表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第三章 失われた島
14/255

(13)

 館を抜けだした徐福は、島の秘密&弱味探索に乗り出します。

 人目を避ける徐福が最初に目を付けたのは、死体を安置しておく殯屋ひんおくでした。


 そこで徐福が見たものとは……ようやくゾンビっぽい場面になってきました。

 日が昇ると、徐福は集落方面の林の中へと入った。

(うーむ、まずいな……暗いうちに集落に着ければと思ったが、案外時間がかかってしまった。

 明るくなれば住民が動き出す。さて、どうするか……)

 本当ならば、人が寝静まっている間に集落を探索し、交渉材料となる弱みを握っておくことが望ましい。

 しかし、昨夜の宴が意外と長引いたせいで、集落に着く前に日が昇ってしまった。

 先ほど山頂から見た時、光に覆われていく平地で、近くにある家のいくつかから人が出てくるのを見た。

 おそらくこれからは、島じゅうに住民の目が広がる。

 その間をぬって弱みを探すのは、なかなかに困難だ。

(しかし、だからといってあまりぐずぐずしてはいられぬな。

 そろそろ、俺がいなくなった事がばれる頃だ)

 徐福は、緊張した面持ちで館の方を振り返った。

 徐福がいない事に気づけば、島の者たちは大慌てで徐福を探そうとするだろう。外に漏らせない秘密を抱えているなら、なおさらだ。

 そしてもし捕まった時に、助命交渉に使える札を用意できていなければ、徐福の身はそこまでだ。殺されなくとも、帰ることはできなくなるだろう。

(やれやれ……痛し痒しだな。

 ま、想定していた事ではあるが)

 分が悪い状況ではあるが、徐福に悲壮感はなかった。

 この手のことは、慣れっこだ。

 仙人の研究を始めてから、徐福は己の探求心の赴くまま、手段を選ばずに突っ走ってきた。貴重な資料に目を通すために書庫に不法侵入したり、辺境の閉鎖的な村で大切に封じられている廟に忍び込んだりもした。

 そのたびに徐福は、持ち前の度胸と知識、そして鍛え上げられた体で切り抜けてきたのだ。

 今回も、それと同じだ。

 何とか人目を避けて島の秘密と弱味を握るべし……徐福は己の目的を頭の中で反復しながら、集落に向かった。


 徐福が人の足音に気づいたのは、集落の近くまで来た時だ。

 そっと茂みに隠れて様子を伺うと、水汲みか畑仕事と思しき道具を持った者たちが道の向こうからやって来るのが見えた。

(むう……見つかるとまずいな)

 様子からして、まだ徐福を探している感じではなさそうだ。

 しかし、油断は禁物だ。こういう閉鎖的な地域では、住人全員が顔見知りということが少なくない。

 知らない顔を見れば、すなわち侵入者なのだ。

 今、顔を見られる訳にはいかない。

 徐福は、用心深く林の奥へと引っ込んだ。

(うーむ、人が移動している時間帯にうろつくのは危険だな。

 どこかに身を隠してやりすごせそうな場所があれば……)

 そう思いながら周りを見回すと、視界を遮る木々の向こうにチラリと建物が見えた。これ幸いと忍び寄ってみると、そこにひとの気配はなかった。

 喪中を表す白い幕がかかった、人が住むとは思えぬ狭さの小屋だ。

 徐福の目が、ギラリと光った。

(……殯屋か!)


 殯屋……それは、埋葬する前の死体を安置しておく場所である。

 この時代、中国には、人が死んでもすぐには埋葬せず、しばらく棺に入れたまま安置しておく風習があった。

 それが、「モガリ」である。

 つまりその小屋は生きている人間ではなく、死者のための場所なのだ。


(これは、良い場所を見つけたわ!)

 徐福は、ニヤリと笑ってその小屋に近づいた。

 ここは、死体を運び込む時と運び出す時以外、あまり人が近づく場所ではない。それに白い幕が張ってあり弔旗が立っているところを見ると、中に死体があるのだろう。

 それなら、人が常にそこにいる可能性は低い。

 殯屋に安置しておく間にも、死体は腐って朽ちていき、耐え難い悪臭を放つからだ。

 誰も好き好んで、そんな場所にいたい訳がない。

 人が来るとしても、供え物の交換とか、その程度だろう。もっとも、殯を終えて死体を運び出しに来る可能性はわずかにあるが……いつ人が通るか分からない野に伏すよりだいぶマシだ。

(臭いだろうが、多少は我慢するしかないな。

 ま、気になるのは最初だけだろう)

 徐福は足音を立てないように、その殯屋に忍び寄った。

 その鼻を、ふわりと匂いがくすぐる。

(うん?)

 徐福は思わず足を止め、いぶかしんだ。

 漂ってきたのは、芳香だ。悪臭ではない。甘く花のようで、しかしどこか心をかき乱す芳香……安期生の館で嗅いだのと似ている。

(まさか、もう追手が……しかし、こんな所に?)

 殯屋の扉は、半開きになっている。

 普通、死体が盗まれたり獣に食われたりするのを防ぐために、殯屋の扉は閉じているはずだ。それが開いているとは、どういう事か。

 中に人がいるかもしれない……徐福は慎重に、扉の隙間から中を覗いた。

 動くものは、ない。息遣いも、聞こえない。

 徐福は素早く扉の隙間から体を滑りこませ、扉を閉めて一息ついた。

「ふーっ、どうにか休める場所ではあるな」

 中は薄暗く、芳香に満ちている。しかしむせかえるような芳香の中、わずかな死臭が徐福の鼻をかすめた。

(まあ、死体があるのだから当然か)

 殺風景な小屋の中には、香りの強い植物や香炉がいくつか置かれており、その中央には棺が安置されていた。

 その棺に目をやった途端、徐福はぎくりとした。

(蓋が、開いている!?)

 棺の蓋が、わずかにずれて開いている。

 徐福の胸が、ばくばくと高鳴り始めた。

 普通は閉ざされて開かない棺の蓋が、開いている……これは、何を意味するのか。ただの手違いであればいい、しかしそうでないなら……。

 徐福は、吸い寄せられるように棺に近づいていた。

 悪いとは思いながらも、棺の蓋に手をかける。

 ゆっくりと静かに蓋を持ち上げて、中に光が入った途端……徐福は絶句した。


 死体が、ない。


 あるはずのものが、そこにはなかった。

 棺の中は空っぽで、靴の片方だけがぽつんとそこに残されていた。わずかに死臭の残り香と、底に腐汁と思しきシミはついているものの、その元がない。

 徐福は、しばらく蓋を持ち上げたまま凍りついていた。

 一体、何が起こっているのか。

 棺はここにあるのに、死体は影も形もない。

 もしかしたら、死体は殯を終えてもう回収されたのか。だがそうだとしたら、棺と一緒に運ばれていくはずだ。棺だけが残るはずがない。

 死体が朽ちてしまったとしても、骨は必ず残るはずだ。獣に持ち去られたとすれば、必ず跡が残っている。

 死体がなくて棺がある、この状況は、普通なら有り得ない。

 しかし、普通でない状況なら……徐福の頭の中に、この状況とぴったり重なる伝説が浮かんでいた。


 尸解仙……死して後、仙と化して去る。

 人が死に、棺の周りの芳香が漂う。殯のために死体を棺に入れて安置しておくと、いつの間にか死体がなくなってしまう。そして棺の中には、服や靴だけが残される。


 今の状況と、そっくりだ。


 徐福は震える手で棺の蓋を戻し、ぺたりと尻餅をついた。

 足腰ががくがくと震えて力が入らず、息はどんどん速くなって収まらない。

(ま、まさか、そんな……本当に仙人が……!?)

 あまりの衝撃に、心臓が早鐘のように打っている。

 だが、徐福はそんな己を自嘲した。

(まさか……だと?俺はそれを確かめるためにここに来たのではないか!結果を前にして臆してどうする!?)

 そうだ、徐福は仙人の真実を知るためにはるばるここに来たのだ。

 それに、ここは仙人の島である。何が起こっても不思議はない。

 これまで大した事が起こらなかったので、徐福自身が諦めて油断していたに過ぎないのだ。島の者が、懸命に秘密を守っていたせいだ。

 だが、その秘密は破れようとしている。

 徐福は今、その目で、尸解仙の伝説通りの光景を見たのだ。

 徐福の腹の底から、力が湧き上がってきた。

「くっくくく……ふふははは!!」

 歓喜の笑みとともに、目に先ほどまでとはけた違いに強い情熱が燃え上がる。

「ついに……ついに見つけたぞ、尸解仙の元となる事象を!

 やはり仙人は実在したのだ!秘密は破られた!かくなるうえは、何としても仙人の、不老不死の秘密を暴いてやるぞ!」

 ついに、仙人の真実の一端を掴んだのだ。

 徐福がこれまでずっと探求してきた仙人の真実が、ついに指先に触れた。それがとんでもなく嬉しくて、徐福は声を抑えることも忘れていた。

 だが、今の徐福に恐れるものなど何もない。

 後はただ、真実に向かって突き進むのみ。

 そんな徐福の意気に呼応するように、殯屋の外で何かが動いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ