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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十八章 正体
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(136)

 韓衆が学んでいる間、徐福たちも謎を解くべく研究を続けていました。

 その結果、安全上重大なことが一つ明らかになります。


 安全に気を配ってはいるものの、速く成果をと望む徐福たちにはどうしても見落としたり切り捨てたりしたことがありました。

 一方、韓衆の学ぶ態度は……。

 地下の研究に加わると決めてから、韓衆はしばらく地下でこれまでのことを学んでいた。

 徐福が仙人の島と言われた蓬莱で見聞きしたこと、蓬莱島に伝承として伝わっていたこと、そしてこの実験施設で研究により明らかになったこと……研究に携わるために学ぶことは山ほどある。

 韓衆は毎日山のような書物と格闘しながら、その知識を吸収していった。

 その記憶力は、徐福も舌を巻くほどであった。

「ほう、戦力になるまでもっと時間がかかるかと思ったが……これは早く使えそうだ。

 おぬしがその頭で我々の難題を解決してくれる日を、楽しみにしておるぞ」

 結局、外部から研究に引き込めたのは韓衆一人だった。

 救護所や一般の医師薬師を引っ張ってくるのは、もうやめにした。ほとんどの者が心の衝撃に耐えられないうえに、やめられるたび監視対象か不審死が増えるからだ。

 そういう意味では、韓衆のみが唯一の外からの希望だった。


 もちろん、徐福たちも自力で解決する努力を怠らない。

 検体の数は限られるものの積極的に感染実験を行い、噛み傷以外の感染についていろいろと分かってきた。

「どうも、男女の交合による感染は全てが成立する訳ではないようです」

 石生が、実験結果をまとめて報告する。

「感染者との交合十回当たり、うつるのは二、三回といったところです。それほどすぐに感染が広がるほどではありません。

 それと、女から男より男から女の方がうつりやすいようです」

「うむ、女は男の体液を長く体の中に留めて吸収するからのう。おそらくその差だ。

 しかし、そうなるとやはり安息起と娼姫たちの感染が説明しづらいな。

 娼姫たちの感染が判明したのは、歌妓の外出から二週間後くらいだろう。となると、全員が感染するまでの期間が短すぎる。

 それに……娼姫たちの検査液の色を覚えておるか?」

 徐福に問われて、石生もすっきりしない顔で答えた。

「ええ、鮮やかな朱色でした。

 検査液があの色になるまでに、小さな傷や情交による感染では十日はかかります。

 つまり、娼姫たちは歌妓が帰ってきて三日以内に人食いの病に感染していないとおかしい。全員がですよ。

 これでは辻褄が合いません!」

 感染について新たに分かったことは多い。しかし、それでもまだあの時の感染の謎は説明できない。

 むしろ、ますますその不可解さが際立ってくる。


 一方で、解けた謎もあった。

「徐福様、例の検体が人食い死体になりました!」

「何ぃ、やはり懸念していた通りだったか!」

 解けた謎は、人食いの病の自然発生の方だ。

 徐福は蓬莱から尸解の血を持つ検体が届くと、すぐ別の実験に着手した。病毒の自然発生に必要な、材料を差し替える実験である。

 具体的には、肝の病を肝の障害を起こす毒に変えてみた。

 すると、尸解の血を分け与えられ毒で肝を壊されたあげく天然痘に晒された者の中から、人食い死体が出たのだ。

 となると、結論は一つ。

「必要なのは肝の病の病毒ではなく、肝の障害そのものということか」

「そうですね、肝がやられていれば原因は病でも毒でも酒でもいいのでしょう」

 それが分かると、また一つの可能性が見えてくる。

「では、酒で肝をやられていた安息起と女の検体は、人食いの病毒を自然発生させた可能性があるな。

 特に、女の検体はほぼそれだろう。

 なら、他の者と性的接触や出血を伴う接触なく人食い死体になって当然だ」

 あの感染拡大の時、歌妓とほぼ接触がないから後回しだと放置しておいたら、人食い死体になっていた女の検体。

 彼女の体は元から持つ尸解の血と酒による肝障害で、天然痘さえ来ればいつでも人食いの病毒が発生する状態になっていたのだろう。

 そのうえ、元から肝をやられて体調不良だったせいで人食いの病の発症を見逃してしまった。

「全く……これこそもっと前に確かめておくべきだった!

 俺としたことが、人食い死体の材料が揃ったのをいいことに、他に材料になるものがないか調べるのを怠っておった。

 人食い死体を作るためにその時必要でなくても、安全のために必要だったのに!」

 徐福はここに来て、己の研究の進め方が勇み足だったと反省した。

 初めに人食いの病毒の材料となるものをもっといろいろ探していれば、もっと前にこのことが分かって安息起や女の検体に注意を払えたかもしれない。

 そうなっていれば、前の事故はあんなに大きくならずに済んだ。

 徐福自身安全に気を配っているつもりでいたが、こうなっては己が浅はかだったと認めざるを得なかった。

「人食いの病の材料として、死体の機能を向上させるために他の毒や病を重ねることはしましたが……代わりになる材料のことはあまり考えていませんでした。

 これは盲点です」

「ああ、同じ成果を出す別の方法を求めるなど無駄だと思っていた。

 しかしこの研究において、人食い死体は成果であり危険でもある。

 同じ危険を生み出す別の道と言い換えれば、確実に探す必要があるものだが……俺も成果に囚われて先のことばかり見ていたか」

 徐福と石生は、己の過ちに気づいて肩を落とした。

 そのうえ、これでもまだ感染の謎が完全には解けないのだ。

「女の検体と安息起が病毒を自然発生させた可能性は高いとして……それでも娼姫どもの感染は腑に落ちぬな」

「そうですね、やはり人数と検査液の色の割に、想定される感染期間が短すぎます。

 安息起が歌妓の持ち帰った天然痘に触れてから、人食いの病毒が自然発生して娼姫全員に感染させるまで三日……無理があります。

 ただでさえ安息起は酒と美食とぐうたら生活で体力が落ちていて、最近は娼姫を相手にすることが少なくなっていたのに」

 大きな事実が明らかになって多くの謎を払っても、この最後の謎は解けない。

 徐福たちにとって、歯がゆいことこの上なかった。

「ううむ……ここはもっと原点にさかのぼって、一つ一つの要素を再検討してみるべきか?

 無意識に見落としていることや思い込みが、他にもあるかもしれん」

 徐福はようやく、これまでの研究を見返してみようかと思った。

 これまで様々な実験を行い膨大な情報を記録してきたが、それらを目標である不老不死につながるかでしか考察していなかった。

 もしかしたら、その中に今のこの謎を解く鍵があるかもしれない。

 結果なら、なぜそうなるのかという理由。材料なら、その中にどんな要素が含まれているのか。

 要は、本質をもう一度一つ一つ考えてみる必要がある。

 その時、ようやく徐福の指が謎を解く鍵をかすめた。

 しかし今の徐福には見えているものと考えるべきことが多すぎて、一旦それをまっさらにして考え直すのは非常に難しいことだった。


 一方、これまでの研究を学んでいた韓衆は、とある素朴な疑問にぶち当たっていた。

「尸解の血……死体が動くという現象の源……。

 現状蓬莱に住む民のみが持つ、特殊な体質……ただし島に伝わる儀式によって、他人に分け与えることができる」

 これは、今の研究の大元になっている基本情報。

 しかし……韓衆はこれに違和感を覚えた。

(体質……体質?

 体質が、そう簡単に他人にうつせるものか?)

 気になって一度近くにいた助手に尋ねてみたが、そういうものじゃないのかと首を傾げるばかりだった。

 それよりも、早く研究に参加するためにさっさと一通り覚えろと言われた。

 ……普通の人間なら、その言葉に従って勉強しているうちに疑問を忘れ、学んだことが当たり前になってしまうものだ。

 助手や工作部隊たちも、そうだった。

 しかし、韓衆はそうではなかった。

(これほど危険な研究こそ、小さな疑問をおろそかにしてはいけないのでは?

 本質を知らずに上辺だけを見て知った気になるのは危ない。これは後で徐福殿に聞いてみることにしよう)

 韓衆は、その小さな疑問を忘れなかった。

 知識は知識として覚えつつ、他の情報を学ぶ中でもその小さな疑問をぶつけて考え、自分なりの答えを探そうとした。

 これは、今まで研究に参加した者にはないやり方だった。


 それからしばらくして、韓衆は研究に参加するための試験に合格した。

 研究の成り立ちから実験の手順、病毒の性質や安全対策まで筆記はほぼ完璧だ。実技についても、難なくこなしてみせた。

 この素晴らしい結果に、徐福はえびす顔になって喜んだ。

「これは見事だ、こんなに早く使えるようになるとは!

 特に記憶力と観察力が素晴らしい!さすがに、一人で自説を研究していただけはある」

 徐福にほめられて、韓衆は照れたように少し顔を赤らめた。

「いやぁ……そう言って頂けると、嬉しゅうございます。

 実は小生、普段常食としないものを食べる実験の初めの頃にいろいろと痛い目に遭いまして……中毒だの寄生虫だの、それはもう地獄でした。

 なので、二度と同じことをしないように食べたものを詳細に覚えておくようになりまして。

 記憶と観察には、自信がございます!」

 それから、韓衆は徐福の目をまっすぐ見てこう言った。

「小生は研究に参加するからには、何事も本質を追及しとうございます!

 特にこのような危険な研究、上辺の知識だけでうまくやれるとは到底思えませぬ。

 ゆえに、参加する前にいくつか小生が疑問に思ったことに答えてください。それで納得ができたら、力をお貸ししましょう」

 その言い方は、これまで研究に携わってきた者から見れば生意気だった。

 侯生が、眉をひそめて非難する。

「おい貴様、我々がこれまで積み上げてきたことを疑うと……!」

 しかし、徐福がそれを制した。

「いや、良い心がけだ。

 全ての進歩は疑いより始まると言っても過言ではない。その点で、おぬしは誠に良い感性を持っておる。

 いいぞ、ただ答えるのみならず皆で議論しようではないか!」

 今の知識で破れない壁を前にした徐福にとって、韓衆の態度こそ求めていたものであった。

 徐福は喜び、研究に携わる主な者たちを集めて議論の席を設けることにした。

 そこでぶつけられる疑問がいかなるものか徐福には想像できなかったが……それでこそ新たな道を見つけてくれると、心から楽しみにしていた。

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