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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十章 協力
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(99)

 引き続き治療実験。薬剤師として力が入りますね!


 漢方における薬の分類。

 上薬:生命を養い寿命を延ばす薬で、無毒。長期間服用可能。

 中薬:体力を養う薬で、使い方次第で有毒にも無毒にもなる。病気を予防し、体を強くする。

 下薬:病気の治療によく効くが毒性が強く、長期間服用してはいけない。

 さらに数日で、感染した隊員は牢の中で体を動かすことが多くなった。

「チッ、こんな所に閉じ込められたままじゃ、体が固まっちまう。

 何だか、肩や首が凝ってかなわん!」

 そう言って肩を回したり、自分の体を揉んで顔をしかめたりしている。その顔には、焦りが表れ始めていた。

 本人も、気づかざるを得ないのだろう……発症していることに。

 首や肩の凝りは、血流が悪くなってきている証だ。冷えや消化不良を薬で抑えているため、そこから症状が出て来たようだ。

 そわそわと体を動かす隊員に、石生は冷たく言う。

「体をほぐしたいのは分かりますが、あまり無駄に体力を消耗しない方がいいですよ。

 そのうち体が食物を受け付けなくなりますから……少しでも長生きしたいのなら、限られた燃料は大事にしないと」

 それを聞くと、隊員は不機嫌そうに言い返した。

「フン、まるで俺が死ぬと分かっているような物言いだな。

 だがな、おまえらの思う通りになるとは限らんぞ」

「そうですね……でも、この病については我々の方が詳しいですから」

「そうだったな。だったら、なおさら俺が頑張らねばならん。おまえたちの知らない結果を、見せてやるために」

 隊員は、体の不調を感じつつもまだ強気だった。

 仲間たちの腕を信じているし、それに自分たちを出し抜いた徐福たちの思い通りになりたくない意地もあるのだろう。

 だが、いくら気を強く持っても体がついてくるかは別の話だ。

「ええ、見せてもらえたら嬉しいですよ……あなたの死以外の結果を。

 まあでも、我々としては死でも構いません。その場合は、あなたが人の注意を聞かなかった者の末路をお仲間に見せつけることになりますね」

「……たとえ死を逃れられなくとも、俺は恐れぬ。

 それが、我ら工作部隊だ」

 石生の皮肉に、隊員はなおも剛毅に答える。

 自分のしたことは間違っていない、だから悔いはないと言わんばかりに。徐福の注意を聞かず自ら危険に飛び込んだことを、手柄だとでも思っているのだろうか。

 こういう輩が折れてくれれば、自分たちの正しさをもっと認めてもらえるのに、と石生は歯がゆく思っていた。

 しかし焦る事はないと、気を取り直して自らの仕事に戻る。

(……たとえあいつ自身が折れなくても、構いません。

 要は、周りから見て見せしめになればいいのですから)

 石生としては、そちらの意味での手ごたえは既に感じている。

 石生は自らもこの治療実験に参加して腕を磨くために、彼を治療している工作部隊の仲間たちの下へ向かった。


 工作部隊の医師薬師たちは、地下離宮でこれまでの治療を検討していた。

「かなりきつい薬を使ったが、今のところ改善の兆候はない」

「冷えと消化不良は個々で押さえ込んでいるが、血流は悪くなり始めている。さっき脈を診たが、既に脈が沈んできているようだ。

 もはや尋常な処方では、あれを止めることはできまい」

 これまで感染した隊員に投与した薬の処方や、前回の治療実験に用いられた薬の処方を見比べて意見を交わす。

 その中には、侯生も入っていた。

 前回の治療実験で主力となって薬の処方を考えたのは、侯生と石生だったからだ。ゆえに、この二人は今回も治療実験に参加している。

「……基本は、私の作った薬に似ておりますな。

 しかし、より毒性が強く扱いが難しい薬……下薬を積極的に用いておられる」

「侯生殿や石生殿の処方の方が、世間一般の処方に近いであろう。我々は時に命もいとわぬ目的で薬を使う……毒の方面もよく知っているゆえ。

 患者の体を労わりつつ危険少なく治すなら、そなたらの処方が適しておる。

 むしろ、正式な医者でないのによくやった方だ」

 侯生と石生の処方と工作部隊の薬師たちの処方は、少し方向性が違っていた。

 侯生や石生は一般の医学に従い、患者の体に害が少ない薬……上薬や中薬を主にして処方を組んでいる。

 しかし工作部隊たちは、特定の症状を鋭く叩く代わりに毒性が強く扱いを誤ればすぐ患者に牙をむく薬……下薬をよく使っている。

 これは、工作部隊の医師薬師たちが裏の仕事に使う毒に精通しているせいだ。

 多くの薬は毒と表裏一体であり、毒とはその作用が健康を損なうほど強く出るものである。そのため、重病の激しい症状を抑えるには一般に毒と言われるものの方が有効だ。

 さらに工作部隊では、時として命をいとわず任務を遂行するために興奮剤などを使うことがあった。

 そういう理由で、工作部隊たちの治療は通常とは違うものになっていた。

「……下薬は本来、症状を抑えて体を安定させ、その後の養生につなげるものだ。あまり長く使っていいものではない。

 症状が治まったら、別の穏やかな薬に変えるものだが……。

 今の状態では、できぬ話だな」

 薬師はそう言って、難しい顔で頭を振る。

 表面上感染した隊員に目だった症状は出ていないが、それは転がり落ちようとする体調を強い薬で必死に支えているからだ。

 少し副作用が出て逆に熱がこもるくらいにならないと、今の薬をやめるのは難しい。

 結局のところ、病は水面下で進行し続けているのだ。

 それを証明するものを、石生が持ってきた。

「例の隊員の、本日の検査結果です」

 石生は、感染した隊員の血を混ぜた仙黄草液を白い器に注ぐ。それは、以前よりさらに赤みを強めた橙色になっていた。

「この色になると、だいたい食欲不振や消化不良などの内臓系の症状が出てくるものなのですけどね。

 それをここまで抑えていらっしゃる手際は、全くもってお見事です」

 石生がほめても、工作部隊たちの顔色はすぐれない。

 だって、結局病は進行しているのだ。

 検査結果が赤に近づいているということは、病毒の侵攻が進んでいる証。

 それに、確かに目だった症状は出ていないが……それを保つために、薬はここ数日でもどんどん強くしているのだ。

「……これ以上強い薬となると、もう戦闘用のあの秘薬くらいしか……」

 薬師が、苦渋の表情で呟く。

 首を傾げる侯生と石生に、医師が説明する。

「ああ、秘薬というのは我々の戦闘員が敵に追い詰められた時などに使う薬でな……一時的に心肺と筋肉の力を増し、恐れを取り除くものじゃ。

 ただし薬が切れると動けぬほど疲労し、量を誤れば心が破れて死ぬ。

 要は、そうじゃな……体力と気力を前借する捨て身のための薬か」

「それはまた、物騒な……!」

 考えたこともなかった薬の使い方に、侯生と石生は冷や汗がにじむのを感じた。

 だが、工作部隊の医師たちは険しい顔で言う。

「本来なら治療になど使う薬ではない。緊急時に救命のために使うことがないとはいえぬが、一か八かの賭けになる。

 しかし、今はあれ以外に手がない。

 あれは血の巡りを強力に促す。他の薬でどうにもならぬうっ血をどうにかするには、もはやあれに頼るしかない」

「あれで少しでも時間を稼いで、その間に色々と試すしか……」

 工作部隊の医師薬師たちは、ついに切り札と言うべき薬を使うことに決めた。

 それは、半ば負けを認めることと同じ。国中の病の知識を集めても、この人食いの病には歯が立たなかったのだ。

 医師薬師たちは、悔しさを噛みしめていた。

「あやつには、悟られたくないものじゃが……。

 あの薬は精神にも変調をきたすゆえ、気づくかもしれんな」

「それだと、心から生じる誤差が出そうですな」

 侯生が、小さなため息とともに言う。

 感染した隊員にどのような薬が処方されているか、本人には知らせていない。効果があると思い込むことで本当に体調が変化する、偽薬効果を避けるためだ。

 そのせいで本人は自分がどんな強い薬を飲まされているか知らず、未だに病が軽いと思い込んでいて強気なのだ。

 まさに、知らぬが仏である。

 だが、処方している医師薬師たちや事情を知っている工作部隊たちは皆その状況に心を痛めている。

 この病の恐ろしさを知り、詳しい者の注意は聞くものだと実感している。

「……これなら、見せしめとしちゃ十分だろ」

「ですね。どうせあの男本人はこれから死ぬんですし。

 その秘薬とやらでどれだけ命を延ばせるか、見せてもらいましょうか」

 工作部隊の医師薬師たちが作業に入ってしまうと、侯生と石生は薄笑いで囁き合った。


 それからさらに数日後、感染した隊員は元気そうにしていた。血色がよくなり、気分もいいらしく不敵な笑みを浮かべている。

「おう、だいぶいい調子だぜ。薬が変わったせいか。

 首と肩の凝りもましになって、元気が湧いてきた!

 これなら、ここから出られる日も近いか?」

 石生は適当に相槌を打ちながら、この男を心の中で冷たく笑う。

 二日前から、この男に与えられる薬には少量だが例の秘薬が混じっている。今の小康状態は、それが強烈な鞭で体から力を前借した結果にすぎない。

 気分が良くて元気が湧くのも、その薬による精神の高揚に他ならない。まだ薬が少ないかこの男にそれを使った経験がないせいで、気づかないのだろう。

 だが、その身が死に向かって転がり落ちる時は確実に近づいている。

 こんな前借による戦いが、いつまでも続く訳がない。

 石生はこれはこれで面白いなと思いつつも、結果が見えてきた戦いに心は冷めていた。どのような戦いぶりを見せようと、どのみちこの男は散るのだ。

(せいぜい、派手にお仲間を怖がらせて死んでくださいね)

 笑う男の血を垂らした仙黄草液は、鮮やかな朱色……この世の果てに日が沈む空の色に変わっていた。

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