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舞台が地上に移ります。
徐福から対応を頼まれた、盧生と侯生と尉繚のターン。
徐福の自分をも隔離する常識外れの思考を、外の者たちは理解できるのでしょうか。
そして、事情を知らない警備兵たちも離宮から出て来た者に対して自分たちなりに何かしようとし……裏目に出るのはお約束です。
とっぷりと日が暮れた宿舎で、盧生と侯生は徐福からの知らせに驚愕していた。
「な、何と……新たな感染に、死刑囚共の暴動だと!?」
「しかも、徐福様が中に取り残されていると!?
なぜ、助け出さなかった!!」
盧生と侯生は、目を白黒させて知らせに来た工作部隊に詰め寄った。
それも当然だ。研究の最高司令官にして発案者の徐福自身が、一方の出口を封鎖するため危険な地下に残っているというのだ。
常識的に考えて、真っ先に脱出しなければならない徐福が。研究の存続のために、誰よりも生き延びねばならない徐福が。
口から泡を飛ばして対応を責める二人に、工作部隊は毅然と言った。
「これは、徐福様ご自身の判断でございます。ご自分を含め誰が感染しているか分からぬ以上、誰も出す訳にはいかぬと。
そして、出口を一つに絞らねば対応は難しくなり、世を危険に晒すであろうと」
「しかしっ、あの方を失ってしまったら取り返しがつかぬぞ!」
「それに、もし感染していても一人くらいなら何とかなる。
出口の封鎖など、助手共にやらせればいいではないか!」
二人はなおも徐福の身を案じて憤るが……それを一喝する者があった。
「黙れ方士ども!!
おまえたちは徐福の言うことが聞けぬというのか!あいつの第一の部下を自負していながら、とんだ分からず屋だな!」
「何ぃ!?」
二人に罵声を浴びせたのは、尉繚だった。既に戦いの準備を終えた工作部隊たちを引き連れ、今まさに出撃するところだ。
尉繚は、侮蔑を隠そうともせず馬上から二人を叱りつける。
「貴様らは、地下の危険を全く分かっておらぬな。
感染していても徐福は助けるべき?笑わせる、徐福本人に聞かせてやりたいわ!一人くらい大丈夫な訳がないから、あんな堅固な隔離体制を作ったのではないか!
出口の封鎖など助手にやらせればいい?それでうまくいく訳ないだろう!助手共は皆元死刑囚で、大部分は性根が卑しい。他人や世のことは考えず、自分だけが助かろうとするだろう。そんな奴らに、封鎖の指揮を任せられるか!!」
「ぐっ……そう言われれば……」
尉繚の的確な指摘に、二人は悔しそうに口をつぐんだ。
そんな頼りない二人に、尉繚はさらに告げる。
「徐福の奴、おまえたちの愚かさを見抜いておったようでな……万が一の対応とおまえたちの尻叩きを俺に頼むと言ってきた。
おまえたちが研究と自分を優先するあまり、世を滅ぼすことがないように」
「なっ……そんなつもりでは……!」
「現に今、徐福の指示に逆らって無駄にごねているではないか。
徐福は我々に一刻を争う対応を任せてきたのに、それを差し置いて。こうしている間に離宮の封鎖が破れたら、どうしてくれる!
今やるべきは徐福から任された対応、それもできるだけ速く!違うか!?」
雷のような叱責に、盧生と侯生は縮み上がった。
尉繚の言う通りだ。自分たちは今まさに、世界を危険に晒している。
地下の詳しい事情を知っているのは、自分たちだけ。今出口を守っているのは、何も知らない警備兵たち。
自分たちが迅速に駆けつけて指揮しなければ、どんな間違いが起こるか分からない。そしてひとたび感染者が地上を歩き始めれば……終わりだ。
こんな所で文句を言っている場合では、なかった。
「……分かった、すぐ兵を集めて向かう!」
「よし、俺たちの馬を使え!」
尉繚が用意してくれた駿馬にまたがり、盧生と侯生は駆けだした。
冷たい夜風に当たりながら、二人の心中は後悔と自責でいっぱいだった。
(ああ、あの方にこれほど大事なことを任されておきながら、我々は何という失態を……!我々は、研究の危険もあの方の志も分かっていなかったのだ!!)
(この無駄に費やした時間で災いが世に放たれてしまったら……あってはならぬ!!
どうか、何も起こっておらぬように……!)
無力な祈りをどこに捧げるべきかも分からぬまま、二人は駆けた。
驪山陵の工事現場で、警備兵たちは戸惑っていた。
彼らは、地下離宮への通路から出てきた正体不明の男たちを討滅したばかりだった。出口の近くには、首を切られた死体が転がっている。
しかし、出てきた者の中にはまた離宮の方に引っ込んでしまった者もいる。
「一体、何が起こっておるのだ……?」
警備隊長は、苛立ちも露わに呟いた。
正体不明の敵の一部は、まだ地下離宮にいる。しかも、どれだけ地下に潜んでいるのか分からない。
敵がどこから来たのか、何のために行動しているのかも分からない。
今すぐ調べて上に報告したいが、それもできない。
なぜなら、上から命令されているからだ。出口での防衛に専念し、決して地下に入るべからず。出てきた者は全てその場で速やかに斬首すべし、と。
だが、現場の兵士たちは気になって仕方がない。
とはいえ、命令に違反すれば重い罰が待っている。
それでも何か調べられることはないかと皆が考えて……一人の兵士が、警備隊長に進言した。
「隊長、これは刑徒どもの暴動の類ではございませぬか。
死んだふりをして一部の刑徒が地下に潜み、蜂起しようとしたのでは。盧生様と侯生様は、地下で何らかの異変を感じてこれを予期していたのかも」
「ふむ、有り得る話だ」
地下の事情を知らない警備兵たちが考える、最も可能性が高い流れがこうである。
兵士は、さらに己の考えを説明する。
「ですが、これだけの人数では無理があります。となると、この者たちは表にいる他の刑徒どもと連動しようとしていたのでは。
全て首を斬れというのも、他と連絡を取らせぬためかと。
なれば……今表にいる刑徒どもの中にも、これに協力し共に暴れんと企む輩がいるはずでございます」
そう言われて、警備隊長はふもとをにらみつける。
ふもとでは、今も数十万の刑徒たちが眠りについている。
「なるほど……わしの権限でも、そこを取り調べることはできるか」
刑徒の中に反乱分子がいるとなれば、一大事だ。速やかに調べて処刑し、反乱を未然に防がねばならない。
「よし、ふもとの刑徒を取り調べるぞ!
半数はここに残り、半数はわしについて来い!」
こうして、警備兵の半分はこの敵の正体を明らかにし他の刑徒の中の仲間を見つけるためにふもとに向かった。
その疑いがありもしない濡れ衣であると、知る者はいなかった。
それからただちに、刑徒たちの寝所に警備兵たちがやって来た。くたくたに疲れてようやく眠りについた刑徒たちを叩き起こし、おまえたちの中にいる反乱分子を出せと言う。
「そんな……俺らは何も知りませんぜ!」
「とぼけるな!実際に地下離宮から潜伏していた者が出てきたのだ!」
警備兵たちは手近な刑徒を鞭打ったり蹴ったりして自白しろと促すが、誰もが何も知らないと首を横に振るばかりだ。
焦れた警備兵は、そこに寝ている者たちの組頭を引っ立てる。
「末端の管理が行き届いていないのは、おまえの責任だ。
その罪で、おまえを処刑する!」
「ひいっ俺は本当に何も知らな……」
弁明を聞いてもらうこともできず、組頭の首がごとりと落ちる。
それを見た他の刑徒たちは、息を飲んだ。反乱の話など自分たちは聞いたこともないし組頭もおそらく正直に言っただけなのに、殺されてしまった。
このままでは、自分たちも同じように殺されるかもしれない。たとえ嘘の情報を言ってこの場を切り抜けても、嘘がバレれば結局殺される。
疑いがあるというだけで、虫けらのように殺される。
そうだ、秦は元々こういう国じゃないか。
重箱の隅をつつくように細かい法律が無数にあって、破ればすぐ厳罰。その疑いがあるというだけで過酷な取り調べを受け、弁明など聞いてもらえたためしがない。
多くの刑徒たちは、そんなちょっとした違反でこの重労働を課せられている。中には、濡れ衣でここに送られた者もいる。
刑徒たちの中に、怒りが湧き上がった。
(こいつらに付き合ってたら、何もしなくても殺されちまう!)
(どうせ何もしなくても死ぬなら、いっそ……)
刑徒たちが目をこらして見ると、警備兵の数は案外少ない。威張り散らしてはいるが、片手の指で数えられる数だ。
(この数なら、全員で襲い掛かれば……!)
(こいつらを制圧して、他の奴らも引き込めば……それに、反乱を準備してた奴らがいるって話じゃないか。そいつらと合流すれば……)
刑徒たちの中で、怒りが殺意に変わっていく。
いつもは武器を向けられると怖気づいてしまうが、何もしなくても殺されるなら話は別だ。
それに、行動を起こした仲間がいるという情報が、彼らを後押しする。警備兵たちが言っていたではないか、地下に潜伏していて暴動を起こした者がいると。
ならば、自分たちだって……。
「貴様ら、いい加減に吐き……あがっ!?」
警備兵が殴り倒されたのは、一瞬だった。別の組頭を拷問していた警備兵の周りから大勢が一斉に殴りかかり、武器を奪う。
「ウオオオォーッ!!俺たちは家畜じゃねえーっ!!」
刑徒たちは勢いのままに、あっという間に警備兵を皆殺しにする。そして、雄たけびを上げながら手に手に工具を持って走り出す。
見れば、他の寝所からも同じように怒れる刑徒たちがあふれ出していた。全く同じようなことが、他の寝所でも起こっていたのだ。
警備隊長が兵士たちを少人数に分けて、できるだけ早く敵を探そうと強引な取り調べをさせた結果だ。
完全に、濡れ衣による藪蛇である。
しかし、暴れ出した刑徒たちはもう止まらない。
「おめえら、まず他の奴らと合流だ!そうすりゃ軍とも戦える!
まず、地下離宮とやらの仲間を助けるぞ。でもって、そこで集まって一気に駆け下りて包囲を破る!
この黥布様について来ぉーい!!」
刑徒たちは、津波のようになって陵の斜面を駆け上がり始めた。




