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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十五章 混沌
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(123)

 また地下パート、徐福たちもだんだん苦戦を強いられてきます。


 人間とゾンビの両方が敵の場合に、何が厄介かって……敵が一種類の集団ならいいんですよ。あと、途中で変わらなければ。

 地下では、凄惨な血と肉の宴が続いていた。

 人食い死体たちは何も知らない死刑囚に襲い掛かり、死の病毒を感染させる。傷ついた死刑囚たちは、追われながら出口を探して逃げ惑う。

「ぐっ……畜生、出口はどこだよぉ……」

「早く外に出て手当てしねえと、死んじまう……!」

 もはや手当てをしようがしまいが死を免れないが、死刑囚たちはそれを知らない。

 噛みつかれた腕や足からぼたぼたと血を垂らしながら、数人で固まって歩いていく。

 その後ろから、もはや流れ出る血すら失った人食い死体たちが続く。温かい生血の臭いに引き寄せられ、ぞろぞろとついていく。

 死刑囚たちはすぐにでも走りだしたかったが、そうもいかない。自分たちも怪我をしていて動きが鈍っているし、どこに出口があるかも分からない。そのうえどこに人食い死体が潜んでいるか分からないため、視界を確認しながら慎重に進むしかない。

 おかげで、人食い死体との距離はなかなか開かない。

 だが、そんな彼らもようやく探し求めたものを見つけた。

「あ、あれ……出口だ!」

「ああ、だがあいつらは……!」

 通ったことのないまっすぐな一本道の先に、大きくて頑丈そうな扉がある。ちょうど、離宮とこの魔境を隔てていたのと同じような扉だ。

 ということは、あれが安全な場所につながっている可能性は高い。

 しかしその前には、自分たちの仲間の死体が山と積まれ、奥には自分たちを支配していた方士たちが陣取っている。

 このまま進めば、自分たちも殺されるのかもしれない。

 しかし、足を止めることはできなかった。

 少しでも足を止めれば、後ろの暗がりから人食い死体たちが追いついてくる。人間ならまだ話が通じるかもしれないが、人食い死体には無理な話だ。

 だから死刑囚たちは、憎き方士たちに助けを求めるしかなかった。

「おーい、お願いだ、助けてくれぇ!」

「もう逆らったりしない、約束するから!」

 すると、方士たちは顔を見合わせて少し相談した。

 そして、手招きしてこう言った。

「分かった、早く死体の山のところまで来い」

 どうやら、いい返事をもらえたようだ。死刑囚たちは傷と病で鉛のように重い体を必死で動かし、方士たちの方に向かった。

 方士たちからも、自分たちを迎えるように数人が死体の山のところまで出てくる。

 きっとあそこまで行けば、自分たちが通った後に方士たちが化け物を退治してくれるのだろう。

 死刑囚たちは一秒でも早くそうしてもらいたくて、夢中で足を動かした。

 そしてちょうど死体の山の脇を通り抜けようとしたところで……急劇に力が抜けて意識を失い、一瞬で恐怖から解放された。


 目の前で、死刑囚たちが糸の切れた操り人形のようにバタバタ倒れていく。

 それを、石生と助手数名は緊張した面持ちで見つめていた。彼らの口と鼻は、襟巻でしっかりと覆われている。

 自分たちが散布した毒に自分たちがやられないようにするためだ。

 さっきの死刑囚に手を差し伸べる態度は、ただの演技だ。確実に自分たちに近づいてもらい、こうして始末するための。

 下手に拒絶して逃げられれば、人食い死体が増えるだけだ。

 より厄介なことになる前に、簡単に殺せる人間のうちに殺しておかなければ。

 石生たちは、死体の山に半分塞がれて狭くなった道で死刑囚たち全員にまとめて毒を浴びせた。

 後は、倒れた死刑囚たちの頭を潰し、死体の山に積み上げて終わりだと思っていたのだが……。

「気を緩めるな、すぐ下がれ!

 既に死んでいる奴がいるぞ!」

 後ろから、徐福の警告がとぶ。

 全員倒れると思われていた死刑囚の、後ろ二人はまだ立っていた。ゆらゆらとおぼつかない足取りで歩き、助手たちに手を伸ばす。

 その目は、白く濁っていた。

「……やはり、人食い死体が混じっていたか。

 これだから群れの区分など当てにならんのだ」

 つまり、死刑囚の仲間だと思われていた後ろの二人は、仲間に気づかれないまま静かに人食い死体になっていたのだ。

 死刑囚たちは皆怪我をして懸命に人食い死体から逃げていたため、仲間がどうなっているか詳しく見ていなかった。

 結果、人間の一団だったものは人間と人食い死体の混合になっていた。

 前の方の人間が噛まれなかったのは、単に追いつけず手が届かなかっただけ。全員が人食い死体と似たような速さで動いていたからにすぎない。

 だが、毒を浴びせればそれも一瞬で区別がつく。

 人間は倒れ、人食い死体は歩き続けるから。

「後は任せろ!」

 すぐに後ろから工作部隊が飛び出して助手たちと入れ替わり、歩みを止めない人食い死体を迎え撃つ。

 工作部隊の容赦ない刃が、人食い死体の頭を穿った。

 それから追いついてきた人食い死体の一団も、速やかに処分される。

「よし、後は倒れてる奴らを殺すだけ……」

「まだだ、気を抜くな!!」

 思わず安堵しかけた工作部隊の一人に、徐福が叫ぶ。

 次の瞬間、その隊員は足首に鋭い痛みを感じた。反射的に足を振って蹴り払うが、足首からは血がほとばしった。

 さっき昏倒させた死刑囚の一人が、口元に血をつけて白い目で見上げていた。

「ち、畜生……もう、目覚めやがったのか……!」

 噛まれた隊員は、痛みと絶望に顔を歪めた。

 毒で昏倒させた死刑囚が倒れたまま死を迎え、すぐ人食い死体に変わっていたのだ。そして、手近にあった生きた人間の肉に食いついた。

「くそっ!」

 噛まれた隊員はすぐ、そいつの頭に刃を突きたて、二度めの死を与えた。他の隊員たちも、倒れている死刑囚の頭を次々と壊していく。

 これでもう、ここの死体は二度と起き上がらない。

 しかし、噛まれてしまった隊員の傷は元に戻らない。

「馬鹿者が!また起き上がる奴に注意しろと言っただろうが!」

 徐福が、悲痛な面持ちでその隊員を叱り、他の隊員や助手たちも見回して言う。

「感染者が死ねば人食い死体になる、こんな基本を忘れてどうする!?

 死んでから動き出すまでは最長で五日、その間ならいつでも有り得る。死んだその瞬間から、安全ではないのだ!

 それどころか、座ったり壁に寄りかかったりしたまま変わるヤツもいる。

 おまえたちも実験で見てきただろうが!」

 死んでから起き上がるまでに何分以上という、安全な時間はない。意識を失った時点で、警戒を緩めてはいけなかった。

 人食い死体に変わるまでの時間は、本当に人によってまちまちだ。

 ただし、感染がより進んでから死んだ方が変わるまでの時間が短い傾向がある。

 同じ一団の中に既に死んでいた者がいたくらいだ。人として倒れた者も、もはや感染が進み変わる寸前だったのだろう。

 そしてそこに向かう変化が、今は噛まれた隊員の体内で進んでいる。

「君を失うのは本当に痛いし惜しい……が、処分せねばならん。

 これ以上、第二の君のようなのを出す訳にはいかんのだ」

 徐福は、苦しいながらもこの隊員を処分する決断を下した。

 まだ戦力として役に立つが、この隊員が死んで変わるちょうどその時に自分たちの手が空いていないと大変なことになる。それに、気づかれないままいつの間にか変わっていていきなり噛まれる危険もある。

 安全のためには、処分せねばならない。

「大丈夫です、苦しくはありません。

 毒粉の残りを集めれば、あなたの分くらいはあるでしょう」

 石生たちにも、もうまき散らせる毒は残っていない。

 それでも容器の内側を布で拭ってそれを刃にこすりつけ、それで噛まれた隊員を楽にしてやった。眠るように意識を飛ばした隊員は、すぐ別の隊員に首をはねられた。

「さて……ここからは、本当に我々の力のみで身を守らねばならん。

 といっても、もうここに来る人間はほとんど残っておらぬだろうが……」

 今の戦いでさらに大きくなった死体の山を眺めながら、徐福は呟く。

 自分たちの武器と戦力は確かに消耗している。これからの戦いは、これまでよりずっと負担が大きく難しいものになるだろう。

 しかし、敵も減っている。

 通路は大部分を死体の山で塞がれ、人が二人並んでギリギリ通れるくらいだ。あの死体の山には、もう四十体以上積まれている。

 それに、さっきの死刑囚の様子から、もう無事に生きている死刑囚は少ないと思われる。

(できれば、もう人間は来ないといいが……。

 といっても、ここと離宮出口以外に向かえる場所などないが)

 徐福は、だいぶ重くなった心と体で通路の先を見据えていた。


 その通路の先には、別の生きた死刑囚たちがいた。

 さっき全滅した一団とそれを追っていた人食い死体を隠れてやりすごし、それでも出口に連れて行ってくれないかとこっそりついてきていたのだ。

 その死刑囚たちは、先行した者たちがことごとく殺されて死体の山に積み重ねられるのを見て、胆を潰した。

「だ、だめだ……ここは突破できねえ!

 行っても殺されるだけだ!だって、あんなに殺されてるんだぞ!?」

 うず高く積まれた死体の山に圧倒され、この死刑囚たちはここからの脱出を諦めた。

 となると、もう行けるところは一つしかない。

「……離宮からの出口に行こう。

 さっきはあそこでもだいぶやられたらしいが、今も同じかは分からねえ。兵士が突入してくる気配もねえし、もしかしたら行けるかも」

 今生きているわずかな死刑囚たちは、確実な死を避けてまた離宮出口へ向かった。その身の内に、死の病毒を抱えながら。

 そして生きた人間の動きにつられ、人食い死体の一部もそちらに移動していく。

 今、事態はまた離宮出口に向かって動いていた。

 その離宮出口の外が今どうなっているか、徐福に知る由はなかった。

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