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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十五章 混沌
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(124)

 多くの者が生き残ろうと足掻くことで、事態はさらに混乱を極めます。


 尉繚が必死で守っている離宮出口に、思わぬ変化がありました。

 炎で外からの侵入は防げても……。

 ごうごうと燃え上がる炎が、夜空を焦がす。

 驪山陵の中腹は、派手に火の粉を上げて燃え盛っていた。この世の地獄はここだとばかりに、放たれる熱と悪臭が人を近づけまいとする。

 しかし、刑徒たちはそこに向かって押し込まれていた。

 陵のふもとをぐるりと秦軍に包囲され、中央に集まるしか行き場がなかった。

 だが、中で待っているのは地獄……地獄に向かった者の行き先は地獄である。

 離宮出口とその周りにある死体の山から吹きだす炎は、近づいた者を容赦なく炙る。肌や髪を焼き、服に燃え移る。

「ぎゃあああっ!?水、水!!」

「んなもんある訳ねえだろっ……て、俺もおぉ!?」

 死体から発している炎は、まるで亡者が仲間を求めるように周りの生者に手を伸ばして焼き殺そうとする。

 それに加えて、炎の中を疾風のように駆けまわる死神のような何かが、離宮出口に近づく者の首を次々とはねていた。

 およそ人間とは思えない速さで、死神の鎌のように一振りで人間を葬っていく。

「畜生、こんな奴がいるなんて聞いてねえぞ!」

「やっぱり、罠だったんじゃ……」

 動揺して泣きそうな手下たちに囲まれて、黥布は舌打ちした。

 ここからつながる地下に、この大反乱を指揮する者がいると聞いて駆けつけてみたが……どうやら間違いだった。

 仲間を集めてここに来る間に自分たちは包囲され、もう容易に突破できなくなってしまった。

 おまけにお目当ての場所は地獄のような有様で、地下に入ろうと突っ込んだ者はことごとく黄泉に送られている。

 これまで、この地獄を突破して地下に行けた者はいない。

 地下から出て来た者も、いない。

 つまり、ここには本当は何もない可能性がある。

 それでも、無謀な突撃をする者は絶えないが。

「こいつら、ここをこんなに守ってるってことは、絶対ここに何かあるんだ。それも、俺たちに絶対渡しちゃならん何かが!

 それを手に入れれば、きっと勝てる!」

 外に逃げ場のない状況も相まって、ここに絶対何かあるはずだと決めつけて無謀な突撃の末殺される。

 黥布は、そんな愚か者たちを呆れて見ていた。

(ったく、今やるのはそんな事じゃねえだろうがよ!

 俺たちは何のために立ち上がったんだ?生きるためだろうが!

 だったら、さっさとこんな所はおさらばして……そのために、皆で力を合わせて外の包囲を一か所でも突破せにゃならんのに……)

 冷静に考えれば、生きるためにはそれが最善手だ。

 しかし、混乱にのまれた暴徒の中にそれを考えられる者はほぼいない。

 全方位から迫る大軍に怖気づき、目の前の地獄なら突破できそうだと安易な考えに流されては殺される。

 それこそ、秦軍の思い通りに。

(あーあ、俺としたことがきれいにハメられちまった。

 こりゃ、地下は俺らを集める餌で、本当は何もねえんだろう。くだらねえ噂に誘われて、内と外から殺し尽されて……)

 地団太踏んで頭の中で愚痴を垂れていた黥布は、ふと違和感を覚えて目を凝らした。

「ん……?」

 さっきから熱と黒煙ばかりが吹き出してくる離宮出口、生きた人間がいられるはずもない地獄に……見えた気がしたのだ。

 炎にまとわりつかれて揺らめく、人影のような何かが。


 地下を逃げ回っていた死刑囚は、燃える出口を前に立ち往生していた。

「な、何だよこれ……」

「こんなんじゃ、出られねえ……!」

 明かりも尽きかけ、おぞましい化け物がはびこる地下を必死で抜けてここまで辿り着いたというのに……。

 出口の先からは、もう人の声が聞こえるというのに……。

 出口は、生きた者を決して通さぬ残酷な炎の壁で塞がれている。

 これほどの炎に巻かれてしまったら、おそらく助かるまい。助かったとしても、大やけどを負いまともに生きられまい。

 それでも……退くことはならない。

 離宮へと下る坂道には、人食いの化け物共がぞろぞろと上ってきている。わずかに生き残った死刑囚の肉を山分けしようと、大勢で押し寄せてくる。

 離宮から出口までは一本道で、そこに身を守れる場所はない。逃げ場をなくした死刑囚たちに、人食い死体たちはゆっくりと迫る。

 残された道は二つ。化け物に食われるか、炎に焼かれるか。

 どちらも嫌でまごついている間にも、死者の血まみれの手と口が近づいてくる。

「ぐっ……こ、こんな化け物に食われるくらいなら、いっそ……!」

 化け物の恐怖に耐えかねて、とうとう一人が火の中に突っ込む。とにかくここを抜けさえすれば、助かると信じて。

 だが、すぐに無慈悲な灼熱の舌がそいつの全身を舐め回す。

「うぎゃあああ熱い熱い熱いひいいぃーっ!!!」

 命を懸けた突撃は、すぐに断末魔の狂乱に変わる。

 その様子を、他の死刑囚たちは震えながら見ていた。

 しかし、見ている間にも死の尖兵は迫ってきて肉に手を伸ばす。いきなり肩や手足をがっしりと掴まれて、振り向くとそこに死者の顔があった。

「ああっ、そんな……がわああぁ!!!」

 動けなかった死刑囚たちに、人食い死体の汚れた歯が食い込み、血肉と命を容赦なく削り取る。

 やがてそこにいた死刑囚たちの命が食いつくされると、なお食い足りない人食い死体たちは燃える出口に白い目を向けた。

 あの向こうから、大勢の人の声が聞こえる。

 この向こうには、餌がたんまりあるのだろう……人食い死体たちは本能が命じるまま、炎の中に足を踏み入れた。

 同時に、炎の中で息絶えた者の体に死の病毒が支配の根を張っていく。

 既に人間としての生を終えた彼らには、炎による痛みも恐怖も感じられなかった。


 ボボンッと、炎が揺らめいた。

(何だ?)

 尉繚は一瞬気を取られかけたが、すぐに己の職務に戻って目の前の暴徒に刃を振るった。刃は確実に敵の首筋を捉え、動脈を断ち切る。

 その敵が血を噴き出して倒れる頃には、また別の敵に同じことを繰り返す。

 尉繚は、もう自分がどれくらいの時間そうしてきたかも分からなかった。他の何も考えず、ただ機械のように人の首を切り続ける。

 暴徒たちが再び押し寄せてきてから、ずっとそうしている。

 それでも尉繚の集中が切れることはなく、息が切れることもない。

 使っているのだ……例の、戦の秘薬を。

 今、尉繚の体は最大限の力を引きだされ、感覚は最高に研ぎ澄まされ、精神は鋼のごとく不屈の闘志をたたえている。

 熱さも痛みも疲れも恐怖も、感じない。

 ただ無理矢理働かされて早く力強く打ち続ける心臓の音がうるさい。

 時折足下に、力尽きた部下の亡骸が転がっているのに気づく。ほぼ上限量使った薬の効果に耐えられず、心臓が破れたのだろう。

 その死体にもそのうち火がつき、炎の防壁の一部となる。死んでも役に立ってくれる、よくできた部下だ。

 その献身を無駄にしないために、自分も命の限り敵を斬り続けるのみ。

 今のところ、離宮出口は守り切れている。

 このまま暴徒たちが降伏するか全滅するまで耐えれば、世界の感染は防げる。天下の滅びを止められる。

 それは、成功するかに思われた。

 こちらの圧倒的な強さと炎に怯え、暴徒たちは再びここへの突撃をためらい始めた。何人かの有力者らしき者が手下をまとめ、逃げる算段を始めている。

 だが、突然それを遮るようなどよめきが起こった。

「オォーッ!見ろ!!」

「出て来たぞ!本当に中にいたんだ!」

 ざあぁっと、寒気が走った。研ぎ澄まされた感覚が、頭の中に警鐘を鳴らす。

 尉繚は、暴徒に斬りかかりながらも離宮出口に目をやった。


 そこには……いたのだ。

 体中からめらめらと炎を上げながらも、前屈みになって両手を前に伸ばし、ゆらゆらと地の底から歩み出てくる人影が。


(人食い死体か!!)

 尉繚は、即座に理解した。

 生きた人間はあの炎の中を通り抜けることができない。だからこうして燃やしていれば、外からの侵入は防げる。

 しかし、人食い死体なら通れる。体がちぎれようが燃えようが、動く組織と脳が残っていれば肉を求めて動き続ける。

 炎の壁は、内から来る人食い死体を防ぐことができない。

 燃えていればいつかは倒れるだろうが、それまでに人を噛むことはできる。

 さらに、今この状況で暴徒たちがこの光景を見れば……。

「や、やっぱりいた……俺たちの救世主は本当にここにいたんだよぉ!」

「あんなに炎に巻かれても、出てきてくれたんだ……俺たちの希望を消さないために!何て仲間思いな野郎だ!!」

 暴徒たちの目に再び希望が灯り、感動が広がっていく。

 地下に本当に仲間がいて、出てきてくれたと勘違いしたのだ。

 となると、当然……。

「あいつを死なせるなー!!」

 暴徒たちが、燃える人食い死体を助けようと一斉に駆け出す。

 尉繚たちもまた、即座にそれに反応して動いていた。

 まず真っ先に燃える人食い死体に駆け寄り、頭を貫いてとどめを刺す。その間に、残った工作部隊たちが殺到する暴徒たちを手あたり次第斬っていく。

 それでも全て止めることができず、数人が尉繚の体に工具を振るう。尉繚は数か所の傷から血をほとばしらせながらも、返す刃でその数人を葬り去る。

 そうしている間に、炎が尉繚の傷口をなめて焼き固めていく。

「畜生、よくも俺らの英雄を!!」

 周りで、暴徒たちが怒りと悲しみの叫びを上げる。

 しかし、その感情に応えてはやれない。炎の中から出てきた者に、絶対に触れさせてはならないのだ。

 世の中に、滅びてほしくないならば。

 尉繚は満身創痍で時々飛ぶようになってきた鼓動を感じながら、なおも立ちはだかった。

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