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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十四章 騒乱の夜
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(116)

 本格的に感染が拡大しますよ!

 異常の報告があった時には既に手がつけられなくなっているのは、ゾンビもののテンプレですね。すぐ制圧されるようでは面白くない。


 そして、外に出られた死刑囚も……外がどんな状況か思い出してみてください。

 実験区画で、徐福は眠気覚ましの茶を飲みながら部下の報告を聞いていた。ようやくゆっくり眠ろうとしていたところを叩き起こされ、気分は最悪だ。

 そのうえ、もたらされた報告はこれまた悪いものだ。

「……行方不明だと?しかも、三人?一人は昨夜から?

 なぜ報告しなかった!!」

 寝起きの苛立ちも手伝って、徐福は思わず怒鳴りつけた。

 すると報告に来た助手は小動物のように縮こまり、ひたすら己の罪をごまかす言い訳を並べたてる。

 他の助手が落ち着くよう諭しても、ただ何でもするから殺さないでくれと頭を地面にこすりつけて泣きじゃくるばかりだ。

 これでは、話が全く進まない。

 徐福は少し頭を冷やし、怒りを抑えて言った。

「分かった、今はおまえを責める時ではない。

 だが、おまえたちが報告しなかったおかげで我々は今そちらがどうなっているかよく知らぬ。どう対応していいかも分からぬ。

 罪を償う気があるなら、現状をありのままに伝えてくれぬか」

「は、はいっ!」

 罪の償いと言った途端、助手は元気に顔を上げて怒涛の如くしゃべり始めた。

 少しでも罪を軽くしようとしているのか、現金なものだ。

 その報告で、今離宮がどうなっているか状況が掴めてきた。元の離宮番三人は昨夜と今朝女の検体のところに向かって、行方不明。それを、交代した離宮番五人に一人加えた六人で捜索中。女の検体の安否は不明。

 控えめに言っても、相当悪い状況だ。

「徐福様、これはもしや人食い死体が……」

 石生が、目をこすりながらも言う。

 徐福は、苦虫を噛み潰したような顔でうなずく。

「ああ、俺もそれを考えた。おそらく、十中八九そうだろう。

 女の検体が人食い死体になって、最初の一人を襲った。そして次に行った二人はその二体にやられて……」

 と、そこまで考えて徐福ははっと気づく。

「まずいぞ……そうなれば人食い死体は最大四体。対する捜索隊は六人。これは危険だ、制圧できるか分からん!

 すぐ、荒事に長けた工作部隊を五人送れ!

 ただし、手遅れであれば無理をさせず引き返すよう伝えろ!」

 すぐに徐福の指示に従い、戦闘に長けた工作部隊が助手たちの加勢に向かう。しかし、間に合うかは分からない。

「くそっ……これだから後手に回ると厄介なのだ!

 とはいえ、俺も甘かったか。

 尸解の民は感染していても検査でそれが分からぬ。分からぬなら感染していると疑って、全て処分しておくべきだったか。

 安息起のことといい、奴らの危険を過小評価しすぎたな」

 徐福は、唸るようにそう言った。

 今それほど必要ないが病毒の大元だから何かの役に立つかもしれぬと、未練に引きずられて生かしておいた結果がこれだ。

 徐福は、安全よりも探求心に従って彼らを生かしておいたことを悔いた。きっぱり諦めて処分しておけば、こんな事態は防げたのにと。

 そんな徐福をいたわるように、石生が声をかける。

「今悔いても仕方がありません。今は、目の前のことに集中いたしましょう。

 大丈夫でございます、きっと工作部隊の方々なら制圧できますよ。彼らは暗殺の手練れですし、人食い死体が地上に出てさえいなければ……」

「おお、そうか!そちらの確認は急務だな。

 今のところ地上で何かが起こったという報告はないし出口の警備も手厚くしてあるが……盧生と侯生に注意を促す書簡を送る。

 少し待っておれ!」

 地上の危険に気づいた徐福は、すぐに地上あての手紙を書き始めた。

 報告がないことは何も起こっていない証ではないと、今ので痛感した。ならば、少しでも嫌な予感がしたら食い止める手を打っておくべきだ。

 しかし、その書簡を地上の警備兵に届けさせようとした時、坑道に悲鳴が響いた。

「何事だ!?」

 徐福たちは、驚いて立ち上がった。


 徐福の考えは当たっていた。

 報告がないからといって、何も起こっていないとは限らない。そして報告があったとて、今その通りの状況だとは限らない。

 急速に悪化する事態は、徐福の想像をはるかに超えて広がっている。

 そして、ついにその火の手が実験区画に迫ろうとしていた。


 離宮は、既に混乱のるつぼと化していた。

 自分たちを解放した助手を殺した死刑囚たちは、離宮になだれ込んで略奪を始めた。今離宮に生きた人間はいないため、止める者はない。

「ケッ、こんな上等なモン着ていい生活しやがってよぉ!」

「どうせこのままじゃ一文無しだ、外に出たって生きていけねえ。

 だったら、売れそうなモンは全部かっさらってやるぜ!」

 死刑囚たちは、元々ほとんどが欲望塗れの凶悪犯罪者である。彼らはたちまち離宮の上等な調度品に目を奪われ、奪い合いの喧嘩を始めた。

 そのうえ自分さえ周りが見えればいいとばかりに通路の明りすら持ち去ってしまうため、離宮はまた暗闇に包まれていく。

 そんな状態で騒いでいれば、人食い死体が寄ってくるのは当たり前だ。

 しかも、彼らは目の前の略奪品に夢中で近づくものに気づかない。

「あ?何だよぅぎょえええ!!!」

 人間同士で争っているうちに、無防備に人食い死体の牙にかかる。

「あん?やりやがったなこの野郎!!」

 そのうえこの暗い中で臭くて汚い人間がごった返していては、ちょっと見ただけで人間と人食い死体の区別がつかない。

 別の人間が自分の取り分を多くしようと襲い掛かってきたと勘違いして、逆上してこちらから殴りかかってしまう。

 とはいえ、死刑囚の中で武器を持つのはごく一部だ。元々離宮番用に置かれていたほんの十人分程度、全員に行き渡る訳がない。

 素手で殴ったところで人食い死体を止められるはずがなく、食われるだけだ。

 そのうち、近くにいた者が異常に気づく。

 そして、照らしてみて初めて分かる。

「おい、こいつら……何で、人を食って……」

「待てよ、あんな傷で動ける訳……化けモンだぁーっ!!」

 正体を知った死刑囚たちは恐慌に陥る。何せ、彼らは人食い死体のことをほとんど何も知らないのだ。

 知っているのは、さっき殺した助手が言っていたことだけ。

(人を食う、死体の姿をした黄泉の化け物……)

 助手が取って付けたはったりのせいで、死刑囚たちはますます恐れて理性をなくす。逃げようとする者と戦おうとする者がぶつかり合い、さらに混乱が加速する。

「こいつら、殴っても蹴っても効かないぞ!?」

「む、無理だ……倒せる訳ねえ!出口はどこだよぉ!?」

 自分だけは脱出しようと明かりを奪い合い、邪魔な奴を蹴り飛ばし、そうして無防備になった者がまた人食い死体に噛まれる。

 そのどうしようもない混乱の中、ついに一団が地上への出口を見つけた。

「おい、この通路……上り坂だ!」

「少しだが、光が入ってきてる!外だ、出られるぞぉ!!」

 近くにいた死刑囚たちは、大挙してその通路に押し寄せる。

 もう誰も、こんなところにいたくなかった。とにかく外に出て、化け物の恐怖から解放されて自由になりたかった。

 通路の先から差し込んでくる温かな光を目指して、無我夢中で走った。


 ようやく、死刑囚たちの戦闘が出口に達した。

「やった……外だ!空だ!」

 頭上に広がるのは、青から薄紫に彩られた薄暮の空。太陽は既に沈んでしまったが、まだ十分に明るい。

 久しぶりに黒と火の明り以外の色を目にして、心まで洗われるようだった。

 しかし、その感慨に水を差す声がかかる。

「誰だ貴様らは!通行証を出せ!」

 はっと周りを見れば、警備兵たちが槍や剣を構えてぐるりと出口を囲んでいた。

 そこでようやく、死刑囚たちは気づく。

 ここは、驪山陵の工事現場のど真ん中。数多の秦軍の兵士たちが、働かされる刑徒たちを逃がすまいと警備している。

 そもそも、自分たちが閉じ込められていたのは驪山陵の地下ではないか。ならば、地下から脱出してもこうなるのは当たり前だ。

「畜生、押し通れ!」

 死刑囚たちは、何とか走り抜けようとした。

 が、それを許さないのが警備兵の仕事である。

「怪しい奴、一人も通すな!全員首を切れ!」

 あっという間に、今度は警備兵の槍や剣が死刑囚たちを貫き切り裂いていく。動けなくなれば、後は首と胴が離れるだけだ。

 まともな武器も持たない死刑囚と装備も訓練もしっかりしている秦軍の兵士とでは、とても勝負にならない。

 見る間に、死刑囚たちの首切り死体が辺りに散らばる。

 それを見て、後から来た死刑囚たちは胆を潰した。

「ここはダメだ!出たら殺される!」

「他にどっか出口はないのか!?探せ!」

 ここで死んではたまらんと、後続の死刑囚たちはほうほうの体で地下に引き返した。ここではない、別の出口を求めて。


 徐福があらかじめ打っておいた一手により、地上への感染拡大はひとまず防がれた。

 しかし、災いの出口はここだけではない。

 死刑囚たちのいる離宮から地上への出口は、もう一つある。徐福たちのいる実験区画を通り、本宮の工事現場を抜ける道だ。

 死刑囚たちは、血眼になって探していた。あの恐ろしい化け物から逃れ、ここではないどこかへ抜けられる道を。

 たとえその先が離宮より危険な地獄であっても、彼らに知る由はなかった。

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