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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十三章 二つの滅び
163/255

(162)

 蓬莱パートその2、欲におぼれ大陸をなめきった蓬莱はどうなってしまうのでしょうか。

 徐福の最後の策は、想定していた通りになりました。


 与えられたものを後先考えずに貪ると、与えられる前よりずっとひどい事になります。

 多分、元あった問題で滅ぶより早かった。皮肉。

 翌日、太陽がだいぶ高く昇った頃、安期小生たちの世界は一変していた。

 目を覚ますと、安期小生たちは縄で縛られていた。はっと周りを見ると、大勢の少年少女たちが自分に向かって武器を構えている。

 そして徐福と数名の取り巻きが、険しい顔で自分たちを見下ろしていた。

「お、おい、これはどういうことだ!?」

 慌てる安期小生に、徐福は冷たく言う。

「どうもこうも、おまえたちが話に応じぬから力で制圧させてもらった。こちらは何としても治療法の有無を知りたいのでな。

 ……素直に明かしてくれたら、ここまでしなくて良かったのだが」

 残念そうにため息をつく徐福に、安期小生は怒りに顔を赤くして喚く。

「ふざけるな、俺を誰だと思っている!?

 貴様を島から逃がしてやったのは誰だ!不老不死の元となる血を渡してやったのは誰だ!今の貴様があるのは、俺がおかげだぞ!!」

「その時の対価なら、もう充分払ったさ。

 島を立て直すのに必要な処女童男を千人、そして多くの物資……島は豊かになり、血の淀みで滅ぶ恐れもなくなった。

 なのに、今度は何も払わず、どれだけこちらから搾り取る気だ?」

 そう言ってやると、安期小生はぎりっと唇を噛んだ。

 しかしすぐに、嘲るような笑みと共に言った。

「ああそうだ、あの頃の我らは弱かった。それこそ、吹けば飛ぶようなものだった。力でねじ伏せられるとも思えるだろう。

 しかァし、今の蓬莱は違う!!

 貴様が九年前に連れてきた千人の処女童男は成長し、子も増えた!今の蓬莱の力をあの頃と同じだと思うなよ!

 貴様の連れてきた兵など、すぐにねじ伏せて……」

「だから、三千人連れてきたのではないか」

 いきがる安期小生に、徐福は淡々と告げる。

「その千人を連れてきたのは俺なのに、俺にそれが分からない訳がないだろう。

 だから今の蓬莱の人口を制圧できるように、三千人……それも即戦力になる年齢の者を連れてきた。ついでに、秦の兵に戦う訓練もつけてもらっている。

 で、おまえたちは人口が増えたとはいえ、生まれた子はまだ幼すぎる。女は大多数が子育て中だろう。

 それで勝てると?」

 その指摘に、安期小生は青くなった。

 どうせ戦えるのは貢物を守っていた少数の兵だけだろうと高をくくっていたが、三千人の子供たちも戦えるとなると話は別だ。

 そのうえ、蓬莱の人口の中で戦える者は限られる。おまけに戦える年の者でも、戦いの経験そのものがまずない。

 戦う必要がなかったから、武器すらほとんどないのだ。

「ああ、言い忘れたが、鉄の農具というのは実は半分くらい鉄の武器でな。

 昨夜の内に方丈と瀛州に上陸した者たちがその二島を制圧している。俺からの合図一つで、すぐ滅ぼせるようになっている。

 信じてもらえるように、まず片方滅ぼしてみせようか」

 徐福はそう言うと、部下に何事か指示した。

 程なくして、穏やかな晴天の空に一筋の黒い狼煙が上がった。

 すると、見る間に方丈のあちこちから煙が上がり始める。そして、あっという間に燃え盛る炎が家々を包んでいく。

 それを島民たちが黙って見ている訳がないから、それでも誰も消火しないということは島民たちはもう……。

「あ、ああ……!」

 安期小生たちは目を皿のように見開いて、一つの島が滅ぶ様を見ていた。そのうち何人かが震えながら失禁し、床に汚い水たまりを作った。

 徐福は、すっかり怯えた支配者たちの前にどっかりと腰を下ろして言う。

「さて、この通り我々は今すぐにでもおまえたちを滅ぼせる。

 だが治療法について正直に話してくれれば、治療法の手がかりがあれば、許してやらんこともない。

 では、一人一人話を聞かせてもらおうか!」

 徐福の指示で、島の支配者たちは引き立てられて一人一人別の場所に移される。そこから、命を懸けた尋問が始まるのだ。

「ひいいい……許してくれ!悪かった!この通りだ!!」

 完全に恐れをなして床に頭をこすりつける安期小生に、徐福は優し気に言った。

「許してやるとも、治療法さえ示してくれればな」


 結果から言えば、島の支配者たちは実に様々な治療法を吐いた。それはもう、両手に指で数え切れぬほどに。

 そしてそれが全て根拠のない嘘であると、徐福たちには分かった。

 誰一人として同じことを言わないし、裏付けとなる根拠も何もなかった。要するに、それぞれが助かりたくて適当な話をしていたのだ。

 その間に、尉繚たち工作部隊が宮殿や元仙人の館を調査したが、案の定もう何も出てこなかった。

 蓬莱が徐福たちに差し出せるものは、もうとっくに尽きていたのだ。

「そうか……やはり、治療法はないか」

「ああ、伝記にも目を通してみたが、そもそも治療しようという発想がなかったようだ」

 尉繚の報告に、徐福は悲痛な表情で目を閉じた。

(これで、大陸の感染拡大への対策はなくなったか)

 予想できなかったこととはいえ、自分が招いてしまった状況だ。徐福は大陸で何も知らず暮らしている人々を思い、暗澹たる気持ちになった。

 しかし、元から望み薄だと分かってはいた。

 尸解が体質ではなく病だと暴いたのは、徐福たちだ。それを体質だと思い込んでいた蓬莱の者たちが、治療法を探そうとする訳がない。

 結局のところ、蓬莱の者たちは自分のことを徐福より知らないのだ。

 本質を知らないまま、利用して富を得ることばかり考えている。

 このままでは、生かしておいても悪いことにしかならない。

「やむを得ん……蓬莱に残っている住民を皆殺しにし、奪えるだけの物資を奪え!」

 徐福は覚悟を決め、せん滅の命令を下した。


 ごうごうと火の粉を巻き上げ、集落が燃え上がる。海の上に見える瀛州と、そしてここを取り巻く蓬莱の集落も全てが燃えていた。

「あ、あ……燃える!わしの全てが!

 わしが盛り上げ築いたもの、引き継いだもの全てが……!」

 安期小生は、滝のような涙を流して全てが滅ぶ様を眺めていた。他の島の支配者たちも、茫然として燃え落ちる村を見つめている。

 誰もが、今目の前の光景を信じられないようだった。

 尸解の血を……自分たちが受け継いだものを対価に、大陸からあれほど吸い上げて栄華を築き上げたのに、全てが灰となってしまう。

 そのうえ、今生きている、元から蓬莱にいる自分たちもこれから殺される。

 もう蓬莱には、何一つ残らない。

 本当にすべてが滅び去った、廃墟の島となってしまう。

 こんな最悪の結末を、蓬莱の誰も予想しなかった。

「嫌よ……こんなのってない!

 あんたたちと取引して豊かになって、これからは幸せになれるんだって思ったのに……安心して八人も子供を生んだのに……。

 あの時、自分の子も待たせて腫らしてた乳で育てたのよ!ねえ!!」

 そう訴える女は、どうやら九年前に徐福を助けるのに協力してくれた、乳飲み子を育てていた女であった。

 彼女は島が豊かになったことでようやく押し付けられた子育てから解放され、思う存分自分の子を産み育てたのだ。

 これからは今までの苦労が報われるのだ、もう苦しいことは何もないと信じて。

 だが、その生活が身勝手に満ちたものであると、徐福たちには分かった。

 彼女は悪趣味なほど刺繍の入った美しい着物(今はボロボロの怪鳥のようだが)を着ており、おまけに体はでっぷりと太っている。

「そうは言うがな……おまえ、本当に自分で世話をしていたのか?

 その姿を見ると、とても汚れ仕事に精を出していたように思えん。

 おおかた、乳をやることと気が向いたときに可愛がる以外は、全て召使にした大陸の子供たちに任せていたのだろう?」

「それの何が悪いのよ!!

 あたしたちはあんなに苦労したんだから、報われるべきだわ!」

 彼女も他の島の支配者たちも、もうこの大陸から吸い上げて好き放題する生活が自分たちに与えられて当然と思っている。

 滅ぶ寸前の地獄のような生活で溜まった鬱憤と、当時の生活と取引後の生活の落差が彼らを狂わせてしまったのか。

 やっと手にした天国をもう二度と手放したくない、もっともっと手に入れたいと。

 徐福は、そんな彼らを悲しそうに見つめて呟く。

「だからだ……だから、生かしておく訳にいかぬのだ。

 今取引をやめて生かしておけば、おまえたちは大陸の恵みほしさに今度は自分たちで大陸に向かうだろう。たとえ今痛い目に遭っても、いずれ欲望に抗えなくなる。

 そうなれば大陸に尸解の血が広がり、遅かれ早かれ人食い死体が発生して大陸の滅びを招くだろう」

 それが徐福が蓬莱せん滅を決意した一番の理由だ。

 ここで命を助けたとて、この欲におぼれた者たちが大人しくしているとは思えない。もしその懸念が現実になれば、大陸で感染を封じ込めたとしてもここから何度でも感染が広まってしまう。

 防ぐには、元を断たねば。

 それを聞くと、安期小生は目を白黒させて喚いた。

「き、貴様……我々の血は皇帝の不老不死に必要なのだろう!?

 我々を殺したら、貴様が皇帝に処罰され……」

「言っていなかったか?皇帝陛下は真実を知らぬ。

 実を言うと陛下の側近にはバレてしまったんだが……その側近も、おまえたちを滅ぼすのには賛成だ。

 秦と皇帝の与えた富で救われたにも関わらず、何も出さずにもっと吸い上げようとは不遜なり。身の程を思い知らせ、鉄槌を下せと。

 これだけの武力と船団を用意するのも、その側近が協力してくれたのだ」

 それを聞いて、島の支配者たちは愕然とした。

 自分たちの態度は、大陸の支配層を本気で怒らせていたのだ。そして大陸の支配層が持つ力は、自分たちなど遠く及ばぬ強大なものだった。

 怒らせたら、敵う訳がなかったのだ。

「ま、待て待て、我々はこれからも尸解の血と仙黄草を差し出せる……」

 泡を食って命乞いする安期小生を、徐福は一蹴する。

「尸解の血は他人にうつせる、よって大陸に持ち込んだ分からいくらでも増やせる。仙黄草は、大陸にもたくさん生えていた。

 もう、おまえたちが差し出せる価値あるものは何もない」

 島の支配者たちは、頭の中が真っ白になった。

 徐福の言う通りだ、自分たちはもう何も差し出せない。それなのに大陸からはいくらでも欲しがって、何と馬鹿なことをしていたのだろう。

 自分たちは本当に何もないちっぽけな島の、ちょっと変わった病を持つ人にすぎなかった。

 ようやく気付いて呆けたような顔をする支配者たちに、徐福は別れを告げる。

「おまえたちは、差し出せるもので得られる恵みを全て貪りつくしてしまったのだ。もうこれから先、おまえたちが得られるものは何もない。

 では、さらばだ」

 絶望に染まった安期小生たちの首が、落ちた。


 それから数日で、蓬莱は完全に廃墟となった。

 住んでいた人々は皆殺しにされ、焼かれた。食糧や使えそうな物資は全て、徐福たちの船に積み込まれた。

 もうここには、本当に何もない。

 大陸の恵みに目がくらんだ安期小生たち一代で、島は完全に滅んだ。

 徐福たちは全てを奪い終えると、滅んだ始まりの地を後にし、自分たちの新たな始まりの地を目指して海の果てへと消えていった。

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