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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十二章 終の旅路
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(160)

 とうとう、徐福の最後の航海に出航です。

 この後のことについて、フラグが立ちまくります。


 国を去る徐福たちの本当の目的地は、どこなのか……日本には徐福伝説がたくさんあるそうですね。

 ついに準備が整い、出航の日がやって来た。

 港には大型の船が何隻もつながれ、きれいに飾り付けられて旅立つ時を待っている。その船は、秦の兵に鍛えられて殺伐とした顔になった子供たちがどんどん乗り込んでいた。

 始皇帝も連れてきた文武百官を整列させ、盛大に見送ろうとしている。

 緊張に少し身を固くする始皇帝に、徐福はうやうやしく頭を下げた。

「では、行ってまいります!

 私が再び仙薬を持ち帰る日まで、どうか息災であられませ!」

 その言葉に、始皇帝は心配そうに問う。

「仙薬は……どのくらいで持ち帰れそうじゃ?」

 心配するのも無理はない、徐福が前の航海から戻ってくるのに九年もかかったのだ。また同じほどかかったら、もう自分は生きていないかもしれない。

 それでは、いくら仙薬があっても意味がない。

 しかし徐福は、自信たっぷりに言った。

「海神さえ追い払えば、一年も経てば帰れます。

 陛下には、これほどのものを準備していただきました。その熱意、決して無駄にはいたしませぬゆえ、朗報をお待ちください!」

 それを聞いて、始皇帝は少し心が軽くなった。

 徐福はきちんと前の約束を果たし、九年かかりながら少しでも仙薬を持ち帰った。だから今回もきっと、うまくやってくれるだろう。

 すっかり頼みにした顔の始皇帝に、徐福は質素な箱を差し出す。

「仙人になるには足りませぬが、私の持つ分は全て差し上げます。

 もし陛下に何か変調がありましたら、こちらをお飲みください。

 陛下は海神の手下に顔を見られてしまいました。ゆえに、もしかしたら呪いを受けることがあるやもしれませぬ。

 そのような場合は、これで邪気を払われますよう」

 始皇帝が震える手でそれを受けとると、徐福は素早くその後方に視線を走らせた。

 そこには、趙高がニタニタと笑いながら立っていた。しかし全員が始皇帝と徐福の方を向いているので、始皇帝の側にいる者は気づいていない。

 趙高は徐福の視線に気づくと、わずかに目配せをした。

 徐福もわずかにうなずき、始皇帝の命令を待った。

 始皇帝はしばらくその箱を抱えていたが、やがて心が決まったのかその箱を趙高に渡し、徐福に向き直って命じた。

「よし、では行ってこい!

 必ずや、万世の繁栄のために仙薬を持ち帰るのじゃ!!」

「は、必ずや!」

 徐福は深く頭を下げ、それからきびきびとした動作で船に乗り込んだ。そして、共に旅立つ船団に大声で合図を送る。

「出航!!」

 たちまちそれぞれの船を止めていた錨が引き上げられ、ゆっくりと船が動き出す。緩やかな風を大きな帆に受けて、岸から離れていく。

 あれほど強大で威容を誇る秦軍も、離れるにつれて豆粒のように小さくなっていった。

 それを見て少し笑うと、徐福は早々に船室に引っ込んでしまった。


 始皇帝は、船団が豆粒のように小さくなるまで呆けたように見送っていた。

 仙薬は少しだが手の内にある、さらにもっと手に入れると徐福は約束してくれた。自分の仙人への道は、確実に終わりに近づいている。

 なのに、始皇帝は心の中に広がる寂しさを抑えられなかった。

 もう自分の国に、誰も残っていない。徐福も盧生も侯生も、みな海に出ていなくなってしまった。

 道を問うべき信じられる者が、誰も残っていない。

 そのうえ天下統一のために身を粉にして働いてくれた尉繚も、徐福と一緒について行ってしまった。

 自分が頼りにできる者が、皆自分を残して行ってしまった。

 自分の命令で行かせたのに、なぜか置き去りにされたような恐怖を覚えた。

 晴れ渡る空の光を浴びて、始皇帝は必死でその嫌な考えを振り払う。

 仙人になるために、必要なことじゃないか。一年も経てば帰ると、徐福は言ったじゃないか。やれることはやったじゃないか。

 余計な心配をせず、どっしり構えて待っていればいいのだ。

 それに、いなくなったのは国政に関係のない者たちばかりではないか。

 自分の手足となって国のために働く部下たちは、ここにいくらでもいる。李斯と趙高が、側にいてくれる。

 気分を切り替えるように、始皇帝は臣下たちの方を振り返った。

「では、出発の準備に移れ。我々も巡行を続けるぞ!」

「はっ!」

 居並ぶ文武百官が、頭を下げる。

 その中で、趙高だけは顔を上げた後、楽しそうに笑って言った。

「一年後が楽しみでございますな、陛下」


 海に出てしばらくすると、徐福は主な者を自分の船室に集めた。尉繚と工作部隊、それに荷物に紛れて乗り込んだ盧生と侯生だ。

「無事出航できて、ようございましたね」

「ああ、そちらこそ無事合流できて良かった」

 徐福は盧生と侯生と手を取り合って、再会を喜び合った。徐福としても、この二人は初めに声をかけていろいろと苦労をかけたため、最後まで面倒を見てやらねばと思っていた。

 尉繚が、得意げに胸を張って言う。

「フン、人二人隠すなど、我らには造作もないことよ!

 それで工作部隊の多くを救ってもらえるならば、容易いことだ」

 工作部隊の者たちは、秦の官吏たちの目を逃れて二人を匿っていた。工作部隊も望む者は新天地に連れて行くという条件で。

 今、船団の乗組員はかなりの部分が工作部隊で占められている。兵士として、料理人として、職人として……。

 身分を明かしている者、隠している者、それはもうありとあらゆるところに。

「いいさ、俺もその方が助かる。

 どのみち陛下の命令を途中で捨てるのだ、俺の側にいる者ばかりで進めるようにしておかねば成り立たぬさ。

 俺の方こそ、こんなに多く人材をもらって……大したものだな、工作部隊は!」

 徐福がほめると、尉繚は切ない顔で呟いた。

「当たり前だ……秦を、天下統一に導いた組織だぞ。

 あんなになった陛下や趙高と、一緒に滅んでいい訳がない!」

 その一言に、尉繚の誇りがにじみ出ていた。

 秦がまだ乱世の一国だった頃、工作部隊は数え切れぬほどの工作と情報収集のため中華全土を駆け巡った。この働きなくして、天下統一はなかっただろう。

 しかし乱世が終わった途端、その扱いはぞんざいになった。もう敵はいないからいらないだろうとばかりに。

 尉繚は、それが悔しくてならなかった。

 工作部隊はまだまだ国の役に立てるのに。国を正しく運営していくのに、自分たちの情報収集と技術力は必要なのに。

 それを分かってもらえなかったことが、何より辛かった。

 これもあって、その価値を分かって国よりも救おうとしてくれる徐福に身を預けたのだ。

「やれやれ、工作部隊を失った国はこれからどうなるでしょうな?」

 いい気味だと言う盧生に、徐福は淡々と言う。

「どうなろうが構わんよ、そのつもりで出てきたのだから。

 ただ確実に言えるのは、もう俺たちを追うことなどできんということだ。官吏どもの情報収集では、この航路にはたどり着けまい。

 もし万が一蓬莱が見つかっても、俺たちの本当に目指す地など夢のまた夢だ」

 工作部隊をごっそり連れてきたのは、自分たちへの追手を封じる意味もある。

 これまで反乱勢力や他国の残党などの調査は、だいたい工作部隊が担っていた。その調査力がなくなって、徐福たちの行方を探せる訳がない。

 徐福たちの調べたことの痕跡を消すのも、その工作部隊がやっているのだ。

 さらに、徐福は万が一のためにもう一つ保険をかけていた。

「さて、とはいえまずは蓬莱の調査を徹底的にやらんとな。

 そこでついでに蓬莱の物資を根こそぎ奪って、次の航海の糧とする。

 次の航海は、蓬莱よりずっと長丁場になりそうだ。……盧生、行先までの航路はきちんと用意してあるだろうな」

「は、ここに!」

 盧生は、東海岸で集めた情報の集大成を皆の前に広げた。

 それは、海図とはとても呼べないような粗末なものだった。地名と方向、航海の日数がつながって書かれているだけ。

 蓬莱から北に進むと陸地に当たり、鮮卑族の住む小さな国がいくつかある。海岸線を南東に進み、海岸線が北向きになったところでさらに東南に進むと小さな島がある。さらにその先に……。

 まだ文明が存在するかすら定かでなく、これまでの中華の王たちが知らなかった東の海のさらに果て……。

「ここまでは、人間も死体も追ってこられまい」

 この地こそが、徐福の求めた人類安住の地であった。

「我らは蓬莱をせん滅した後、できるだけ長く岸につけずにこの航路をとる。秦の外に出るまで岸に寄らねば、記録は残るまい。

 そうすれば、たとえ趙高が我らを追うとしても蓬莱までだ」

 徐福は、趙高には本当の行先を知らせず、蓬莱だと思わせておいた。

 こうしておけば、趙高が乗組員に感染者を抱えて血眼で逃げようとしても、蓬莱までしかたどり着けないだろう。

 また、これだけ長く海を挟めば、死体の侵攻はほぼ防げる。

「せいぜい先の短い世を謳歌するがいいわ!

 まあ、もし百年経っても中華が存続していたならば、それ以降の交易くらいは受け入れてやってもいい。

 百年経って滅びなければ、もう危険は残っていないだろうから」

 もっともその頃には趙高は生きていないし、秦があるかも怪しいが。

 滅びゆく祖国に背を向け、徐福たちの船は大海原へと漕ぎ出していく。人の生きられぬ海に、自分たちを縛るものは何もない。

 ただ始まりの地にて決着をつけるべく、船団は果てしない波の彼方に消えていった。

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