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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十四章 騒乱の夜
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(117)

 ようやく、今地下でどうなっているか危機的状況が徐福たちにも伝わります。

 伝わった時には手遅れ、冷静に対処できる段階にないのはゾンビものの定番ですね!


 もはや安全に避難することもできない状況に、徐福はとんでもない決断を下します。

 徐福はマッドサイエンティストですが、国を守る心はちゃんとあります。その結果、自分と部下たちにどんな試練を課したとしても。

 離宮に向かった工作部隊たちは、通路で不審な物音を耳にした。人の叫び声、怒鳴り声、そして大勢の足音。

「これは……既に死体に襲われているのか?」

「いや待て、おかしいぞ……人数が多すぎる」

 救出対象となる助手は六人、人食い死体は最大四体と聞いている。

 しかし……耳に入ってくる足音とざわめきは、明らかにそんな人数ではない。何十人もの人間が、無秩序に騒いでいるようだ。

「どういうことだ?ここに、こんなに人がいるはずが……」

「どこから湧いて出た?とにかく、報告するべきか?」

 予想だにしなかった事態に、工作部隊たちは戸惑った。

 この先にいる大勢が、敵か味方か分からない。どこから来て、何の目的で動いているのか分からない。

 そうこうしているうちに、離宮側から数人の男が姿を現す。

 彼らは助手の服装でも工作部隊の装束でもなかった。ボロボロの布を身にまとい、おまけにひどく汚れて臭かった。

「何者だ貴様らは!」

 工作部隊たちは、すぐに警戒して武器を構えた。こいつらは確実に仲間ではないと、それだけは即座に分かった。

 向こうも、こちらを味方だとは微塵も思っていないようだ。

「へっ、名乗るほどのモンじゃねえよ!」

「これまでよくもひどい目に遭わせてくれたな。

 てめえら、やっちまえー!!」

 男たちは、目を血走らせて襲い掛かってきた。どうも、こちらにとてつもない恨みを持っているらしい。

 だが、工作部隊にそんな事は関係ない。

 冷静に武器を振るい、迎え撃つ。怒りに任せて獣のように飛びかかってくる男たちの攻撃をかわし、一撃で首を掻き切る。

 暗い通路に、人数分だけ血の華が咲き、男たちはあっという間に斬り伏せられた。

 しかし、これで終わりではない。

「おい、あれを!」

 この男たちの正体を考える間もなく、新手が現れた。この男たちと同じようにボロボロで痩せこけ、怒りに目を血走らせた男たち。

 それが、今度は十数人も集まっている。

「こっちに行けるぞ、出口かもしれねえ!」

「あっ……あの連中、俺らの仲間を殺してるぞ!」

 ボロボロの男たちが、またも工作部隊めがけて襲い掛かる。しかも今度は十数人が、隠れる場所のない通路で。

「まずいぞ……くっぐはっ!」

 先頭の数人を返り討ちにしても、男たちは後から後からどんどん掴みかかってくる。多勢に無勢、工作部隊たちは防戦一方となる。

 そもそも、工作部隊の暗殺者たちは隠密行動と不意打ちが得意分野であって、正面から多数と戦うのは苦手だ。

 そのうえ、男たちの増援が離宮から次々と駆け付けてくる。

 ついに、工作部隊の一人が引き倒されて武器を奪われた。

「いかん、退け!早く扉を閉めるのだ!」

 工作部隊たちは、せめて賊を進ませまいと通路の扉を閉めようとした。

 しかし、男たちはなだれのように突っ込んでくる。盾になろうとした二人を勢いでなぎ倒し、扉が閉じる前に体をねじ込んでこじ開ける。

 もはや、ここを封鎖することはできない。

 残った工作部隊の二人は、とにかく危機を知らせるべく逃げるしかなかった。


「徐福様、お逃げください!

 離宮から、大勢の人間が襲ってまいります!」

 ほうほうの体で逃げ込んで来た工作部隊の報告に、徐福たちは仰天した。そんな事態は、想定していない。

「人間だと?人食い死体ではないのか?」

「はい、ボロをまとってひどく汚れていますが、生きています。

 我々をひどく恨んでいるようで……数は我々が見かけただけで二十、離宮にはもっといると思われます」

 その報告に、周りで聞いていた助手たちが慌てふためく。かつて尉繚たちに襲撃された時のことを思い出したのだ。

「は、早く逃げなければ!」

「で、でもっそんな数で攻め込まれてるんだぞ!?

 奴らの本隊が地上にいたら……」

 うろたえる助手たちを、徐福が雷のように一喝した。

「慌てるな!!敵はおそらく地上からではない……奴らは、実験体用の死刑囚だ!」

 徐福には、心当たりがあった。自分たちの仲間以外に、離宮近くにいる人間に。人間扱いしていないが、確かに生きた人間である者たちに。

 外で法により人権を奪われ、実験動物として飼われている者たちに。

「死刑囚……そうか、奴らが解放されて!」

 徐福に言われて、助手たちも気づいたようだ。

 同時に、ざあっと青ざめ身震いする。

 自分たちが、元は同じ立場だった死刑囚たちにどんな扱いをしてきたか……奴らがどれだけ自分たちを恨んでいるか、想像できるからだ。

 そうこうしている間に、かすかに聞こえていた声と物音がどんどん近づいてくる。

「こうしてはおれん、早く出口に向かうぞ!!

 総員、本宮側通用路の前に退避!扉を閉じて待つよう指示!」

 言いながら、徐福たちはすぐさま部屋を飛び出した。

 坑道のあらゆる方向から、悲鳴が反響してくる。既に侵入して散らばった死刑囚たちに、各所で働いている助手たちが襲われているのだ。

 実験のための知識はあっても、戦闘経験のほとんどない助手たち。一応非常時の対応は定めてあるものの、いきなり襲われて冷静に対処できる者など皆無だろう。

 今はとにかく、一人でも多く生き残るよう祈るしかない。

 それに、徐福にとっては助手の命など二の次だ。

 そんなことより、もっと守るべきものがある。

 自分の盾となる工作部隊すら通用路確保のために先行させ、地獄と化した実験区画を徐福は駆け抜けた。


 本宮の工事現場につながる通用路の扉の前には、既に十数人の助手と工作部隊が集まっていた。

「は、早くここを開けてください!」

「敵がここまで来る前に、逃げないと!」

 脱出しようと扉に群がる助手たちを、工作部隊が押し止めている。

 それを見て、徐福は軽く落胆した。

 今この扉を開いてしまったらどうなるか、この助手たちには分からないのか。長く同じ研究をしてきたのに、こんなに物分かりが悪いものかと、徐福は失望した。

「静まれ、徐福様がおみえになる!」

 石生が声を張り上げると、助手たちはすがるような目でこちらを見る。これで脱出できるとでも思っているのだろうか。

 徐福はそんな卑小な眼差しを、食い破るようににらみ返してやった。

 それから、助手より先に工作部隊に指示を出す。

「尉繚と、それから盧生と侯生に急ぎ知らせろ。

 まず尉繚は、すぐ動けるだけの工作部隊を連れて離宮側の出口に向かわせろ。離宮側から出る人食い死体を逃がすなと伝えろ。

 そして盧生と侯生には、警備兵を動員して刑徒どもの寝所の周りを固めさせろ。そこに人食い死体が紛れ込んだら終わりだ。

 そして地上が落ち着いたら、我々を助けに来いと」

 それを聞くと、工作部隊たちは一瞬驚いた顔をした。

 が、すぐに命令を果たすべく扉を開けて駆けていった。

 そして再び、扉は閉じられる。残されたのは徐福と助手たち、そして何かの覚悟を決めたような数名の工作部隊。

 すると、助手たちが示し合わせたように服を脱ぎだした。

「何をしている?」

 徐福の問いに、助手たちは当然のようにこう答える。

「噛み傷がないか確認していただくためです。感染者を外に出さないために、無傷の者だけ逃がすのでございましょう?」

「そうか……そこまで考えられるなら、もう少しなのだがな」

 違うと言いたげな徐福の言葉に、助手たちは目をぱちくりする。

 その間に徐福はつかつかと扉に歩み寄り、その装飾をいくらか動かした。そして現れた小さな穴に楔のようなものを差し込み……そのまま押し込んでしまう。

「え……あの、何を……?」

 戸惑う助手たちに、徐福は淡々と言った。

「これで、この扉は外からしか開かなくなった。

 我々はここで死刑囚や人食い死体共を減らしつつ、助けを待つ!」

「ええっ!!?」

 一瞬にして、助手たちに衝撃が走る。

 徐福は、脱出しないと言ったのだ。もうここから一人も出られぬよう通用路を閉ざし、全員ここに留まる決断を下した。

「な、何で……?」

 唖然とする助手たちに、徐福は当然のように言った。

「誰が感染しているかも分からぬのに、外に出す訳がないだろう。全員の体をくまなく確認する間に、もっと感染の危険が高い死刑囚が迫ってくるわ。

 それに、もはや噛み傷の有無だけでは感染の有無は分からぬ。でなければ、離宮の娼姫たちはどうやって感染したのだ?

 俺は研究を完成させたいだけで、世を滅ぼそうとは思わん。

 よって外が落ち着いて我々に対応できるようになるまで、誰一人出さぬ!!」


 それは、徐福の研究者としての矜持であった。

 自分は決して、自分の研究で世を滅ぼすようなまねはしない。

 そのためにできるだけのことをやり、有事の際には安全のために非情な決断を下す。たとえ、隔離される側に自分が入ることになろうとも。


「畜生、死んでたまるか!!」

 数名の助手が、怒り狂って徐福に襲い掛かる。

 だが、そいつらはすぐに血しぶきを上げて地に伏した。徐福と周りを固める工作部隊たちが、毒の刃を振るったのだ。

 徐福は、恐れおののく助手たちを見回して言う。

「愚かな……今俺たちを殺したところで、脱出できる訳でもなし。

 生きて脱出したいなら、ここで共に戦って生き延びることだ。助けが来るか、我々が離宮方向に抜けられるくらい敵が減れば、助かる。

 生きたければ、戦い抜け!」

 もはやここに、それ以外の道は残されていない。

 徐福たちは覚悟を決め、退路なき防衛戦を開始した。

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