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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十一章 病の巣窟
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(101)

 実験が新たなステージに移ります。

 それに必要な病は、工事現場で日常のように発生していました。

 次代に活躍するはずの、新たな人物も登場します。


黥布ゲイフ:漢建国時の争いで項羽と劉邦の間でうまく立ち回り、王となった。

 しかしその後劉邦に討伐された。

劉邦リュウホウ:小役人から漢の皇帝に成り上がった。

 優しく度量が広く皆に慕われる性格。

 驪山陵では毎日、夥しい刑徒たちが働かされている。

 さらに毎日のように、国中から新たな刑徒が到着して工事現場に加わる。まるで、アリの群れが四方八方からエサに群がるように。

 しかし、だからといって現場の刑徒が増える一方ではない。

 なぜなら、次々と新たな刑徒たちが来るのは、不足する分を補うためだからだ。

 工事現場では、次々と人が死ぬ。

 当たり前だ、刑徒たちは粗末な食事で朝から日没までずっと重労働をさせられているのだ。その過労と栄養失調で弱った体に、危険な作業が牙をむく。

 積み上げた土の崩落、坑道の落盤、水没。死への道はどこにでもある。

 さらに、病気が発生することも多かった。

 国中の様々な地域から集められた刑徒たちは、各地の病気や寄生虫を持ってくる。あるいは、ここに来る旅の途中で拾ってくる。

 それが、劣悪な環境の中で広まる。

 刑徒たちは、粗末な食事を大人数で分け合い、不衛生な環境で食う。寝る場所は狭く皆で身を寄せ合い、ろくに水浴びも着替えもできない。

 こんな環境で、病気を防げと言う方が無理だ。

 そのうえ、病気になっても手当てなどしてもらえる訳がない。

 働かせる側の官吏にとって、ここの刑徒たちはただの労働力であって人間ではない。使い潰しても問題ではないのだ。

「ほら立て、働かんか!」

 いかつい顔の屈強な役人が、座り込んでいる一人の刑徒に鞭を振るう。

 その刑徒の顔色は明らかに悪く、体はがたがたと震えている。そのうえ、苦しそうに呻きながら嘔吐していた。

 明らかに、何かの病気にかかっている。

 だが、役人がそれを気遣う様子はない。

「座るな、体が動く限り働くんだ!

 せめてあと一袋でも土を積んでから死ね!」

 とにかく命ある限り働けと、無茶横暴の限りだ。

 どうにも動くことができず刑徒が糞尿を漏らしても、誰も手を差し伸べる者はいない。作業の手を止めれば、自分が鞭で打たれるからだ。

 そのうちその刑徒がうずくまって動かなくなると、役人はやれやれといった様子で言った。

「おい、そこの組頭!

 おまえの組の奴なんだから、こいつはおまえが片づけろ」

 近くで作業をしていた地黒で筋骨隆々の男が、役立たずの処分を命じられる。そいつは嫌々ながら力尽きた仲間を担ぎ、ふもとの死体置き場へと運んでいく。

「おお熱い、こりゃひでえ熱だ!こりゃ今晩ももたねえな。

 にしても、臭えし汚えし……俺にまで病気がうつらにゃいいがね」

 当然、垂れ流しになっている吐物や糞尿にはたっぷりと病原菌が含まれている。それらは、周囲にもたっぷりとまき散らされている。

 こんな調子で、工事現場全体が汚染されているのだ。

 周りの者たちが生き残れるかは、まさに神のみぞ知るところである。

 組頭は、しかめ面で己の腕に刻まれた刺青……罪の証に目を落とした。

「せっかく運が向いてきたってのに……。

 こんな所でこの黥布様が命を落としちゃ、目も当てられねえぜ」

 広大な工事現場を見渡せば、同じような光景はそこかしこにある。ふもとの死体置き場にも、どんどん死体や死にかけが運ばれてくる。

 病と死が、この工事現場に蔓延していた。


 そんな訳だから、生きて帰れる者などごくわずかなものだ。

 地方から新たな刑徒を連れてきた地方の役人は、自分の地方出身で刑期を終えて解放された者がいないか確認して、目を丸くした。

「……は?たったの十人!?

 ちょ、待て、俺がこの前何十人連れてきたと思って……」

「知るかよ、いちいち気にしてられん。

 それに、解放されたって生きて故郷に辿り着ける奴なんてそうそういるもんか」

 そう、解放された刑徒が故郷に戻る旅費は本人もちだ。とはいえ刑徒にそんな金はないことがほとんどで、自力で故郷に帰れる者などほぼいない。

 結局、都の近くに住み着くか盗賊などに身を落としてまた刑徒に逆戻りするかだ。

「おいおい……故郷で待ってる家族がいる奴も結構いるんだぞ」

「そんな事は我々の考えることではない。

 それに、犯罪者が死ねば世が平和になるではないか」

 地方の役人が抗議しても、都の官吏は取り合わない。犯罪者の命など、どうでもいいと言わんばかりだ。

 いや、実際そうなのだ。法に従って自分の仕事さえこなしていれば、それでいい。

 地方の補佐役が、愕然とする役人の肩を叩いて引き下がらせる。

「帰りましょう、劉邦様……これ以上話しても無駄です。

 我々の旅費だって、あまり余裕がある訳ではないのですから」

「あーもう、故郷で待ってる奴に何て言えばいいんだよ……」

 劉邦と呼ばれた役人は、不服そうな顔ながら立ち去った。彼もまた、自分の役目を果たした以上、自腹を切ってまで旅を長引かせる理由はない。

 劉邦は、驪山陵の方を振り返ってぽつりと漏らした。

「はー……一人の墓作るのに、何人殺す気だよ。

 皇帝様だって、元は一国の王だろうに……そんなに偉いのかねえ。何を願っても周りが聞いてくれて、何やっても許されるってか?」

 劉邦の言葉は愚痴でしかないが、そこには不満以外の感情も混じっていた。

 劉邦は、仕事ついでに少し見てきた咸陽の街並みを思い出して呟く。

「お膝元の街も、すごかったなあ。きっと、宮殿や後宮とかもすげえんだろうな。

 俺も男に生まれたからには、ああなってみてえなー……」

 劉邦の目には、始皇帝への憧れが宿っていた。

 とはいえ、劉邦が今何かできる訳ではない。劉邦は地方の小役人にすぎないし、秦と始皇帝の力は強大で盤石だからだ。

「さーて、変な病でももらう前に退散すっかぁ」

「ですねー。我々から故郷に疫病が広がるとか笑えませんしー」

 気まずい空気を払うように軽口を叩きながら、劉邦たちは驪山陵を後にした。


 地上が病に苦しんでいる頃、地下ではそれを歓迎するような言葉が放たれていた。

「そろそろ、他の病を集めて調べてみる頃合いか」

 徐福は、工作部隊が配下に加わったこの機に、研究を次の段階に進めようと考えていた。これまでの手法だけでは、進展が見込めないからだ。

「天然痘と肝の病と尸解の血で、人食い死体は出来た。

 しかし、そこまでだ。動くことと生きた人間の肉を食うだけだ。

 我々はこれを、いかにして尸解仙に進化させるか考えねばならん。他の病や薬によって、他にも保てる機能がないか調べねば」

 現状の人食い死体は、未だ尸解仙とは程遠い。

 せめて人の意識と記憶、思考がなければ話にならない。

 それを死んでも保つため、新たな実験を始めなければ。

「前の治療実験の検体は、残念でしたね」

 石生が言う。徐福も、渋い顔でうなずいた。


 工作部隊が配下になってすぐ行われた治療実験の検体……感染した隊員は、死んで起き上がった後これまでにない動きを見せたのだ。

 具体的に言えば、彼は道具を使うことを少しだけ覚えていた。

 人食い死体となったそいつを取り押さえようと助手がさすまたを向けると、そいつはなんとそのさすまたを掴んだ。

 そして、強い力で奪い取って振り回したのだ。

 さらに身に危険を感じた助手が鉄格子の外に退避すると、鉄格子の穴からさすまたの柄を出して攻撃しようとした。

 いずれも、これまでの人食い死体には見られなかった行動だ。

 これまでの人食い死体には、道具を使うという発想がなかった。周囲に武器や道具があっても目もくれず、素手で掴みかかろうとするだけだ。

 そんな中、隊員の死体には確かに変化があった。

「おお、こいつは今までのと違うぞ!

 もっといろいろ試したみたい!」

 徐福は興奮して叫んだが、それは叶えられなかった。

 隊員の死体は鉄格子に刺したさすまたに自分で引っかかり、体勢を崩して派手に転び、頭を強く打って停止してしまったのだ。

 わずかに道具を使えたがゆえの、事故であった。


 徐福は、隊員の死体が見せた変化に大きな希望を持っていた。

「あやつは知能がわずかに残っていたという点で、確実に尸解仙に近づいていた。その変化の原因が分かれば、また大きく研究が進もう。

 多くの薬物が使われ、死ぬ前にはこれまでにない症状が出ていた。

 その薬や症状と変化のつながりを、探らねば」

 天然痘と肝の病が人食い死体への変化を起こしたように、新たな薬や症状が今回の変化を起こしたと徐福は考えていた。

 つまり、もっと他の病気や薬を加えればもっと変化する可能性が示された。

 その変化をできるだけ生前の機能を保つ方向に起こせば、目的としている尸解仙にどんどん近づけるだろう。

 石生も、目を輝かせて言う。

「それに、あの人食い死体はこれまでの者よりも強い力が出ておりました。

 これまでの人食い死体も元の筋肉のつき方で力の差はございましたが、今回の検体はその範疇を超えております。

 やせ細り、経つのも難しいほど筋肉が落ちていたのに、あれほどの力を……。

 こちらを突き詰めれば、死体に生者以上の力を持たせることもできましょう」

 生者より優れた力を持つ不死者、それはまさに尸解仙に他ならない。

 これらの変化を目の当たりにして、徐福たちの研究への情熱は爆炎のごとく高まっていた。道筋が見えてきたのだから、行かぬ道理はない。

 新たな知見に胸を躍らせながら、徐福は上を見上げて呟いた。

「ちょうどこの上の工事現場で、数多の病が発生していることだろう。

 素材が近くにあるのだから、使わぬ手はないな」

 こうして、さらにおぞましい悪魔の実験が始まろうとしていた。

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