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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十五章 趙高の野望
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(172)

 二世皇帝になった胡亥と趙高の虐殺タイム!

 哀れな公子たちと蒙兄弟がひどい事に!しかし史実である。


 そして、虐殺の中には必要なものも紛れていた。

 徐福が懸念していた、後宮の感染はどうなったのか……。

 始皇帝の葬儀が終わり喪が明けると、さっそく胡亥が二世皇帝となった。

 趙高と李斯が始皇帝の遺言を偽造しておいたこともあり、胡亥の即位は臣下たちにすんなりと受け入れられた。

 ……のは、上辺だけである。

「本当に胡亥様なのか?」

「将閭様や他にも年上の賢い公子様がおられるのに?」

「だいたい先帝の死を、咸陽に帰るまで行列に加わっていた兵士たちも知らなかったそうではないか。知っていたのは、李斯と趙高くらいか。

 ならば、あの二人が権勢を握るために何かしても分かるまい」

 やはり予想通りというか、胡亥が指名されたことを怪しむ声がそこかしこで聞こえた。

 だがこれは、趙高にとって好機でもあった。

「陛下、先帝の遺言をもってしてもあなた様の即位を疑い謗る者がおります。これは、先帝がいなくなったのをいいことに謀反を企む輩に違いありません。

 早く捕らえて世を正さねば、大変なことになりますぞ!」

 趙高は自分が始皇帝の遺志を無視したことなど棚に上げて、胡亥の不安をあおり意のままにならぬ者の粛清を進言した。

 皆に認めてほしいと神経質になっていた胡亥は、二つ返事で聞き入れた。

「そうだよね、朕を認めないってことはもう謀反人だもんね!

 天下の人は全て朕に従うはずなのに、それが守れない奴なんかいらない。

 しっかり調べてやっちゃって、趙高!」

 本当は始皇帝の遺言などなかったのに即位して、胡亥は内心ビクビクしていた。いつか誰かがそれを暴き、自分を引きずり下ろして罰するのではないかと。

 その恐怖が、胡亥をさらに小心で残虐にした。

 自分の即位に納得していない者たちは、放っておけばそれを調べ始めるのではないか。あるいは、証拠がなくても世を扇動して自分を害するのではないか。

 そんな妄想が、日々胡亥の頭に浮かんでは消える。

 その恐怖を和らげる唯一の方法は、自分の即位を少しでも疑う者たちを全員消し去って根絶やしにすることだった。

 そしてその仕事は、趙高に一任された。

 なぜなら、趙高が誰よりも信頼できるから。趙高なら自分のために、きっちりそういう奴らを始末してくれるに違いないと。

 結果、数多くの官僚たちが謀反の疑いで処刑された。

 趙高はまずこの機に宮廷を自分のものにしようと思ったので、本当は二世皇帝に逆らう気のない者もそういう噂をしたというだけで処罰した。

 さらに趙高は、こう進言した。

「私の調査でこれだけ多くの謀反人を潰しましたが、これには裏があると思われます。

 今こんなに多くの謀反人が出るのは、きっとかなり前から謀反を計画して同志を増やす者がいたからに違いありません。

 それは、蒙兄弟でございます!

 あの二人は元々扶蘇様に取り入り、今回処刑された者共とも交友が深うございますから」

 趙高は、捕らえた蒙兄弟にとどめを刺そうと讒言したのだ。

 蒙兄弟は既に罪を着せて捕らえていたが、始皇帝の代に大功を立てた有力者である。未だこの二人を指示する者は多い。

 もし生きて牢から出せば、報復される恐れは十分ある。

「ゆえに、徹底的に取り調べて処刑すべきです!」

 蒙兄弟は元々扶蘇を支持していたので、胡亥の印象は悪かった。そこに謀反の黒幕だなどと吹き込まれたら、たまらない。

「うん、趙高に任せた!

 父上が可愛がってた朕に逆らうとか、もう父上への裏切りも同じだもんね。

 そういうことするとどうなるか、天下に見せてやって!」

 胡亥はまたしても、趙高に言われるまま命令を下した。

 結果、牢につながれた蒙兄弟には酸鼻極まる取り調べという名の拷問が降り注いだ。

 趙高は自分に忠実な者や自分が養っている食客を次々と官吏に任命し、ひたすらありもしない罪を認めさせようと痛めつけた。

 それでも、蒙兄弟は始皇帝に尽くし信用されていたという自負があり、なかなか罪を認めない。

 蒙毅は、こう釈明しようとした。

「私は常に陛下の意向の沿って働いており、今即位なさった陛下に逆らう意志などございません。巡幸にただ一人同行なさっていた時点で陛下が他のご兄弟とは違う特別扱いされていたことは、私も分かっておりました。

 このまま死んでしまったら、私は陛下のために何もできません!どうか陛下の下でこれからも働かせ、臣下の道を全うさせてください!

 陛下におかれましても、無実の者を処刑するのは道を外れた行いです!」

 しかし、それを趙高が聞き届けるはずもない。役人はただ決まったことだからと、機械的に蒙毅の首をはねてしまった。

 蒙恬も同じであった。

「謀反を起こそうなどと、そんな事は考えたこともございませぬ!先帝より30万の兵を預けられ、それをやれる力を持たされたのにやらなかったのが証でございます。

 謀反の疑いなど、口で言うだけなら誰でもできます。裁くならきちんと捜査を行い、多くの人の意見を聞かねば過ちを犯します。

 そもそも、代々二心なく仕えてきた我々にいきなりそんな疑いがかかる時点でおかしいのです!

 ありもしないことを言うのは、陛下のためにならぬ逆臣です!陛下はどうかそのような者を除き、道を正してくださいませ!」

 蒙恬は、これが何者かの陰謀であると勘づいていた。

 だから自分だけでなく国にも危機感を覚え、二世皇帝の目を覚まさせようと訴えた。

 この訴えはまさに現実を突いており、もしこれが二世皇帝に届いて聞き入れられていれば、多くの人と国を救っただろう。

 だが、趙高子飼いの刑吏がそんなことを伝えてくれる訳もない。

 蒙恬にもまた、無情な刃が突きつけられた。

 もはやどうにもならぬと悟ると、蒙恬は天を仰いで涙した。

「無念だ……一体何の悪いことをして死なねばならぬのだ!?

 だが、こうなるからには何かやったのだろうか?

 ……そうか、長城建設のために幾多の山を削り谷を埋めてきたが、あれで何か大地の怒りを買ってしまったのか。

 そうだな、呪いには先帝陛下も勝てなかったと聞く……ハハハ……」

 蒙恬はそうして無理矢理己を納得させて死んだ。

 その死にざまを胡亥に伝えると、胡亥は手を叩いて大笑いした。

「の、呪いだって……アヒャヒャヒャ!そんなの、朕に逆らった報いじゃないか!

 やっぱ、謀反とか企む奴は頭悪いねえ!」

 趙高も一緒になって笑い、死者に鞭打つがごとく蒙兄弟を貶める。

「その通りでございます、己の行いの善し悪しも分からず全てを天運のせいにするようではとても賢人とは言えませんな。

 そのような輩を早く取り除けて、誠にようございました!

 世の中、全て事を起こすのは人であるというのに……それが分かっておりませんなぁ!」

 そう、趙高は知っている。

 始皇帝の身に起こった怪異のようなできごとも、仙薬を巡る一連のことも、全ては人間がやろうとして起こしたことだ。

 この世に神秘などない、あるのは人の行いのみ。

 胡亥はその言葉の意味をよく分かっていないようだったが、安心しきって甘える小動物のように無邪気な笑みを趙高に向けた。

「……本当、おまえが支えてくれて良かった。

 こんな謀反人の巣みたいな国で、本当に頼れるのはおまえだけだもの」

 胡亥は、全く何もわかっていない。

 本当に国と自分を思ってくれたのは誰なのか、本当の謀反人は誰なのか。

 本当は野心の塊のような奴はすぐ側にいて、自分はもういいように操られているのに……操られて本当に自分を守ろうとした人たちを大勢殺してしまったのに。

 趙高を信じ切って目を塞がれた胡亥は、全く気付いていなかった。


 だが、時にはその盲信と容赦のなさが世のためになることもある。

 胡亥はまた、自分の兄弟たちと後宮にいた始皇帝の妃たちも次々殺していった。公子たちには罪をでっち上げ、妃たちは殉死の名目で。

 話を聞いた民たちは皆、その悲劇に涙した。

 あまりの酷さに、憤った。

 しかしこれは、一部は世を守るために必要なことだった。

 始皇帝が広めてしまった尸解の血を、絶やすためである。

 始皇帝が尸解の血を取り込んだまま後宮で数多の女と交わり子をなしたせいで、後宮は感染者の巣窟と化していた。

 ここの感染者たちを生かして外に出せば、いつどこで人食い死体になるか分からない。

 そのため、ここの感染者たちは皆殺しにする必要があった。

 もっともそれだけなら検査をして感染していた者だけ殺せばいいようにも思えるが……後宮の妃や公子たちは金や権力をある程度持っている。

 それを使って検査結果をごまかして逃げられる危険を考えると、有無を言わさず皆殺しにしてしまうのが最も確実な手段だった。

 それと、他の皇族を殺したい趙高の思惑が一致したのだ。

 さらに趙高は、他の公子たちを殺して残った財産を全て国庫に召し上げた。これで国を豊かにしたと、手柄にしたのである。

 胡亥は正直、これだけ血族を殺すのは胸が痛むし罪悪感もあった。

 だが、帝位を奪われることと人食い死体への恐怖がそれを上回った。

 理性も思考も失い、死んでいながら尽くしてくれた宦官を食い散らかしていた父……あんなのが大挙して押し寄せてきたら耐えられない。

「はぁ……みんな、いなくなっちゃった……。

 でも、これで国は安全になったかな」

 胡亥は、孤独な玉座で安堵のため息をついた。


 ……しかし、本当に全てを処理できたのだろうか。

 後宮からは、殉死した妃たちの世話係たちが仕事を失って追い出されていた。その中に、泣きながら歩く若い女の姿があった。

 彼女は、始皇帝の妃の一人であった。

 にも関わらず、こうして生きている。

 彼女の頭の中に、世話係であった妹の声が繰り返し響く。

「お姉さまは郷里に心に決めた人がいるなら、こんな所に閉じ込められてはだめ。子供を生めない私が、代わりになるわ」

 労役に駆り出されてしまった想い人が戻ってくることを祈って、郷里に帰るために化粧でお互いの顔を入れ替えてすり替わった。

 ……それで、妹が殺されてしまうとは思わなかった。

(ごめんね!ごめんね!お姉ちゃん……あなたの分まで子供を生んで、幸せになるから)

 彼女は歩き、そして遠い郷里へと帰っていく。世界を滅ぼしかねない尸解の血を、知らずその身に宿したまま。

 その災いの種がいつどのように芽吹くかは、神のみぞ知るところであった。

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