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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十九章 止められない
144/255

(143)

 徐福たちは、世代交代による浄化を進めるために動きだします。

 しかし、それを実行するためにはいくつもの壁がありました。


 それを少しでも薄くするため、盧生は始皇帝にとある話を持ち掛けます。

 それからしばらく周囲の状況を調べて、徐福たちはこれからの方針を決めた。

「工作部隊の調べたところによると、今の陛下のやり方を憂う者の中に扶蘇様に期待する者が多いとのことだ。

 特に、方士に反感を持っている将軍たちに多い。

 扶蘇様の名の下にうまく彼らを結集させれば、この咸陽を力ずくで落とせるだろう」

 尉繚のその報告に、聞いている者たちの喉がごくりと鳴る。

 半ば現状から逃げるようにして立てた、扶蘇を立てて始皇帝を倒す計画……その精巧の可能性が思ったより高いことが分かったのだ。

 徐福が、額に汗を浮かべながらもうなずいて言う。

「よし、ならばその者たちを焚きつけるのだ。

 それから、扶蘇様は礼を重んじる清廉なお方だと聞く。周囲から言われるだけでは、動こうとしまい。

 誰か、扶蘇様ご本人にも働きかける人物が要るな」

「なら、俺がやろう!」

 手を挙げたのは、尉繚だ。

「怪しい方士に惑う暗君を倒すという建前なら、その役は方士と対立している者でなければならん。

 俺なら、陛下の命令で無理矢理従わされていると言えばよい。そして、内情を知っているとしてひどいものだと吹き込んでやれる。

 扶蘇様が信用するには十分だろう」

 その言い方に、徐福は少し顔を歪めた。

「おいおい……それはおまえが本当に思ってることじゃないのか?」

「まあな、しかし都合はいいだろう」

 不手際をやらかして逃げ道を塞がれて従わされているのも、ここで行われている事が人道上とんでもなくひどい事も、本当のことだ。

 尉繚はそのことをあげつらって、皮肉を言ったのだ。

 しかし徐福も、それであまり気分を害することはなかった。今最もやらねばならないことのために、都合がいいからだ。

「……それでうまく全てを終わらせられるなら、いくらでもひどく言うがいいさ。

 だが将軍たちに言う時は気をつけろよ。あいつらは、あまり大きな衝撃を与えると単独でも暴発しかねん。

 そこから反体制派が一網打尽にされたら、終わりだぞ」

「分かってる、言い方は相手によって変えるさ。

 それよりも……李斯たちが敷いた警備の目を、何とか緩められんか?」

 尉繚は、今度は盧生と侯生の方を向いた。

 世代交代を起こす下地は、十分にある。だが問題は、そこから芽が出て果実をならせるまで刈られずにもつかどうかだ。

 今、始皇帝の周りの高官たちは反乱や暴動に神経を尖らせている。

 前驪山陵で暴動が起こったのを反省し、今の体制を非難するどんな小さな芽も摘み取ろうとさらに取り締まりを厳しくしているのだ。

 この目をかいくぐって大きな反乱を起こすのは、非常に難しい。

 盧生と侯生は、申し訳なさそうに縮こまって言う。

「我々は、陛下の身を安泰にすると唱えているから李斯殿に信用されているのだ。それが逆のことを言ったらどうなる?

 最悪、今我々が行使できる影響力すら失ってしまうぞ!」

 始皇帝や李斯たちの信用を失わぬために、盧生と侯生が反体制派を利する動きをするのは難しい。

 徐福は、頭を抱えながら三人に命じた。

「仕方ない……何とかして、陛下や李斯たちの目をそらすことを考えてくれ。

 工作部隊は、それまで下手に動くな。取り締まりに引っかからぬよう、今の体制を憂う者がどれくらいいるか調べておけ。

 この作戦、失敗は命取りだ。

 今は慎重に息を潜め、動きやすくなるまで待て」

 即決断即行動の徐福にしては、消極的な命令だった。

 それほどまでに、今はやりづらいのだ。確実にやろうと思ったら、時間はかかってもやりやすい機会を待つしかない。

 その代わり、徐福は助手と工作部隊の医師薬師たちにもう一つの指示を出した。

「陛下を討ち取り地上の感染者を根絶やしにするまで、研究は続けることとする。

 ただし、中心とするのは治療実験だ。尸解を治し、人食いの病毒の自然発生をなくす……それを目標とせよ!」

 その言葉に、助手たちの目が輝いた。

 徐福は研究の中止か継続かのどちらかを選ぶのではなく、両方を並行して進めることにしたのだ。

 感染者の全員処分も、治療法の発見も、どちらも一朝一夕にはできない難しい仕事だ。いつどちらができるとも、分からない。

 ならば一方を完遂するまでは、もう一方もやめるべきではない……徐福はそう考え、両方から解決を目指すことにしたのだ。

「そうですか、では私は……」

「ああ韓衆、おまえは治療実験の方に入れ。

 地上の世代交代の方は……正々堂々とやりたいおまえには向かん。下手に情を挟んで計画を潰さぬよう、ここで実験に打ち込んでいろ」

 何か言いかけた韓衆を制し、徐福はぴしゃりと言い放った。

 これから地上で始めることは、これまでよりずっと暗く人倫にもとる作戦だ。心清く情に厚い者を投入すれば、かえって狂いが生じる。

 そのため徐福は、韓衆を地上の作戦から除くことにした。

 会議が終わると、徐福は深い憂いの表情で呟いた。

「案ずるより産むが易し、しかし始めるより終わらせる方がなお難しい……か。

 始めた時は、こんなになってしまうとは考えもしなかった。果たして、どちらかがうまくいって終わらせることはできるのか……」

 徐福の胸には、これまでになく重苦しい暗雲が垂れ込めていた。


 悶々としているのは、徐福たちだけではなかった。

 始皇帝も、過ぎて行く日々に不安を膨らませていた。

 盧生と侯生は、自分が仙人になれるよういろいろと手を尽くしてくれている。仙人となった後のことまで、親身になって考えてくれている。

 しかし、いつ仙人になれるかは分からない。

 仙薬をもらうと言って海に旅立った徐福からは、何の音沙汰もない。いつ仙薬をもらえるのか、今どういう状況なのかも分からない。

 自分は本当に仙人になれるのかと、不安が募る。

 かといって、今のところ頼れるのは盧生と侯生しかいない。始皇帝はその不安を解消すべく、今日も二人を呼びだすのであった。

 そして、やって来た二人に、これまでなかった質問をぶつけた。

「その、仙薬をくれる仙人というのは……安期生以外におらぬのか?」

 その瞬間、盧生と侯生はぎくりとした。

 始皇帝が他の仙人のことを聞いてきた……それは、自分たちが建前としている安期生への期待が薄れてきたからに他ならない。

 二人は、冷や汗を流して拳を握りしめた。

(くぞっ……ただでさえやることが山積みなのに、何てことだ!

 このままではまずい、陛下の信用を失う訳には……しかし、ここでまた今までの手を使っても、天下の恨みを買うばかりで長くはもたない……)

 そこまで考えて、盧生ははっと閃いた。

(長く、もたない……もたせる必要など、ないではないか!)

 そうだ、始皇帝は殺さねばならないのだ。ならばたとえ短い効果しかなくても、それより今の状況を打破できれば……。

 盧生は、にわかに頼もし気な顔になって言った。

「は、羨門高という人物を聞いたことがございます。

 昔、燕の碣石山という山に現れたとか」

(盧生!?)

 侯生が、始皇帝から見えないように頭を下げたまま目を見開く。

 しかし、盧生は構わず続けた。

「安期生と違い住処が分からないので探そうという者は少のうございますが、燕の方士の間ではそれなりに有名ですな。

 もしよろしければ、私が行って調査でも……」

「ほほう、そんな者もいたのか!

 それは、一度訪れてみたいのう!」

 始皇帝は、キラキラと目を輝かせて身を乗り出した。力の入った全身から、行く気がありありと伝わってくる。

 この閉塞した状況を解決する、唯一の手段だと思ったのだろう。

 盧生は、少し渋るような顔をして言った。

「そうですか……陛下には、姿を隠しておいていただきたかったのですが……陛下がそのように思われるなら止めはいたしません。

 その代わり、きちんと轀輬車を六台連ねて、居場所を伝える者は限ってくださいね」

 強硬に止めはしないものの、一応止めたい気持ちを見せて注文をつける。こうすることで、諦めさせることなく行きたい気持ちを後押しする。

「分かった分かった、その通りにしよう。

 では、早速巡幸の準備をせねばならぬ!」

 始皇帝は、うきうきして退出していった。


 盧生は地下に帰る道すがら、周りに人がいないのを確認して侯生にささやいた。

「巡幸だ……こうして陛下が咸陽を離れれば、少しでも咸陽の警備が緩くなる。その間に、反体制派をつなげることができる」

「なるほど、その手があったか!」

 その場で思いついた急ごしらえの策だが、現状必要としていることには合致している。

 始皇帝が巡幸で旅立ってしまえば、腹心の李斯や一部の高官たちも一緒について行かざるを得ない。警備の兵についても同じで、その分咸陽が手薄になる。

 その間は、反体制派が動きやすくなる。

 さらに旅の間、始皇帝の防備は普段よりずっと薄くなる。最も気が緩む帰ってくる時に待ち伏せれば、討ち取れる可能性は高い。

「いけるぞ……早くこのことを、徐福殿に!」

「ああ、我々も動かねばならん」

 盧生と侯生は、起死回生の策を携えて地下に戻った。これがうまくいけば、地上から危険は取り除かれる……救世の望みをかけた策だった。

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