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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十三章 感染拡大
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 追い詰められた人間は冷静さを失い、突飛な行動をとって事態を悪化させます。

 唯一逃げ戻った助手が己を守るために取った最悪の一手とは……。


 地下離宮にはどのような施設が付随しており、どのような者がいましたか?彼の使える駒をじっくり考えてみてください。

「ハァ……ハァ……誰かぁっ!!」

 一人離宮番の部屋に戻った助手は、夢中で呼びかけた。

 しかし、返事をする者は誰一人としていない。今この離宮にいて無事なのは、この逃げてきた助手ただ一人なのだから。

 交代に来た五人の先輩は、人食い死体に襲われてみな仲良く食われている。自分と一緒に離宮番をしていた五人のうち三人は人食い死体になっており、残りの一人は実験区画にこのことを報告しに行って戻ってきていない。

 助けてくれる者は、ここには誰もいない。

 それに気づくと、逃げてきた助手はガタガタと震え出した。

「う……わあああ死にたくねえよおぉ!!」

 このままでは、自分はここで終わる。暗がりから群れを成して迫りくる人食い死体の想像が、圧倒的な恐怖をもって助手を追い詰める。

(どうすればいい!?

 このまま俺も実験区画に逃げるか?いや、でもそうすると……)

 一度正解に手をかけて、しかし助手は迷う。迷わせる懸念がある。

 まず、離宮をこのままにしておくとさらに人食い死体が増える可能性がある。離宮からつながる大空間には実験体用の死刑囚が百人近く飼われており、ここが人食い死体に襲われたらもう手がつけられない。

 さらに、離宮から地上につながる出口は封鎖していない。ここから人食い死体が外に出てしまう危険がある。

 とどめに、自身のこれからのことだ。

 自分は仲間が三人行方不明になっても対応を怠り、そのうえ交代に来た先輩五人が襲われるのを見ながら何もできなかった。

 ここまでやってしまったら、助けを求めてもその先は死以外有り得ない。他の助手への見せしめに、凄惨な人体実験をされて死ぬのだ。

 何とか挽回しなければ、生存の道はない。

(けど、挽回って……どうすりゃいい?

 あの数の人食い死体をどうにかするのは、一人じゃ絶対無理だ。

 死刑囚んとこにつながる通路を今からでも閉じに行くか?いや、途中で襲われたら終わりだしそれだけじゃ罪を軽くするのは無理だ。

 畜生、もっと人手がありゃ……!)

 その時、助手の頭の中で一つの道がつながった。

(ん、人手……?死刑囚……?)

 助手は、ばっと顔を上げて呟いた。

「人手……あるじゃねえか!

 死刑囚共を解放して、人食い死体と戦わせればいいんだ!!」

 この追い詰められた助手にとって、これはただ一つの最適解に思えた。自分が生き残れる、たった一つの希望に見えた。

 そうだ、死刑囚たちも人間じゃないか。

 自分たちが生殺与奪を握っていていいように使える、人手じゃないか。

 それに、同じように人食い死体に襲われる肉じゃないか。だったら自分たちを守るために、戦ってくれるはずだ。

 何としても生き残ってやると眉間に筋が立つほど決意して、逃げ戻った助手は死刑囚の大部屋に向かった。


 大部屋には、暗く淀んだ空気が充満していた。

 大部屋はただ死刑囚を飼うためだけの場所なので、当然ながら明かりは少なく通気も最低限人が死なない程度しかない。

 そのうえ掃除や排せつ物の片付けもろくにしないので、常に悪臭に満ち、そのうえ死刑囚の数が多いせいで彼らは息苦しい生活を強いられていた。

 それ以上に空気を淀ませるのは、人の不の感情だ。

 ここに連れ込まれた死刑囚たちは、人の扱いをされない。そのうえ、遅かれ早かれ確実に殺される。

 ここに、彼らの希望は一切ない。

 ここはただ彼らが、苦痛を与えられながら死を待つだけの場所だ。

 ゆえに、彼らは毎日恨んで、憎んで、呪って過ごす。自分たちにこんな仕打ちをする管理者を、元は仲間だったのに自分たちを痛めつける側に回った助手たちを。

 意識がある時は常に、頭の中でそいつらを痛めつけることを考える。いくら思っても実行に移せない縛られた身を嘆きながら。

 そして、何かの拍子にここから出て自由になれたらと切に願う。

 もっとも、そんな日は来るはずがなかった。

 今日、この日が来るまでは。


 助手は息を切らしながら、大部屋に駆け込んだ。

 途端に、見える範囲にいる死刑囚たちがぎろりとこちらをにらむ。助手はその視線にぎくりとしたが、助かるためだと自分に言い聞かせて踏み込んだ。

 恨めしそうな目でこちらを見る死刑囚たちに、これ見よがしに鍵を掲げて声を張り上げる。

「囚人共よ、おまえたちが成り上がれる機会がやってきたぞ!

 俺の言う事を聞いて働くなら、その拘束を外してやろう」

 すると、闇の中からさらに多くの視線が突き刺さる。皆、ここから逃れる機会を何としても逃したくないのだろう。

 いい兆候だと思いながら、助手は話を続ける。

「ここからつながる地下離宮が、黄泉の化け物に襲われた!放っておけば、その化け物はおまえたちをも食いに来るだろう。

 助かりたければ、おまえたちも戦って化け物を倒せ!

 そうすれば徐福様の覚えもめでたく、俺のように研究を手伝う立場に引き上げてもらえることもあるだろう」

 それを聞くと、死刑囚たちはぎょっとした。

「化け物だと!?そんなのと戦うなんて……」

「でも、戦わなかったら食われるって……」

 怯えてざわつく死刑囚たちを勇気づけるように、助手は言う。

「静まれ!倒せないような化け物なら我々もとっくに逃げ出しておるわ!これはおまえたちに与える試練なのだ!

 化け物は人の死体が起き上がり、人を食うようになったもの。動きは人よりのろく、頭を潰すか首を折れば停止する。

 その程度も倒せぬなら、解放して仲間にする価値はない!」

 鍵を揺らしてチャリチャリ音を立てながら、精一杯強がってはったりをかます。

 内心、早くうんと言ってくれと叫ぶように祈りながら。

 その祈りが届いたのか、一部の死刑囚が威勢よく答えた。

「……俺はやるぞ!ここから出られるのにその程度の相手なら安いもんだ。俺が生きれるなら、何だってブチ殺してやるぜ!」

「ああ、どうせ死ぬなら何とでも戦ってやらあ!!」

 期待通りの返事をくれた死刑囚たちに、助手は心の中で手を叩いて喜んだ。

 きっとこれで、離宮の人食い死体どもは制圧できる。倍どころかこれだけの数の暴力をぶつければ、勝てない訳がない。

 後はこいつらを戦わせておいて自分は実験区画に逃げ込み、そちらの力を借りてこいつらを制圧すればいい。怪我をしたら感染を理由に殺し、そうでない奴は仕事の相談とかいって少しずつ招いて制圧すればいい。

 助手として採用する確約などしていないし、それを判断できるのは自分ではなく徐福だ。そこに自分の責任はない。

 そしてこれが成功すれば、きっと自分の罪は帳消しにできる。

 どこまでも都合のいい流れを頭の中に思い浮かべながら、助手は死刑囚の拘束を解きにかかる。

「よし、では行くがよい。

 武器はこの通路を行って右、左、右と曲がったところの突き当りの部屋にある。数は少ないが、うまく使って頭を潰せ。

 全て倒せたら、大人しく上の沙汰を待つこと!」

「分かりやした、やってやりますぜ!」

 勢いよく立ち上がった死刑囚が、通路の方へ走っていく。

 それを見てたまらない心強さを覚えながら、助手はすぐ次の死刑囚を解放しにかかる。

 ぐずぐずしてはいられない、あの恐ろしい人食い死体が自分を食べに来る前にできるだけの戦力を解放しなければ。

 恐怖に急き立てられ、無我夢中で次々と拘束を外していく。

 もう何人目か分からなくなった頃、助手はいきなり後ろから押さえつけられた。

「うわっ……な、何をする!?」

 振り向くと、そこにはニタニタと笑う死刑囚たちがいた。そのうちの一人が、助手の手から乱暴に鍵をもぎ取る。

「なっ返せ!我々に逆らえばどうなると……」

「どうにもできねえだろ、一人じゃ」

 その瞬間、助手は己の過ちを悟った。

 今ここに、死刑囚たちを制圧できる戦力はない。おまけに、今ここで自分がこうなっていることをまだ上は誰も知らない。助けは来ない。

 権力は、他者を制圧できるだけの力が伴わなねば意味がない。

 助手はいつの間にか、自らの手で解放した死刑囚たちに囲まれていた。どの死刑囚たちも皆、恨みの溜まった目をして悪意に口を歪め、獲物を見つけた獣のように舌なめずりをしている。

「へへへ……ずっと夢見てたんだ、こんな日を。

 俺らをこんな目に遭わせたてめえらの面を、ブッ潰す日をなあ!!」

 向けられた殺意は、思考を持たない人食い死体のそれよりずっと濃厚で恐ろしかった。

「あ、そんな、待ってくれ!俺だって元死刑囚だし、仲間……」

「仲間なんかじゃねえ!!同じ死刑囚を数えきれねえほど痛めつけて殺して自分だけ自由になろうとする奴なんざ、誰が仲間と認めるか!!」

「あああっやめろ許してくれ俺だって生きるためにやってたんだぁ!!誰だって自分が生き残れるならそうするだろ!?

 分かった、今度は俺が手下になる!何でもする、ケツでもクソでもなめるからぁ……」

 これ以上の命乞いは無用とばかりに、四方八方から拳と足が叩きこまれる。自ら敵の輪で自分を囲んだ助手は、なす術もなく嬲り殺しにされた。

 その間に、死刑囚たちは百人近くいた仲間たちを全て解放してしまった。

「ヒャッハー自由だ!!」

「オラァッ武器持って奴らを返り討ちだぜ!!」

 待ちに待った自由を手にして、死刑囚たちは離宮へとなだれ込んでいく。


 騒々しい足音を響かせ、だみ声をまき散らしながら、暗がりに突き進んでいく。

 その暗がりにいかなるものが潜んでいるか、死刑囚たちはよく知らない。助手の話など、もうほとんど頭から抜けてしまっている。

 知識はないが血肉はある生きた人間が、百人近く。

 混沌は、いよいよ離宮から洪水のようにあふれ出ようとしていた。

 血と死と絶叫に彩られた、悪夢の夜の幕が上がった。

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