってやれ!」
派手な政変の裏で、身の毛もよだつような実験が始まった。
まず標的になったのは、馮去疾の家族だった。ゴリゴリとおろし金のようなもので皮と肉を削り取られる地獄のような拷問……その器具に本当の地獄が塗られていた。
「いやああぁ痛い助けてもうやめてえぇ!!
もういい、やったの、何でもやったでいいからあ!!」
顔も体も血みどろにして、娘は泣き叫ぶ。何不自由なく育ってきた彼女はとっくに折れて、何でもするからやめてと希う。
しかし、獄吏は冷たく言い放つ。
「駄目だ、おまえの親父が罪を認めなきゃ意味ねえんだよ!
やめてほしかったら、精一杯懇願して親父に認めさせてみろ!」
獄吏の視線の先には、鎖につながれた馮去疾とその妻がいる。
本人をいくら痛めつけても罪を認めないので、獄吏たちは馮去疾の目の前で大切な娘を痛めつけ始めたのだ。
だが、それでも馮去疾とその妻は耐えていた。
「フン、いくらやっても無駄だ!
私は何も悪い事はしていない、たとえこの命尽きようと何を壊されようと、それは変わらぬ。偽りなど、吐かぬ!!」
娘は自分が助かりたい一心で、必死に泣きわめいて父の心を折ろうとする。
「お、お願い、お父様……お父様がうなずいてくれたら、私もみんなも助かるの!
お父様、私が大事だって、嘘だったの!?私がかわいくないの!?私の欲しいもの、何でもくれるって言ったじゃない!!
ああっ痛い、苦しい……なんで助けてくれないの!?嘘つき!!人でなし!!」
いつも優しい父が助けてくれないのに驚き怯え、娘は父をひどく罵る。とにかくこの地獄から抜けることしか考えられなくなっている。
可愛い娘の哀れな姿に、馮去疾の心が痛まない訳がない。本当は今すぐにでも娘を助け、楽にして抱きしめたい。
しかし今それをすることは、やってもいない罪を認め事実を歪めることになる。
囚われたとはいえ一国の丞相に、そんなことはできなかった。
「だめだ……だめなのだ!私は、国の道理と真実を守らねばならぬ!
そのために、冤罪に屈してはならぬのだ!!」
馮去疾のその言葉に、獄吏は腹を立てて娘の傷口を激しく鞭打つ。
「きゃあああ!!!お父様っ……お父様なんかじゃ、ないいいぃーっ!!!」
痛みと苦しみに悶える娘の体から、血しぶきが飛び散って部屋中に赤いシミをばらまいていく。
何の罪もないのに、見るに堪えない地獄の光景。
娘がいくら助けを求めても、親は助けられない。それを見た娘は親からも裏切られたと絶望し、親はそんな娘を見てさらに心を抉られる。
おまけに、罪を認めても助かる訳ではない。
一時的に拷問がやみ、後で民衆の前で惨たらしく処刑されるだけ。
救いなど、どこにもない。皆、これ以上の地獄はないと思っていた。
……知らないだけだ、これ以上の地獄があると。
それを顕現する素は、娘の体内で既に増殖を始めていた。弱った体に急速に広がり、値を下ろしていく。
昨日も今日もまき散らされた血、それが感染力を持つようになるまで数日とかからない。
ようやく拷問が一区切りつき、娘を抱きしめた父の体の傷に娘の血が垂れる。娘が父を拒絶して暴れ、飛び散った血が母の目に入る。
今はまだ大丈夫かもしれない。しかし明日以降、同じことがあれば……。
拷問を終え、血への飢えを満たすように娘の血が付いた器具をなめる獄吏。
それが、己の体に何をもたらすかも知らないで……。
地獄の種は、まかれた。
この閉鎖された監獄で、静かに根を張って芽吹く日を待っている。
趙高は、わくわくしながら実験の計画書を眺めていた。こんなに心が躍っているのは、少年の頃以来だろうか。
わくわくするのは、観察対象をある程度自由にしてあるからか。
どこから、どんな風に感染が広がるのか、計画している訳ではない。だからこそ、楽しみで仕方がなかった。
もちろん、実験場となる監獄は閉鎖されている。
李斯と馮去疾は強大な権力を持っているため外と連絡を取らせてはならない、と言えば封鎖は簡単だ。
それに、この二人の一族と従者だけでもかなりの人数になるので、ある程度の規模の監獄を専用にしても怪しまれない。
内と外とで、人の流れも断ってある。
囚人を外に出さないのはもちろんのこと、李斯と馮去疾の罪が定まるまで獄吏や世話係などもそこで寝泊まりさせている。
二人から罪の自白を引きだしたらその程度に応じて取り立てると言ったら、獄吏にした食客たちは色めき立った。
泊りのゲーム感覚で、せっせと働いてくれることだろう。
趙高にとって自分たちが、捨て駒だということも知らないで。
そう、この監獄にいる者は全員が感染する前提だ。
だから封鎖して人の流れを断っているのだ。
「この監獄全体を、反乱軍の陣地に見立てます。
拷問は流血を伴うので、戦闘に例えております。これで、戦闘や看護を通じて病毒が広まるか分かります。
さらに不潔な環境の中で、後方支援員への広がりも予測できるようになります。
また、どの段階で人が異常に気付くかも見ものですな」
計画を立てた悪賢い食客が、おどろおどろしい口調で説明する。
趙高は、満足そうに目を細めた。
「ホッホッホ……どうせ殺す者と役立たず共の有効な使い方です。
敵を知り味方を知れば百戦危うからずと言いますし、これであれの兵器としての使い勝手が分かるなら安いもの。
それにもしここで予想外の知見が得られれば、不老不死に使えるかもしれませぬし!」
趙高はもはやどんな危険なものでも、自分のために使うことしか考えていない。世の中の全てが、自分のためのものに見えていた。
自分の意のままにならぬ者を除くためには、どんな手段もいとわない。いや、むしろ残酷に排除することが最高の娯楽になっている。
「私に従わず役にも立たぬ者は、皆呪われたようにおぞましく死ぬがよい!
能力も功績も、私が操る病毒の前では何の役にも立たぬと思い知れ!
……ただ、奴らがどうやって死んでいくか興味はありますねえ。
これからは囚人も獄吏も全員の一日おきの検査を絶やさず、その結果と同時に奴らの様子も詳しく報告しなさい」
こうして、悪夢の感染の幕が上がった。
放たれた病毒は、哀れな敗北者たちを静かに汚染していった。




