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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十四章 二世皇帝
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(170)

 趙高と胡亥、帝位につくための邪魔者潰しです。

 その矛先は扶蘇と、そして彼を支持する有力な兄弟……胸糞展開だが史実である。


 次回からようやく咸陽に帰ると、また地下を巻き込んで話が進みます。

 もう少し史実にお付き合いください。

 李斯の協力を取り付けると、趙高と胡亥はすぐに行動を開始した。

 最優先となるのは、胡亥が帝位につく際の邪魔者……すなわち、扶蘇を殺し蒙兄弟の力を奪うことである。

 趙高は扶蘇あてに始皇帝からと称して手紙を書き、皇帝の印を押した。

<おまえは世の中の厳しさを知らず朕のやることを非難してばかりで、そのくせ自分に与えられた任は果たせていない。

 蒙恬将軍と共にずっと北にいるというのに、領土は広げられず兵が命を落とすばかりだ。

 自分の無能を棚に上げて朕のやることを阻もうとするとは、不孝なうえに国家に対する罪である。

 おまえが死なせた者たちに詫び、せめて潔く自決せよ>

 さらに蒙恬にも、こんな手紙を送らせた。

<おまえは朕にも扶蘇にも信頼されているので扶蘇の心根を正させようと側に置いたが、全くできていない。

 それどころか辺境で目の届かぬのをいいことに、扶蘇の愚痴に同調して朕を貶めていると報告が上がっている。

 これは扶蘇に取り入り反逆を企てていることが明らかである。

 ゆえに将軍の職をはく奪するので、扶蘇に殉じるがいい>

 手紙を書き終えた趙高に、胡亥が尋ねる。

「ねえ、本当にこんなので兄上を消せるの?」

 趙高は、自信たっぷりに笑って答える。

「できますとも、扶蘇様はとても素直なお方ですから。陛下にそう思われているというだけで、絶望して死ぬでしょう。

 たとえ自決しなくても、それはそれで陛下の命に背いたとして処刑することができます」

「へえ~、それなら簡単だぁ!」

 胡亥は、安堵したように言った。

 扶蘇を殺すと決めてから、血みどろの殺し合いになると思って気が気でなかったのだ。それが手紙一通で済むとなれば、だいぶ心が軽くなる。

 自分が危険を冒したり、血を見る訳ではないのだから。

 しかし、それはある意味戦いの中での死より残酷なのだが……胡亥が相手の気持ちになってそれに気づくことはなかった。

 ただ早く邪魔者が消えてくれと願いながら、胡亥は趙高が出した使者を見送った。


 趙高の目論見通り、扶蘇はその手紙を読むと素直に受け取って泣き崩れた。

「ああああ……わ、私は少しでもお父上に信じてもらえるよう今日まで頑張ってきたのに!!この身と心に鞭打って、任務を果たしてきたのに!!

 それなのに、こんな……父上は、そこまで私のことを……!!」

 この北の地に追放同然に派遣されてからも、扶蘇は泣き言を言わずに健気に頑張ってきた。不便で厳しい辺境で、広がった領土を失わぬよう耐えてきた。

 長城建設や辺境開拓に送り込まれた兵や民の嘆きと苦しみを目の当たりにしながら、それでも父に信じてもらうために耐えてきた。

 この任を果たして再び父に信じてもらえたら、今度こそこんな苛政は終わりにしてやると決意を固めて。

 それでも、決して父を倒そうとは思わなかった。

 誠実に仕事をしていれば、きっと父は分かってくれると信じて。

 ……しかし、もうすぐ巡幸で近くに来るはずの父からのこの手紙。

 扶蘇はこの広すぎる荒野を守るだけで十分きついと思っていたのに、父はそれでは全然足りないと思っていたのか。

 そのうえ、自分はこんなに父を思って真面目にやってきたのに、父は自分の態度に反逆すら疑っていたのか。

 これまで頑張ってきたことと信じてきたこと、全てが崩れ去る思いだった。

 扶蘇は滝のように涙を流し、短剣を抜いて首に向けた。

 その手を蒙恬が慌てて押さえ、止める。

「お待ちなされ、早まってはなりませぬ!

 辺境の守りとは、あなたが思われるよりずっと重大な役目なのです。その任につけ大軍を与えた時点で、陛下はあなたを信頼なさっているのです。

 それなのに、こんな使者と手紙一枚で自決せよとはおかしゅうございます!

 ここは使者が本物であるかを確かめ、もうすぐいらっしゃる陛下に直接お会いになって許しを請うべきでありましょう」

 宮中で他の臣下からの嫉妬に晒され出世した蒙恬は、さすがに鋭かった。

 蒙恬は自分たちをよく思わない臣がたくさんいるのを知っていたし、この辺境は人を知られず葬り去るのに最適だと分かっている。

 だからこの手紙に皇帝の印が押されていようとも、すぐには信じなかった。

 しかし、そう言われたところで扶蘇にはもうどうしていいか分からない。

「そうやって私が父上を疑って足掻いて、何になるの?これを知ったら、父上は私のことをもっと信じなくなるだけなのに。

 それに会って謝って、それからどうするのです?これ以上不毛な領土を広げたって民も兵も苦しむばかりだし、私はそんなの耐えられない!」

 扶蘇は、どこまでも優しい性格だった。

 だから父の手紙を疑うことも、民や兵にさらに負担をかけて挽回しようとすることもできなかった。

 そういう意味では、やはり天下を背負える器ではなかったのかもしれない。

 結局蒙恬の説得も空しく、扶蘇は自殺してしまった。

 だが、蒙恬は手紙通り自殺したりしなかった。

「拙者は陛下より大任を預かる身、その詔が本物かも分からぬのに動くことはできぬ。拙者を動かしたいならば、再度の勅命を求める。

 そして、陛下に直接お会いしたうえで処遇を決めてもらおう!」

 もしその言い分が通れば、趙高の策は破れていたかもしれない。

 しかしここは他に助けを求められるものがない辺境であり、手紙にはきちんと皇帝の印が押されている。

 使者はすぐに命令違反で蒙恬を捕らえ、牢にぶち込んだ。そして、初めから交代させるつもりで連れてきた李斯の部下に役目を引き継がせた。

 こうして、北は趙高の思惑通りに片付いた。


 その報告が届くと、胡亥はあっけに取られて呟いた。

「え、あ、兄上……もう死んじゃったの?

 ハハハッさすが趙高だ!もうこれで兄上に皇帝の座を奪われる心配はないや。兄上を担いでた奴ら、ザマーミロ!

 で、これで担ぐ相手がいなくなったんだから……蒙恬は許してあげてもいいかな?」

 口では笑っていたが、胡亥の顔は青ざめていた。

 内心怖くてたまらないのだ……あんなに簡単に聡明な兄が死んでしまったことが。

 正直、もうこんな思いはしたくなかった。皇帝になりたいだけなんだから、対立候補さえいなくなればもう殺したくなかった。

 しかし、趙高は厳しい顔でささやく。

「いいえ、手を緩めてはなりません!

 扶蘇様を葬ったことで、蒙兄弟は我らを深く恨むでしょう。これをそのままにしておけば、必ずあなたに牙をむきます。

 扶蘇様以外にも、担ぎ出せる上の兄弟はいくらでもいるのですぞ。

 もし立場が逆転したら、今度はあなたがやられる番ですぞ!」

 そう言われると、胡亥は別の意味で震えあがった。

 扶蘇が手紙一枚で殺されたということは、立場が変われば自分もそうなるということだ。他の誰かの陰謀で、なす術もなく命を絶たれる。

 何が何でも今の立場を守らなければ、扶蘇の悲劇は明日の自分かもしれない。

 そう思うとたまらず、胡亥は趙高にすがりついた。

「そ、そんなの嫌だよ!どうしたらいいの、趙高!?」

 趙高は胡亥を安心させるように言う。

「大丈夫でございます、むしろこの機に他の邪魔者も一掃してしまえばよろしいのです。

 蒙恬を罪人としたことで、弟の蒙毅も連座で捕らえる理由ができました。他にも蒙兄弟をかばう者がいれば、どんどん捕らえればいいのです。

 そうすれば、胡亥様は安全になりましょう」

「うんうん、それじゃ早くそうして!」

 臆病者の胡亥は、一も二もなくうなずいた。

 こうしてまた、蒙毅にも偽りの詔が送られた。

<おまえの兄蒙恬が、辺境で預けられた兵を使って反乱を起こそうとした。そのため、事情を調べるためにおまえも大人しく縄を受けよ>

 そうして蒙毅も捕らえられ、趙高と胡亥を止められる者はいなくなった。


「やった~!これで咸陽に戻ったら僕が皇帝だ!

 ありがとう趙高、本当に感謝してるよ!

 僕が皇帝になったら、欲しいものは何でもあげるから遠慮なく言ってね。土地でも冠位でも、いくらでもあげるから」

 有頂天になってはしゃぐ胡亥に、趙高は柔和な笑みで言う。

「いやいや、いくら土地をいただいても宦官の私には継がせる子もおりませんから……冠位や録も同じでございます。

 私は胡亥様に他の誰より信じていただければ、あなたからそれ以上は要りませぬ」

 その答えに、胡亥はほっこりと心の中が温かくなって安心する。

 何て無欲で忠実な臣下だろう。どこまでも自分のことを思って、自分の危険を除くためなら厳しい事も言ってくれる。

 この趙高に任せておけば、自分は何もかもうまくいくに違いない。

 何の疑いもなく、そう信じられた。


 胡亥は気づいていなかった……この目の前にいる宦官こそが、最も危険だということに。

 胡亥は見抜けなかった……趙高の柔らかな目の奥に宿るおぞましい野心と、どす黒く燃える嫉妬の炎を。

(いい気なものですなァ……いくらでもご自分の子孫を残せるのに、それ以外の幸せをどこまでも貪り続けて。

 そのように欲深いと、天罰が下りますぞ)

 趙高が真に望むものは、胡亥に誰よりも信じられた結果奪えるもの。

(せいぜい富と権威を集めるがよろしい。

 そうしたら、私が全ていただきましょう……永遠の命と帝位と共にね!)

 限られた者が胡亥との未来へ動き出す中、趙高だけが別の未来を見て笑っていた。

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