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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十二章 終の旅路
160/255

(159)

 出航前、それぞれの気持ちをぶつけあう徐福と趙高。


 二人はお互い何のために、手を取り合って協力してきたのか。

 お互いの求めるものとこの状況での理想の結果、最後の策の全容が明かされます。

「ワッハッハッハ!これで邪魔者は退けた!

 朕が天下に永遠に君臨する日は近いぞ!!」

 妖怪退治を終えて、始皇帝は至極上機嫌だった。参加した兵士や漁師たちにも酒と肴をふんだんに振る舞い、飲めや歌えやの大騒ぎである。

 もう既に、仙人になると決まったような気でいる。

 近くの城から連れてきた美女を両側に侍らせ、赤ら顔でその腰を撫でる。

「のう、おまえたちは元々海の近くに住んでおったらしいが、仙人の島に近いゆえに仙才も高いかもしれんぞ。

 仙薬が多く手に入ったら、おまえたちも仙女になるやもしれん!」

 始皇帝はそう言って笑うが、女たちの顔はどこか悲しげだった。

 なぜならこの女たちは、もう住み慣れたこの地にいられないのだ。始皇帝が手を付けた女は、尸解の感染を広げないために全て咸陽の後宮に送られる。

 始皇帝が旅先で当地の女を抱くたび、そのような悲しみが増えるのだ。

 しかし始皇帝は、彼女たちが悲しんでいるとはみじんも思っていない。自分の伴侶になれるのだから、幸せで当然と思っているのだ。

 もう、それを止めたり諫めたりする者はいない。

 心をなくした臣下たちの上辺の笑いのみがその場を満たしていた。


 宴が終わって皆が寝静まった深夜、徐福と趙高は周りに人気のない小屋で静かに向き合っていた。

「……それで、本当に行かれるのですね?」

「ああ、男に二言はない」

 趙高の問いに、徐福は深くうなずく。

「蓬莱制圧に必要なものは全て揃った。陛下も俺たち以外に心が揺るがぬよう、強烈な体験をさせてやった。

 もうここでやることは残っていない、あとは蓬莱だけだ」

 その含みのある言い方に、趙高はくすりと笑った。

「やることは残っていない……ですか。

 それでは、やはり戻られぬおつもりで?」

 趙高が尋ねると、徐福は淡々と答える。

「前から言っておるだろう、有効な治療法が見つかりそうなら戻ると。蓬莱に行って探してみなければ、何とも言えん」

「その期待は、いかほどお考えで?」

 突っ込んだ問いに、徐福は少し顔をしかめた。

「分からぬものは分からぬ。俺とて、蓬莱のことをそれほど詳しく知っている訳ではない。そもそも蓬莱が隠しているものを探すのだから……」

「では、あなたが戻ってきた時に陛下がいなくても構いませぬな?」

 徐福が答えぬと見たのか、趙高はいきなり質問を変えた。

 その質問には、もはや隠そうともしない趙高の野心が表れていた。その目は、獲物を狙う獣のようにらんらんと輝いている。

 徐福は一瞬嫌悪に顔を歪めたが、責めはしなかった。

 始皇帝など、いなくなった方がいいに決まっている。

 趙高が始皇帝を亡き者にしてやりたいことなど分かりきっているが、徐福が見たところ趙高は狡猾だが小者だ。

 始皇帝のように強引に天下をまとめていく手腕などない。ならばむしろ、趙高に政権を渡した方が早く終わるかもしれない。

 それに、どうせこの大陸のことは半ば諦めているのだから……。

 という最後の考えは出さず、徐福はうなずいた。

「陛下がいようがいまいが、感染が制御下にあればよい。

 俺が求める治療法は誰にでも通用するもので、陛下も感染者の一人にすぎぬ。

 ただし、もし陛下に万が一のことがあれば、周りの感染者はできるだけ処分してほしい。まあ、主に後宮の女と感染した公子だが。

 感染が広がって誰を治療したらいいか分からなくなっては、治療法があっても人食い死体は知らぬところで広がってしまうだろう」

 それを聞くと、趙高は満足そうに笑った。

「ほっほっほ、もちろん抜かりなくやっておきますとも。

 公子様方のお命も、この世そのものと引き換えにはできませぬからなぁ……ああ、これは仕方のないことです」

 やはり趙高は、他の公子たちを殺したくてうずうずしている。

 胡亥を皇帝とするのに、他の公子たちは邪魔でしかないのだから。むしろ殺すのに都合のいい口実ができたと言わんばかりだ。

 だが、かわいそうなようだが、徐福としてはそちらの方が良かった。

 感染者は、治療法が見つからぬ以上できるだけ殺してしまった方がよい。下手に情けをかけて逃がせば、世界の危機を招く。

「さすがだな……おまえだからこそ、大陸を任せられる」

 徐福は、ぽつりと皮肉をこぼした。

 すると、趙高は悪賢い笑みで返す。

「一応誉め言葉と受け取っておきますよ。

 私は世界を守りますとも、私が不老不死となって永遠に支配する大切な世ですからね。死体ばかりになってしまっては、税も取れませぬし。

 それはそうと……どうしても、私に下で研究を続ける気になれませぬか?」

 趙高は、にわかに真剣な顔になった。

「私は、あなたの研究者としての才能を買っているのです。

 あなたの命を懸けることもいとわぬ探究心、観察眼、発想力……全てが常人にはないものです。それによって、人食い死体という不完全とはいえ死を超えるものが作られた。

 ここから先不老不死を目指すにしても、あなたは研究に必要なのです!

 あなたが望むなら、どんな富貴も叶えてさしあげましょう!国の半分を差し出してもいい!だからどうか……私のために戻ってきてくれませぬか?」

 次第に、趙高の言葉は懇願に変わっていた。

 それほどに、徐福が欲しいのだ。

 今咸陽に残っている石生たちでも、研究の作業を続けることはできる。しかしその結果を読み解き次の作業を考える能力において、徐福に勝る者はいない。

 徐福がいるかいないかで、研究の進み具合は大きく違ってくるだろう。

 だから趙高は、できれば徐福に自分の下にいてほしいのだ。

 しかし徐福はすげなく断った。

「だめだな、おまえには人を思う心がない。

 自分のために世を守ろうとはするが、世が自分になびかねばいずれおまえは世を切り捨てるようになるだろう。

 そんな奴のために研究を続けるなど、願い下げだ!」

 徐福は、にわかに剣呑な顔になり、趙高をにらみつけた。

「もし俺をおまえの下に留めるなら、俺はおまえにその兆候が見えた時点でおまえに牙をむく。

 人と世のため、何としてもおまえを排除する。

 だが、旅立たせてくれるならもうおまえが何をしようが一切こちらから手を出さん。おまえも、その方がいいだろう?」

 趙高の顔が、悔しそうに歪む。

 これが徐福と趙高、二人の願いの妥協点なのだ。

 趙高としては徐福を使い続けたいのだが、徐福はもし趙高が世を害そうとすれば、趙高を殺す気でいる。

 しかしそれを防ぐため徐福を拘束してしまっては、研究に使えない。徐福にとっての武器庫に等しい研究施設で、力を持たせたまま危険と表裏一体で使うしかないのだ。

 己の身がかわいい趙高は、それを受け入れられなかった。

 徐福も、どう考えても力をいい方向に使いそうにない趙高の下で働きたくなかった。

 だから、出ていくことにした。

 海の向こうの新しい土地で安定して生きられるだけの人数を連れ、この大陸から出ていく。そしてもう大陸のことに関わらない。

 そうすれば、大陸が滅んでも人類は守られる。

 それが、徐福の最後の策だった。

 それにこうしておけば、趙高にとっても寝首をかかれる心配がなくなる。もう誰も恐れることなく、大陸でやりたい放題できる。

 お互いに都合がいい、ただ一つの妥協点だ。

 だから趙高は、徐福のその意図を見抜きながら協力した。むしろ徐福も、趙高ならそうすると分かっていたから真意を隠そうとしなかった。

 そうして実行までは手を取り合って力を合わせ、今に至る。

「……先ほどの答えになるが、正直あまり期待はしておらんよ。

 蓬莱に治療法の情報は、はっきり言って望み薄だ。少なくとも、はっきり治療法として伝わっているものはないだろう。

 あれば、当初の従順だった時期に出してきた可能性が高い」

 徐福は、悔しそうに告げた。

 趙高に伝えた通り、治療法が見つかれば戻って来る気はある。そうすれば、大陸に生きる何百万もの命を守れるから。

 しかし、その可能性は低いと徐福は見ていた。

 徐福は蓬莱に以前千人の少年少女を送ったついでに、その場で確認できる限りの資料や伝承などを調べていた。

 その時蓬莱は大量の貢物と新しい血に有頂天となり、徐福が望むならとすんなりいろいろと答えてくれた。

 その時に、まだ隠し事があったとは、考えにくい。

 となると、今回また行っても新しいものは出てこない可能性が高い。

 そうなれば治療法のあてはなく、徐福は蓬莱をせん滅するだけになるだろう。最初からそのつもりで、準備を重ねてきたのだ。

「だから、俺はおそらくこの先、おまえの障害にはならん。

 せめて己のために世を守りながら、君臨するがいいさ」

 徐福はそう言って話を打ち切り、趙高に背を向けた。

 それでも、趙高は未練がましく声をかける。

「あなたの意志は分かりました。しかし、他の方も皆連れて行ってしまうので!?盧生殿や侯生殿、尉繚も……!」

 その名を口にした途端、小屋の戸口から怒鳴り返された。

「誰が貴様などに仕えるか!

 これ以上守るものがなければ、今すぐにでも殺してやるところだ!!」

 それは、尉繚の声だった。

 尉繚もまた、徐福と共に海へと旅立つのだ。趙高がこれからやりたい放題する大陸に残る気など、さらさらない。

 それでも諦めきれず裏切られたような顔をする趙高に、徐福は吐き捨てる。

「俺たちは皆、人と世を害する気などなかった。だがおまえはこの研究を、世を害する己のためだけに使おうとしている。

 だから、皆でここを去るのだ!この結果は、貴様の欲が招いたと知れ!!」

 徐福が戸に手をかけると、趙高はなおも恨めしく呟いた。

「そうですか……ならば勝手に蓬莱の新たな王にでもなるとよい。

 しかし、もし大陸が滅びそうになったら、今度は私があなたを討って移り住みますぞ」

「来られるものなら、来てみるがいい!」

 もはや売り言葉に買い言葉で、徐福と趙高は別れた。しかし去り際、徐福の口元には勝利の笑みが浮かんでいた。

 この二人の企みに気づく者は、他に誰もいない。

 出航の日は、着々と近づいていた。

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