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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十八章 正体
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(138)

 尸解の血と謎の感染の正体が分かったところで、緊急の課題が浮かび上がります。

 人食いの病だけでなく尸解の血単体でも危険はあり、現在その感染者は……。


 これまでの流れを、思い出してみてください。

 地上の誰かが感染しています。

(守れる……守れる、のか?)

 たった今韓衆が解き明かした尸解の血の正体を前に、徐福は困惑していた。

 それは、尸解の血が体質ではなく病だったというごく単純なもの。しかし、それがこの研究に及ぼす影響は計り知れない。

 研究の大前提としていた、基礎知識がひっくり返った。

 ずっとそれを基に研究してきた徐福たちにとっては、天地の半分が砕けてごちゃ混ぜになったような事態だった。

 これまで常識だと思っていたものは、ただの思い込みに過ぎなかった。

 これほど危険な研究の中で、常識だと思っていたものが。

 だとすると、自分たちがこれまで大丈夫だと思っていた安全対策も、実はやっていたつもりにすぎないのではないか。

 そんなおぞましい妄想が、徐福を襲った。

 自分たちは、人食いの病には十分注意を払ってきた。感染の危険がある区域を他から隔離し、そこで働く者を定期的に検査してきた。

 しかし、尸解の血はどうか。

 人食いの病の自然発生を防ぐため、尸解の血を持つ者が天然痘に触れないようには厳しく管理してきた。

 だが、尸解の血そのものに関しては全く無知無防備だった。

 尸解の血を持つ者は検査が意味をなさないので仕方ないが、その周囲の者にもこれまで検査などしていなかった。

 人食いの病と接触しないという理由で。

 もしやっていたら、娼姫たちや歌妓にうつった尸解の血を検出し、もっと早くこのことに気づけたかもしれないのに。

 ……とそこまで考えて、徐福は静かにその流れを否定した。

(いや、そうはなるまいな……人食いの病が広まったとみて、皆殺しにして終わりだ。

 尸解の血がうつるという発想がなければ、真実の欠片が見えても拾うことはできなかった)

 事実、不可解な検査結果を出した娼姫や助手たちに徐福はそういう対応をした。彼らの言い分を信じず、人食いの病と決めつけて殺した。

 うつったのが尸解の血だけなら、殺す必要はなかったのに。

 少なくとも天然痘に注意しつつ外に出さなければ、実質何の害もなかったのに。

(外……そう、外に出ていなければ害はない)

 幸い、尸解の血はそれだけならただ死体が動くだけであり、気持ち悪い以外の害は特にない。

 ただし、一旦外に出てしまうと話は変わる。

 外には、肝の障害を持った者もいれば天然痘の病毒もある。それらが重なれば、人食い死体はすぐにでも発生するだろう。

 そうなれば……世界の終わりだ。

 その可能性に気づいて青くなった徐福に、石生が言う。

「大丈夫でございます!

 尸解の血も外に出れば大変なことになると、我々は前から分かっていました。ゆえに、厳重に管理しここから出してはおりませぬ。

 それに、ここで感染した者がいても人食いの病と検査上区別がつかず殺してしまったでしょうから問題は……」

 その言葉に、一同は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 いや、たった二人、まだがくがく震えている者がいる。盧生と侯生は青を通り越してろう人形のように白くなった顔を、くしゃくしゃにして叫んだ。

「へ、陛下が……陛下に尸解の血が!!」

 その瞬間、全員に激震が走った。


 そうだ、以前始皇帝に尸解の血を分け与えたではないか。

 なかなか成果が上がらぬ中、実績を増やすために。

 高い仙才を与えると称して、儀式を行ったではないか。そしてその証として、尸解の血に変わった彼の血で仙紅布を作ったではないか。

 始皇帝は喜び、自分たちも喜んだ。

 これで不老不死への道が見つかったらすぐにでも始皇帝に施せる下地ができたと、今できる準備を一つ進めた気でいた。

 つまり、始皇帝はもう尸解の血を持っている。

 もちろん始皇帝の行動に制限などかけていないから……。


 徐福たちは、愕然とした。

 既に尸解の血に感染した始皇帝が、地上で自由に活動している。たらふく酒を飲み、病を遠ざけてはいるものの多くの人に囲まれている。

 いや、もっとまずいことがある。

 始皇帝は、何百人も後宮に美姫を囲ってとっかえひっかえ組み敷いている。

 尸解の血を与えてから、もう何人の美姫と寝たのか想像もつかない。何人の美姫にうつしたのか、考えるだけでめまいがする。

 韓衆も、話の流れからそれに気づいたようだった。

「な……へ、陛下に感染させたですと!?

 なぜそのようなことを!!」

 次の瞬間、盧生が鬼のような顔で石生を指差して叫んだ。

「こいつが言いだしたんだ!!

 こいつが、今やれることからやっておいてはどうだとか言って……そうすれば俺たちの実績にもなるとか甘いことを言いやがったから……!」

 いきなり一方的に責められて、石生は目をむいた。

「えっ……確かに提案したのは私ですが、皆さま大賛成だったでしょうに!

 そもそも発端は、あなた方が地上で実績を上げられていないからどうにかしたいと相談してきたのでしょうに。

 私は、お役に立とうとその時最善だと思った意見を言っただけです!」

 あっという間に、誰が悪いかの叩き合いが始まる。

 あの時あんなに賛成して成果を喜んでいた助手たちが、口から泡を飛ばして必死で責任をなすりつけ合う。

「ちょっとあなた方……そんな事をしても……」

 驚いた韓衆が止めようとしても、助手たちは聞く耳を持たない。

 しかし、そこで徐福が直撃雷のような声で一喝した。

「やめんか!!!」

 途端に、助手たちは驚いて静かになった。

 それでもお互いのあら探しをするように目をぎらつかせる助手たちを、徐福は叱りつける。

「下らぬ争いをするな、今はそんな場合ではないわ!おまえたちがいくら騒ごうと誰を吊し上げようと、現状は何も変わらぬ!

 そんな元気があるなら、全力でこれからどうするかを考えるべきだ。

 これからもそんな下らぬ争いを続ける者は、たたっ斬るぞ!!」

 そう言う徐福の隣で、尉繚が修羅の顔で剣を少しだけ抜いて見せる。その刃を目にすると、さすがに助手たちも大人しくなって縮こまった。

 徐福は、一連の騒ぎに驚いている韓衆に丁寧に頭を下げた。

「だらしないところを見せて申し訳ない。

 おぬしには、心から感謝する。我らの見落としていたことを見事に暴き、より真実に近いことを教えてくれた。

 たとえ悪い真実であろうと、その功は変わらぬ。

 それと、どうかここにいる他の者たちを責めないでやってくれ。

 この研究は、全てを俺が主導してやってきた。ゆえに今のこの状況も、全ては俺が真実に気づかぬまま突っ走った結果なのだ。

 全ての責任は、俺にある」

 それを聞くと、韓衆も感服して徐福に頭を下げた。

「こちらこそ、このような一方士の言う事を受け入れてくださってありがとうございます。

 話を聞くにあなた方は大きな過ちを犯してしまったようですが、皆が最善を尽くそうとしてこうなったのであれば罰しようとは思いませぬ。

 今はただ、あなたが理性あるお方であったことに感謝しております」

 これは、韓衆の率直な気持ちだった。

 世を良くしようとして、苦悩をなくそうとして何かを研究しても、その産物が逆の結果を招いてしまうことは時々ある。

 徐福たちの研究は、確かに人間の大きな苦悩への挑戦だった。

 しかも徐福たちはあくまで現実の中からその手がかりを見つけ出し、しっかりと実験を繰り返し現実に合致する理論を組み立てようとしていた。

 資金を集めるために人をだましてはいたが、それも世の安全を考えてのこと。これが私欲のために野放図に利用されたらどうなるか、それを防ぐ手を打っていた。

 中間産物を売り出して自分たちだけ儲けることもできただろうに、決してそれをしなかった。

 徐福が人と世を思い、きちんと管理していたから。

 これほど危険な研究を行いながらこれまでそれを漏らさなかったことに、韓衆は驚嘆を禁じ得なかった。

 だが、そんな徐福にも穴はあった。

 その致命的になりかねない穴を自分が見つけることができて本当に良かったと、韓衆は心の底からそう思った。

 そして、この人とならまだこの失敗を取り戻せると信じていた。


 少し動揺が落ち着くと、韓衆は徐福に言った。

「あなたの言われる通り、今は少しでも早く地上の感染に手を打たねばなりません。

 しかし、陛下の身に手を出すとなると厳しいものがございます。ここはどうか、盧生殿と侯生殿のお力をお借りしたいのですが……」

 その言葉に、徐福は力強くうなずいた。

「ああ、まずやるべきことは決まっておる。

 そのためには、陛下の信頼厚いおまえたちでなくてはならぬ。

 侯生よ、何をやればいいか分かるか?」

 徐福に問われた侯生は、まだ動揺が収まらないままだがはっきりと答えた。

「は、分かっております!地上に戻りできるだけ早く陛下に謁見し、後宮の女子供たちを全員検査いたします!

 どこまで尸解の感染が進んでいるか、速やかに確かめます。

 それと、後宮の人の管理を厳とするよう進言いたします」

「うむ、正解だ。すぐに取り掛かれ!」

 さすがに侯生は、やるべきことをよく分かっていた。そして地上での交渉となれば、盧生の出番だ。自慢の口八丁で、他に事情を明かすことなく周囲を納得させて任務を遂行するだろう。

 地上で感染を止められるかは、この二人にかかっていた。

 そして、この二人にはそれができるだけの力があった。これまでずっと表で築いてきた、始皇帝の信頼と権力が。

 これからは、それを余すところなく使って世界の危機を止めねばならない。

 二人にとって、新たなる試練の幕開けであった。

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