表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十六章 嵐の後
128/255

(127)

 命令違反の言い訳回。方士の悪知恵が炸裂します!

 暴動の最中の不可解な行動を、二人はどのように説明するのでしょうか。


 また章管理を忘れていたので、新章追加です。たびたび忘れる。

 盧生と侯生にとって、ここは失敗の許されぬ正念場であった。

 自分たちを裁くのは、地下の事情を知らない……知らせてはいけない人間。それをいかに、真実をぼかして言いくるめるか。

 二人は、暴徒に囲まれて動けなくなった時からそのことを考えていた。

 自分たちが助かって地下からの感染拡大を防いで、それで終わりではない。

 これだけの大事件になってしまったのだ。自分たちは間違いなく責任を問われ、対応によっては地下に査察が入ることになるだろう。

 そうなれば、また世界が危機に晒される。

 本当の事情を明かせば、不老不死を求める始皇帝はその意義を認め、自分たちや徐福を生かしておくだろう。

 しかし、研究にはほぼ確実に多くの外部の人間が送り込まれる。

 成果を急ぐものによって安全がおざなりにされたり、私腹を肥やしたい者によって病毒が持ち出されたりするかもしれない。

 そうなれば後は……徐福の危惧した通りだ。

 そしてそうなった時槍玉に上げられるのは、研究を始め病毒を作り出した自分たちである。

 そういう流れだけは、避けねばならなかった。


 二人は、ここぞとばかりに方士として磨き上げた知恵を絞った。

 秦軍に捕まらぬためにまいた毒を術であるということにし、自分たちに神秘的な力があるのだと周囲にも印象付ける。

 幸い、この蓬莱の毒はこれまで大陸になかったものだ。都の名医や薬師が診ても、簡単には正体が分かるまい。

 それから始皇帝の庇護欲をかきたて焦らせるため、盧生はわざと自分にも毒を使った。今失えぬ自分たちの一人が倒れれば、始皇帝は穏やかではいられない。

 効果の調節も、徐福の開発した拮抗薬があればある程度可能だ。

 かくして盧生は今、動けないが意識はあり何とかしゃべれる状態になっている。

 それを術の副作用ということにすれば、力があるという信憑性につながる。世の中、ひたすら都合がいいより何か難がある方が人は信じるものだ。

 その策は非常にうまくいき、ますます自分たちを失うまいと思った始皇帝は自分たちを追い落そうとする輩を退けてくれた。

 さらに、命令違反をすんなり認めて平謝りしたのも大きい。

 こうしておけば、罪を逃れようとしたとさらに攻撃されることはない。

 おまけにその機会を失った将軍の一人が暴発し、始皇帝の目の前で盧生に暴行するという失態を犯した。

 これは後々いろいろ使えるだろう。

 だが、このままでは命令違反相応の罪は免れない。

 なぜそうしなければならなかったのか、これからそこをいかにうまく弁明できるかだ。

 二人は、巧みに虚実織り交ぜた言い訳を用意していた。


「実は……暴動に先立ち、地下離宮で非常に良くないことが起こっておりました。我々がそれに気づいたのは、暴動の直前でした。

 その時は我々もまだ確信が持てず、宿舎に帰って占おうとしたところで暴動が起こってしまいまして……。

 その災いが地上に出てくるのを防ぐ手立てが、できていなかったのです。

 ゆえに、何としても離宮出口に向かわねばなりませんでした」

 侯生は、まずそう述べた。

 二人が命令に従わなかったのが離宮出口に向かおうとしていたからだというのは、蒙恬を始め将軍たちが知っている。

 そこは事実として認めたうえで、理由を作った。

 そうすれば逃げようとか失敗を隠そうとしたとか言われにくくなり、さらに二人の本来の職務ともつなげられる。

 そう、二人の本来の職務……仙人となる始皇帝の住処のために、地下の安全を守ることだ。

 その地下での災いと聞いて、始皇帝が顔をしかめる。

「地下離宮で、何があった?」

 侯生は、少し間を置いて答えた。

「黄泉の、祟りでございます」

 その瞬間、周囲はどよめき始皇帝は青くなった。始皇帝にとっては、こちらの方があってはならない大事件であろう。

 侯生は、心底申し訳なさげに事情を説明する。

「驪山陵の地下は、今や黄泉の領域を大きく侵してございます。ゆえに、最近は黄泉の神々がご立腹の様子で……。

 以前にも、邪気が溜まって本宮の工事現場で天然痘が発生したことがございました。

 我々はそこに黄泉の悪意を感じ、本宮側の祭祀をしっかり行っておりましたが……逆に手薄になった離宮を狙われました」

「なるほど、そう言えばそんな事もあったな」

 過去の事件を絡めて、いかにも一連の流れのように説明する。

「で、具体的にはどのような事が?」

 神秘への熱に水を差すように、蒙恬が続きを促す。この男はまだ、侯生の言うことを信じていない様子だ。

 しかし侯生は、気にすることなく続ける。

「地中から、瘴気が噴き出しました。

 毒気と邪気の混じったものでございますが、それがすぐには気づかぬほどゆっくりと、地下離宮に充満しておりました。

 数日前から、離宮に住まわせている者たちが体調不良となりまして……我々も帰ってくると体が重かったのです。地上に出てしばらくすると治ったので、あまり気にしていなかったのですが……」

 侯生の話に、馮去疾がうなずく。

「地下で毒気が噴き出すのは、時々あることだそうです。

 鉱山でも時々あるので注意せねばと、技師たちが申しておりました」

 すると、他の者たちもなるほどと一応うなずいた。

 侯生は地下で広がった死の病毒を、地中から湧いた毒ガスに置き換えたのだ。そうすれば、似たような話がいくつも転がっている。

 人間、聞いたことのある話ならば信じやすくなる。

「そのような鉱山も、同じようにやられたのでしょう。黄泉の領域を侵しているかどうか、普通の人間には区別がつきませぬから。

 我々も初めは気づかず……気が付いたら、弱った体を黄泉の悪鬼に乗っ取られて気が触れた者が出ていたのです」

「地下の毒気にあてられて狂った者というのも、聞く話ですな」

 今度は李斯が言った。

 この時代、鉱山は換気が十分でなかったため、毒ガスや単純な酸欠で人が死傷することがよくあった。

 そしてそれが神秘的なものか物理的なものか当時の人間には分からない。

「ふーむ、そういうことか。

 しかし、なぜ中の者を外に出してはならぬのだ?」

 始皇帝が問うと、侯生は眉をひそめて答えた。

「理由は二つございます。

 まず、黄泉の悪鬼に取りつかれた者を外に出せば、その者が放つ邪気により都……引いては陛下に害がございます。

 我々のように修行を経て自力で悪鬼に抵抗できる者はいいのですが、多くの者はそうではありませぬ。地上に出た悪鬼はそういう無防備な者の体を渡り……気が付いたら陛下の隣にいることにもなりかねませぬ。

 それでは、陛下が仙人となるのに害がございます」

 それを聞いて、始皇帝はごくりと唾を飲んだ。

 黄泉の悪意というような話は、以前も盧生と侯生に聞かされたことがあった。地下に宮殿を作れば地上の邪気からは遠ざかるが、黄泉にいる秦や始皇帝を憎む者たちに狙われやすくなってしまうと。

 確か、それで兵馬の俑を作って宮殿を守らせることにしたはずだ。

 もちろん地下離宮は始皇帝のための場所ではないので、そんなものは置いていない。これは俑の実用性が証明されたようなものだと、始皇帝は思った。

 それでも、方士をよく思わず神秘を疑う者たちの反応はいまいちだ。

 侯生は次に、そういう者たちを意識して語る。

「次に、地下離宮の場所と地下の構造を知っている者を外に出すのはいかがなものかと。

 過去に盛大な墓を築いて莫大な財宝とともに葬られた王は多うございますが、その墓の多くは盗人に荒らされてございます。

 もちろん陛下の地下宮殿はかなり地下深くにありますので、地上から掘って到達するのは困難でございましょう。

 しかし、離宮からならば……」

 李斯や馮去疾ら文官が、息を飲む。

 これは、地下宮殿を守るための機密保持の問題である。

 侯生の言う通り、有力者の盛大な墓には盗掘がつきものである。一緒に葬られた財宝を狙って、盗賊どもが墓に侵入するのだ。

 あまつさえ、始皇帝の地下宮殿には仙人となった本人が住むのだ。侵入者を許していいはずがない。

 当然地下宮殿にもそれを防ぐ仕掛けはいろいろとあるが……地下での位置が近い離宮から掘られたら、それらは用をなさないかもしれない。

 そうした事態を防ぐために、離宮で飼っている人間は外に出さないということだ。

 これは、理に適っている。

 こうして部屋の半分以上の人間を納得させると、侯生は最後にこう言った。

「我々にとって、陛下を不老不死の身にしてさしあげることは何より大きな使命……他の何より優先すべきものでした。

 先日の暴動で我々が退けば、その使命を果たせなくなるところでした。

 ゆえに、目の前の暴動と陛下の永遠を秤にかけ、後者を優先したのです。

 それが罪というなら、存分にお裁きくださいませ!」

 言うべきことを言いきって、侯生は平伏した。

 これで自分たちがやるべきことは全てやった。人事を尽くして天命を待つとは、まさにこのことだ。

 二人と研究の行く末は、この国の頂点である始皇帝の判断一つにかかっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ