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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十六章 嵐の後
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(130)

 驪山陵の暴動は、政治の中枢にも大きな衝撃を与えていました。それが、また天下を悪い方へと転がす政策につながってしまいます。

 徐福たちは全くそこまで望んでいないのですが……。


 そして、侯生も新たな研究体制のために李斯にある提案をします。

 悪魔の研究は、まだまだ終わりません!

 数日もすると、都は日常に戻りつつあった。

 まだ暴徒対策で警備は厳しいものの、通りはいつものにぎわいを取り戻し、役人たちは通常の仕事に戻っている。

 驪山陵も、また工事が再開された。

 働かされていた刑徒数十万のうち暴徒化したのは数万であったため、まだそのまま働ける者は十分残っていた。

 とはいえ、大部分が暴動に加わってしまった区画では工期の遅れは避けられない。早いうちに、労働力を補充する必要があった。

「しかし、これ以上刑徒を集められるものでしょうか?」

 今後のことを話し合う会議で、蒙毅が発言する。

「これまでは、全国に招集をかけることで必要な数の刑徒を用意できておりました。しかし度重なる招集で、各地の牢はもう空っぽです。

 そればかりか、刑徒を増やすために民に必要以上の取り締まりをしている地域もあるとか。

 それでは、民の信用を失いますぞ」

 その言葉に、他の文官たちも難しい顔をする。

 労働力が必要なところは山ほどあるが、それを刑徒だけで満たせなくなってきているのは頭の痛い問題だ。

 かといって、労働力を確保できないと工期内に目標のものができない。

 広大な領土を治めるのに必要な仕事をこなすのにふさわしい大きな役所、全土に軍を派遣できる馳道……作りたいものは果てしなくあるのに。

「それに、都の周辺は安全も考えねばならぬ」

 続いて、李斯が発言する。

「思えば、都のすぐ側にあれほどの数の犯罪者を集めたのは失敗であった。

 刑を受けて働かされている者というのは、元々罪を犯すような不真面目で安心できぬ者どもなのだ。

 それを、暴れ出したら抑えきれぬ数都の側に置いたのがそもそも間違いだ。おかげで、あんな重要な場所で暴動が起こってしまった」

 李斯は、働かせる人間の質にも問題があったと考えていた。

 元々悪い人間を働かせたから、悪いことが起こったのだと。

 そして、それと蒙毅の懸念を両方解決する策を既に考えていた。

「少なくとも都の近くでは、もう少し素直で性根の正しい者を働かせねばなるまい。さすれば、暴動の恐れも減るし、犯罪者共はもっと別の場所に移せる」

 李斯のその言葉に、蒙毅がぎょっと目を見開く。

「李斯殿、それはまさか……!」

「簡単なことよ。民に、徭役を課す」

 不幸にして、蒙毅の予想は当たった。

 李斯は、眉一つ動かさずに言い切った。

 徭役とは、労働として取り立てる税のことだ。つまり李斯は、労働力を補うために一般の民を働かせようと言ったのだ。

 公共で行う工事のために、民を徴用するというのだ。

「そ、そんな……そんな事をしたら、民の生活が……!」

 震える声で反論しようとする蒙毅に、李斯はいつもと変わらぬ口調で言う。

「ああ、もちろん刑徒どもと同じ待遇にはせぬから安心せよ。きちんと給料は払うし、食事にも差をつけよう。

 まあ出稼ぎのようなものだ。

 使い潰す気はないから、安心しなさい」

 と言われても、蒙毅が言いたいのはそんなことではない。李斯の案は、大切な事を考えに入れていない。

 蒙毅は、とてつもない危機感を覚えて言い募る。

「そのようなことではなく、私は人々の生活のことを言っているのです!

 天下の人々が食べるもの生活に使うものを作っているのは、民ですぞ。その民を連れてきて働かせたら、その分の仕事ができなくなります。

 それでは生活の基盤が崩壊し、国力が……」

 すると、馮去疾が眉をひそめて反論した。

「君は、よほど民を甘やかしたいらしいね。

 だいたい、民の手が徴用で駆り出されることなど、今までは珍しくなかった。この秦が天下統一するまでは、どこもずっと戦でそんなんだったよ。

 でも、民の生活が崩壊するなんてよっぽどでないと起きなかった。

 今は戦がなくなったんだから、その分国のために働くのが筋ではないか。むしろ我々が戦をなくして豊かにしてあげたんだから、その分返してもらいたいねえ」

 その意見に、他の文官もうんうんとうなずく。

 李斯も、そこにさらに付け足した。

「下々が豊かになり過ぎ、力を持ちすぎても良くない。人間などというものは、大きな力を持つと良からぬことを考えるからな。

 民は、日々の生活のことばかり考えているくらいでちょうどいい」

 それは、秦の政治の根幹をなしている法家の思想、性悪説だった。人間は元来身勝手で悪いものだから、いい世の中にするには法で縛らないといけない。富と暇を与えて野放しにしておいたら、何をするか分からない。

 国の体勢を盤石にするために、民に力を与えてはいけないということだ。

 秦はこの思想の下、厳格な法治で天下を統一した。だから今国を治める官僚たちは、皆それが正しいと思っている。

 それと労働力不足の問題が結びつき、民の徴用という考えに至ったのだ。

 李斯は、反省するように言う。

「思えば、陛下の神聖なる地下宮殿をあのような汚れた者に作らせたのがそもそも間違いであった。

 余計な邪気と暴動を防ぐために、心の汚れの少ない者に作らせるべきだった。

 そこまで考えが回らず、そなたらには迷惑をかけてしまった。許されよ」

 そう言って頭を下げられて、侯生は面食らった。

 当の侯生たちは、そこまでしろとは微塵も思っていない。逆にまた無関係の民を巻き込む大きな話になってしまって、驚いていた。

「い、いえ、そこまでは……。

 我々としましては、きちんと宮殿ができて後でしっかり邪気を払えば十分……」

「いやいや、必要なことを遠慮するでない。

 そなたらが滞りなく任務を遂行できるよう安心安全な体勢を整えろと、陛下から承っておる。我々も此度のことは反省しておるゆえ、これからは安心して任せてくれたまえ」

 侯生がやんわり断ろうとしても、李斯は聞き入れない。

 今回の暴動は、都のすぐ近くであんな大事になってしまったこともあり、統治に関わる文官たちの誇りをも傷つけていた。

 だから文官たちはもう二度とこんなことを起こすまいと決意し、自分たちの思想に従って過剰ともいえる対策に出てしまったのだ。

 しかもこれは盧生と侯生が今まで言ってきたことを受けて、二人の身を案じてやっているため、正面から反対すればかえって怪しまれてしまう。

 侯生は、この無意味な苛政が決まっていくのをただ見ていることしかできなかった。

 そして胸の中では、これで生活を圧迫される天下の民に必死で謝っていた。


 一しきり大きな政策の話が済むと、李斯は侯生に尋ねた。

「……という感じで驪山陵の体勢を整えようと思うが、他に何かあるかな?」

 途端に、侯生はキリッと気を引き締めて口を開いた。刑徒などの対策より、何百倍も言いたいことがある。

「はい、ございます。どうかこれから、地下離宮を方士の詰め所として使わせてくださいませ!」

 これが、本命だ。

「我々も今回のことで痛感しましたが、広大な驪山陵とそれにかかる黄泉を二人だけで鎮めるのは無理がございます。

 そのため、郷里より力のある仲間の方士を呼び寄せて手伝わせることにいたしました。

 どうか、地下離宮を彼らの住処とさせてくださいませ」

 それを聞くと、李斯は感心してうなずいた。

「おお、そちらも早速対策を考えていてくれたか!

 そういう事ならば、すぐ陛下に奏上して許可を出そう。陛下も嫌とはおっしゃるまい。

 それに、せっかく作ったものを無駄にせぬ心配りも見事である!これからその者らと協力して、陛下のために励むのだ」

 侯生の提案は、すんなり通った。

(よし、これで今まで通り研究を続けられる!)

 黄泉を鎮めるなどと、もちろん方便である。真の目的は、地下離宮を仲間の方士たちの住処とすることだ。

 仲間の方士……郷里から呼ぶなどというのは真っ赤な嘘だ。住むのは、地下に元々いた徐福と助手たちである。

 この機に、いてはいけない人間だった者たちに正式な身分を与えるのだ。そして、地下を正式に拠点にしてしまう。

 こうすれば、今までよりはばかる事少なく研究ができる。

 かくして、徐福たちは災い転じて表の身分を手に入れた。


 それから一週間ほどで、地下離宮は再び研究の拠点として整備された。

 工作部隊によって人食い死体が掃討された後、生活に必要なものが運びこまれ、徐福たちが再び入った。

 今度は、全員が仕事を命じられた方士として身分証を持っている。もちろん徐福は徐市という偽名を使い、変装しているが。

 さらに警備を担当する将軍たちにも、恩を売っておいた。

「こちら、術からの回復を促す霊薬でございます」

 盧生が毒を浴びせて不自由の身にしてしまった兵士たちに、他でもない盧生の名で毒の拮抗薬を届けさせた。

 将軍の暴行は気にしておりませんから早く元気になってください、なんて気の利いた一言まで添えて。

 薬のおかげで、兵士たちの多くは戦える体を取り戻した。

 その恩と将軍の暴行の負い目で、軍にも多少話が通じるようになった。これで何か協力を依頼しても、前のように怪しいと一蹴されることはない。


 犠牲の大きい災いではあった。何度も危機に陥った。

 しかし、徐福たちは転んでもただでは起きない。

 災いにより起こった変化を最大限に利用し、これからも不老不死に向かって突き進める体制を整えた。

 しかしその道に深く恐ろしく横たわる溝には、まだ誰一人気づいていなかった。

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