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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十三章 感染拡大
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 ゾンビ警報、いよいよ血なまぐさくなってきます。

 見に行った奴がやられるのは定番だけど、見にいかなければならないというジレンマ再び。


 きちんと指針に従って対応しようとしても、環境の変化や疲労が想定外が起こる隙を作りだします。思わず注目してしまうドッキリも。

 離宮に着いた交代の助手たちは、目の前の光景に心底げんなりしていた。

 自分たちと交代するはずの離宮番の助手は五人いるはずなのに、二人しかいない。おまけに他の三人がどこにいるのかと聞いても、分からないと首を振るばかりだ。

「昨日の夜、女の検体に飯を持っていった奴が戻ってこなくて……今朝様子を見にいった二人も戻って来てないですね」

「お、俺らは死刑囚の世話で忙しくて……。

 ほら、五人分の仕事を頑張って二人でやってたんスよ!だからもう忙しくて、見に行ってる余裕なんかなくて……」

 要するに、仲間が戻ってこないのに調査も報告もしていないということだ。

 明らかに問題が起こっているのにこの怠慢。交代の助手たちは呆れかえった。

「クソッせっかく休めると思ったのに、何だよこれは!」

「まあでも、何とかせにゃならんだろ。

 とりあえず調査と報告しとかんと、今度は俺らの責任になる」

 交代の助手たちも無視してすぐ休みたかったが、放置する訳にはいかない。知った以上は対応しないと、責められるのは自分たちもだ。

「どうするよ……誰かが行方不明になった場合は、その人数の倍の人数で探索すべしって指針に定められてるが」

「つっても俺らは五人……いや、不手際やりやがった一人を加えればいけるか。

 で、ここに残った一人は実験区画に報告に行け」

 交代の助手たちは、元いた離宮番よりも少し熟練して賢くなっていた。

 きちんと定められた手順に従い、自分たち五人に元いた離宮番を一人加え、さすまたや剣で武装して探索に出かける。

 しかし、昨日から働きづめで積み重なった疲労だけはどうしようもない。

 交代の助手たちはあくびを噛み殺しながら、重い体を引きずって闇の中に踏み出した。


「おいおい何だこりゃ、通路の明りまで消えてるじゃねえか」

 離宮は、今朝よりもっと暗くなっていた。元いた離宮番二人が炊事場に籠っていて塗油の補充を怠ったため、通路の明りが燃え尽きてしまったのだ。

「しょうがねえ、女の部屋の分をちょっとずつ補充してくか」

 幸い、交代の助手たちは女の検体の部屋に補充する灯油を持ってきていた。人手が多いし、やれる仕事は一気に済ませてしまおうと思ったからだ。

 助手たちは通路の明りを一つおきに灯し、少しずつ闇を払っていく。

 進むにつれて、助手たちの鼻を嫌な臭いがつく。

「うぇっ……こりゃひでえ臭いだ」

「何つーか、隔離区画を思い出すよな」

 腐った血肉と糞尿を混ぜたような、吐き気を催す悪臭。人体実験を行っている隔離区画では、慣れた臭い。

 だが、それを離宮で感じることが問題なのだ。

 離宮はあくまで生活空間であり、本来それほど悪臭はしないはずだ。少なくとも、腐った血肉や糞尿がその辺に転がっていてはならない。

「女の検体が垂れ流しのまま死んだんじゃないですか?

 元から、虫の息でしたし」

 元からの離宮番の言う通りでも、つじつまは合う。

 だが、交代の助手たちは嫌な予感を覚えた。

(それだけなら、見に行った助手たちは無事のはずだ。

 それならなぜ、こんな臭くて汚い所から逃げるように帰ってこない?少しでもマシなところで休みたいのが人情だろうに)

 こちらの環境がひどい事になっているなら、助手たちが帰ってこないのはますますおかしい。となると、帰れなくなった可能性が濃厚だ。

「こりゃ、とんだ貧乏くじだ……」

 冷たい汗で背中を湿らせながら、交代の助手たちは進む。

 そして、女の検体の部屋の前まで来て、気づいた。

「おい、あれ!」

 自分たちの持つ明かりでようやく見える先に、それは転がっていた。曲がり角から、人の足が二本投げ出されている。

「こりゃ、どうなってんだ……?」

 曲がり角に邪魔されて、腰から上がどうなっているかはここからでは見えない。生きているのか、死んでいるのか、あるいは……。

 助手たちは一瞬立ちすくんだが、一人が言った。

「指針通りだ、まず声をかける。

 意識があるかもしくは人食い死体なら、反応する」

 交代の助手たちは、冷静に定められた手順で対応する。

「おーい、生きてるかー?」

 しーんと静かだった離宮に、呼び声が響く。声や音に反応できる状態……生きていて意識があるか人食い死体であるなら、反応するはずだ。

 しかしその足は、ぴくりとも動かない。

「……ああ、こりゃまずいな。

 俺らにとっちゃ、最悪よりは安全だが」

 つまりこの足の主は既に死んでいるか、少なくとも意識はない。とはいえ人食い死体でもなさそうなので、襲ってくることもないだろうが。

 助手たちはひとまず安堵して、その足に近づく。

「まだ油断するなよ、いきなり起き上がるかもしれないぞ」

「まずは拘束して、どうするかを考えるのはそれからだ」

 緩みつつある気を再び引き締めるように声をかけ合いながら、助手たちはさすまたを構え縄を用意する。

 相手の生死、感染の有無ともに分からない場合は、まず拘束する。今は大人しくても、いつ人食い死体として目覚めるか分からないからだ。

 助手たちはそろそろと近づき、そいつの上半身を押さえつけようと角を曲がって……凍り付いた。

「うげっ……こ、これは!!」

 押さえつけるべき上半身は、なかった。

 ちょうど腹の辺りから引きちぎられた下半身のみが、大量の血をぶちまけてそこに転がっていた。

 助手たちの全身を、ぞわぞわと悪寒が這い上がった。

 これは、死んでいるこいつだけの問題ではない。こいつがこうなっているということは、こうした何者かがいるということだ。

「周囲を警戒!早く、通路に火を灯せ!」

 しかし、全ては遅かった。


「うぐっ……!」

 突然、一人が呻き声を上げて身をかがめた。

 ほぼ同時に他の助手が通路の明りをつけ、苦痛に顔を歪める一人の足下を照らし出す。それを見た途端、助手たちは絶句した。

「ひっ……!!」

 苦しむ一人の足首に、何かが噛みついていた。白く濁った目を開き、血塗れの歯を仲間の足に立てるのは、紛れもなく人食い死体。

 そいつには、下半身がなかった。

 だから、他の助手が周囲を警戒して見回しても、位置が低すぎて発見できなかった。

 だから、這いずっていてちょうど目の前にあった足首に噛みついた。

 脳のある上半身と切り離されていたのだから、人食い死体となっても下半身が動くことはなかった。

 周囲を警戒する時にまず自分たちの足下から順に遠くを見るようにすれば、真っ先に発見できただろうが……交代の助手たちは疲労しているうえに衝撃的な物を見て気が動転していたため、つい反射的に高い目線で遠くを見てしまった。

「ぐっ……があっ……早く、とどめを!」

 絞り出すように言った一人の言葉に、全員がやるべきことに気づく。

 この上半身だけの人食い死体にとどめを刺し、噛まれている方も人間であるうちに終わらせてやる。

 他の者は、すぐ実行しようとした。

 だが、できなかった。

「ぐえっ!?」

 新たにもう一人、悲鳴を上げる。

 見れば、最も暗がり近くにいた一人がもう一体の人食い死体に掴みかかられ、肩に噛みつかれていた。

 全員がしばらく上半身だけの人食い死体に集中してしまい、接近を許していたのだ。

 それにとどめを刺そうと駆け寄る二人めがけて、今度は横から戸が外れて倒れかかってくる。

「わあっ何……ひいいっ!!」

 外れた戸の内側には、またも目を白く濁らせた助手が立っていた。腹を破られて腸をこぼし、肋骨を露出させている。

 そいつは戸板の下敷きになった二人に戸板ごとのしかかり、戸板からはみ出ている頭にかじりつこうとする。

「た、助けてくれ!」

「今行く!」

 最初の上半身だけの人食い死体にとどめを刺した一人が、今や唯一自由に動ける交代の助手が、助けに向かおうとする。

 が、そこにさらに横から抱き付く者がいた。

 ここにいる唯一の女、女の検体だ。

 彼女の目は白く濁り、全身は血を樽でぶちまけられたように真っ赤に染まっていた。既に、何人をその牙にかけたのか。

「しまっ……!」

 不意を突かれた助手は、すぐに牙にかかった何人目かになった。

 そう、ここに人食い死体は四体いたのだ。行方不明になった助手三人と、彼らを食い殺した女の検体。

 探索の指針にある行方不明者の倍の人数とは、想定される人食い死体の数の倍という意味であった。

 つまり、足りていなかったのだ。

 危険な場所で安否が分からないのは女の検体もなのだから、彼女を入れた倍の人数……八人以上が指針に正しく従った数だ。

 しかし、対応した助手たちは疲れて判断力が鈍っていたため、短絡的にいなくなった助手の数だけで判断してしまった。

 その結果、交代の助手五人はあっという間に噛まれて傷を負っていく。

 残ったのは、元からの離宮番ただ一人。

「う、うわっ……こんなの、無理だああぁ!!」

 もはやどうすることもできず、そいつは先輩を見捨てて一人逃げ出すしかなかった。

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