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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十四章 騒乱の夜
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(119)

 引き続き地上のターン。

 地上の担当が事情を知らないせいで大変な事になってしまいましたが、対応するのもまた事情を知らない地上の兵です。

 彼らは、自分たちの指揮官が下す命令の意義が分かりません。そんな状態で、うまく対応できるでしょうか。

 ようやく離宮の出口まで来た尉繚たちは、ふもとから聞こえる怒声に胆を潰した。

「どういう事だ!?一体何が起こった!?」

 尉繚たちが見下ろすと、ふもとの刑徒たちの寝所で混乱が起こっているようだった。松明があちこち動き回り、それが波のようにこちらに迫ってくる。

 同時に、足下が振動するほどの地響きが聞こえてきた。

「ああっやはり隊長の言っていた通り反乱が……!」

「おい、やはりとはどういう事だ!?」

 尉繚が胸倉を掴んで詰問すると、兵士は泣きそうな声で事情を説明した。

 地下離宮から出てきた敵について、働かされている刑徒の反乱分子であると判断したこと。大規模な反乱を防ぐため、隊長の判断でふもとにいる刑徒たちの中に仲間がいないか尋問を始めたこと。

 それを聞くと、尉繚は真っ青になった。

「な、何と勝手なことを……!」

 それが全く無意味なことだと、尉繚には分かる。

 なぜなら、地下離宮から出てきたのは地上とつながる反乱勢力などではないから。地上に仲間など、いくら探してもいる訳がないのだ。

(つまり、こいつらの無意味な尋問が逆に反乱を招いてしまった……!)

 犯罪者の取り調べでどんな手荒なことが行われるか、尉繚もよく知っている。ましていくら殺してもいい刑徒が相手となれば……。

 そして全く身に覚えのない疑いで次々と仲間が殺されれば、刑徒たちも黙ってはいまい。それこそ、命がけの脱走に望みをつなぐしかなくなる。

 その結果が、これだ。

「勝手とは手厳しいお言葉……しかし、隊長は何とかして乱を防ごうとなさったのです!」

 目の前で、兵士が平伏して必死で弁明している。

 それを聞いて、尉繚は何とか怒りを抑えた。

 無理もない、この警備兵たちは何も知らないのだ。地下で本当は何が行われていて、そのためにどんな人間が住んでいるかを。

 知らなければ、本当の事情など想像できようはずがない。

 この警備兵たちは、自分たちの目に見える情報のみでどうにか原因を探ろうとし、できる範囲で手を尽くそうとしただけだ。

(情報を秘していたがゆえに、こうなってしまったか……)

 伝えられぬもどかしさとともに、尉繚は秘することの害を痛感した。

 しかし、秘密にしない訳にはいかなかったのだ。心無い者や浅はかな者の手から、この世を守るためには。


 世を守るために秘したことが原因で世が滅ぶなど、皮肉以外の何物でもないが。


 尉繚は、覚悟を決めた。

「そうか……では、我々は命を懸けてここを守り抜くのみ!」

 尉繚は、眼下に迫る刑徒の大群を見下ろしてすらりと抜刀した。工作部隊の他の者たちも、同じようにそれぞれの得物を構える。

「分かりました、これも我々の手落ちなれば……お供いたします」

 残っていた警備兵たちも、悲壮な目をして尉繚にならう。

 尉繚は、部下たちと警備兵に険しい声で命令を下した。

「これから我々がやる事は一つ、この出口を誰も通すな!

 誰も入れるな、誰も出すな。入ろうとする刑徒たちがいれば殺せ。出ようとする者は全て首を斬れ。一切を遮断せよ。

 こちらの増援が刑徒たちを蹴散らすまで、持ちこたえろ!」

 正直、これを遂行できるかは分からない。

 こちらに手練れが多く固まって守ったとしても、押し寄せてくる刑徒たちはあまりに多い。まさに、多勢に無勢。

 自分たちだけでここを守り通し刑徒たちを蹴散らすのは、無理だろう。

 尉繚は、いつもは軽蔑している二人の方士に祈った。

(おまえたちが頼りだ、待っているぞ……盧生、侯生よ!)

 所詮、自分たちの命が惜しい刑徒たちのこと。あの二人が秦軍の増援を連れて来れば恐れて逃げ出すはずだ。

 問題は、自分たちがそれまでもつかどうか。

 尉繚は、周りにあるものを確認した。

 ところどころに積み上げられている、廃材の山。そして自分たちが死体を焼くために持ってきた、それなりの量の油。

 さらに、尉繚は懐を探った。

 工作部隊で前線に出る者が必ず持つ、戦の秘薬。心臓に大きな負担がかかる代わりに、一時的に身体能力を大きく高める薬。

 以前は、目的外の研究に使ったが……今回は、正しく使うことになるだろうか。

(必ず、守ってみせる……ここを、そして人の世を!)

 尉繚は、手始めに一つ作業をさせた。

「急いで出口に廃材を積み、油をかけて燃やせ。

 これで、背後を気にせず外に集中できる」

 すぐさま工作部隊たちが離宮の出口に廃材を投げ込み、油をまいて火をつけた。離宮の出口は、たちまちあかあかとした炎に包まれる。

 こうしておけば、大半の刑徒はここに入るのを諦めるだろう。

 内からも、生きた人間は出てこられなくなる。

「さあ、やってやろうじゃないか!」

 尉繚の号令一下、迫って来る刑徒たちに矢の第一射が撃ちこまれた。


 盧生と侯生は、警備の騎馬兵を連れてひた走っていた。とにかく今動かせる驪山陵担当の兵をかき集め、休息に入った兵も叩き起こすよう伝令を走らせている。

 そのため、集められる数は日中よりはるかに少ない。

 それでも、今は少しでも早くかけつけるしかなかった。いくら多くの兵を集めても、離宮出口の封鎖が破れてからでは遅いのだ。

(早く、早く尉繚殿を、徐福殿を助けねば!!)

 兵を急かし、自らも馬に鞭を入れながら走る。

 その行く手から、数人の警備兵が現れた。

「ん?おまえたち、持ち場はどう……」

「助けてくれええ!!」

 警備兵たちは慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。盧生と侯生が馬を止めて話を聞こうとした時……いきなり頭上から、石が降り注いだ。

「ぐわっ!?な、何だ!?」

 すぐに盾を持った騎兵が数人集まってきて、盧生と侯生を守ってくれる。しかし、他の騎兵の中には石に当たったり馬が驚いたりして落馬する者もいた。

 逃げてきた警備兵は、その盾の下に体をねじ込むようにして報告する。

「け、刑徒たちが、暴動を起こしました!

 我々だけでは、とても対応できず……」

 言われている間にも、大勢の足音と声がどんどん近づいてくる。たちまち、闇の中から刑徒たちの群れが姿を現した。

 手に手に廃材や工具を持ち、自分たちの姿を認めると石を投げつけてくる。

「ぼ、暴動!?なぜこんな時に……」

「とにかく、今は突破するしかない!かかれっ!」

 侯生が戸惑いながらも命じると、兵士たちは勇ましい声を上げて刑徒たちに向かっていく。研ぎ澄まされた剣や槍を振るい、刑徒たちを斬り伏せていく。

 しかし、頼もしく思えたのも束の間だった。

 刑徒たちは、後から後からどんどん現れる。ついには側面や後方からも怒号が聞こえ、全方位から襲い掛かってくる。

「俺たちは品物じゃねえ、殺されてたまるか!!」

「これまでの恨み、思い知れ!!」

 少ないうえに盧生と侯生が急いだため歩兵と離れてしまった騎兵たちは、あっという間に包囲され防戦一方となる。

 これでは救援にかけつけるどころか、動くこともままならない。

「ええい、どこか一か所だけでも破れぬか!

 とにかく、突破して地下離宮の出口に向かうのだ!」

 焦った盧生はしゃにむに命令を下すが、そう簡単に遂行できる訳がない。逆に、苦戦している騎兵に止められてしまう。

「落ち着いてください、ここは動かず後続の合流を待つべきです!

 これだけの数、下手に突っ込めば全滅の恐れもありますぞ!

 それに……あれをご覧ください。刑徒どもは、驪山陵を駆け上がってございます。今あそこに向かうのは、死地に飛び込むようなものですぞ!」

 そう言う兵士の指差す先を見て、盧生と侯生はぎょっとした。

 刑徒の群れと思しき無秩序な松明の明りが、ちょうど離宮の出口に向かって陵を上っていく。

 二人の頭の中に、最悪の可能性が浮かんだ。

(もし、こいつらが人食い死体や感染した死刑囚と接触したら……)

 その先は、この世の終わりしかない。

「う、わあああ!!止めねば、何としても、あそこだけは!!」

「あそこに、失ってはならぬものが!!友軍が!!」

 迫りくる終わりの恐怖に、二人は半狂乱になって叫んだ。こんな所で足止めを食ってはいられない、すぐ行かなければならないのに。

 しかし、周囲の兵士たちに二人の心中は分からない。

「あんな所に行って何になるのですか!?

 我々の使命は友軍のために死ぬことではなく、暴動を鎮圧することでしょう」

「だから、これっぽっちの数では戦になりませんって!

 あーもう、これだから戦を知らない方士共は!」

 しまいには、盧生と侯生が戦い方を知らないから無茶な命令をしていると思い、文句を垂れ始める始末だ。

 だって兵士たちは、あそこに何があるかを知らない。

 あそこに刑徒が入り込んだらどうなるのかを、知らない。

 彼らはただ自分たちの知る情報と与えられた任務に従い、暴動の鎮圧を第一の目標と考え最適に動こうとしているだけなのだ。

 そんな彼らに、下手に地下の事情を話す訳にはいかない。

 盧生と侯生は己に向けられる白眼視に怯みながら、真っ黒な陵の影を見上げて祈ることしかできなかった。

「尉繚殿、どうか持ちこたえてくだされ……!」

 次の瞬間、二人を嘲笑うかのように離宮出口の辺りに火の手が上がった。

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