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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十二章 想定外
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 地下離宮で暮らしている、生き残りの検体たちの人間模様。

 今まで詳しく書かれていなかった者にスポットライトが当たったら、トラブルに巻き込まれるフラグですね。


 そして、徐福の蓬莱出身者に対する姿勢の変化も。

 関心を失っている時にこそ、注意がおろそかになって危険なのです。

「何だと、冗談じゃないぞ!!」

 明るくのどなか地下離宮に、男の怒号が響く。

 片方の目があさっての方を向いた弱弱しい男が、徐福に掴みかかっている。蓬莱から検体として連れて来られた男の、唯一の生き残りだ。

 怒っているのは、女のことだ。

「あの歌妓に他の男の相手をさせるとは、どういうことだ!

 あいつは、俺たちに与えられたんじゃないのか!?」

 男は口から泡を飛ばして、徐福に喚きたてる。

 島から連れて来られてこんな地下に押し込められて、唯一の楽しみとして与えられた美しい歌妓。共用していた仲間が死んだおかげで、自分一人のものになったと思ったのに。

 その歌妓が、また別の男の相手をさせられるというのだ。

 もうその歌妓を妻のように思っている男にとっては、怒り心頭である。

 しかし、徐福は全く悪びれずに言う。

「ああそうだ、あいつに仕事としておまえたちの相手をさせていた。だが、その相手をおまえたちに限った覚えはないぞ。

 あいつには新しい仕事ができた、それだけの話だ」

「だ、だからって……俺は、あいつを好きでこんなに大事にしてるのに……!

 こんな地の底に閉じ込められて、ただ生かされるだけで……あの女だけが幸せにしてくれるのに!!」

 男が泣いて怒っても、徐福は取り合わない。

「そんな事を言われてもなァ……仕事は仕事なんだ。

 それに、あの女をおまえが大事にしているとは言うが……おまえは、あいつに何を与えてやれる?寝床も食事も自分で手に入れられず我々に頼るしかないおまえに、あいつを養ったり満たしてやったりできるのか?

 そもそも、あの女を雇っているのは我々なのだから、仕事も我々が決めるのだ」

 どんなに痛々しい顔をされても怖い顔をされても襟首を掴まれても、徐福が動じることはない。

 なぜなら、自分の優位を確信しているから。

 徐福はこの男が生きていくのに必要な衣食住全てを握っている。徐福の判断一つで、この男など簡単に潰せるのだ。

 そんな奴がいくらすごんでも、滑稽なだけだ。

「……で、俺が断ったらおまえはどうするんだ?

 その不自由で病弱な体で、ここから出て生きていけると?自分で日銭を稼いで、大陸に渦巻く病邪を避けて暮らしていけると?

 可能なら、ぜひ見せてもらいたいもんだ!」

 無理だと分かっているからこその、この言葉。

 男は答えに詰まり、うつ向いて肩を震わせるしかなかった。

 徐福は自分の襟首を掴んでいたその男の手を、あっさり外してしまう。男は手が白むほど握りしめていたのに、数々の冒険で鍛えられた徐福の力の前では無力だ。

 立場でも力でも勝てない。どうしようもなかった。

「畜生……畜生……」

 引き下がるしかないみじめな男を、隣の部屋からのぞいていた女が笑う。

「アハハハッ無様だねえ!

 ただの商売女にあんなに夢中になって有頂天になってさぁ。

 アンタだってあの女が来てから、アタシがどんなに言い寄っても冷たく振り払ってきたのに。今同じ目に遭って、きっと罰が当たったんだ!」

 女は馬鹿にするように、酒臭い息を男に向かって吹きかけた。

 この女も、蓬莱から連れて来られた検体だ。ここに来る時仲間が天然痘にかかったせいで、来て早々に唯一の女になってしまった。

 が、彼女が男たちからチヤホヤされたのも束の間のこと。

 例の歌妓が男たちに与えられるや否や、男たちはそちらに夢中になって彼女のことなど見向きもしなくなった。その結果彼女は酒浸りになり、体を壊して今に至る。

 女は、そのことを引き合いに出して今の男の状況を皮肉っているのだ。

 だが、それを素直に受け入れる男ではない。

「うるせえ!!あいつはそんなんじゃねえ、きっとあいつも俺の事を……!」

 あっという間に検体同士で一触即発の雰囲気になる。

 だが、徐福が止める様子はない。ただ見世物を見るようにニヤニヤと笑いながら、成り行きに任せている。

 しかし、その二人がお互い手を出す前に、気だるい女の声が響いた。

「ただいまぁ~」

 入ってきたのは、肌にシミがあるものの顔の造りは美しい女……まさに今争いの種となっていた歌妓だ。

「あっ、おまえ!」

 すぐに男の目の色が変わり、歌妓の方に向く。

 男は吸い寄せられるように歌妓に駆け寄り、その手を握って熱く声をかける。

「なあ、おまえは他の男の相手なんかしないよな?ずっと俺のところにいてくれるよな?あんなに愛し合った仲だもんな?

 嫌な仕事は、断ったっていいんだぞ!」

 一方的にまくしたてる男に、歌妓はわずかに眉をひそめる。

 しかし、さすがに元々多くの客を相手にしてきた歌妓である。面と向かって男の機嫌を損ねるようなことは言わない。

 歌妓は困ったような顔をして、男に言う。

「いきなり仕事の話はやめておくれよ。……今は、外を歩きすぎて疲れてるんだ。

 ちょっと、静かに休ませてくれるかい」

 そう言って、ぐったりと男にもたれかかる。それを自分への好意と勘違いしたのか、男はすぐ気をよくして鼻の下を伸ばした。

 歌妓は、少しかすれた声で徐福にも言う。

「ねえ、新しい仕事のことは元気になってからにしておくれよ。

 今はこれ以上疲れるのは勘弁して……」

「分かった、ゆっくり休んで体調を整えるといい」

 徐福は、あっさりうなずいた。

 歌妓が疲れやすいのは、徐福もよく知っている。徐福の必要としている病を持っているせいなのだから、当たり前だ。

 それに、徐福にも歌妓の意図は分かる。

 本当に疲れていることにかこつけて、男に看病させて自尊心を満たしてやるつもりだろう。そして何より、この場を穏便に収める。

 歌妓は、新しい仕事を受けないとは一言も言っていない。別のことで気を引いてはぐらかし、男に意識させない形で仕事は受ける気だ。

 ここは、商売に慣れた女の手管である。

 しかし、蓬莱出身でそういった機微に疎い検体二人は気づかない。男はすっかりほくほく顔で、女は鬼のような顔でわなわなと震えている。

 それでも、一応は衝突なく収まった。

 徐福は歌妓の手管に感心しつつ、その場を後にした。


 徐福が研究管理のための記録室に入ると、石生が声をかけてきた。

「蓬莱出身の検体は、守らなくてよろしかったので?」

 おそらく、さっきのことを言っているのだろう。検体の男女が険悪な空気になった時、後ろから心配そうに見ている助手が数人いた。

 彼らは、貴重な蓬莱出身の検体が傷ついたり最悪死んだりしたら大変だと思ったのだろう。

 徐福は、他の助手にも聞こえるように答えてやった。

「尸解の民は、もはや実験材料として必須ではない。血を分け与えられるのだから、その大元となる一人いれば十分だ。

 もはや、蓬莱人でなければ人食い死体を作れぬ時期は過ぎた。

 正直、今のあいつらは用済みの無駄飯食らいよ」

 徐福はもう、尸解の民をそれほど大切に思っていなかった。

 血を分け与えて死刑囚を材料にできる以上、尸解の民は一人いれば……情報源も兼ねている安息起だけでこと足りる。

 状況がそのように変わって以降、残りの検体二人はただ惰性で生かしている経費上の無駄と化していた。

「肝の病にはなかなかかからぬが……いっそ別の実験に使ってしまうか。

 女の方は酒で肝を壊しているから、それが病の代わりになるか見ても良いな」

 もはや、その二人を惜しむこともない徐福の言葉に、助手たちは納得する。

「そうだったのですか!なら問題ないですね」

「最近は蓬莱への請求もなさいませんでしたので、検体が切れるのではないかと少し心もとなく思っておりましたが……」

 一人の助手のその言葉に、徐福は苦笑する。

「請求する必要がなかったから、しなかったのだ。

 工作部隊が配下となった今、蓬莱への請求など前よりずっと簡単にできる。

 ……が、おそらくしばらくは必要あるまい。尸解の血も動く死体もこちらで増やせるし、仙黄草も手に入るしな」

 蓬莱由来の材料に、頼る必要がなくなってきている。

 それが、徐福が最近感じていることだった。

「少々寂しい気もするが、この方がいいかもしれん。

 これなら蓬莱からの荷を気にせず研究できるし、それに……蓬莱とも手を切っていい頃合いだろう。

 こちらの欲しいものとあちらの欲しいものの交換は終わった。ならばこれ以上余計な問題を生まぬために、そっとしておくべきかもしれん」

 研究は、もう蓬莱を必要とする段階ではなくなった。

 材料は手に入るし蓬莱に伝わっていた知識も出尽くしたようなので、もうこちらだけで研究を進めてもいいだろう。

 研究は、ただ自分たちの手の中にあればいい。

 徐福は、そう思っていた。


 ……しかし、研究対象がおとなしく徐福たちの手の中に収まっているかは別である。

 いくら考えすぎではないかと思うほど危険を考えて対策を取っても、漏れは必ずある。対象の本質を知らなければ、なおさらだ。

 そもそも、この時代の科学力で物の本質を知る方が無理なのだ。

 いかに徐福が合理的思考と手段で理を目指そうと、そればかりはどうしようもない。

 ……それでも、徐福は残った検体の使い道について考えた時、彼らにこれから起こる危険の要素に少しだけ気づいていた。

 だが、事が起こる前にそこまで思い至れるかは別の問題である。

 尸解の血の本質が牙をむく時は、すぐそこまで迫っていた。

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