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地上で、盧生と侯生のターン。
驪山陵での事業が大きくなるにつれ、二人に向けられる同僚方士の視線もえらいことになっていました。また、彼らとは別に事実を見て客観的に批判してくる手強い方士もいました。
それに侯生の怒りが爆発し、思わぬ方向に話が転がります。
久しぶりの人物が登場します。
地下の停滞に関わらず、地上の営みは続いていく。
驪山陵の工事は速やかに再開され、労働力の補充のために今度は刑徒ではなく全国から徴用された民が集まってきた。
その働き手が生み出す需要を満たすために、咸陽にはますます物が集まり栄える。
しかし、それは地方の荒廃と引き換えであった。
多数の働き手を奪われた地方では、産業がままならなくなり貧しくなる。食糧をほとんど都に持っていかれてしまい、自分たちの作ったものも満足に食べられなくなる。
咸陽の近郊ですら、その影響が目に見えてきていた。
それを見た人々は、このままでは秦は長くもたないだろうと官吏の目を気にしながら小声で噂し始めるのであった。
その嫌な感じは、盧生と侯生にも届いていた。
始皇帝に大事にされているということで直接的な攻撃はないし、直接耳に届く悪口も以前より少なくなった。
しかし、二人が国を腐らせているという悪評はどんどん根深くなっている。
驪山陵であんな暴動がありそこで命令違反までしたというのに、二人はもともと破格の給料が半減するだけで済んでいる。
そればかりか、驪山陵で祭祀を行うための事業費はむしろ増額された。これでは、結局二人に入る金はそう変わらないではないか。
事情をよく知らない周囲は、そこだけに目をつけて憤った。
特に、方士仲間からの妬みはもはや尋常ならぬ域に達している。
祭祀のための費用などいくらでも過大に請求して懐に入れられるではないかと、方士たちは考える。自分たちの仕事がそうだからだ。
そのうえ、あの二人は自分たちを差し置いて聞いたこともない身内をかわいがると憤る。身内とは、二人が郷里から呼び寄せて離宮に詰めさせた者たちだ。
自分たちだって、いくらでも手伝えるのに独占されたと被害者ぶる。
一部の方士は、既に仲間に入れてくれと声をかけてきていた。といっても本心は、おこぼれにあずかりあわよくば蹴落として自分が後釜になろうという魂胆である。
もちろん、盧生と侯生がそれに気づかぬ訳がない。
だから二人は、そういう協力志願を全て断ってきた。
すると今度は、そういう輩が仲間に入れてもらえなかったことを逆恨みして周囲にあることないこと言いふらす。
その悪評がさらに悪評を呼び、二人は今や方士たちの目の上のこぶ扱いだ。
そのため二人は、近頃あまり方士のための宿舎に帰っていなかった。近くに身を置かないことで、何とか身を守っていたのである。
しかし、宮廷に出仕すればどうしても他の方士と顔を合わせてしまう。
地上で他の部署とも連携する仕事をしている以上、宮廷に出ない訳にはいかない。そうすると、他の方士たちの攻勢を受ける。
現在の主な攻撃は、贈り物と賄賂である。
二人が宮廷に姿を現すや否や、どこからかぎつけたのか他の方士たちが群がり、次々と贈り物を押し付けようとしてくる。
ただ仲間にしてくれと言うだけではしてくれないので、贈り物を持参するようになったのだ。それも、断り続けているとどんどん過激になってくる。
「どけどけ、我々は仕事をしに来たのだ!」
「お前たちも、こんな事をするくらいなら真面目に仕事をしたらどうなのだ!」
盧生と侯生は警備兵に追い払ってもらいながら仕事をこなすが、毎度毎度煩わしいことこの上ない。
さらに、まともに働いていない輩に邪魔されたうえずるいなどと言われると止めどなく苛立ちが募る。
(我々が見えないところでどれだけ働いているかも知らないで……!!
我々と同じほど崇高かつ危険な仕事のために己と世界の命運をかけることが、貴様らにできるとでもいうのか!?)
寄ってくる他の方士たちは、楽して富を得たいだけ。
自分たちは、そうではない。
他の誰にもまねできない、下手にやれば世界を滅ぼすような研究のために、この身を張っているのだ。
破格の給料はその対価だし、事業費だってきちんとその研究のために使っている。やましいことなどない。
なのに、この低俗な方士どもは……。
だが、同じ方士仲間にもそれを止めに入る者がいる。
「おのおの方、いい加減にせよ!」
同じ方士服をまとった一人が、二人に群がる他の方士たちを一喝する。
うっとうしげに黙った他の方士たちに、そいつは胸を張って説教を始める。
「我々は、一体何のためにここに召しだされたと思っているのですか!?上に取り入って甘い汁を吸うため?違うでしょう!!
我々は、陛下の長寿のためにここにいるのですぞ。
なのに、仕事もしないで成功者に取り入ることだけに力を注ぐとは何事ですか!?
あなた方も給料を上げてほしければ、きちんと自分の研究の理論と成果で勝負しなさい。こんなことをしていては、己の負けを認めているようなもの。
恥ずかしくないのですか!!」
そう言われると、他の方士たちはすごすごと去っていった。
その正論をぶつけた方士に、盧生と侯生は見覚えがあった。
「韓衆殿……」
この韓衆という方士とは、巡幸の途中で知り合った。方士でありながら理論と事実を重視し、自説を証明するためにまず自分でそれを行う殊勝な男だ。
この男は詐欺師ではないし、むしろ根拠もないうまい話で人をだます他の方士たちを嫌っている。
それで今回のように他の方士を咎めたりするので、他の方士たちからも嫌われていた。
しかし、かといって盧生と侯生の味方ではない。
他の方士たちが去ると、韓衆は今度は二人の方に怖い顔を向けた。
「いい加減にするのは、あなた方もですよ!
陛下の覚えがめでたいからと、不祥事を起こしても平気な顔をして。何をやっているか証もしないのに期待だけで金をむしり取って。
陛下が許しても、天と小生は許しません!!」
あっという間に、説教の矛先が二人に向く。
「あんなに多くの人を働かせて天下の民を苦しめて、そんなにその幻想が大事なのですか?そんなに崇高なことをしているなら、なぜ表に出せないのですか?
決まっています……表に出せないのは、本当はいい事がないからでしょう。
功績があるといっても、それは轀輬車の一件と、それから陛下の血で珍しい布一枚作っただけ。
それを幻想で塗り固めて、どれだけの人を苦しめれば気が済むのか!!」
韓衆は二人のしてきたことを的確に指摘し、責める。
二人がやっている研究の内容を極秘にしていることも、表向きの祭祀にほぼ意味がないことも事実。
そして、二人の功績が思いのほか少ないのも事実。轀輬車と仙紅布以外は、どれも大々的な事業だが効果はまだ出ていない。
その大々的な事業で人々の生活が圧迫されているのは、火を見るより明らかだ。
事実だからこそ、二人はうまく追い返せず対応に困っていた。
他の方士ならばそちらが効果のない薬を人に売りつけていたり本当は何もやっていなかったりするので、逆にそれを突くこともできるが、真面目に自説を試している韓衆にそれはできない。
だからその自説……長寿のために人が普通食べないゲテモノを食べるという習慣を気持ち悪いと攻撃するしかないが、本人は自信を持って平然としている。
それどころか、
「そんな批判しかできないのは、あなたたちに中身がない証拠!
他から見て気持ち悪かろうが何だろうが、大事なのは外見ではなく効果です。あなた方にはそんな事もお分かりにならぬのか!」
と反論される始末である。
二人にとっては、分かり切っていることだ。
だって二人も、不老不死のために動く死体や人食い死体、数多の病気と向き合ってきた。成果を出すために、気持ち悪くても頑張って付き合ってきた。
なのに、なぜこんな男にこんな風に言われなくてはならないのか。
知らないくせに知ったかぶりで、悔しくて理不尽で、しかし本当のところを知らせる訳にもいかず……二人はおかしくなりそうだった。
いつもはそれでも我慢して立ち去っていたのだが……。
今日は、侯生の口から違う言葉が出た。
「ほう……そこまで言うなら、我々のやることに付き合ってもらおうか」
盧生が、ぎょっとして侯生の方を向く。
「お、おい待て、それは……!」
いつもは盧生が喚き散らすのを侯生がなだめて連れて行くのだが、今日は逆だ。侯生の眉間には険しい山脈ができ、目は完全に据わっている。
「我々が何もしていない……何をやっているか見てもいないのに、何を言う。そこまで言うなら、一緒に来て見て聞いてみろ!!
それで、おまえにどうにかできるか試してみろ!!
我々が日々どんな苦悩を味わっているか、おまえも味わってみるがいい!!」
研究がうまくいかない苛立ちも相まって、ついに侯生の怒りが爆発したのだ。
しかし、これが意味するところは……。
「おい、まさかこいつを地下に!?」
そう、仲間に引き込むということは、地下に連れて行って機密の塊のような研究を見せるという意味だ。
これまで、安全のために外部に一切明かさなかった研究を……。
「いいのだ、本人がここまで中身が大事と言っておるし……我々も人材を求めているところだ。目に見える事実に基づいて物を考えられる人間を。
外から見えることだけで分析して、よくもここまで言ってくれた。そんなに分析できる事実が欲しければ、いくらでもくれてやる!
そのうえで、我々のことを判断するがいい!!」
そう、求めるのは事実に基づいて客観的に考えられる人間。
仲間内でない視点から見て、研究における問題解決の糸口を示せる人間。
侯生から見て、韓衆はそれに適任だった。
こいつはこいつに見えることだけで判断すれば、間違ったことを言っていない。常にド正論を叩きつけ、自分も正しくいようとする。
他人を批判しても、それは私欲のためではない。
それに、こいつも不老長寿を求めて、実際に実体のある研究をしている。方法は違えど方向性は同じだし、安全のためにまず自分の体で試すくらい誠実で真面目だ。
侯生は、このうるさい同僚を自分たちと同じ地下に引き込むことに決めた。
「……明日の朝、迎えに行く。
泊まりがけになるだろうから、準備をしておけ」
侯生は、張り付けたような笑みで韓衆に言う。
韓衆は戸惑ったが、ここで退いてはならぬと応じた。はったりなら暴くまで、そうでなければ見直してやろうか程度に思って。
地下で待っている事実がどれほど恐ろしいものか、今の韓衆には予想するための欠片すら与えられていなかった。




