(132)
徐福たちは感染実験を進め、また新たな感染経路とその特徴を見出します。
しかし、それだけで謎が解ける訳ではありません。
そんな中、そのために誰もが待ち望んでいた海の彼方からの手紙が届きますが……。
蓬莱からの手紙が届くまでの間、徐福たちは人食いの病の感染実験を繰り返していた。
今回の感染拡大で判明した、噛むことも出血も伴わない感染経路を調べるためである。まずこれが分からなければ、他の実験はできない。
徐福は、感染者を未感染の実験体と一緒に生活させてみて、どのような行為で感染するか観察することにした。
咳やくしゃみ、会話、同じ食器を使わせる、同じ桶で水浴びさせる等……これまでは感染がみられなかったが、確率が低いだけかもしれない。
それから、健康な女も数人買ってきた。
それを使って確認するのは……情交による感染である。
今回の感染拡大で真っ先に人食い死体となったのは、尸解の血を持たない歌妓であった。彼女が感染した原因として、彼女に天然痘をもらって人食いの病毒を自然発生させてしまった男の検体との情交が疑われている。
それを証明するために、女に感染者の相手をさせるのだ。
さらに、どの程度の行為でどのくらいの確率で感染するか、男から女と女から男で差があるのかなども調べる。
その実験で漏れてくる嬌声を聞きながら、徐福は助手たちに言った。
「おまえたち、よく見ておけよ……感染者やその危険がある者とああいうことをした者がどうなるかを。
一時の欲望に流されると、己の身がどうなるかを。
以前こっそり歌妓に手を出していた者は、感染していたな。
せっかく生き残ったおまえたちがそんな馬鹿をやらんよう、心から願っているぞ」
そう言ってやると、元死刑囚で性根の良くない助手たちも胆を冷やした。
これは、教育のためでもあるのだ。こんな地下に閉じ込められ、隙あらば実験体の女に手を出しかねない助手たちへの。
普通にだめと言うだけでは、破ったらどうなるのか実感がわかずつい衝動的にやってしまい、しかもそれを隠すかもしれない。
だが、こうして具体的に見せてやれば話は別だ。
情交によって人食いの病をうつされた者が徐々に弱って苦しみ抜いて死ぬのを見れば、誰だって同じようになりたくないと思う。
これもまた、安全性を上げる一つの手段だった。
先日他の助手の不手際によってあんな惨事が起こって、それで地下に閉じ込められて……こりたとは思うが、念には念を入れてだ。
どんなひどい目に遭っても、のど元過ぎれば熱さを忘れる奴はいる。特に死刑になるような罪を犯す、浅慮で性悪な奴は。
せっかく生き残った手練れをこれ以上失わぬために、徹底的に教育しなければ。
そうしているうちに、石生が実験の結果を持ってくる。
「五日前に感染者と交わった女が、感染しておりました。
本日の検査で、液が黄緑でございます」
それを聞いて、助手の何人かが息を飲む。今徐福に言われたことを証明する結果が、今まさに出たのだ。
「そうか、思った通りだな。
情交でもこの病は感染する……ただし、検出できるようになるまでが遅いようだが」
「噛ませたり出血を伴う傷に塗りこめたら、三日後には検出できますからね。
こっそり感染していた助手も、これで検査をすり抜けたのかも」
石生が、困ったように言った。
検査は仙黄草液に血の上澄みを垂らして液の変色を見るが、病毒を体内に入れてすぐは反応しない。
つまり、感染していても検査で分からない期間があるのだ。
これまでの研究でそれは三日以内だと思われていたが、どうも情交による感染ではそれより長いようだ。
「ふむ、検査は七日に一回……検出できるまでに傷を伴う感染なら最長九日だが、情交の場合は最長十一日か。
これはちと長いな。
この機に、検査をもっと増やすべきか」
「そうですね、今の人数ならば仙黄草も足ります。
検出できなくても、その間他人に感染させぬとは限りませんから……そのような期間は、できるだけ短い方が良いかと。
もしかしたら、謎の感染は情交による感染の連鎖かもしれません」
徐福と石生は、活発に考察を交わす。
男の検体と交わらぬはずの、安息起に侍らせていた娼姫たちの感染……それもこの仮説なら、説明がつくかもしれない。
人食いの病毒を自然に発生させてしまった男の検体と、うつされた歌妓。娼姫の一人が男の検体と寝るか安息起が歌妓に手を出したら、容易に全員に広がるだろう。
徐福は、渋い顔で呟く。
「娼姫たちは全員が男の検体と交わっていないと言ったが……安息起が歌妓に手を出していたのは有り得るな。
あやつも尋問では否定したが、どうだろうな」
あの時は次から次へと異常事態が押し寄せてきたため、ゆっくり話を聞き出すこともできなかった。
そして今真実を究明しようとしても、当事者は皆死んでしまった。死刑囚が暴れ出した時に、少しでも人食い死体を増やさぬよう殺したのだ。
「全く、踏んだり蹴ったりだな。
よくもこう障害がつながるものだ」
これでは、あの時本当はどこがどうつながっていたのか知る術もない。
だから今こうして感染実験を行って仮説を立てようとしているが、それも人手が限られるせいで少しずつしか進められない。
早く感染の謎を解き明かして研究を前に進めたい徐福にとっては、歯がゆいばかりであった。
「……しかし、起こってしまったことは仕方ありません。
ここは地道に感染経路を探りながら、蓬莱からの連絡を待ちましょう」
石生にそう言われて、徐福はどうにか気を取り直した。
そうだ、蓬莱にはまだ自分の知らない知識があるかもしれない。それを紐解けば、多くの謎が解けるかもしれない。
ならば、今は地道にできることをして待つべきだ。
徐福は、遥か遠くの蓬莱に思いを馳せた。
徐福がこの時機に蓬莱に使いを出したのは、本当に正解であった。
蓬莱に徐福の探し求めるものがあるかは分からない。
しかし、求めていたのは徐福のみではない。隔絶された海の彼方で、蓬莱もまた徐福の連絡を心待ちにしていたのだから。
たっぷり二月もかかって、ようやくそれは徐福の下を訪れた。
「蓬莱からの荷が、到着いたしました!」
助手が、明るく弾んだ声で知らせる。
「おお、ようやくか!」
それを聞いて、徐福の顔にもぱっと笑みが広がる。一秒でも早く見たくてうずうずして、つい立ち上がっていた。
皆、心の底から期待していたのだ。
原初の地、蓬莱からの荷が今立ちはだかる大きな壁を打ち破ってくれると。
徐福はすぐさま、届いた荷のところへ走った。そこには縄につながれたにんげんが五人と棺が三つ、そしてぶ厚い書状があった。
「目録でございます、お検めください!」
それらをここまで運んできた工作部隊が、目録を差し出す。
徐福は上機嫌で、それに目を通した。
「ふむ、尸解の血を持つ検体が五人に、動く死体が三体か。ありがたい、これでまた新たな実験を始められる。
肝心の情報は……この書状に記されているのか」
手渡された書状は、厚くずっしりとした重みがある。一体どれだけの長さの紙に、どれだけ重いことが書き連ねられているのか。
徐福は嬉々として、書状を開いた。
<お久しぶりでござる、徐福殿。
そちらで大きな事故があったと聞いて、驚いた。しかし大事に至らなかったことは、何よりであったな。安息起のことは、残念だったが。
しかし、今こちらでも不可解なことが起こり、ぜひとも徐福殿の知恵をお貸し願いたく……>
徐福は、顔を曇らせた。
「む、向こうでも何が問題が起こったか。
一体何が……」
読み進めると、そこには信じがたいことが記されていた。
<あなたが連れてきてくれた子供たちは、島の暮らしに慣れて次々と子を増やしておる。今や三島全てから赤子のなく声が絶えぬほどだ。
しかし、出産や事故で命を落としてしまった者もいる>
ここまでは、当たり障りのない話だ。
問題は、ここからだ。
<そうして何人もの大陸人が命を落とす中で……実に奇妙なことが起こった。
大陸人の死体が、起き上ったのだ>
「は?」
徐福は一瞬、書いてあることの意味が分からなかった。
だって、こんな事起こるはずがない。死んで起き上がるのは尸解の血を持つ者か人食いの病毒に感染した者のみ。そのどちらも持たない大陸から渡った者が、そうなる訳がないのだ。
しかし、ここにはそれが起こったと書いてあるのだ。
訳が分からない。一体何がどうしたというのか。
徐福は目を皿のようにして、むしゃぶりつくように書状を読み進めた。読み進めるにつれ、徐福の顔はどんどん血の気を失っていく。
全てを読み終えると、徐福は蒼白で汗びっしょりになった顔を上げて叫んだ。
「半日後に、緊急会議を開く!
工作部隊の主な者と、盧生と侯生も招集しろ!」
そのただならぬ様子に、周りで見ていた助手たちは戦慄した。
つい最近あんなことがあったのに、今度は一体何があるというのか。いつもあれほど冷静な徐福を、何がこんなに脅かすのか。
しかし、逃げることはできない。
蓬莱こそがこの研究の原点とも言える地……そこで起こった不測の事態が、研究に関係ない訳がないのだから。




