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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十三章 感染拡大
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 ようやくゾンビパニックらしくなってきました。

 噛み合わぬ歯車はさらに周りを巻きこみ、それに気づかぬ対応が傷口を広げます。


 それに、たとえまだ見えていない真実の欠片が見えても、目の前で大変な事件が起こっている状況でそれに気づくのは難しいですね。

「何ぃ、どういうことだ!?」

 いつもはのどかな離宮に、徐福の怒号が響く。

 連日実験で忙しかった徐福は、今朝信じがたい報告を受けたのだ。


 曰く、離宮で人食い死体が出たと。


 地下離宮には、実験区画で扱っている人食い死体の病毒が入らないように細心の注意を払っているはずだ。

 自然発生してしまう可能性はわずかにあるが、人食い死体になったのはその材料たる尸解の血を持たない歌妓だった。

 これはおかしい。一体何が起こったというのか。

 とにかく、徐福は現場にかけつけて状況を聞き出した。

 すると、原因と思しき流れが見えてきた。

「何、男の検体が歌妓に情交を強いていたと!?

 歌妓はだいぶ体調が悪かったろうに、無体なことを……。ん、待てよ。すると歌妓が人食い死体になったのは……!」

 徐福は、歌妓と男の関係から一つの仮説を導きだした。

 男が目に見える症状は乏しくても肝の病にかかっており、持ち込まれた天然痘により人食いの病を発した。

 しかし、男が発症する前に無理な情交によって歌妓にうつし、肝の病で体力が落ちていた歌妓の方が先に発症してしまった。抵抗する歌妓を無理に組み敷いたなら、そこでお互いの小さな出血から感染することもあるだろう。

 この流れが、現状に照らして一番有り得ると思われた。

「……やはり、歌妓を外に出したのは失敗だったか。

 どちらにせよ人食いの病が出たということは、人知れず天然痘が持ち込まれたということだ」

 徐福は、落胆して呟いた。

 もちろん、そうならないように対策はしていたつもりだ。

 離宮で働かせる者や安息起に侍らせる娼姫は皆、既に天然痘を済ませた者に限っている。ここで天然痘が広がるのを防ぐためだ。

 しかし、それでも防げない経路はある。

 それは、物を介した感染……天然痘の病毒は患者の持ち物に長く残っており、それに触れて天然痘にかかることがある。

 この場合、物が天然痘に汚染されているかどうかは見た目で分からない。できるだけ出所のはっきりした物を入れるようにはしているが、全ての物の出所が分かる訳ではないし伝えられた出所が本当だという保証もない。

 特に、個人が外出して私物として持ち込んだようなものは……。

「では、ここに既に天然痘の病毒があると?」

「ああ、おそらく前の外出で歌妓が持ち込んだのだろう。

 だがあいつ自身には痘痕があったから、かからなかった。しかしその持ち物に触れた男がかかってしまったと。

 ……全く、運の悪い話だ」

 口ではそう言ったが、徐福はこれも安全管理の限界かと思っていた。

 感染した人の侵入は防げても、汚染された物の侵入を防ぐことはできない。対策といっても、その確率を下げるだけだ。

 塞げない穴の存在を、改めて思い知らされた。

 とはいえ、今やるべきことはその議論ではない。

 徐福は、助手たちを集めて指示を出す。

「ともかく、人食いの病毒による汚染を何とかせねばならん。

 歌妓と男の検体の持ち物を全て焼き、生活していた場所に熱湯をまいて消毒しろ!血肉の汚れが落ちなければ、壁や床を張り替えても構わん」

 幸い、人食いの病毒は天然痘ほど強いものではないと分かっている。

 人食いの病毒にどのくらい感染性があるか、どのように処理すれば失活するかは初期からかなり調べた。

 結果、感染者の体液が相手の傷口に入らなければほぼ感染せず、乾燥や熱、真水で洗うだけでも容易に失活すると分かった。

 これなら、取り除くのはさほど困難ではない。

 血や体液の湿った汚れを除けば、感染の恐れはなくなる。

「環境についてはそれで良い。

 問題は……人だ。離宮にいる他の者が感染していないか、確認せねばならん。蓬莱出身でない者全員に、すぐ検査を!」

「安息起と女の検体は、よろしいので?」

 助手の一人が首を傾げると、徐福は渋面で答えた。

「あいつらは、検査しても意味がない。

 仙黄草は、尸解の血と人食いの病毒に同じ反応を示す。あいつらは尸解の血を持っているから、人食いの病毒を持っているか分からぬのだ」

 そう、尸解の民は検査薬の性質上、人食いの病毒を検査できない。

 これもまた男の検体での病毒発生を見逃してしまった原因だと、徐福は考えていた。症状が出ないうちに、検査で見つけることができないのだ。

「病毒が自然発生し得るところの検査ができないのは、安全上問題だ。どうにか検査する方法が見つかればいいが……。

 だが、自然発生には三つの病が必要。

 歌妓と交わっていない他の二人は、現状安全のはずだが……」

 徐福の言葉に、石生も心配そうに呟く。

「肝の病にかかっていなければ、ひとまず安心ですね。

 ただ万全を期すためには、定期的に肝の病にかかっていないか検診したいところですが……お二人とも、だいぶ酒で肝を悪くしておられる。

 こちらも、病との区別が難しゅうございますね」

「ああ、こんなことなら酒を取り上げておけば良かった。

 とはいえ酒なしでここに閉じ込めると、別の問題が生じそうだが……」

 どうやっても、完璧な安全など得られない。技術と手段の限界、あちらを立てればこちらが立たず、まるでモグラたたきだ。

 それでも、ここで研究を止めることは考えない。

 ここまで大きな問題は起きていないし、今回も今のところ被害は軽微だ。それに問題が起きるたびに、原因を究明してできる限り対策を講じている。

 危険は少なくなってきているはずだ。

 ならば、ようやく道が見えてきた今諦めることはない。

 だから今は、これからの安全のためにやるべきことをやるのみ。

「とにかく、今は他に感染者がいないかの洗い出しが急務だ。

 自然発生の可能性は非常に低いが、感染している奴の発症は絶対だ。人手が限られている以上、検査を優先せよ」

 大きな危険からできるだけ早く潰していく、この方法は正しい。

 それが一番確実に危険を減らすやり方なのだから。

「ところで、女の検体が放っておいたら死にそうですが……」

「放っておけ、今は非常時だ。やることが多すぎる。

 あれはいなくなっても困ることはないし、死んだとしても自業自得だ。むしろ死んでくれた方が、監視が必要な奴が減って助かる」

 この判断で、徐福は女の検体を切り捨てた。

 今の非常時に対応するための、合理的で自信のある判断だ。

 徐福の仮説が正しければ、これで間違いないはずだった。


 ……その見捨てられた女の体で、異変は進行していた。

(はぁ……寒い、苦しい……何なのこれ……?)

 女の検体は酒による肝障害で、何度も苦しんでいた。しかし今は、これまでにない症状が彼女を襲っていた。

 体の芯から、凍り付くような冷え。

 生きながら物と同じになるような恐怖が、彼女を苛んだ。

 汚れきった布団にもぐって身を縮めても、重くて仕方ない体を必死で動かしてみても、まるで良くならない。

 しかし、時々見に来る助手はそれに気づかない。

 彼女が肝を壊して苦痛でうずくまっているのも吐くのも、よくあること。苦しみ悶えたり意識がもうろうとして暴れたりしたことも、何度かある。

 せめて体を触れば気づいたかもしれないが……助手たちは他のことに気を取られ、もうそんなことはしてくれない。

 女の検体は憎んだ女と同じように、誰にも気づかれず変容していった。


 そのうえ数時間後にはとんでもないことが起こり、女の検体のことなど皆の頭の中から吹っ飛んでしまった。

「キャーッ!何するの!?」

「黙れ、おまえたちはここにいてはならんのだ!」

 安息起に侍っていた五人の娼姫たちが、次々と引っ立てられて隔離区画に引きずり込まれていく。

「くっ……やはり感染が広がっていたか」

 悔しそうに呟く徐福の前には、十五個の検査用の小皿。そこに入れられた仙黄草液は、全て鮮やかな紅に染まっていた。

「五人全員、三回ずつ検査しましたがこの有様です。

 徐福様、ご指示を!」

 検査した娼姫たちが、全員感染反応を示したのだ。

 男の検体とそれほど接点がなく、重要人物である安息起の側に置いていただけに、この衝撃は大きかった。

 しかも彼女たちの体には感染経路となりそうな傷がなかった。男の検体と交わった事も、全員がないと言いきった。

 この不可解な状況に徐福は少しうろたえたが、すぐに対策を指示した。

「全員を独房に拘束し、感染の原因が分かるようできるだけ話を聞き出せ!多少手荒な手段を使っても構わん!

 それから……安息起も同じように拘束しろ。奴も感染の可能性が高い!」

 助手たちはすぐそれに従い、娼姫たちと安息起を隔離し、尋問を始めた。

 徐福としては、これが最善だと思っていた。次から次へと起こる異変に、最善を尽くして対処しているつもりでいた。


 ……しかし、それはあくまで徐福の仮説が完全に正しかった場合。

 この不可解な現象の裏には、徐福の知らぬ理がいくつもうごめいていた。

 不完全な仮説に従って奔走する研究員たちの視界の外で、さらなる災いが布団の中で目を覚ましつつあった。

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