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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十五章 混沌
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(125)

 驪山陵の動乱もついにクライマックス!

 無知な周囲に振り回される中、離宮出口の攻防の行方は……!


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 盧生と侯生は、長いこと混乱の中にいた。少ない兵で周囲を暴徒たちに囲まれ、他の部隊と連絡を取ることさえできなかった。

 しかしある時、突然暴徒たちが陵の方へ流れ始めた。

「む……一体どうしたというのだ?」

「逃げるにしては、方向が逆だな」

 二人が戸惑っている間に、今度は遠くから銅鑼や太鼓の音が響いてくる。それが秦軍によるものだと分かると、二人は歓喜した。

「た、助かった……ようやく後続の兵が……!」

「これで、尉繚殿を助けに行ける!」

 二人は闇の中、声を限りに呼びかけた。自分はここにいると、だから早くここに助けに来いと。

 程なくして、返答と共に数名の騎馬兵がかけつけてきた。

「盧生様、侯生様、ご無事でいらっしゃいますか!?」

「おう、我々はここだ!

 おまえたち、早く後続の兵を連れて来い。離宮出口に向かい、友軍を救出するのだ」

 しかし、盧生の指示に騎馬兵は従わなかった。

「いいえ、お二方は今すぐここから離脱してください。何としてもお二方の命を守れと、陛下のご命令でございます。

 我々が安全な場所までお連れいたします」

「ま、待て……ここの指揮官は我々……!」

「暴動の鎮圧については、蒙恬将軍に一任されております。

 現在、蒙恬将軍の作戦で、暴徒共をせん滅してございます。作戦はうまくいっておりますので、大船に乗ったつもりでお任せくだされ!

 ただし、その友軍のことは残念ですが……大事の前の小事です。暴徒を残らずせん滅せよと、陛下のご命令ですので」

 騎馬兵の言葉に、二人は真っ青になった。

 混乱の中で何もできない間に、二人は兵権を奪われていたのだ。これでは、兵を指揮して尉繚を助けに行くことができない。

 そのうえ、別の将軍が暴徒を逃がすなという命令に従い、暴徒たちを包囲して陵に向かって押し込んでいる。

 そんな事をしたら、逃げ場を失った暴徒たちが離宮出口に集まってしまう。

 いくら尉繚といえど、これほどの敵に対処できる訳がない。そして尉繚たちの守りが破れれば、暴徒が地下になだれ込み……。

(世界が、終わる……!!)

 暴徒たちに感染が広がり、感染した暴徒たちが秦軍に感染を広め……。

(何としても、それだけは防がねばならぬ!!)

 しかし、今の二人は兵を動かせなくなってしまった。二人の身を案じる始皇帝により、戦場から引き離されようとしている。

 指揮官の蒙恬に訴えても、おそらく聞いてもらえまい。戦を知らぬ者の戯言だと一蹴されておしまいだ。

 かといって、事情を話す訳にもいかないし……。

 どうにもならずただ震える侯生の隣で、盧生が動いた。

「そうか……その命令には、応じられぬな!!

 我々の命が大事なら、ついてきて守るがいい!!」

 叫ぶや否や、盧生が手をかざし袖口からシュッと何かが吹き出した。ものの数秒で、騎馬兵たちがバタバタと落馬する。

 盧生が、毒粉を浴びせたのだ。

「ろ、盧生……何を……血迷ったか!」

 驚く侯生を血走った目でにらみつけ、盧生は言った。

「いいか、奴らは俺たちの命を守るように命じられている。俺たちのことは、決して見捨てることができん。

 つまり……俺たちが突っ込めば、ついて来ざるを得ない!」

 自分たちを守るという命令を逆手に取り、自分たちが餌となって兵を誘導しようというのだ。

 危険な方法だが、今はそれ以外の方法は思いつかなかった。

 二人は、迎えに来た兵士たちに背を向けて離宮出口に向かって走り出した。その後を、兵士たちが大慌てで追う。

「ああっご勝手に動かれては……仕方ない、追うぞ!」

「しかし、突出しては包囲が崩れます!」

「あの二人の命の方が大事だ!」

 始皇帝の命令をないがしろにする訳にいかず、秦軍の一部が二人を追いかけて突出する。蒙恬の敷いた包囲網に、わずかな綻びが生じた。


 離宮出口は、死屍累々となっていた。

 出口を覆う炎から次々と燃える人食い死体が歩み出て、暴徒たちはそれを助けようと殺到する。

 工作部隊たちは鬼神のごとき戦いぶりでその暴徒たちを殺し、出てきた人食い死体にもとどめを刺す。

 しかし、工作部隊たちの体力も無限ではない。多勢に無勢、一人また一人と傷つき力尽きて倒れていく。

 いつしか、残っているのは尉繚含め数名になっていた。

 しかし暴徒たちにも、終わりの時が着々と迫っている。蒙恬率いる秦軍が、じりじりと包囲の輪を縮めてきていた。

 そんな中、黥布はじっと考えていた。

(何やってんだ野郎共は!今地下に逃げ込んだって、結局助からねえってのに。

 地下の連中も、それを察して無理にでも逃げようと出てきたんじゃねえか?

 いや、だが……それでも炎の中に突っ込んだりするか?それに、あんなに炎に巻かれて歩いていられるモンなのか?

 この戦い、いろいろとおかしいぜ……)

 黥布のならず者として磨き上げられた勘が、違和感を発していた。

 この戦いは、冷静に見るといろいろ妙なことが多い。

 炎の中から出てくる者の挙動もそうだし、出口を守る者たちだってそうだ。たかが暴徒の連絡を断つためだけに、あんな強い部隊を配置するだろうか。わざわざこんな死地で守らせなくても、包囲してせん滅するなら同じだろうに。

 守る者たちも、なぜあんなに燃えている者にわざわざとどめを刺すのか。放っておいても、もう何もできないだろうに。

 むしろ、外の元気な暴徒より内からの燃えている者を優先して倒しているようにすら見える。

 なぜ、そんな事をするのか。

(……こりゃ、何かある。危険な臭いがプンプンするぜ。

 それに、俺たちはこんなところで死ぬために立ち上がったんじゃねえ。向こうに何か事情があるなら、そっから活路を開けねえもんか……)

 黥布は、周りの暴徒たちに声を張り上げた。

「おらおらどけぇっ、これ以上無駄死にするんじゃねえ!

 ここはこの黥布様が、敵の大将とやり合おうじゃねえか!」

 その声に、暴徒たちが静かになって突撃をやめる。自分以外にやってくれそうな者がいるなら、すがりたくなるのが人情だ。

 そんな暴徒たちの輪の中に、黥布はもったいつけるように入り、今度は尉繚に向かって声を張り上げた。

「おう大将さんよ、あんたも全滅するまでやるのは辛いだろ。

 だったら、この辺りで決着つけようや。この俺とあんたの一騎打ちだ!」

 その提案に、尉繚も答えた。

「いいだろう、相手になってやる!」

 一騎打ちは成立し、二人は離宮出口の前で向かい合う。尉繚は血肉がこびりついた自らの短剣を捨てて倒れた仲間のものを拾い、黥布も警備兵から奪った剣を構える。

「いざ、勝負!」

 威勢のいい黥布の声とともに、二人はぶつかり合う。

「でやぁっ!!」

 黥布は大きな掛け声を上げ、それより少し遅らせて大振りに剣を振るう。尉繚は難なくそれを受け止め、流す。

 何度かそれを繰り返すと、尉繚の口元に笑みが浮かんだ。

 黥布の意図に、気づいたのだろう。お互い死なないように戦うフリをしながら、本当は交渉に来たのだと。

 激しく刃をぶつけ合ってがっちりと組み合い、黥布は尉繚にささやく。

「なあ……あんた一体、何のために戦ってんだ?

 何を守るために、ここまでしてる?」

「世を、滅びから守るために」

 尉繚は、小声で答えた。

「この地下で、大いなる死の災いが発生した。それが外に出れば、この世は滅ぶ。ゆえに、外に出す訳にいかない」

 黥布はにわかに信じられないながらも、その話を聞いていた。

 敵の言い分はあいまいで、しかもおとぎ話のようだ。しかし、内の者を外に出さないという敵の動きとは合致する。

 睨み合う二人の側でまた離宮出口の炎が揺らめき……燃える人影が現れた。

 それに気づくと、尉繚は残っていた部下に視線を送る。すると、その部下はいきなり自らの口の中に刃を突っ込んで果てた。

「なっ……!?」

 驚く黥布に、尉繚はささやく。

「よく見ておけ……アレは、おまえたちの仲間などではないぞ」

 二人が見ている中、燃える人影は死んだばかりの部下に手を伸ばし……その体を掴んで、がぶりと噛みついたのだ。

「なっ……あ、あいつは……人を食うのか……?」

「そういうことだ、ゆえに出してはならん。おまえたちを入れることもならん」

 尉繚がしゃべっている間にも、黥布は尉繚の短剣を弾いて燃える化け物に駆け寄っていた。そして、一太刀でその首を落とす。

「野郎ども、ずらかるぞ!

 こいつは仲間なんかじゃねえ、人を食うバケモンだ。ここを守ってた奴らは、こいつらが外に出ねえように守ってたんだ。

 もうこんな所に用はねえ、さっさと包囲を破って逃げるぞ!」

 黥布が呼びかけると、暴徒たちは素直に従った。

 勇気と武力のある黥布に従った方が、生き残れると判断したのだろう。それに何より、他の多くの者も燃える人影が人に食いつくのを見ていた。

 撤退しようとする黥布に、尉繚は安堵の笑みとともに告げる。

「こちらを助けてくれた礼だ、包囲を破るコツを教えてやる。

 ふもとのあっちの方……秦軍の松明の列が途切れて、内側に食い込んでいるのが見えるか。あそこの両側を断つように突っ込め」

 そこは、まさに盧生と侯生が命懸けで包囲を乱したところだった。

「そうかい、ありがとよ!」

 黥布は軽く礼を言うと、暴徒たちをまとめて陵を駆け下りていった。


 その夜、暴動の鎮圧は失敗した。暴徒たちは包囲の乱れたところを突き破り、散り散りに逃げてしまった。

 これが世を乱さねばいいがと、役人や兵士たちは憂いた。

 しかし、世が滅ぶことは避けられた。

 黒こげの死体が折り重なる中、尉繚は朝日を浴びて呟いた。

「守り切ったぞ……徐福よ……」

 それだけ言うと、救援に来た工作部隊たちの腕の中にどさりと倒れ込んだ。その顔は疲れ切っていたが、大きな仕事を成し遂げた安堵が浮かんでいた。


 混沌の夜は明け、朝の光が大地を覆う。

 地上にあったのは、生者ひしめくいつもの朝であった。

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