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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十章 協力
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(100)

 記念すべき100話目!

 私は本当は漢方医になりたかったんだ!だから治療実験は力が入りますね。

 こんなヤバい実験を考えるヤツが医者にならなくて良かったとか言うな!!今は薬剤師で役人です。


 ここで使われている秘薬について、ヒント。

 麻黄という薬の薬効成分はエフェドリン。この成分は覚せい剤取締法で一般人の所持が禁じられています。

 時は無情に過ぎていく。

 工作部隊の医師薬師たちが必死で打つべき手を探している間にも、感染した隊員の体には変調が色濃く浮かび始める。

「何か最近、体が熱かったり寒かったりするんだよなぁ。

 妙に心臓がドキドキすることもあるし……」

 感染した隊員の訴えに、医師薬師たちはぎくりとする。

「これは、副作用が……少し心を強化しすぎたのでは?」

「いや、薬の効き目が過ぎる時と及ばぬ時が波のようになってきている。熱くて動悸がするのは効きすぎている時、寒くて脈が沈む時は及ばぬ時だ。

 元々、あの秘薬の効果は短いものだから」

 戦闘用の例の秘薬はあくまで、一時的に超人のような力を引き出すものである。ゆえにその効果は服用してすぐに強く現れ、短時間で引いて反動がくる。

 服用量が増えるにつれ、それが体調の波として出るようになったのだ。

 薬で体力を前借しているせいで、体力が落ちてきているせいもある。現にその隊員は、少し痩せたように見える。

「くっ……何とか栄養を補給したいが……」

「ダメです、二日ほど前から便がおかしくて……肝の機能が下がって消化不良を起こしてきています!

 食事を、脂や筋の少ないものに変えたところですよ」

 その隊員は薬でいい気分になるせいで不快感こそあまり覚えていないものの、病状は確実に進んでいた。

 ついに消化不良を起こし始め、体力の元を補給することもままならなくなったのだ。

 この状態で秘薬を使い続け、前借を続ければどうなるかは明白だ。

 だが、今は前借し続けるしかないのだ。今ここで秘薬をやめれば、その隊員の病は一気に悪化し、二度とすくい上げることはできなくなる。

「こうなれば……薬の回数を増やして少しでも波を減らせ!

 それから、肝の病に効くものを片っ端から試すんだ。もう時間がない、やれるだけのことをやるしかない!」

 工作部隊たちの顔には、はっきりと焦りが見えていた。


 そうして、なりふり構わぬ体力維持のための治療が始まった。

 秘薬の一回量を減らして回数を増やしたところ、確かに体調の波は少なくなった。だが今度は、気が高ぶって眠れないと訴え出した。

 当然のことだ、秘薬は死への恐れをも取り除くほど精神を高揚させるのだ。それを持続的に与えられれば、落ち着ける時間はなくなる。

 それでも、その隊員は強気だった。

「皆、何辛気臭え面してやがんだよ?

 分かってるぜ、きちんと効くヤツ見つけてくれたんだろ?

 俺には分かる、これをたくさん飲んでれば治るって。何つーかこう、体と心の底から力が湧いてくる気がするんだよ」

 そう言う隊員の目は、ギラギラと異様に輝いていた。

 もはや身も心も、完全に薬物中毒である。秘薬が生み出す気力と興奮に引きずられて、正常な思考すら失われてきている。

「あ、あの秘薬を連用するとこんな効果が……!」

 驚きおののく石生に、工作部隊の薬師は耳打ちした。

「だから世間に出してはならん秘薬なのだ!

 あの薬が生み出す力と高揚は、短い間に何度も使えば人を虜にし狂わせる。身も心もそれなしではいられなくなる、依存性があるんだよ!

 そもそも主剤の麻黄からして、病の治療でも連用したら良くないヤツでな……」

「それは分かる!」

 その薬の名を聞いて、侯生が反応した。

「麻黄は喘息などの息が苦しくなる病や、あと心臓の薬にも配合すると効き目が良くなるな。一時的に、病が吹き飛ぶようだ。

 これにいくつかの薬を合わせることで、一時的に心身ともに精強になったように思える薬ができる。

 徐福殿に会う前は私もおまえたちの考えるような詐欺方士として、この薬を使って病人から金を巻き上げたものだ」

 そう言いながら侯生が差し出した処方の紙を見て、工作部隊の薬師は顔をしかめる。

「フン、おまえについては尉繚様の懸念も、当たらずとも遠からずだったか。

 ……と、これは面白い処方だな。といっても、麻薬に近いものだが。

 どうせなら、肝や脾を強力に補う処方の一つでも出してくれれば良いものを!」

 今必要なのはこんな麻薬の処方ではなく、恐るべき人食いの病に対抗できる薬だ。工作部隊たちは次から次へと薬を試しているが、それは未だ見つからない。

「本当ならば一つの薬につき数日は様子を見て判断したいのじゃが……それも叶わぬ。そうしとる間に、病はどんどん強くなっていく。

 今はあの秘薬で何としても循環を保ち、次々薬を変えて反応を見るしかない」

 工作部隊の医師は、半ば諦めたようにため息をついた。


 手を尽くした治療にも関わらず、感染した隊員は徐々に死に引きずり込まれていく。

 消化器は用をなさなくなり、隊員が何としても体に入れようとがむしゃらに食べても、吐き出したり未消化なものが出てきたりするようになった。

 秘薬であれだけ心臓を強く打たせているのに末端の血のめぐりは悪くなり、古い血が溜まってどす黒くうっ血している。

 その手足は、底冷えするように冷たくなっていた。

「何かなあ、手足がうまく動かねえんだよ。

 こんなに力が漲ってるのに、何でだろうな?」

 そう言う隊員の目は充血し、頬はげっそりとこけて、肌は古血で黒ずんでいた。

 まるで、生きたまま死体になりかけているようだ。

 そのうえ、体にはいくつも腐り始めて変色した傷が散らばっている。鍼を打ったり灸をすえたりした跡が、壊死しているのだ。

 もう、そんな小さな傷を治す力もないのだ。

 食物を消化できないのに秘薬で体力を引き出され続けるせいで、隊員の体はその身に蓄えていた肉すらも消費し尽くそうとしていた。

 これではもう、いくら秘薬を使おうと体力が底をつくのは時間の問題だ。

 工作部隊たちの間にはもう、諦観が色濃く漂っている。

「これでは、もしこの先病邪に勝つ薬が見つかったとしても、もう回復は見込めぬ。これ以上の治療は、苦しみを長引かせるだけでは……」

 見ていて心を痛めた者からは、こんな意見も出始めた。

 しかし、徐福は治療を続けさせた。

「おまえたちの秘薬は、発症した者の活動性を長く維持し、これまでのいかなる検体とも違った反応を見せてくれた。

 どうせなら、これでどれだけ命を延ばせるか見てみたい」

 探求心の塊のような徐福にとって、これは新たな知見の宝庫だった。こんな面白いことを、やめることはない。

 それに、工作部隊の医師薬師たちの中にも、このままやめたら負けだと思う者もいた。せめて生存日数の新記録を出せば、一矢報いることができる気がした。

 何より、病んでいる本人は秘薬のせいでそれほど苦しいとは感じていないのだ。

 無理に押し込んだ粥を盛大に吐き出しても、こんな事を言っている。

「チッまたか……けど、苦しくないし腹も減らないんだぜ。

 こいつは瞑眩ってやつだろ?きっとここから、一気に良くなるんだよな!」

 瞑眩とは、薬を飲んだ後に一時的に予期しない症状が出ることであり、体が病邪と激しく戦う事で起こる回復の前兆のことである。

 感染した隊員はまだ、この期に及んで自分は治ると思っている。

 秘薬によって苦痛が弱められ、気分がいいせいだ。そこに何としても負けたくない意地が加わって、見るも痛ましい状態になっている。

 不意に、隊員の鼻からどす黒く粘ついた血が垂れた。

 隊員はそれを拭うと、得意げに笑って言った。

「おお?いかにも病邪が詰まったような血じゃねえか。

 きちんと体が追い出そうとしてるんだな」

 実際には、血が腐りかけて血管がどんどん詰まっているところに無理矢理心臓を働かせて血液を送り込むせいで、血管が破れて出血しただけだ。

 どう見ても、末期の症状である。

 肌をどす黒く変色させ、赤く濁った目をして、紫色の唇で言われても、全く言う通りには見えない。

 その様子に、工作部隊たちは恐れおののいていた。直そうと必死に手を尽くした結果がこの化け物のような有様では、とてもやりきれない。

 それでもせめて本人には悟らせまいと本人の前では気丈に振る舞い、見えないところで拳を地面に叩きつけて慟哭する。

 そんな工作部隊たちを、石生と侯生は内心ざまあみろと思いながら眺めていた。

「あーあ、結局歯が立ちませんでしたね。

 そのうえ、無理に足掻いたせいでお仲間があんな事に……」

「何でも自分らの思い通りになるなんて、それこそ仙人以上の幻想だ。何が起こるか分からない、良かれと思ってやってもどう返ってくるか分からんのが世の中だ。

 徐福殿の研究で恐ろしい病毒が生まれたことも、あいつらが必死で人を助けようとしてひどい状態にしちまったのも、同じだ。

 これであいつらも、分かってくれるだろ」


 長く凄惨な闘病の末に、感染した隊員は死んだ。

 最期は体中の穴から汚血を垂れ流し、狂ったようにもっと薬をくれと叫びながら痙攣して死んでいった。

 感染から死亡まで、三十一日。

 これまでの生存記録を、わずかに上回った。

 身も心も打ちのめされた工作部隊たちの前で、徐福は手を叩いて笑う。

「いやあ見事であった、なかなか面白い実験だったぞ。未知の薬に未知の反応、これまでにないものを色々と見せてもらった!

 此度の実験は、必ず研究を進める糧となるであろう。

 これからもこの調子で、その豊富な知識と技術を思う存分発揮してほしい!」

 工作部隊たちは、おののき震えながらその言葉を聞いていた。

 徐福は、あんなひどいものを見て面白いなどと言えるのか。この男の心中は、病と薬に侵されて死んだ男の外見よりも化け物だ。

 しかも、自分たちはこれからこの男の下で働かなければならないのだ。今回仲間にやってしまったようなおぞましい実験を、繰り返さねばならないのだ。

 それでも、首根っこを掴まれたも同然の工作部隊に抗うことはできない。

 晴れて闇の研究機関に生まれ変わった工作部隊の運命を暗示するかのように、牢の中で死んだ隊員が起き上がった。

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