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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十三章 感染拡大
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(113)

 何か異常があった時、下っ端が取る行動によってその後の深刻さが変わってきます。

 それも、放置すれば命が危ない場合などは。

 しかし、見に行く側にも命の危険があるためそこはジレンマです。


 また、異常に対応する能力の低下は隔離区画の実働部隊の側にも……生きた人間だもの、過労には勝てないよ。

「おい、今何か聞こえなかったか?」

 残っていた助手のうち、一人が言った。

 もう一人は顔をしかめながら、女の検体の部屋の方を見た。こちらはかまどのすぐ側にいたため、火の爆ぜる音でよく聞こえなかったのだ。

「何かって、どんな?」

「その……悲鳴、だったような……」

 二人は、青ざめた顔を見合わせた。

「どういうことだよ……やっぱ、何かヤバいことがあったのか?」

「分からん……けど、放っといたらまずいだろ。何かあったなら、何とかしないとこっちまで危ないかもしれないし……」

「じゃあ、俺らだけで身に行くのかよ?

 危険すぎるだろ!」

 何かあったのではないかと、非常に嫌な感じはする。

 しかし、自分たちが見にいくのはためらわれた。

 さっき行ったのは二人、二人で行っても対応できない何かがあったかもしれない。だとすれば、ここで自分たちが二人で行っても対応できない可能性が高い。

「上の奴らに、報告して助けてもらうか?」

「でも、そうしたら……何でこんなになるまで放っといたんだって、そこは俺らの責任になるぞ。どんなお咎めが下るか分からん。

 それにもし何もなかったら、この忙しい時にってますます怒りを買う」

 上に助けを求めるにも、自分たちの地位と安泰と引き換えだ。報告して事態が解決しても、自分たちの身は危うくなる。

 一人が、ごくりと唾を飲んで言った。

「まだ、何かあったと決まった訳じゃない。

 もう少し、あいつらが帰ってくるのを待ってみよう。

 それに、俺らには今やることがあるじゃないか。まずそれをきっちり済ませて、それでもあいつらが戻らなかったらその時考えよう」

 もう一人も、引きつった顔でうなずいた。

「そうだな、とりあえずやれって言われた仕事だけはきっちりこなそう。そっちに手を取られてたって言えば、怠慢にゃならんだろ」

 二人は、とてつもなく臆病な判断を下した。

 起こりつつある異常からひとまず目を逸らし、目の前の仕事に没頭する。この仕事があるから仕方ないと、言い訳して。

 二人は懸命に死刑囚用の飯を作り、食わせた。本来五人でやるはずの作業を二人でやるので、当然時間はどんどん過ぎていく。

 それでも、戻ってくる者はいない。

 昨日女の検体の部屋に向かった一人も、今朝行った二人も。

 残った二人はビクビクして聞き耳を立てながら、一心に目の前の作業を続けた。逃げたい欲求に、忠実に従って。

 この判断は、二人の命を少しだけ長らえさせた。

 近づかなければ襲ってこない災いに対して、近寄らないで逃げるという手は、己の身を守るうえでは有効だ。

 ただし、それで災いが消える訳ではない。

 暗闇に潜む災厄と対峙しなければならない時は、刻々と迫っていた。


 昼過ぎ頃、徐福は研究の幹部たちを集めて対策会議を開いていた。

 そこにはいつも地上で働いている盧生と侯生、そして工作部隊の長である尉繚の姿があった。

 盧生と侯生は心配そうな、尉繚は険しい顔で徐福を見ている。

「……で、これで二度おまえの築いた体制が破れた訳だ。

 一度ならず二度、一歩間違えば人食い死体が外に放たれていたかもしれん。そうなれば国は破滅していた。

 その危険を防げなかったことに、何か言うことはあるか」

 尉繚は、責めるように徐福を問い詰める。

 あくまで国を守る立場の尉繚にとって、今回の事件はかなり際どいものだった。

 本来人食い死体が出てはならないところで、人食い死体が出た。そのうえ、表面上傷がなく経路が分からない感染者が出た。

 これは、徐福の築いた体制で感染を制御できていない証だ。

 今回は感染が地下に留まっていたので現状封じ込めることができているが、気づかぬうちに地上まで広がっていたら手が付けられなくなるところだった。

 いつかそういう事が起きるのではないか……尉繚は、そう危惧していた。

 徐福も、それに言い訳する気はなかった。

「穴はあった。それは認めざるを得ん。

 我々は病毒の全てを知っている訳ではない。

 だが、だからこそさらに研究を進めて多くを知らねばならん。そうすれば、今見えていない穴を塞ぐことができるようになる」

 だが、尉繚の目は剣呑なままだった。

「塞ぐまでに、新たな大事故が起こらねば良いがな。

 そんなまどろっこしくて時間のかかる方法よりも、全てを焼き捨てて埋めてしまった方がよほど安全であろうに」

「我らのこれまでの研究を、全て無に帰すと?」

 尉繚の歯に衣着せぬ言い方に、今度は侯生が眉間に青筋を立てて言い募る。

 徐福たちにとって、これは自らの人生を懸けた何よりも大切な研究だ。実際、研究は今や彼らの人生そのものだ。

 封じ込められる事故のためにそれを残らず捨てるなど、できるはずもない。

 盧生も、うんざりしたように言う。

「事故は地上に漏れていないが、この研究のための動きはもうとっくに地上に出て、多くの人を動かしてるんだよ。

 莫大な金がつぎ込まれ、ここで研究を進めるための支援体制が作られて、何よりここは偉大なる陛下の墓予定地だ。

 研究を潰すということは、その全てを潰すこと。

 関わってきた全ての者が支払ったものを、全て無駄にさせると?」

「それが、国を守る唯一の手段であるならば」

 周囲が何を言おうとも、尉繚はぶれない。

 その対立を不毛と判断し、徐福が強引に打ち切った。

「心配は分かった。確かに我々は危険を全てなくすことはできない。だが、それは死を打ち破るという成果を得るために避けられぬものだ。

 それが分かっているから、我々もできる限り安全に気を配っている。今も今回の事故の原因を探り次を防ぐため、皆に働いてもらっている。

 尉繚よ、おぬしも危険を除きたくば我々にもっと手を貸すことだ」

 徐福にこう言われると、尉繚は逆らえない。

 尉繚と工作部隊は既に徐福の配下にされてしまったのだ。徐福が方針を決めたなら、皇帝の命令の下従わねばならない。

 しぶしぶ押し黙った尉繚を横目に、徐福は盧生と侯生に指示を出す。

「おまえたち二人にも、危険を封じ込めるために存分に力を振るってもらうぞ。

 今回の件は人食い死体こそいなくなったが、完全に終わったかはまだ分からん。ゆえに、夜間も離宮からの出口付近を衛兵に見張らせておけ。

 通行証を持たずに出て来た者は全て斬首するよう徹底しろ」

「は、お任せください」

「すぐ手配いたします!」

 盧生と侯生は忠実にうなずき、その指令を実行すべく退出していった。二人は地上の工事現場の監督として、外から穴を塞ぐのだ。

 それから徐福は、石生にも尋ねた。

「娼姫たちの尋問は、どうなっている?」

「は……あまり芳しくありません。どの娼姫にどのように尋問しても、男の検体と体の関係はないとの一点張りで……。

 証拠を突きつけるのと見せしめのために一人殺してみせましたが、怯えて泣き叫ぶばかりで……殺した者が起き上がるのにもまだ時間がかかるようで……」

 娼姫たちの感染経路の解明の方は、うまくいっていない。

 このままでは、分かっていない危険が残りっ放しになってしまう。

 徐福は、ここぞとばかりに射繚に声をかける。

「ううむ、我々は尋問に関しては素人だからな。このような時こそ……工作部隊の専門家の力を借りようではないか。

 尉繚よ、できるだけ早く工作部隊の尋問の専門家を連れてきてくれ。

 こちらの感染経路を解明できれば、おぬしの懸念する穴が一つ塞がるのだ」

 尉繚はぶすっとしていたが、その任務は承諾した。

「分かった、そのような事なら手練れた者がいる。

 しかし……我々の力をもってしても、全てが分かるとは限らぬぞ。

 そもそも、娼姫が気づかぬだけでこれまで分かっている感染経路の可能性もある。例えば、男の検体が娼姫たちの食べ物飲み水にこっそり体液を混ぜたとか。

 女に執着していたのだろう?死にそうな女に情交を強いるほどだ、そういう変態行為の可能性はあるぞ」

「それが一番いい答えだな。不明な穴はなかったことになる。

 とはいえ、現状何が正解かは分からん。

 ならば危険な方の可能性を考え、それについてできる限り調べておくのが最善だ。おまえも、そう思うだろう?」

 尉繚は、少し間を置いて答えた。

「ああ、もちろんだ」

 尉繚は研究自体に乗り気でない。

 だがどうしても研究を続けなければならないなら、できる限りの安全策を取ろうとは思う。そこは、徐福と同じ考えだ。

 すき好んで、部外者を危険に晒そうとは思わなかった。


 会議が済むと、徐福はふっと一息ついて肩の力を抜いた。

「……もう、こんな時間か。

 さすがに働きどおしで疲れたな。皆も疲れているだろう。

 やることも一段落したし、これ以上働かせ続けても能率が落ちるばかりだ。ここでひとまず、皆に休息を取らせるとしよう!」

 石生が、ホッとしてその指示を皆に伝えに行く。

 この指示は、今や皆が待ち望んでいた。昨日の朝感染事件が判明してから、上から下までずっと働き詰めだったのだ。

 ようやく下された休息指令に、実験区画の空気が急速に緩んでいく。

 そんな中、離宮への通路を進む一団があった。

「あー疲れた。ようやく休息だってのに、次は離宮で仕事かよ」

「まあいいだろ、離宮の仕事なんてそんな重要なもんじゃねえし。むしろこっちの方が長いこと休めるかもよ」

 それは、離宮の番を交代しに行く助手の一団だった。

 彼らはもちろん、今離宮で問題が起こっていることを知らない。

 疲れ切ってまどろみ始めた実験区画につながる、災厄の扉が開かれようとしていた。

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