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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十七章 協力要請
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(131)

 徐福たちは、再び研究を始めようと体制を整えていきます。

 しかし、前の体制のままではまた同じことが起こるかもしれないので……徐福は、大胆な構造改革に乗り出します。


 そして、失ってしまった材料を再び入手するためには、またあの場所へ……。

 地下で感染拡大した大惨事から二十日後、地下はようやく平穏を取り戻した。

 しかし失ったものは大きく、再び研究を始める前にやることが山積みであった。

 破壊された設備を直し、さらに安全のための改良を加える。これらについては、予算的にも人員的にも協力が得られた。

 始皇帝が、盧生と侯生の仕事がはかどるようにいろいろと取り計らってくれたのだ。

 二人は処分により給料を減らされたが、仕事に使う金は逆に増額してもらえた。さらに、驪山陵の仕事で集まっている天下の名工たちにも協力させてくれた。

 おかげで、研究を再開するための施設はすぐに完成した。

 それでも、研究を再開するにはまだ足りないものがあった。


 一番の問題は、人であった。

 今回の感染拡大で、地下で暮らしていた人間の大部分が命を落とした。飼っていた死刑囚と蓬莱人、その世話係は全員。助手と工作部隊も、地下にいた七割ほどが。

 助かったのは、徐福を含めわずかに十数名。

 ただでさえ管理の手が多く必要なのに、これではとても手が足りない。

 特に、長く研究に携わってきた助手を多く失ったのが痛い。元が死刑囚とはいえ、あそこまで育てるのにどれだけ時間を要したか。

 それに、再び育てるにしても懸念があった。

「今回の感染拡大があそこまでひどい事になったのは、助手の質が悪かったのも大きい。

 見張られていなければ何をしてもいいと思っている不真面目でいい加減な助手が、離宮での異変を早いうちに報告しなかった。

 奴らがきちんと仕事をしていれば、どれだけマシだったか」

 今回の大惨事を思い返し、徐福がぼやく。

 それに、側にいた全員がうなずいた。

 石生が、げんなりした顔で言う。

「同じ元死刑囚の私が言うのも何ですけどね、死刑になる奴はだいたい身勝手極まりない、人の命令に素直に従わないダメ人間なんですよ。

 とにかく自分が楽に生きる事しか考えてなくて、常に鞭を持って見張っていないと何をするか分かりません。

 頭が悪い奴が多いくせに、私欲のためにすぐ徒党を組みますし」

「ああ、そうやって口裏を合わせて悪い事を隠そうとする。

 あれでは、安全管理にも支障が出る」

 石生の意見に、徐福は救出された時のことを思い出した。

 あの時、いつの間にか感染していた助手二人は、検体たちの慰み用の歌妓にこっそり手を出したとこぼしていた。

 その件について、もちろん報告は上がってきていない。おそらく関係した全員で口裏を合わせて、隠していたのだろう。

 これでは、同じように隠された不祥事がどれだけあるか分からない。

 もしこれで検体に変な病気をうつしたりしたら、研究に影響が出る。いや、もう出ていたのかもしれない。

「相互監視させるにしても、そういう気質の奴が多いと限界がある。

 研究に携わる者の質を、見直すべきだろう」

 尉繚も、はっきりとそう言った。

 徐福は、素直にうなずく。

「ああ、今回のはいい教訓になった。……いや、教訓で済んで本当に良かった。これを生かさねば、次も同じことが起こるかもしれん。

 わざわざ災いの原因をおかわりすることはない。

 死刑囚を助手として採用するのは、今後はやめにしよう」

 そこで徐福は、石生を見て呟いた。

「おぬしのような者が多ければ良かったのだがな……おぬしを見ていて、つい他の死刑囚にも同じような期待をかけてしまった。

 おぬしは滅多に巡り合えぬ、類稀な人材だというのに」

「そんな、もったいないお言葉でございます。

 しかし、やはり死刑囚に私のようなのは珍しゅうございますから」

 石生は、そうへりくだって静かに目を伏せた。

 石生は元死刑囚だが、本来はこんな所にいるべきではない。なぜなら石生の罪は、本当は他人の罪だからだ。

 石生は真面目に生きてきて、他人に不当に罪を押し付けられてここにいる。罪を犯してもいないし、犯すつもりもなかった。

 そのため、石生は死刑囚の中では例外的に清く正しく責任感があって真面目だ。

 徐福は死刑囚の中から石生を得たため、他にもこういうのが手に入るかと思ったが……そうでない者の方が圧倒的に多かった。

「おぬし以外にも、元屠畜業の男はなかなかに優秀だったが……あやつは死んでしまった」

「惜しい人を亡くしました」

 徐福が仲間の死を悼むと、尉繚も言った。

「それを言うなら、工作部隊だってひどい事になっている。経験豊富な医師薬師たち、それに荒事に長けた者たちの約半数が命を落とした。

 次また同じことが起こったら……工作部隊の人材も無限ではないのだぞ!」

 尉繚は、自分が率いてきた工作部隊の者がごっそり死んでしまったのに怒りを覚えていた。

 徐福は、そんな尉繚の怒りを受け止めつつ提案する。

「ああ、おまえの言う事はもっともだ。今回の事は、本当に申し訳なかった。以後このような事が起こらぬよう、根本から対策を考えるさ。

 しかし、それで容易に助手が増やせなくなった以上、これから研究員として今まで以上に工作部隊の手を借りねばならん。

 それとも、それより安全な研究員のあてがあるのか?」

 そう問われて、尉繚は閉口した。

 本当はこれ以上工作部隊を危険に晒したくない。しかし、それ以上安全に研究を行える人手がないのは事実だ。

 安全に研究を続けることを考えたら、工作部隊を出すしかない。

 黙り込む尉繚に、徐福がたたみかける。

「のう尉繚よ、おまえたちしかおらぬのだ。

 ここでおまえたちの協力がなければ、道は二つ……大事故の危険を冒して外部の人間を入れるか、ここまでやって陛下の期待も厚いこの事業そのものがご破算になるか。

 ああ、もちろんそうなった場合は、その原因としておまえの返事を陛下のお耳に入れるぞ。

 そうなれば工作部隊は、どうなるのだろうなァ?」

「ぐっ……!!」

 逃げ場を塞ぐ徐福の物言いに、尉繚は唇を噛む。

 徐福は今度はそんな尉繚をなだめるように、優しい口調で言う。

「配下の身が心配なのは分かる。いい上司ではないか。俺も助手たちは可愛いからな、よく分かるぞ。

 だから安全のために、人材が十分育つまでは研究の規模を小さくしよう。

 そうだな、具体的には……今回の感染拡大の原因の一つ、噛むことも出血も伴わない感染経路を解き明かすまでだ。

 それまでは、その目的のための実験と人材育成に集中しよう」

 徐福にとっても、苦渋の決断だった。

 しかし、人材が乏しい中安全を確保しようとすると、規模は縮小せざるを得ない。下手に急いでまた事故が起こるのだけは勘弁だ。

 それに、あの感染拡大の最中に何件かあった、これまでの仮説で説明できない感染……あれを放置して大規模な研究を行うのは自殺行為だ。

 そんな徐福の真摯な態度に、尉繚はうなずいた。

「……分かった。その条件をしっかり守るならば、こちらも責任もって人材を差し出そう。

 やめることができぬなら、安全が第一だ」

 こうして、徐福たちは思い切って研究体制を大きく変えた。それに伴い、一時的にではあるが研究の縮小が決まった。

 これまで様々なものを踏み越えて大胆に行動してきた、徐福らしからぬ慎重な決断……その裏には、徐福の中に芽生えた弱気と恐怖が静かに根を張っていた。


 それに、研究を元に戻せない原因は研究する側だけではない。

 実験体とする側も、大きな損失をこうむった。すぐ元のような実験を始めようとしても、材料が足りないのだ。

 さらにその管理体制も、考えねばならない。

 前は死刑囚を百人近くもためこんでいたため、誤って解放されて手がつけられなくなった。少なくとも、もっと人数を絞るべきだ。

 そして、鍵も同じ鍵で五人以上解放できないようにした。飼う場所も数か所に分け、集団で暴れられないようにした。

 そうしてすぐ手に入る材料の管理体制を整えたところで……問題は、すぐ手に入らない材料である。

「蓬莱の血と、肝の病かそれに代わるものを用意せねばならん」

 徐福は、非常に悔しそうに呟いた。

 人食いの病毒は残った。しかしその材料である尸解の血と肝の病は失われてしまった。

 今回の感染拡大で、蓬莱出身者は情報源の安息起を含め全員が死亡。肝の病の感染源として使っていた歌妓も死亡。

 これでは、既存の人食いの病毒をいじることしかできない。

 材料からの作り方を変えて別のものを作ることができないのだ。それでは、不老不死に辿り着ける可能性は低い。

「肝の病もしくはその代わりは、探せば出てきそうだが……。

 尸解の血だけは、蓬莱に請求せねばどうにもならん。

 安息起も死んでしまったし、これまでにない謎も出てきた。ここらで一度、蓬莱と連絡を取り合うべきかもしれんな」

 徐福は、検体と情報の請求のために蓬莱に手紙を出すことに決めた。

 思えば、感染の検査に使う仙黄草が大陸で採れ、尸解の血が分けられると知ってから、蓬莱と連絡すら取っていない。

 そろそろ、あちらの状況も気になるところだ。

 こちらに不測の事態が起こったのだから、向こうでも何か起こっているかもしれない……そんな不安が頭をかすめた。

「急ぎ、蓬莱にこの手紙を届けよ」

 徐福は、すぐにこちらで起こったことと必要な物と情報を手紙にしたため、使者を琅邪に走らせた。

 それがいかなる知らせをもたらすのか、今の徐福には想像もできなかった。

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