(17)
島は滅亡の危機に瀕しながらも、外部の血を今まで受け入れられませんでした。
この状況をもたらした原因とは、どんなものでしょうか。
現状、この島で発生するゾンビは無害なのですが……。
「我らはな、特別な血を継いでいるのだ」
安期小生は、誇りと疎ましさが混じったような顔でこう言った。
「尸解の血……我らは伝統的にそう呼んでおる。もっとも、元は周辺の民が我らのことをそう呼び始めたらしいが。
死んだ者が時々起き上がり、死んでいるのに歩き回る。
我らの中では、ずっと昔から時々起こってきたのだ」
「ほう、それが尸解仙の伝承の元だな」
徐福の言葉に、安期小生は深くうなずいた。
「うむ、その超常の現象ゆえに我らは仙才を持つとして周辺から崇められてきた。
まあ、元々その現象を仙人と絡めて周囲に説明したのは我々の祖先らしいが……ありのままに話しても気味悪がられて迫害されるだろうからな。仕方かなったのだろう」
安期小生の言葉には、面倒くささが含まれていた。
実際、そんな血を継いで生きることは面倒だろう。
周りから見れば有り得ないことが、自分とその周囲だけで起こる。理解がない者への対処を誤れば、集落そのものの死につながる。
安期小生を含めてこの島の者たちは、ずっとその血と付き合いながら生きてきたのだ。
それを考えると、徐福は少しばかり同情を覚えた。
「そうか……それを仙人だと周囲に信じ込ませるために、芳香を放つものを死体に着けさせたり、演出をした訳だな。
そしてそれが、形を変えつつ仙人伝説の元となった」
徐福が言うと、安期小生は苦笑した。
「実用のためもあるがな……おまえ、あれに会ったなら分かるだろう。
我々とて、好き好んで腐乱死体を見たいとは思わぬ。強い香りをまとわせておけば、出会ってしまう前に気づけるだろう。
それに、どうせ嗅ぐなら芳香の方がいい」
「違いないな!」
安期小生に言われて、徐福も同じように苦笑する。
死体だと気付かずに飛びかかってしまった徐福は、死臭を至近距離で嫌というほど味わった。
死体に芳香をつけておくのは、いつどこであんな死体に出くわすか分からないこの一族の苦肉の策だったのだろう。
「だがなあ……だったらなぜ、棺の蓋を開けておくのだ?」
なまじ体験したからこそ、徐福はげんなりした顔で問う。
「そもそも蓋を閉めておけば、あんなものが出てくることはないだろう。
臭いものには、蓋をするというぞ」
それを聞くと、安期小生は非常に間の悪そうな顔をした。
「外から見ればそうだろうな。
だが考えてみてくれ……蓋をするということは、開けてみるまで中がどうなっているか分からぬということだぞ?」
「む……どういう事だ?」
「実は、あの動くようになった死体はな、普通の死体より朽ちるのが遅いのだ。どれくらい遅くなるかは、個人差があるが……。
とにかく、骨になっただろうと思って開けると、まだ腐乱死体がうごめいている事があるのだ。
誰でも、起き上がろうとするそれを押さえつけてまた蓋を閉めるのは嫌だろう。
だから、勝手に去ってくれるものは去らせることにした」
確かに、その方が面倒は減るだろう。
殯屋を集落から少し離れた所に作っておけば、歩く死体と顔を合わせることも少ない。実に理に適っている。
そして、それを見た事情を知らぬ者が、仙人と思い込んで伝承を広めた。
殯屋に漂う芳香、消える死体、残された衣冠……全てこれで説明がつく。
仙人は、いなかった。
だがその元となる現象は確かにあった。
徐福は、少しだけがっかりしてため息を漏らした。
自分は仙人の謎を解き明かして、不老不死になれる理を見つけようとここに来たのに……解き明かしてみたら、仙人は存在しなかったのだ。
だが、それも結果には変わりない。探したらなかった、それが結果だ。
(……そうか、不老不死は無かったか。
いや、死んでからも生前の姿と意識を保ったまま動ければ、不老不死に近いのかもしれんが……腐り果てるまでの間が少し延びるだけではなァ……)
徐福の胸に、空虚な充足感が広がった。
仙人伝説の元は分かった、ならば後は帰るのみだ。
徐福は一度深呼吸して頭を切り替えると、安期小生に問いかけた。
「おぬしらの血の秘密はよく分かった、だがなぜそれが外部の者を受け入れられぬ事につながるのだ?
そこを教えてもらわねば、埒が明かぬ」
そう、徐福の今の目的は生き延び、大陸に帰ることだ。
安期小生が新しい血を島に入れたがっているのであれば、自分が帰るための口実は既に思いついている。
ただし、島にはそれを阻む理由もありそうだ。
そこを解き明かさねば、自分も安期小生も救われない。
すると、安期小生は困ったような渋い顔をした。
「ううむ、島に病を持ち込まれると困るというのが第一の理由だ。それから、島に住み着いた者が大陸に戻って島の真実をばらしてしまう可能性が二つ目だ。
これをやられると、島はすぐに存亡の危機に立たされる」
徐福は一応、なるほどと思った。
閉鎖された島の社会には、流行病がない。元となる患者がいないので、当然だ。そのため島民たちは流行病の経験がない。
そこにひとたび流行病が持ち込まれれば、耐性のない島の者はばたばたと倒れて死者が続出するだろう。
大陸でも、他との交流が少ない辺境の集落でたまにある話だ。
それに対し、二つ目の理由はこの島特有のものだ。
この島が大陸から必要な物を手に入れるには、仙人の島という評判が大きな役割を果たしている。そのおかげで、粗末な物との交換でもいい物をもらえるのだ。
この仙人の威光が失われれば、特に優れた産物のない島はまたたく間に貧苦の底に転落する。
島民からしたら、あってはならない事態だ。
このような危険を前にしては、外の者を受け入れたくなくなるのも分かる。
「しかし、それなら受け入れた者を厳しく監視して動けぬようにしておけばいいではないか。
そのために、俺をこんな所に運び込んだのだろう?
既にそうする準備があったのに今までそうしなかったというのが、解せぬな。できなかった、他の理由は?」
座敷牢に転がる徐福に問われて、安期小生は観念して肩を落とした。
徐福に言われた事は、まさに安期小生が徐福にやろうとした事だ。そして安期小生が実際にこうしようとするのは、初めてだ。
この男は一体どこまで見通しているというのか……徐福の頭脳に恐れを覚えながら、安期小生は答えた。
「そうだな、先に述べた理由は建前だ。
本当の理由は、他にある。島の中でも、限られた者しか知らぬ理由だ」
そこまで言って、安期小生は何とも歯切れの悪い顔をした。
「正直、俺も詳しいところはまだ知らぬ……。
ただ、かつて外の民の血を混ぜた時に、何かしらの災厄が起こったと……それが原因で我々の祖先はこの島に移住させられたのだと。
親父からは、そう聞いている。
実際に何があったかは、安期生を継ぐ時に伝えられるとのことだ」
さすがに重大な機密と見えて、知る者をとことん絞っているらしい。
安期小生の顔色からして、これ以上聞き出すのは難しそうだ。
しかし徐福は言葉の中に、別の真実を見出した。安期小生は今確かに、安期生を継ぐ、と言ったのだ。
安期生とは、仙人を名乗ってこの島を治める者の名であり、大陸では海中の神山に住まう仙人の名として通っている。
「そうか……では、安期生とは一人を表す名ではないのだな?」
徐福の問いに、安期小生は素直にうなずいた。
「うむ、その名は島の長が代々受け継いでいる。
我が一族の男子が長の座を継ぐ時に、その名も一緒に譲渡される。
そうすれば、いつでも島に先代の安期生と似た容貌で同じような年頃の『安期生』がいることになる。
不老不死の仙人がいるように見せかけるには、いい考えだろう?」
得意げに話す安期小生に、徐福も得意げな笑みで返した。
「そんな事だろうと思ったぜ……予想通りだ」
安期生の件については、徐福は島を訪れる前から仮説を立てていた。
不老不死の仙人がいるように見せかけるには、いつも同じような年齢と容姿で、同じ名前の者が対応すればよい。
大陸の人の往来が多い所では難しいだろうが、ここは絶海の孤島なのだ。外から人が訪れることなど、滅多にない。
顔が本当に同じかどうか、本当に同一人物なのか、漂流者には確かめる術がないのだ。
その地理条件に助けられて、島は数百年に渡って大陸の者を欺いてきた。
だが、その秘密を明かしても、安期小生は助けを求めているのだ。
それもそうだろう、このままいけば安期小生が次の『安期生』に……島の長になるのだ。血の淀みで緩やかに止めどなく滅びに向かう島の運命を、双肩に背負わされるのだ。
今ですら集落は崩壊しかけているというのに、安期小生が治める時代はもっとひどい事になるだろう。
安期小生は、それを何より恐れている。
そしてそれを防ぐためには外の者の力を借りるより他ないと、理解している。
安期小生は誇りも秘密も捨てて、徐福に頭を下げた。
「なあ、俺はこのままの島なんか継ぎたくないんだ!
このまま時が過ぎれば、健常な者はどんどん少なくなって、いずれ立ち行かなくなるのは目に見えてる!
そうなった時に、島の不満が向かうのは俺だ!冗談じゃない!!
頼むよ、俺はそんなになりたくないんだ!!
おまえ、もうきっと何か考えているんだろう……お願いだ、おまえの力を貸してくれ!!」




