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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十二章 想定外
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 ゾンビ警報!エロ美しい女のゾンビはゾンビ映画の醍醐味の一つだ!

 そして、無茶をやった男には因果応報が。ゾンビ映画では悪いことをするとだいたいゾンビ的に跳ね返ってきますね。


 前回エロくしたら、ブクマが一件増えていました。

 やっぱりエロがいいのか?思えば私の作品にはエロが足りてない……。デッド・サンライズのエレンちゃんとか、袁紹的悪夢行の痴話喧嘩(VS嫁)回くらいか。

 この作品には、そもそも女がほとんど登場しないせいもあるんですけどね。

 バタバタと、小気味良い足音が響く。

 人が動き出したその音と漂ってくる料理の匂いで、男は目覚めた。

(ん……朝、か……?)

 周囲はまだ暗い。というか、地下離宮は日の光が届かないため、明かりをつけなければいつでも暗いのだ。

 それでも時刻が分かるのは、人がそれに合わせて生活するからだ。

 月日の見えない地下離宮でも、一応外の時刻に合わせて生活している。

 朝になるとまず安息起の世話をする娼姫たちが起きてきて、朝食を作り始める。それが、地下離宮で一日が始まる合図だ。

 男はまだぼんやりした頭で昨日の事を考え……はっと飛び起きた。

「いけねえ、寝ちまったのか!?

 一晩中抱いてやろうと思ったのに……!」

 そうだ、昨日は歌妓を孕ませようとここに来たんだ。夜が明けるまで温めてやるつもりが、いつの間にか力尽きて眠ってしまったらしい。

「……どうだ、孕んだか?」

 昨夜の熱い時間を思い出しながら、男の検体は歌妓の腹に手をやる。

 しばらく撫で回して、異常に気づいた。

「あ、あれ……おい、おまえ……」

 歌妓の体からは、一切の動きを感じられなかった。眠っていても生きてる限り続くはずの、最低限の動きすらも。


 歌妓は、息をしていなかった。


 男の検体は、ぞっとして身を起こした。

「おい、嘘だろ……温めてやったのに……」

 信じられなくて、ためらった末にどうにか勇気を出して、口と鼻に手をかざしてみる。空気の流れは、ない。

 認めたくなくて、それでも希望にすがりつきたくて、歌妓の胸に耳を押し当ててみる。鼓動は、聞こえない。

 男の下にあるのは、ただ男の体温をもらってぬるいだけの亡骸だった。

「そんな、どうしてだよぉ!」

 みるみる男の目から涙があふれ、物言わぬ歌妓に降り注ぐ。

 悔しかった。悲しかった。あと少しで、自分たちは夫婦になってずっと結ばれるはずだったのに。何者にも引き裂かれぬ絆を手にするはずだったのに。

 そのために、徐福たちから守ってやろうとしたのに……。

(や、やっぱり……あいつらに任せた方が、良かったのか?)

 一人よがりな妄想であれほど徐福たちを憎んでいたのに、いざこうなってしまうと助けを求めていればと思ってしまう。

 一時の別れを耐え忍んで歌妓の治療を任せていれば、助かったかもしれないと。

 事実徐福たちには医薬の専門家が揃っていて、男の検体は本当に何の力も学もない一人にすぎないのだ。

 男は今さらになってそれに気づき、後悔した。

 そしてもう一つ、思い出した。

 昨日助手たちに、これ以上歌妓に手を出すようなら命はないと脅されたことを。

「しまった……こんなの見られたら、俺は……!」

 全裸で一つの床に入っている、男と歌妓。歌妓の下半身についた、男の体液。その状態で死んでいる、歌妓。

 どう見ても、言い逃れできる状況ではない。

 あまつさえ、歌妓は男より大事だと言われていたのだ。こんなところを助手たちに見つかったら……確実に、殺される。

「い、嫌だ、死にたくねえ!

 せっかく、あの地獄の島から出ていい暮らしができるようになったのに!」

 男の目から、さっきとは違う意味の涙があふれた。

 もっとも、そうなること自体が男が歌妓を都合のいい所有物として見ていた証拠である。潔く歌妓とともに死のうとは、ならなかったのだ。

 自分だけは死にたくない、今の暮らしを失いたくないと、男は慌てふためく。

 そこに、複数の足音と声が聞こえてきた。

「おい、邪魔をするぞ!」

「歌妓殿、集中治療のためにお迎えに上がりました」

 助手と工作部隊の医師薬師たちが、歌妓を連れ出しに来たのだ。すぐにでも、ここに踏み込んでくるだろう。

 男はもうどうしていいか分からなかったが、とにかく寝床を飛び出した。

 その時、歌妓の首がごそりとこちらを向いたことになど、気づかなかった。


 歌妓の寝室の前まで来て、助手たちはあからさまに顔をしかめた。

 男の検体が、戸の前に立ちはだかって通せんぼしている。そのうえ、男はくしゃくしゃに乱れた夜着一枚だ。

 男は尋常でなくカチカチに引きつった顔で、助手たちに言う。

「あいつは疲れてまだ寝てるんだ、今はそっとしといてくれよ」

 それを聞いて、助手たちはますます憎々し気に顔を歪める。

 さんざん歌妓に余計なちょっかいを出して休ませず弱らせたくせに、一体どの口がそんなことを言うのか。

 助手たちは取り合わず、威圧するように迫る。

「安心しろ、我々は治療のために来たのだ。

 歌妓のことを思うなら、素直に診せたまえ。もし拒否するなら……」

 助手たちはそう言って、腰につけた小刀をちらつかせる。

 男の検体は真っ青になって、じりじりと後ずさった。このまま抵抗すれば死、さりとて歌妓を診せても死だ。

 それでも目の前の刃からは逃れたくて、戸を開けて寝室の中まで後ずさってしまう。

 中を目にした途端、助手たちが目を見開いて叫んだ。

「貴様ぁ、やはり手を出したな!!」

 はっと後ろを振り向けば、そこには一糸まとわぬ姿の歌妓が立っていた。

 足下のぐしゃぐしゃに乱れた寝床、その下半身にまとわりつく男の体液を見れば……歌妓の身に何があったかは一目で分かる。

 しかし、男にとってはそれよりもずっと嬉しいことがあった。

「な、何だおまえ……生きてたのか!

 脅かすなよ……」

「おい、生きてたとはどういう事だ!?」

 詰め寄ってくる助手の手をどうにかかわし、男は歌妓を盾にするように体を密着させる。そして、鼻の下を伸ばしながら甘ったるくささやいた。

「なあ、おまえも俺と別れたくないだろ?

 だからほら、あいつらに言ってやってくれよ。俺らは夫婦になったんだって。おまえも、立てるくらい元気になったから大丈夫だって」

 助手たちは呆れて引き離そうとしたが、その前に歌妓が男の体に腕を絡ませた。

「おっ、ほらやっぱり離れたくないんだ!」

 ニヤニヤと笑う男の顔に、歌妓はぐっと顔を近づける。男もこのまま見せつけてやれとばかりに、歌妓に唇を差し出す。


 だが、次の瞬間、歌妓の白い歯が男の唇に食い込んだ。


「ふ、ふむっ……ム、モォオオーッ!!?」

 あっけにとられた男の唇に当てられた歯に、みるみる力がこもり……歯が肉を破って上下の唇そのものを噛みちぎる。

「ムァアアアーッ!!!」

 血のしたたる口を手で押さえ、叫びながら転がる男。同時に、男に抱きついていた歌妓も転げて男にのしかかる。

 男は鼻水と涙と血で顔をぐしゃぐしゃにして、必死で許しを請う。

「ひぃっ……悪がった、そんなに、嫌だっだなら……もう、じねえからぁ……!」

 身勝手に手のひらを返した男の顔を、歌妓がのぞきこむ。

 顔に垂れた髪の下からのぞいた目は、死んだ魚のように白く濁っていた。

「ひゃっ……!」

 圧倒的な恐怖に縛られて、男はついに悲鳴を上げる声帯すら凍り付く。どうしてこんな事になっているのか、頭の中を思い出が巡るばかりで体は動かせない。

 美しくもおぞましい死者の顔が、再び血塗れの口をがばっと開いて男に迫る。

(恨んでやる……呪って……やる……)

 今の今まで忘れていた、昨夜床で聞いた歌妓の声が蘇る。

 そうだ、確かに歌妓は自分に向かってそう言った。それほどに嫌だったのか、そんなに体調が切羽詰っていたのか。

 だが、自分はそれでも己の欲を優先して歌妓を殺してしまった。

 その報いが、これか。

 動けない男の顔に、再び歌妓が歯を立てる。そして、頭の中で数えきれないほどやめろと叫ぶ男の頬に食いつき、肉と皮を引きちぎった。

 昨夜、男が歌妓に無理矢理営みを強いたように。

 昨夜の歌妓もこんな気持ちだったのかと今さらながら思いつつ、男は意識を手放した。


 それからしばらく、歌妓は男の顔をぐちゃぐちゃと漁っていた。

 押し入ってきた助手と医師薬師たちは、遠巻きに息を殺してそれを見ていた。下手に近づくとまずいかもしれないと、最悪の可能性に思い当たったからだ。

 一方、肝の病が悪化して狂っているだけの可能性も捨てきれなかった。

 どのみち男は処分する予定だったのだから、歌妓が生きているか分かるまで下手に手を出さない方がいいと判断したのだ。

 その歌妓が、不意に助手たちに気づいて顔を上げた。

 鮮血で真っ赤に染まった顔の中、目は白く濁っていた。

「……だめだ、死んでいる。処理を」

 助手たちが素早く襟巻で鼻と口を覆い、小刀を抜いて歌妓に駆け寄る。そして二人の力で床に押し付け、目を貫いて頭の中に刃を突きたてる。

 その一撃で、歌妓の体から力が抜けた。

 それから顔を食われて瀕死の男にも、とどめを刺した。


 血塗れの部屋、二人分の死体を前にして、助手たちは青ざめたまま呆然としていた。

「何で……こんな所に人食い死体が出るんだよ?」

 そう、ここでは人食い死体は発生してはいけないのだ。この離宮には、隔離区画にはびこる病毒が入ってこられないはずなのだ。

 それなのに、目の前のこの惨状はどうだ。

 何か自分たちに見えない力が働いているのではないかと、勘ぐらずにいられなかった。

 しかし、それが何であるかは想像もつかなくて……。

 助手たちはただ、怯えながら徐福の到着を待つしかなかった。

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