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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十一章 最後の手段
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(153)

 ついに最後の策を実行すべく、徐福が動きだします。

 自分たちを支配する趙高の力をも借りるべく、徐福は話を持ち掛けます。


 地上の体制をすさまじい勢いで作り変える趙高の、意のままにならぬものとは。

 取引先と研究者両方の怒りを買うと、こういうことになる。

 地上では、趙高の望む体制の変化が次々と実現していた。

 始皇帝はこれまで以上に姿を隠すようになり、情報が漏れることに神経を尖らせるようになった。

 ある時姿を隠している最中に遠くから李斯を見かけて、必要以上に供を連れていて偉そうだという愚痴をこぼしたことがあった。

 すると、数日後、李斯の供の数が半分に減った。

 それに気づいた始皇帝は、愚痴を言った時側にいた者を全て処刑してしまった。

 これは、愚痴を聞いた誰かがそれを外に漏らし、李斯に届いてしまったということ。姿を隠している時の言動が、隠せなかったということ。

 これでは、自分の居場所も知られて邪気を向けられるかもしれない。

 始皇帝はそれをひどく恐れ、犯人が分からないので全員殺してしまったのだ。

 始皇帝はそれほどまでに、仙人になれないことを恐れるようになっていた。そのためならば、常識的に考えておかしいどんな事でもするようになっていた。

 その恐怖に突き動かされ、どんどん盧生と侯生の言いなりになる。

 その後ろで糸を引く、趙高の思うままに。

 そうして国の中枢は、どんどん趙高の望む形に姿を変えていった。もはや地上に趙高の野望を阻むものは、ないかに思われた。


 しかし、全てが思い通りという訳ではない。

 地上はおおむね趙高のいいように動いているが、地下はそううまくいかない。特に研究の進捗などは、趙高にもどうにもならない。

 これまでの研究の記録を読んで、趙高はため息をつく。

「なるほど、尸解の血を手に入れて人食い死体ができるまでにこんなにかかったのですか。

 これでは、いつになったら不老不死が完成するか見当もつきませんねえ。

 陛下はもうどうでもいいですが、せめて私が生きている間に完成してくれないと困るんですがねえ」

 そう言う趙高に、徐福は困った顔で答える。

「そうせっつかんでくれ、こればかりは地道にやるしかない。

 尸解の血はおおよその在処が、人食い死体は作り方が元から分かっていた。しかし不老不死はその作り方からして分からんのだ。

 これまでの実験結果から当たりをつけているが、どうしても一朝一夕にはできん」

 いかに徐福と言えど、作り方の分からないものをすぐ作れるわけがない。

 これは徐福に聞いても侯生に聞いても石生に聞いても、同じ意見だ。意図して遅らせているのではなく、本当にできないのだ。

 かといって、趙高に的確な指示ができる訳でもないし、下手に人を増やして事故を起こせばますます時間がかかってしまう。

 ここはほんの少しずつ人を入れて教育してもらいながら、現場に任せるしかなかった。


 そのうえ、地上にも意のままにならぬ場所がある。

「何、蓬莱が言う事を聞かぬですと?」

 ある時研究の話があると言われた趙高は、徐福から相談を受けた。

「ああそうだ、俺が研究をやめるかもしれぬと言った時から、あいつらは恒久の恵みを約束するまでこれ以上情報を渡さぬと言い張っている。

 あいつらの所にはまだ有用な情報があるかもしれず、それを手に入れればもっと研究が捗るだろうが……。

 足下を見て、いくらでも富を吸い上げようとしておるのだ」

 徐福は、苦々しい顔でそう告げた。

「ふーむ、それは困りますね」

 話を聞いて、趙高の顔も曇る。

 もし本当に蓬莱に役に立つ情報が隠されているなら、それを手に入れることで趙高の望む不老不死が手に入るかもしれない。

 その場合、蓬莱の身勝手が趙高の望みを阻んでいることになる。

「正直、役に立つ情報があるかは分からん。

 しかしあったら必ず手に入れたいし、なかったらもう蓬莱に貢物を差し出す意味がない。

 どちらにしろ一度俺が調査に行きたいが、少数で行っても返り討ちに遭うだけだ。多数で乗り込んで、一気に制圧せねば。

 どうだ、力を貸してくれぬだろうか?」

 その相談に、趙高はうなずく。

 趙高にとってこの世の全ては、己が手に入れるべきもの。己に必要な情報を隠されることも、あるかないか分からぬ話で富を吸い上げられるのも、腹立たしいことこの上ない。

 自分のために、この蓬莱の件は必ずや何とかしなければ。

 この件に関してだけは、徐福と趙高の思惑が一致した。

「あなたと秦の富により滅亡を免れていい暮らしをしているというのに、恩を仇で返すとは不届きな輩ですな。

 ここは秦の力を思い知らせ、きつく仕置きをしてやらねば。

 といっても、私は兵権は持たぬのですが……いかほどの兵が必要ですかな?」

 趙高の問いに、しかし徐福は首を横に振る。

「いや、兵はいらん。神秘の仙人の島だったものを武力で制圧したと陛下に知られてみろ、一発でありがたみがなくなって俺たちのいう事を聞かなくなる。

 もっと表向きは穏便に、あちらにも武力制圧と分からぬよう人を送らねば」

「なるほど、それもそうですな。

 陛下の夢が覚めてしまっては元も子もありませぬな……ホッホッホ!」

 そう、蓬莱を力で制圧するにはそこが足かせとなっている。

 始皇帝や周りの官僚たちにそれと悟られぬよう、今の蓬莱の人口を制圧できるだけの人数を送らねばならない。

 そのうえ、有用な情報を探すには徐福や尉繚が直接赴かねばならない。

 事情を知らぬ者だけ送っても、欲しい情報を探せないからだ。それどころか、虐殺の勢いで大切な資料まで焼いたり壊したりする恐れがある。

 また、自分たちが殺されると分かったら、安期小生や蓬莱上層部は腹いせに資料を処分してしまうかもしれない。

 それを防ぐため、あくまで平和的な取引を装って近づかねば。

「……いろいろ難しいのだ。

 単に兵を送るだけでいいなら、とっくに盧生と侯生と工作部隊に命じてやっている」

「あなたも手を焼かされていたのですな。

 しかし、私が人脈を通じてできることは多々あります。必ずや、蓬莱制圧のお力になれると思いますよ。

 で、そちらに具体的な案はありますので?」

「ああ、これならば陛下にもあちらにも気取られずにやれると思う。

 方法は……」

 徐福は趙高に、蓬莱制圧の策を語った。

 思い上がり欲にのまれた蓬莱に鉄槌を下し、有用な情報を有無を確かめ、なければ滅ぼしてしまうための作戦を。

 その内容を聞くと、趙高はニンマリと笑ってうなずいた。

「なるほど、さすが徐福殿。

 それならば怪しまれぬでしょうから、さっそく根回しを始めましょう」

「ああ頼む、お互いのため、やり遂げようではないか!」

 徐福は頼もしい笑みを浮かべ、趙高と手を握り合った。

 そして趙高が出ていくと、その笑みは質の違うものになった。してやったりと、悪賢く内に何かを秘めた笑み。

(……よし、これで俺も最後の策を実行できる!)

 徐福が趙高に事情を話して協力を仰いだのは、蓬莱制圧のためだけではない。それより重要な考えが、徐福にはあった。

 どうしようもなくなったこの国と自分たちの未来……その突破口を、徐福はかつて漕ぎ出した東の海の果てに見ていた。


 蓬莱制圧の話がまとまると、徐福は一度研究員たちを集めて話をした。

「……という訳で、近いうちに俺と尉繚は蓬莱に行かねばならん。

 もちろんその間はここを留守にせねばならんし、海に漕ぎ出す以上また帰って来られるかもわからん。

 よって、その間の研究の責任者を決めておく!」

 徐福はそう言って、隣にいた石生の手を強くつかんだ。

「俺が帰るまでの責任者にして指揮者は、石生だ!」

 指名された石生は、目を丸くした。

「わ、私でよろしいのですか!?

 盧生殿や侯生殿の方が、私より先にお仕えしていますし……それに、最近は私と意見を異にすることが多いようでしたが」

 石生が言っているのは、研究の方向性の話である。

 成果が思うように出ず人と世を危険にさらしてしまったこの研究を、徐福は終わらせようとし、石生は完成までやろうと思っている。

 その意見のすれ違いがあったため、石生は自分が選ばれたことに驚いていた。

 徐福はそんな石生の目をしっかり見つめて告げた。

「分からぬか?治療法もなく感染者の排除もできぬ今、終わらせることなどできぬ。

 今大切なのは、安全を確保し人と世を守りながら研究を続けることだ。その点について、おまえは誰よりも信頼できる。

 それと、盧生と侯生は地上と地下のつなぎであって、地下を深く知っている訳ではない。地下を一番よく知っているのはおまえだ。ゆえに、おまえに任せる!」

「は、ありがたき幸せ!!」

 石生は、感服して平伏した。

 それから徐福は、他の研究員たちを見まわして告げた。

「俺がいない間は、石生を俺と思って従うように。

 今回は、盧生と侯生も連れていきたい。蓬莱との交渉に盧生の話術はあった方がいいし、侯生も万が一俺が倒れた時の引継ぎ役にしたい。

 出せるだけの人を出して、これで有用な情報が手に入ればいいが……」

 そして、研究員たちに問う。

「もし治療法が分かったら……そこで研究をやめる意志のある者は?」

 一瞬の、静寂。

 パラパラと手が上がった。しかし、工作部隊だけだった。徐福が育ててきた元死刑囚の助手たちは、誰一人挙手しない。

 もちろん、石生も。

 それを見て、徐福は悲しげに笑って言った。

「そうか、では……俺が戻るまで、頼んだぞ!」


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