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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十七章 協力要請
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(135)

 地下に連れて行かれる韓衆。


 一方、徐福たちも独自に人を入れようとしていましたが、うまくいきませんでした。ここまでに、選んで引き抜ける体制は整っていたのですが……。

 そんな折に連れて来られた韓衆に、徐福は……。

「ひーっ!?もう嫌じゃ、頼むここから出してくれー!!」

 暗い坑道に、悲鳴がこだまする。

 悲鳴を上げているのは、薬箱を携えた年老いた医者だった。鉄格子を前にして腰を抜かし、真っ青になってがたがたと震えている。

 それを見て、徐福は失望したようにぼやいた。

「フン、こいつもだめか……最初は威勢が良かったのだがな。

 使えぬ奴め!」

 そう言われて見下されても、もう医者には反抗する気力も残っていない。ただ頭を下げて、やめさせてくれと懇願するばかりだ。

「お願いでございます!もう、お許しくださいませ!

 ここで見聞きしたことは、決して誰にも話しませぬ。秘密は必ずお守りします。だから、どうか……!」

 医者は、もう一秒たりともここにいたくなかった。

 およそこの世とは思えぬ悪夢が広がる暗い世界から、逃げ出したくてたまらなかった。

 つい数時間前までは、挑んでやろうじゃないかと自信満々で地下を目指していたというのに……今その時の面影は欠片ほどもない。

 その情けない有様に、徐福は落胆を隠せなかった。

(全く、どいつもこいつも役に立たん。

 これで五人目だ……地上から引っ張ってきた医者が何もできず帰るのは)

 そう、この医者は地上から新たに連れて来られた者だ。

 具体的に言えば、驪山陵の救護所にいたところを成り上がりたいという野心を見抜かれてここに連れて来られた。

 病を解明することに意欲的で腕もそれなりによく、しかし自分の興味のために患者の命を軽視するところがある。

 一般からの評判は良くないが、ここでは即戦力として期待された。

 野心をつついて多額の給料を提示し、この秘密の研究に誘ったところ、その時はすんなり応じてついて来たのだが……。

「む、無理じゃ……わしには、こんな恐ろしい研究など……!

 どうか、地上の仕事に戻らせてくださいませ!!」

 隔離区画に連れてきて人食い死体が人を食うところを見せた途端、この有様である。涙を流し、地面に手をついて必死にやめさせてくれと懇願している。

 徐福としても、こうなった者を無理に使う気はなかった。

「……分かった、無理強いはせん。

 ただし、秘密は必ず守ってもらうぞ。

 おまえにはこれから、死ぬまで監視がつく。工作部隊が常におまえを見張り、秘密を漏らせば即座に処刑する。

 それから、逃げ出そうなどと思うなよ。もし咸陽を離れたら、監視逃れとみなしてこれもその場で死んでもらう」

 帰すにしても、ただでは帰せない。

 ここでの研究の秘密が漏れるのを防ぐため、帰しても監視は外せない。尉繚配下の工作部隊が、常に刃を携えて見張ることになる。

 帰した者一人一人にそうするため、これもあまり人数を増やす訳にはいかない。人数が増えて監視がおろそかになれば、秘密を守れなくなるからだ。

「やれやれ……尉繚よ、監視の人手はまだ大丈夫か?」

 徐福が尋ねると、尉繚は肩をすくめて答えた。

「今のところは、全く問題ない。

 そもそも、今監視を続けているのが一人しか残っておらぬからな。

 帰した五人のうち一人は自殺、二人は他人に話そうとしたり逃げようとしたりして既に斬り捨てた。

 帰しても、この悪夢を胸にしまったまま長生きできる奴は多くないようだ」

 そう、たとえ地上に帰っても、一度見て知ってしまった衝撃と恐怖をなかったことにはできない。それに、誰にも話せないというのは非常に苦しいことだ。

 そのため、地上に帰した者も多くはそう長くない。

「そうか……では、やはり救護所からこれ以上引き抜くのはやめた方が良いな。

 あまり多く不審死が出ると怪しまれるし、咸陽の名医をこれ以上無駄死にさせる訳にもいかん」

 この現状に、徐福はため息をついてそう決断した。

 救護所での病気研究に志願するような医者ならば、病人の気持ち悪さにも耐えるし野心を燃やして手伝ってくれると思っていた。

 しかし、世の常識である生死の理を超えたこの研究は、そんな彼らの精神でもなお耐え難いものだったらしい。

 一般人では、即座に発狂するだろう。

 この研究に従事するには、生死の観念すらも踏み倒す心が必要だった。

「うーむ、これでは外部から人を入れるにしても対応できる奴がほとんどおらぬな。どうにか対応できる奴を探したいものだが……」

 徐福が悩んでいると、助手が声をかけてきた。

「盧生様と侯生様がおいでです。

 この研究に外部から参加させたいと、方士を一人連れてございますが……」

「すぐ通せ」

 徐福は即答した。

 今はとにかく、少しでも可能性があれば受け入れて試してみるしかない。それに、方士なら医者よりは生死の倫理が緩く頭が柔らかいかもしれない。

 その代わり詐欺まがいの奴は多いが……それでもあの二人が連れてきたということは、見どころがあるのだろう。

 徐福は何度目かの期待を抱いて、離宮の執務室に向かった。


 その日の朝、韓衆は盧生と侯生に迎えられた。

 宿舎まで普段は乗らないような馬車を回してもらい、三人で乗って驪山陵に向かった。そして、地下離宮へと続く坑道に足を踏み入れた。

 そこは数十歩も行くと太陽の光が届かなくなり、湿った生臭い空気が充満していていかにも不気味である。

 途中、泣きながら上がってくる一人の医者とすれ違った。

 何があったのかと尋ねると、侯生はこう言った。

「我々の期待した働きが出来なかったのだろう。

 おまえはあれだけの啖呵を切っておいて、よもやこうはなるまいな?」

 具体的にどういうことかは教えてくれなかったが、尋常でないことが待っているとは分かった。それでも、もう退くことはできない。

 地下離宮への坑道に入った時から、三人の後ろに短刀を携えた男が二人ついて来ている。逃げ出そうとすれば、命がないかもしれない。

 そうしてしばらく下ると、地下離宮が見えてきた。

 空洞の大きさいっぱいに建てられたこじんまりとした離宮の前に、数人の方士服の男が待っていた。

「そいつが、ここでの研究を手伝えそうな者か!」

 一番前にいたもじゃもじゃ髭の男が、声をかけてきた。

 盧生と侯生が、そいつに頭を下げて答える。

「は、我々と同じ斉の方士で韓衆と申します!

 この者は他の詐欺方士共と異なり、実際に不老長寿への道を現実的な手段で探求し、それを自分の体で試すほどです。

 理論的な思考力、探求心、観察力とも十分かと」

 ここで、盧生と侯生がここで行われていることの首謀者ではないと分かった。二人は明らかに、目の前にいるもじゃもじゃ髭の男に従っている。

 つまり、このもじゃもじゃ髭の男が首謀者かそれに近い者。

 そして自分が呼び出されたのは、始末するためではない。こいつらは実際に何かを研究していて、自分はそれを手伝えると評価されたのだ。

 あんなにも始皇帝を惑わし、民を苦しめる元凶の何かを……。

 韓衆は、胸を張って首謀者と思しき男に言い放った。

「貴公らにより天下が乱れかけている今、こうして招かれたのは実にありがたい!

 貴公らのやる事を見せていただけるのであれば、小生はそれを存分に見聞きして考え、いくらでも意見を述べましょうぞ。

 それが、世のため人のためになるのであれば!」

 すると、首謀者と思しき男は面白そうにニヤリと笑った。

「ほほう、なら存分に意見してみるがいい!世のため人のため……我々のそのような思いで、おまえのような者を求めていたのだ!

 ただし……」

 首謀者と思しき男はずいっと韓衆に近づき、低い声で耳打ちした。

「研究の実験を自分にやるのは、ここではやめておけ。

 我々はおまえの頭脳を失いたくないのだ」

 そのぞっとするような声音に、韓衆の背中に鳥肌が立った。

 話から察するに、ここで行われているのはとても自分たちに試せないような危険な研究。だから表ざたにできない。

 しかし、それでも韓衆は逃げずについて行った。

 あれほど世を乱す元凶をこの目で見届け……そして相手が自分の意見を受け入れてくれるなら、それで天下を救えるかもしれないと信じて。


 結果から言えば、そこで行われていたことは韓衆の想像を遥かに超えていた。

 移動のついでに簡単な研究の内容を聞かされ半信半疑だったところに、正気を疑うような研究の産物を見せつけられた。

 死んで腐っているのに人の肉を食らい動く、人のような何か。

 生きた人間を変質させてそれに変える、おぞましく残酷な病毒。

 確かにある意味自分たちの目指す不老不死に近い、一つの常識を打ち破った存在がそこにあった。

 しかし同時に、世を滅ぼす簡単な手段がそこにあった。

 あれほど何かやっているなら明かせと言い続けてきた彼が、何も言わなかった盧生と侯生を確かに正しかったのだと思うほどに。


「はあ……はあ……まさか、これほどとは……!」

 一通り実験現場を見せられた韓衆は、青息吐息であった。顔は蒼白で息は詰まり、あまりの気持ち悪さに気を抜くと吐いてしまいそうだ。

 自分も周囲からよく気持ち悪いと言われるが、それとは次元が違う命の根源が揺らぐような気味の悪さがあった。

「どうだ……やめるか?」

 首謀者と思しき男に問われた韓衆は、しかし首を横に振った。

「いいえ、やります……!

 このような危険でおぞましいもの……謎を残したまま放置など、できません。世のため人のため、解明に力を尽くしとうございます!」

 その返事に、首謀者と思しき男は破顔して手を叩いた。

「素晴らしい、その返事を待っておった!!

 して、秘密は守れるであろうな?」

「もちろんでございます。小生は、世が滅ぶことを望みません」

 韓衆の目には、強い意志が宿っていた。

 想像を絶する世界ではあったが、盧生と侯生の言動に確かに中身はあった。そして彼らが困っているならば、自分は同僚として助けるべきだ。

 彼らも手法は違えど、きちんと研究をしていた働き者なのだから。

 そんな使命感に燃える韓衆の前で、首謀者と思しき男はこう言った。

「よしよし、大した意志だ!

 ほうびに、我々の共有する特大の秘密を一つ教えてやるぞ!」

 首謀者と思しき男はいきなりもじゃもじゃの髭を取り、手拭いで顔面をこすり始めた。その手ぬぐいの下から出てきた顔に、韓衆は目を丸くした。

「あっ……あなたは徐福殿!?」

「おうよ、もちろんこの秘密も守ってくれるかな?」

 韓衆は、唖然としてただうなずくしかなかった。

 中を見たいと熱望して明けた箱の中身は、信じられない驚きで一杯だった。そしてこれからも、どれだけ驚けばいいか分からない。

 しかし、もう逃げることはできない。

 韓衆もまた、生死の理を嘲笑う化け物と共に歩む道に踏み出していった。

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