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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十一章 病の巣窟
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(105)

 病が蔓延っているのは、地上と実験区画だけではありません。

 病そのものを目的に雇われた生きた材料である女にも、危険が迫っていました。


 災厄のピースは組み合わさり、次章ではついに……!

 地下離宮では、平和な営みが続いていた。

 死に満ちた実験区画とはうらはらに、ここで暮らしている者たちはのどかなものだ。

 蓬莱からの情報源である安息起は、数人の娼姫を侍らせて今日も美酒美食に溺れている。顔は酒焼けして体はでっぷりと太り、かつての精悍な面影はない。

 他にも蓬莱から検体として連れて来られた障害者が、男女一人ずつ残っている。

 さらにその男に寄り添う、肝の病を持った歌妓が一人。

 この歌妓は元は六人いた男の検体たちの共用だったのだが、うち五人が肝の病を発症して実験に使われてしまったため、残った一人のものになっていた。

 残った男の検体はそれを喜んですっかり歌妓を嫁扱いし、歌妓の方も相手が減って仕事が楽になったのでのんびり過ごしていた。

 だが、そこに水を差すように再び徐福から仕事を与えられる。

「え、あたしにまたたくさんの男を相手にしろって?」

「ああ、正確には病をうつしてもらいたいのだがな」

 仕事というのは、尸解の血を分け与えた元死刑囚に前と同じように肝の病をうつせというものだ。

 そうしてまた尸解の血と肝の病を持つ検体ができれば、あとは天然痘と他の病をかけ合わせてこれまでと違う人食い死体を作れる。

 歌妓の持つ伝染性の肝の病は、その重要な材料なのだ。

 歌妓は、うんざりしたようにため息をついてぼやいた。

「ふーん、あたしの病ってのは、そんなに要るものなんだね。

 病がこんなに仕事を持ってくるなんて、考えたこともなかったよ」

 歌妓はこの肝の病にかかったことで一時仕事を失っていた。客に病をうつしてしまい、店から追い出されたのだ。

 しかし今度はその病が盧生と侯生によって見出され、新たな仕事を与えてくれた。

 世の中何があるか分からないものだと、歌妓は自らの病を愛憎半ばに思っていた。

 それでも、病は病である。彼女の体にしっかりと根を下ろしている病は、彼女自身にも軽いながら症状を与えていた。

「……それって、急ぎ?

 あんまり何人も相手にすると、あたしの体が辛いんだけど」

 肝の病のせいで、歌妓は常に怠く、疲れやすい。おまけに少し無理をするとすぐ黄疸が悪化してしまう。

 以前何人もを相手にしていた時の無理がたたって、顔の肝斑は炎の明りの下でも分かるほど濃くなってしまった。

「そう急ぐことはない、おまえの体がもつようにやってくれれば良い。

 おまえのような便利な女はそうそうおらぬゆえ、死なれては困る。

 ただ、できるだけ多くにうつしてくれると助かるがな……」

 徐福の言い方に、歌妓は面倒そうにため息をついた。

 一時的に無理を強いる訳ではないが、長い目で見れば働きづめになりそうだ。結局楽な時間は終わりかと、歌妓は落胆する。

 しかし、それでも仕事があるのはいいことだ。

 仕事があるから、自分はこんな上等な宮殿に住んでそれなりの食事を与えられる。この仕事に出会わなければ、ボロ屋の中で困窮して餓死していたかもしれない。

 そう思うと病様様、徐福様様だ。

 歌妓は気だるそうにうなずいた。

「……分かったよ、やるさ」

 それから、少し顔をしかめて肝斑の辺りをなぞる。

「でもそれを始める前に、ちょいと外に出てきていいかい?

 だいぶひどい顔になっちまったからね、いい化粧品と道具を仕入れに行きたいのさ。せっかくの仕事なら、美しいあたしを見てもらいたい。

 ……それと、咸陽にある家をもう引き払うよ。

 どうせこれから、仕事がある限りここにいることになるだろうから」

 それは、歌妓なりの仕事に対する誇りなのだろう。

 徐福の与える仕事は目的としては病をうつすことだが、やることは店にいた頃と変わらない。男を引きつけ、楽しませる。

 だったら自分は仕事がある限り歌妓として振る舞おうと、彼女は思った。

 自分はここで歌妓として働き続ける。もう地上には戻れない。だって、病は治らないのだから。

 自分はずっと地下で仕事をし、きっとここで死ぬのだろう。おそらく仕事疲れでこの肝の病が悪化し、力尽きて。

 そんな歌妓の態度を、徐福は好意的に受け止めていた。

「分かった、身だしなみを整えるといい。その分の金は出す。

 これからも地上に出たければ、たまには出ても良いぞ。働き続けるにしても、たまには息抜きが必要であろう。

 ここには、まともな娯楽がないしな」

 徐福は、あっさりと許可を出した。

 この歌妓や安息起に与えてある娼姫たちは、ただ雇っただけの人間だ。裏で行っている実験のことはほとんど知らないため、地下に閉じ込める理由はない。

 ただ、自分たちの目的が病であることを外で話さぬこと、そして外で病気をもらわないよう気をつけることを約束させた。

「大丈夫、あたしは客の秘密は守るよ。

 じゃ、ちょいと行ってくる」

 歌妓は実家の人間に告げるようにそっけなく言って、出かけていった。

 それもそうだ、もうここは歌妓にとって自分の家のようなもの。だってもうここ以外に、自分が生きていける場所はないんだから。

 徐福もそれが分かっているので、そっけなく見送った。


 ……この判断がどのような危険を招くか、分からないままで。


 歌妓は久しぶりに日の光を浴びながら、咸陽に向かった。

 といっても軽い黄疸と肝斑を隠すために、顔には頬かむりを巻いているが。とても一目見て歌妓だとは分からない。

 歌妓は盧生から受け取った通行証で工事現場を抜け、市街地へ向かう。

 徒歩で向かうには体がきつかったため、馬車に乗ることにした。それでも、金は十分もらっているので問題ない。

 ただし、その馬車はだいぶ汚れていて少し臭かった。

 歌妓は知らなかったが、この咸陽との往復馬車は、例の救護所に通う医師薬師たちがよく利用するのだ。

 様々な病の治療を行い、多くの病毒を浴びる者たちが……。

 しかし歌妓は救護所のことなど知らないので、その危険にも気づかない。

 ただ少し不潔だなと思いつつ、怠い体を馬車の席にぐったりと預けていた。


 咸陽に着いても、病の種はそこかしこにある。

 咸陽は、歌妓が地下に入った時よりさらに人が混み合って猥雑になっていた。どんどん新しい事業が始まるのに合わせてどんどん地方から人が集まって来るが、その人の増え方に都市の整備が追いついていないのだ。

 特に歌妓の住まいがあった貧民街は無秩序にどんどん広がっており、自らの家を見つけるのにも苦労する有様であった。

 そのうえ、ようやく帰った家には浮浪者が住み着いていた。

「さっさと、出ていきな!あたしの家だ!」

 役人を呼ぶと脅すと、浮浪者たちはすぐに立ち去った。

 しかし家の中は荒れ放題で、金になりそうなものはあらたか売り払われていた。残っていたのは、粗末な布団くらいだ。

 それも、浮浪者が使っていたらしくひどく汚れていたが。

「ああ、お母さんが縫ってくれた布団……」

 歌妓は、感傷に目を潤ませてその布団をつまみ上げた。

 ボロボロで、浮浪者の汗やいろいろなもので変色している布団。

 だが、歌妓にとっては孤独な自分に唯一残された思い出の品。

 地下で徐福に言えば、もっと上等できれいな布団はもらえる。だが、それでも歌妓はこれを捨てる気になれなかった。

 悩んだ末、歌妓はそれを少し切り取って持っていくことにした。

 もぐらの花嫁になったように地上に居場所がなくなった今、幸せな思い出が詰まったこれだけは手放せなかった。

(お母さん、あたし、もう結婚も楼での成り上がりもできないけど……それでもあたしが必要だって仕事をくれる人がいるから。

 最期まで、きっちり仕事はやりとげるよ)


 そのたった一切れの布が、彼女の最期を大幅に早めてしまうことも知らないで。


 結論から言えば、その布を持ち帰るべきではなかった。

 歌妓は知らない……自分が帰ってきて追い出すまでに、浮浪者にそこで何があったか。そもそもあの浮浪者は、どこから来たのか。


 咸陽の貧民街は、各地から持ち込まれた病に満ちている。

 そして時々、天然痘のような凶悪なのも出る。

 そうなると官吏がやって来て、病が出た家を焼いたりするのだが……あまりに住居が混みすぎていて延焼すると、焼け出された浮浪者が出る。

 そういう浮浪者は、空き家を見つけると住み着く。

 その中には、既に感染している者もいた。

 しかし仲間内で発症者が出ても、彼らは官吏に知らせようとしない。また住処を焼かれるのが嫌だからだ。

 発症者をこっそり捨てて、発症しなかった……既に免疫のある者は何食わぬ顔で生活する。

 たとえ天然痘の病毒が寝床にしみ込んでいても、免疫のある者なら触れても何も起こらない。

 だから表向きは新たな感染は起こらず、天然痘は制圧されたように見える。

 だが、もし免疫がないか弱っている者がそれを手にしてしまったら……。


 歌妓は知らずに、それを地下に持って帰る。

 帰ったらきれいになるかは分からないが洗って、何か別のものに作り変えようとでも思いながら。


 こうして、災厄の種は持ち込まれた。

 再び馬車に揺られる歌妓の体内では、元の病と新たな病毒と、そして未だ気づかれぬモノが合わさって形を変えつつあった。

 発生してしまった恐るべき時限爆弾は、確実に時を刻んでいた。

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