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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十六章 崩れゆく道
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(179)

 久しぶりの地下回です。

 趙高はその人を使い捨てるやり方ゆえに、反乱軍の鎮圧と権力の安定を両立できないジレンマに陥っていました。

 そして、地下の研究も趙高がそのやり方ゆえに集めてしまったろくでなし共により滞ってしまっていました。


 何事もうまくいかず苛立つ趙高は、ついに最悪の発想にたどり着いてしまいます。

 ゾンビのアウトブレイクで一番多い原因が、この発想だよ!

 胡亥と李斯を仲たがいさせた趙高は、さっそく李斯を追い落としにかかった。

 いつものように自分の食客やよく従う官吏を捜査官とし、まずは李斯の身辺に後ろ暗いところがないか探る。

(陛下の御心は私の思うままとはいえ、李斯や馮去疾の力は侮れぬ。

 小さくともいいから、本物の罪が出てくると一番いいのですが……)

 相手が強大な権力を持つだけに、趙高は少し慎重になっていた。この二人は、その気になれば国を乗っ取れる力を持っている。

 だから時間はかかっても、本物の罪を見つけられるならそれに越したことはない。

(それに……東で騒いでいる国賊共は鎮圧してもらわねば。

 まあ、できなければそれはそれであの二人に責任をなすりつけて追い落とすことはできるが……私の国がなくなっては元も子もない)

 趙高にとっても、反乱軍は頭の痛い問題だ。

 一時的とはいえ、まさか函谷関を越えられるとは思わなかった。

 あの時ばかりは、さすがの趙高も恐怖を覚えた。

 せっかく始皇帝の遺志をも踏みにじり、操り人形を皇帝の座に据えたのに。せっかく官僚や役人を、自分の思いのままになる者に置き換えてきたのに。

 国をひっくり返されたら、全ての努力が水の泡になってしまう。

 それを防ぐためには、今あまり秦の力を弱めるのは良くないのだ。

 安定した時代の統治は愚か者でもある程度できるが、危機を乗り越えるにはどうしても才ある者が必要となる。

 もっとも、その才ある者は時に上が制御できなくなるため、趙高が己の治世を安定させるためには李斯たち同様除いてしまった方がいいが……。

(あの章邯という将軍も、今は役に立ちますが厄介ですねえ。

 とはいえ、反乱軍がいて勢いを盛り返す恐れがある間は、しっかり働いてそちらを叩き潰してもらわねば。

 しかし、あまり手柄を立てさせるとそれに応じた恩賞が必要……。

 はあ、痛しかゆしですなぁ)

 順調に政権を掌握してきた趙高だが、最近は情勢が難しくなってきている。

 反乱軍と力のある将軍、この二つを御すかじ取りは本当に難しい。

(敵がいる限り武人には強い力を預けねばなりませんし、強い力を与えるほどそれが私に向く危険も大きくなる。

 何とか、将軍共の力を借りずに反乱軍を消す手はないものですかねえ?)

 趙高が学んだ秦の歴史にも、同じような例がある。

 それは秦が天下を統一する前、まだ中華の地が七つの国に別れて戦争が続いていた頃の話だ。

 秦に、白起というとてつもなく強い将軍がいた。

 それはもう向かう所敵なしの、鬼神のごとく強い将軍で、韓魏趙と三か国を打ち破って何十万もの敵を討ち取った。

 この男の活躍により、秦の天下統一は大きく近づいた。

 しかし、ここで困ったことになった。

 秦は法により、信賞必罰がしっかりと定められている。大きな手柄を立てた者には、それに応じた恩賞を与えねばならない。

 だが、白起の立てた手柄はあまりに大きかった。法に定められた基準でこれに応じるには、宰相以上の地位を与えるしかなかったのだ。

 その事態に、当時の宰相は慌てた。

 このまま白起が宰相になれば、自分は何の罪も失態もないのに宰相の座を追われてしまう。

 それに、白起は戦がとてつもなく強いが政治のことはほとんど知らない。こんな男を宰相にしていい訳がない。

 かといって、土地で支払うにも限界がある。このとんでもない功績に見合うだけの土地を与えれば、白起が国王のようになってしまう。

 結局、この功に見合う恩賞を与えることはできなかった。

 白起は、力を持ちすぎることを危惧した宰相たちにより謀殺されてしまった。

 この件は、一人に功績を集中させすぎると大変なことになる例として語り継がれている。

 趙高は、今破竹の勢いで反乱軍を破っている章邯がそうなるのを危惧していた。

 いや、白起のように潔く死んでくれればいい。だが殺されるとなれば、まともな神経の持ち主は抵抗しようとするだろう。

 もし章邯が、行く先々で降伏させた飢えた獣のような兵を数十万も率いて抵抗してきたら……考えるだけで目まいがする。

 一応功績を分散させるために、他にも将軍に任命した者を同行させてはいる。

 しかし章邯が総大将であるからして戦功第一は章邯になるし、この規模の大反乱を鎮圧したとなると少々分散したところでその功績はなお大きすぎる。

 ならばどうにか反乱を起こさせぬよう謀殺するとして……章邯を殺してしまうと、代わりを務められる有能な将軍がいないのだ。

 それでは、もし章邯を殺した後同じような大反乱がまた起こったら、今度こそ手が付けられない。

 秦は、軍事面でとてつもない人材不足に陥っていた。

 もっともその原因は、趙高が意のままにならぬ将軍たちを粛清しすぎたことだが。

(もっと買収額を気前良くして、何人か抱き込んでおけば良かったでしょうか?

 いやしかし恨みを忘れず生きている者を残しておくと、それだけで禍根となりますからなァ……武官は強情な者が多いですし。

 どうしてこう、うまくいかぬのでしょうな?)

 それは趙高が無実の人を陥れたり人々に受け入れられないことばかりしているせいだが……趙高は自分のことはすっかり棚に上げている。

 己の行いの結果であると省みないまま、趙高は便利な解決手段を求める。

(囚人部隊にしても、刑徒を釈放すればその分労働力が減ってしまう。釈放されて自由になった者が、反乱軍に寝返る懸念もある。

 しかし……それがいないと反乱軍を鎮圧できませんしね。

 それもこれも正規軍の無能のせい、いや力を持ちすぎても良くないですが……。

 ああ……何とか手軽に出費すくなくこの大反乱を鎮圧する手はないものでしょうか)

 趙高は悩みながら、阿房宮の実験施設に向かう。

 できぬことばかり悩むより、今できることを少しでも進めねば。

 反乱軍に函谷関を越えられたことで、ここも絶対安全ではないと気づかされた。ならば、万が一ここを失っても研究を失わぬよう考えねば。

 これまで実験施設を緊急で移さねばならぬ可能性など考えたこともなかったが、今後は考える必要がある。

 本当は、その必要自体をなくすのが一番だが。

 趙高は重い足を持ち上げながら、地下へと下りていった。


「ようこそお越しくださいました」

 地下に入ると、石生が出迎えてくれた。しかしその顔はどことなく疲れており、周りで動いている人も心なしか少ない。

「……何か、ありましたか?」

 趙高が訪ねると、石生は困ったように答えた。

「先日あなた様が連れてきた新しい研究員候補が問題を起こし、感染が広がり、研究員が減ってしまいまして。

 知能やその他の能力が改善しないのは気合が足りんとか、俺たちが手本を見せてやるとか為せば為るとか言って人食い死体を拷問し始めて……。

 もう同じようなのが三件目ですよ。頼みますから、もっとまともな人材をよこしてください!」

 懇願するように言われて、趙高はやむなく頭を下げた。

「申し訳ない、苦労をおかけしました。

 これからはもっと、人格面も精査するようにいたします」

「本当に頼みます……このようなことが何度も起こっては、これまで育ててきた真面目で有能な者まで失われてしまいます。

 それでは、研究を進めるどころか現状維持も難しいですよ!」

 石生に言われて、趙高はまた頭が痛くなった。

 地下の研究は、このところ問題続きでうまくいっていない。

 それは、趙高が新たに研究員として送り込む者たちのせいだ。

 趙高が送り込むのは、趙高に忠誠を誓ってどんなことでもする食客たちだ。だが彼らは同時に、趙高にうなずいてさえいれば何をやってもいいと思っている。

 元々、趙高に尻尾を振りさえすればのし上がって好き放題できると思って食客として趙高にすり寄った奴らだ。

 口は固いが自己中心的で、自分たちの功績を立てるためならいくらでも他人に鞭を打つしありもしないことをでっち上げる。

 趙高の食客や取り巻きたちの間では、そうしてのし上がった成功談があふれている。

 だから、ここでもそれが通用すると思っているのだ。

 趙高がここでは石生の言うことを絶対守れと言いつけても、周りは心ある上の官僚を蹴落として出世した話で一杯だ。

 ちょっと成果が出ないと、すぐ自分のやり方でやろうとする。

 おまけに失敗しても、仲間内でそれを隠してしまう。他の部署で官吏になった者たちが、不都合なことを隠してばかりいるせいだ。

 たとえここでの失敗……不注意な行動による感染が、下手をすれば国を滅ぼしかねない重大なことだとしても。

 そうして必要な対処が遅れるせいで、石生たちはそちらの対応に神経を尖らせねばならなくなっていた。

 これでは、研究が進むわけがない。

「皆、私の前では真面目で大人しいのですが……これがいけませんな。

 もっとしっかりいう事を聞くように躾けねば」

 とは言うものの、今趙高に仕えようと群がって来る者は自分のことしか考えず浅ましい餌に群がる獣のような連中ばかりだ。

 趙高がただ思いのままになるという一点のみでそんな輩をどんどん出世させたため、もう趙高の手元にはそんな人材しかいない。

 これも趙高の自業自得だが、趙高自身は気づいていなかった。

「全く、あんな者よりは人食い死体の方がまだましですよ。

 余計な欲を出さないし、どうすればいいか分かりきっていますからね!」

 石生がうんざりして吐き捨てる。

 その言葉に、趙高の頭の中で何かがひらめいた。


(人食い死体の方がまし……確かにそうかもしれませんね。こちらの予想できない行動をしないし、余計な欲も知恵もない。

 反乱軍もいっそそうなら、遥かに簡単に片付くものを)

 そして繰り返される感染拡大事故。

 人食い死体は人に噛みつき、同じようにしてしまう。

 さらに、つながった。

(そうだ、人食い死体を反乱軍に向かわせればいいのではないか!そうすれば将軍もいらず勝手に敵を食い散らかしてくれるし、後に残るのは人食い死体のみ。

 逃げられて何度も蜂起されたり、知恵を使って抵抗されたりすることもない!

 化け物になってしまえば、民を味方につけることもできまい。それどころか、民の中からそれをかばおうとする不穏分子を道連れにすることができる!

 な、何と素晴らしい作戦なのだ!!)


 趙高は、思い至ってしまった。

 人食いの病を兵器として使うという、最悪の方法に。


 突如大声で笑いだした趙高に、石生は驚いてビクリと肩をすくめた。また何か嫌なことが起こるのではないかと、暗い予感が頭の中を走った。

 趙高の頭の中は、この暗く汚い実験施設よりも腐臭に満ちていた。

 そして今まさに、天下を腐臭で覆いつくしかねない狂気の発想が生まれた瞬間だった。

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