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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三十章 悪意の介入
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(147)

 世代交代を潰されて治療法を探すしかなくなった徐福たちですが、それもまた世代交代以上に険しい道でした。

 そのうえ、治療法を調べるのに必要な取引相手に手を返されてしまいます。

 人間意外と、うまくいっている時は相手の考えをあまり気にしないものですね。


 そして、償うために研究に打ち込んだ韓衆も……。

 韓衆の失態により、徐福たちは世代交代による感染者の一掃を断念せざるを得なくなった。

 となると、世界を救うために残された道は一つ。人食いの病もしくは尸解そのものを治す方法を見つけることである。

「一つの策をつぶしてしまった重大さは分かっております。

 なれば、確実に治療法を見つけられるよう精進いたします!」

 韓衆はそう言って馬車馬のごとく働き始めたが、徐福の顔は晴れない。

「確実に治療法を……見つけられたらいいな」

 これまでよりずっと必死に研究に没頭する韓衆を、徐福はどこか冷めた目で見つめる。

(分からず屋めが……それが確実にできたらそもそも別の危険な策など必要ないわ。元々できる可能性が低いとみたから、もう一つの策に重きを置いたのだ!

 それをおじゃんにしておいて、よくもそんな口が利ける。

 実験の結果も蓬莱の態度も、貴様が手を尽くしてどうなるものでもなかろうに……!)

 徐福が考える通り、韓衆がいくら気合を入れようと実験の結果は変わらない。今のところ、治療薬になりそうな薬は見当たらない。

 さらに悪いことに、東の海岸にいる盧生から困った報告が届いている。

 蓬莱がこれまで研究の対価として得られていた富を得られなくなることを恐れ、協力を渋っているという。

 大陸の何百何千万もの人間が危機に晒されているのだと訴えても、そんなものはそちらが勝手に起こしたことだと聞き入れない。

 そちらの勝手で自分たちは振り回されたのだから、研究をやめた後も自分たちが生活に困らぬだけの金品を払えとまで言ってきている。

 応じなければ、これ以上自分たちの持つ情報は渡せぬと。

 この返答に、徐福は激しく憤った。

(くそっ足元を見よって……大陸の全人間を人質に、いくらでも甘い汁を吸おうという魂胆か!

 元はこちらが取引を持ち掛けなければ滅びを待つばかりだったというのに、こちらが対価としてどれほど差し出したか忘れたか!)

 この研究をめぐる取引で、蓬莱には計り知れない対価を差し出してきた。

 尸解の血を島外に持ち出すための、最初だけでも千人の少年少女たちと職人たち、そして莫大な貢物。さらに検体や動く死体を取り寄せるたび、上質の酒や布などを気前よく対価として渡してきた。

 しかし、逆に気前が良すぎたのかもしれない。

 蓬莱上層部はおそらく甘い汁を吸う生活に慣れきってしまい、それが途絶えることをひどく恐れるようになってしまったのだ。

 研究の中止を言いだした途端協力を渋られたのは、おそらくそういうことだ。

(安期小生なら欲に流されまいと思ったが……やはり我が身かわいさには勝てぬか。

 これでは、治療法など手に入れられる訳もない)

 盧生は再三蓬莱に調査を要求し、さらに工作部隊を蓬莱に送ることも画策したが、どちらもうまくいっていない。

 一度工作部隊を一人だけ蓬莱の船に乗せてもらえたが、そいつは行方不明になり、蓬莱の者たちはニヤニヤ笑いながら知らないと言ってきたそうだ。

 安期小生は手紙で、研究を続けるか完成させ、自分たちに永久の恵みを約束しない限り、これ以上の情報は渡せぬと言ってきている。

 こちらは蓬莱の異常事態を解き明かしてやったというのに、ひどい有様だ。

 完全にこちらが困るのを分かっていて、言いなりにしようとしている。

(……考えてみれば、ここで我々が手を切ったとて蓬莱は我々ほど困らぬ。

 大陸人の死体が起き上がっても実害があるわけではないし、あいつらはまた血が澱むまで数百年はこれまでと同じように暮らせるだろう。

 それにあそこは陸から離れた島、大陸が死体に支配されても交易を断てば島に被害は及ばぬ。

 治療法が見つからなければ、こちらが一方的に危険にさらされるということだ)

 徐福としても、こちらの不利は分かっている。

 最悪、力で制圧するという手もあるが、それができるほどの兵力は動かせない。

 なにしろ徐福たちは、蓬莱が実在することも研究のことも始皇帝に伏せているのだ。そこを明かさない限り、人口を増した今の蓬莱を制圧するのは難しい。

 つまり、事実上不可能だ。

 安期小生も事情を理解してそれが分かっているから、あそこまで強い態度に出ている。

 自分たちは安全地帯にいると分かっているから。

 贈り物を増やして機嫌を取るにしても、どれだけ渡せばいいか見当もつかない。蓬莱は貢物が絶えないように情報を小出しにするだろうし、研究を終わらせぬために核心となる情報を絶対に渡さない可能性すらある。

 それに付き合えば、こちらが一方的に搾り取られるばかりだ。

 今まではうまく取引できていただけに、徐福はひどい衝撃を受けた。

(あやつらとは対等だと思っていたが、まさかこんなことになるとは!

 ……この取引といい研究といい、始めるのに苦労したと思ったが、終わらせるのがこんなに難しいとは思わなかった。

 くっ……完全に、俺の読みが甘かったか!)

 徐福としても、まさかここまで八方ふさがりの状況になるとは思わなかった。

 いや、まだ自分たちだけが助かる手があると言えばあるが……徐福にも、探究者の誇りはある。本当にどうしようもなくなるまで、それはしないつもりだ。

 ただ、それをやるとなった時にすぐ実行に移せるように……徐福は、東の海岸にいる盧生と工作部隊にあることを調べるよう命じた。


 甘かったのは、韓衆もそうである。

 韓衆はここに来るまで、田舎で自分だけの研究に明け暮れていた。すなわち、他人が食べないゲテモノを食べながら時々強精効果のある薬酒を売り歩く悠々とした生活をしていた。

 これなら、食べてはいけないものを試しても自分にしか害が及ばないので、他人の怒りや恨みを買うことはない。

 精がつく酒など元々半信半疑で買うものだから、それほど文句を言われたり訴えられたりすることもない。

 おまけに食べ物は自分で探したゲテモノなので、薬酒を売って得たわずかな銭で十分生きていける。

 自分の食事と食糧採取が研究そのものだから、生活と研究と別々の活動に力を割いて疲れ果てることもない。

 そして研究の成果といえば、自分が健康に生きていることだ。

 そんな生活を、ずっと続けてきたのだ。

 だから韓衆は、人から辛く当たられることが極端に少なかった。自分の生活苦で人を恨むことも、研究の成果を出せと他人からせっつかれることも、ほぼ無かった。

 そのうえ付き合う人が限られていたせいで、世の中の悪意に触れることがなかった。強精酒を買ってくれるのは、だいたい裕福な家の主人か隠居老人で、だいたい心にも懐にも余裕があって穏やかな人間である。

 周りがそんなだったので、韓衆は世の中をとても甘いものだと思っていた。

 考えが違う人は多いが、意地悪な人はそうそういない。家族はおおむね、裕福な家のようにほがらかで愛し合うものだ。

 研究の成果を出すのだって、難しくない。

 やるべきことをやっていれば、報われる。真面目に打ち込んでいれば結果は伴うし、人は応えてくれるものだ。

 だから、あんなに清廉でいられたのだ。

 あんなに人を信じていられたのだ。

 しかし、今韓衆に与えられた環境はまるっきり逆になってしまった。

 容赦なく襲いくる非常な現実に擦り切れた人間に囲まれ、生活とはかけ離れてなかなか成果が出ない研究をタダ働きでやらされて、韓衆は身も心もボロボロになっていった。


「き、今日の……報告書でございます……」

 韓衆は、くたくたになった体を引きずるようにして石生に研究の報告書を提出する。石生はそれを一瞥すると、冷たく言う。

「お疲れさまでした。では今日は帰ってよろしいですよ。

 ……で、今日も治療に関して目立った発見はありませんね?」

「も、申し訳ない……。

 しかし、八十七番の薬を与えた検体が、今日は少し調子がよさそうだった。このまま体調を保てれば、もしかしたら……」

「保てたことなど、ありませんよ」

 韓衆の希望的観測を、石生はばっさりと切り捨てる。

「確かに発症までは少々長かったし進行は遅いようですが、この程度は個人差です。発症してしまった以上、どのみち長くはもたないでしょう。

 それに進行を止められるようになったとて、感染が広がったらそのすべての患者にここまで手を尽くせる訳ではないんですよ。

 こんなものは、望む結果ではありません」

 紛れもない現実を突きつけられ、韓衆は縮こまって退出するしかない。

 周りには他の助手や工作部隊たちもいるが、誰も韓衆を慰めようとしない。むしろいい気味だという雰囲気すらある。

 だって、韓衆はこの状況を打破する作戦を壊した犯人なのだ。

 そのせいで治療法を探すしかなくなって皆必死で働いて疲れているのだから、おのずとそういう扱いになる。

 しかし自分が悪いと分かっているから、韓衆は誰も恨めないし文句も言えない。

 ただ毎日仕事をし、区切りがついたら宿舎に帰って休むだけだ。

 救いも光明もない日々に、韓衆はどんどん擦り切れていく。

(……何で、こんな……小生は、正しいことを……したはず……)

 外に出ると、もう日はとっぷりと暮れていた。こんな時間では飯屋も開いていないし、自分で食べ物を探す力ももうない。

 韓衆の前より一回り細くなった腹がグーッと鳴り、目の前の景色がぶれた。

「あ……」

 睡眠不足と精神の疲れも手伝って、韓衆の体から力が抜ける。

(いけない……私が、倒れたら……研究……天下万民……)

 いくら自分を奮い立たせようとしても、もうこれっぽっちも力が出ない。体も心も諦めてしまったかのように、動かない。

 しかし地面にぶつかる直前に、その体を支えて受け止めてくれる者があった。

 こんな時に、涙が出るほど嬉しかった。

 それでも韓衆はもう意識を保っていられず、その者の腕の中で深い眠りに落ちた。ただ救われた感謝に少しだけ表情を緩めて。

 こんな状況でも自分を助ける者にどんな思惑があるかなど、考えられないまま。

 韓衆が完全に気を失うと、その者は韓衆を乱暴にかつぎ上げ、方士の宿舎とは全く違う方向に運んでいった。


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