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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十一章 最後の手段
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(155)

 前回韓衆が死んだのには、何の意味があったのでしょうか?

 盧生、侯生、徐福と主要メンバーが全員都を去る前に、今後の感染防止のために何としてもやっておくべきことがありました。


 前回でお気づきの方もいると思いますが、焚書坑儒です。

 そして徐福と趙高は、持ちつ持たれつの関係です。

 盧生と侯生が咸陽を発ってから数か月後、大変な知らせが始皇帝に届いた。

「盧生様と侯生様と、連絡が取れなくなりました!」

 なんと、東に向かった盧生と侯生の行方が分からなくなったというのだ。二人は確かに東の海岸近くまで行っていたが、ぷっつりと足跡が途絶えてしまった。

 さらにもう一つ、血生臭い知らせが届く。

「郊外の森で、韓衆の遺体が発見されました!

 近くにいた怪しい者を取り調べたところ、方士から金をもらって盧生様と侯生様を殺そうとしたらしいのですが、追い付けそうになかったので代わりに韓衆を殺したとか……」

 その報告に、始皇帝は全身の血が逆流する心地だった。

(盧生、侯生……まさか!!)

 行方不明になってしまった二人。二人を殺すよう持ち掛けられたならず者。そして、実際に殺されてしまった韓衆。

 この状況から、始皇帝の頭の中で組みあがった仮説。

 始皇帝は、頭から湯気が出そうなほど怒りをたぎらせて立ち上がった。

「方士と儒者どもを、呼び集めい!!」


 数日後、咸陽宮の広間にお抱えの方士たちとまだ官職のあった儒者たちが集められた。双方にらみ合い、方士たちは仲間内でも火花を散らしている。

「ひひひ、ついにあの邪魔な盧生と侯生がいなくなった!

 きっと今日、それに代わる者が選ばれるのだ!」

「今まではあの二人に好き放題されてきたが、次はわしの番だ。必ずや陛下の寵愛を得て、成り上がってやるぞ!」

「もうあの二人も煩わしい韓衆もおらん、後は陛下のお心を掴むのみ」

 集められた方士たちは、我こそが盧生と侯生に代わって権勢を振るうのだと意気込んでいた。そのうえ、姿を消した二人を嘲笑う。

「それにしても、あの二人はどうなってしまったのだろうな?」

「フン、あれだけの富と権力を独り占めしておいて、ろくな死に方ではあるまいて。

 どれだけの人間があいつらがいなくなることを望んだと思う?ここにいる方士と儒者全員、それに官僚の中でも少なくあるまい」

 ようやく本人がいなくなったとあって、陰口はどんどんひどくなり、方士たちの悪意が露わになっていく。

 儒者たちはそんな方士たちを軽蔑していたが、盧生と侯生を邪魔に思っていたのは同じだ。

「全く、方士共の欲望は見苦しい」

「ああ、だが盧生と侯生がいなくなったのはありがたい。

 これで陛下も目を覚まされ、儒学を見直して正しき国づくりをしてくださると良いが……」

 しかし、その気味のいい雑談は唐突に終わった。

 突然、屈強な兵士たちが現れて方士と儒者たちを囲んだのだ。驚き慌てる方士と儒者たちの前に、怒りに燃える始皇帝が姿を現した。

「ほほう……これはやはり、貴様らの中に犯人がいるようだな」

「え……は、犯人とは……?」

 うろたえる方士と儒者たちに、始皇帝は雷のように吼えた。

「盧生と侯生を害したのは、どこのどいつじゃ!!?」

 ぶつけられた嫌疑に、方士と儒者たちは胆を潰した。

 これは二人の後釜を選ぶなどという生易しい話ではない。始皇帝は他ならぬ二人を害した犯人を探すために、方士や儒者たちを集めたのだ。

 二人が他の方士や、方士をよく思わない儒者たちから疎まれ妬まれていたのを始皇帝は知っている。

 その二人が、咸陽を出て地方に向かった途端に行方不明になった。おまけに、これまで他の方士たちを批判していた韓衆が殺された。

 これはもう、二人を憎む何者かが二人に手を出したとしか考えられない。

 となると疑わしいのは、二人を邪魔に思っていた他の方士や儒者たち。そういう訳で、今日ここに呼び集めたのだ。

 始皇帝の殺意のこもった視線に、方士と儒者たちは震えあがる。

「ひいいっそんな!私は何も……」

「我々は清き世を作りたいのに、そんな汚い手は使いませぬ!」

 そんな弁明を一蹴し、今度は李斯が出てきて言う。

「黙れ、既にやろうとした証拠が挙がっている者もいるのだ!方士のあいつとそいつとこいつは、二人を狙ってならず者に金を渡したと分かっているぞ。

 それに儒者共も、以前扶蘇様と反逆を企てていた時に、集まって他の計画も立てていたのではないか?

 まず、容疑の固まった者を捕らえよ!」

 始皇帝とて、何の証拠もなく集めたわけではない。

 あらかじめ方士たちを調べたところ、実際に街のならず者に二人を狙って金をまいていた者が複数見つかったのだ。

 しかしそいつらは全て、実際に手を出せてはいなかった。となると、他にも同じことをして成功した者がいるかもしれない。

 儒者たちは、以前扶蘇と共に始皇帝の目を覚まさせようと集っていたのが怪しまれた。こちらは、完全に濡れ衣である。

 あっという間に、調べがついていた数人が連行される。

 しかし残った者たちについても、始皇帝は完全に犯人を見る目で見ている。

 方士や儒者たちは、慌てて許しを請い始める。

「は、早まらないでください!自分は盧生や侯生とは違う方法で登仙を目指しており、選んでくださればずっと早く仙人に……」

「嘘をつけ!あの二人もおまえたちも結局ただの詐欺だろうが!

 それに比べ、我々は国家安泰のために伝統と格式ある儀式をしてまいりました。これからも陛下とこの国のために……」

 だが、始皇帝は冷めきった目でこう言った。

「で、成果は証明できるのか?」

 こう言われると、方士たちの舌は鈍くなる。やっていることが、まさしく中身のない詐欺だからだ。

 儒者たちの儀式にしても、伝統的にこれをやっていれば安泰だと言われているだけで、実際にしない場合と比べられる訳ではない。

 しどろもどろとする方士や儒者たちに、李斯はうんざりしたように言う。

「おまえたちは、一体何のために召し抱えられておるのだ?成果も示せず録ばかり食むような輩は、この国にいらぬのだ。

 陛下は、おまえたちにも成果を期待して召し抱えていたのだ。

 盧生と侯生はそれに応え、陛下の仙才を高めて目に見える形で示した。観衆は不老不死を示さなかったものの、健康増進と強精の薬酒は評判が良かった。

 しかるにおまえたちは彼らほど役に立たぬくせに、逆にできる者を蹴落として……」

「断じて許せぬ!

 このような者ども、国の害にしかならぬわ!!」

 始皇帝が、怒りを爆発させて叫んだ。

「この役立たずの給料泥棒ども、まとめて埋めてしまえ!!」

 命令は速やかに、実行された。集められた方士と儒者たちは咸陽の郊外に連れて行かれ、全員が生き埋めにされた。

 こうして、盧生と侯生の後釜を狙う者はいなくなった。


 その報告を、徐福は地下で趙高から聞いていた。

「うむ、上々だ。これでしばらく、陛下は二人の言ったことに従い続けてくれるだろう」

 この方士と儒者たちを一気に処刑させたのも、徐福と趙高の策略であった。盧生と侯生を隠れさせ、韓衆を犠牲にして、始皇帝を誘導したのだ。

 他の誰も、二人の後釜として始皇帝に意見しないように。

 もし他の誰かが後釜となり盧生と侯生の言ったことを否定したら、始皇帝は他の人間と多く接触するようになり、一気に感染を広げるかもしれない。そのうえ、解決法を探っているこの研究も潰されるかもしれない。

 徐福たちが留守の間にそうなったら、もう世の滅びは止められない。

 そうならないために、後釜候補は一掃する必要があった。

 趙高にとっても、せっかく全幅の信頼を寄せられている二人を取り込んだのだから、他の者がしゃしゃり出てきては目障りだ。

 だから観衆の死について方士たちの関与をでっち上げ、始皇帝が他の方士たちを信じず憎むように仕向けた。

 うまくいったことが分かると、徐福はホッとした顔で呟いた。

「良かった……これで俺と尉繚も、安心して旅立てる。

 後は出航までの準備だが……頼んでよいな?」

 肩の荷が下りたような表情の徐福に、趙高はすぐには答えず問い返す。

「必ず……戻られますか?」

 徐福は、苦笑した。

「それは約束できんな。海がしければ船は沈むし、蓬莱が簡単に制圧できるかも分からん。命がけの危険の旅だ。

 だがまあ、俺がいなくても正直おまえは困らんだろう?」

 今度は、趙高が苦笑する番だ。

「おやおや、これはまた……しかし有用な情報は持ち帰ってもらわねば困るのですよ。

 あなたもそれで、人と世を救いたいのでしょう?」

「ああ、そんなものがあれば……な。病ある所に薬ありとは言うが、今回ばかりはそれに賭けるしかない。

 しかし逆に、それがなければ俺も要らんだろう?」

 二人はいつの間にか、徐福が帰らない時のことを話していた。

 それは二人がそうなることを懸念しているからか、それとも二人ともがそれを結果の一つとして描いているからか……。

 趙高は、ふっと柔和な笑みを浮かべて言った。

「よろしい、帰れぬこともあるでしょう。

 ですが、あなたが旅立つ準備は責任もっていたしましょう。有用な情報があった場合に、手に入らぬでは困りますし」

「よろしく頼む。

 どう転んでも……おまえの悪いようにはならんさ」

 お互いの思惑を見透かしたように、徐福と趙高は笑みを交わした。お互いの想定するどちらの結果になろうとも、お互いにさほど不都合はない。

 それならば、趙高としても引き留める理由はなかった。


 それから数日後、徐福と尉繚が咸陽を発った。

「……こんな結果になってしまって、俺を恨むか?」

 徐福が問うと、尉繚はぐっと唇を噛みしめて答えた。

「ああ、恨むさ……俺が身を粉にして尽くしてきた国をこんなにしやがって!もし治療法が見つからず、最後の策を実行するとなれば、もうここには……くっ!」

 尉繚はこらえきれず、目頭を押さえた。

 しかし、一度深呼吸して続ける。

「だが、おまえだけのせいではない。おまえはきちんと人と世を守る気があったが、それを台無しにする輩がいた。

 あいつがあのようにのさばっていては、どのみちこの国は長くなかったかもしれぬ。

 それでも、おまえは人類だけは救おうとしてくれている。……それは感謝する」

 徐福と尉繚は、並んで咸陽の門をくぐる。そして、決別の意を示すかのように後を振り向かず、ただ東へと馬を進めた。


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