無職生活の終わり
「むぅうううう」
柄にもなく唸った俺を見て、イヴとマリアが周囲で騒ぎ立てた。
「なにを迷うことがありますか、おにいさまっ」
「サクッと決めなよ~。あたしらと酒池肉林の日々が待ってるわよぉおおお」
「こ、これこれっ」
じーさんがぎょっとしたように割り込んだので、俺は苦笑して手を振った。
「いや、こいつはいつも過剰な発言しますけど、実際は言うだけですからっ」
途端に、膨れっ面で言い返そうとしたマリアを目で抑えた。
頼むから最後の最後でボロを出すな。
あと、俺も今や、止めてる場合じゃないし。
ちょっと心配そうに俺と二人の中坊女子を見比べたじーさんは、途中ではっとしたように手を打った。
「そういえば、君にもう一つ伝えておくことがあった。実は君の電話を受けた直後、他の事務所の霧島英美里が電話してきてな、『テレビを見ましたが、なんの騒ぎですか?』と訊かれたぞ」
「あ……それは俺にも問い合わせが」
そういや、一度電源入れたけど、またすぐスマホ切ったな。
「わしが『他の事務所の騒ぎを、どうして気にするのかね?』と尋ねると、あの子は君の名前を出して、『巻き込まれていないか、心配しています』などと言ったぞ?」
「あ~、あの子は読書仲間なので――」
言いかけた瞬間、二人が邪魔した。
「なんで霧島さんがにーちゃんの心配するのよっ」
「そうですわ! 何度も会ったわけじゃないですのに……それとも、何度も会ってるんですかっ」
「ほとんど会ってないわいっ」
俺は慌てて言った。
「友達だよ! 言っただろ、読書仲間っ」
「そうかね?」
なぜかじーさんが首を傾げた。
「霧島君はわしが素直に事情を話し、君を迎えようとする案も教えてやると、かなりショックを受けていたぞ」
じーさんは、策士のようにニヤッと笑った。
「そこで閃いたわしは、『どうだ? 気になるなら君もうちへ移らんか?』とスカウトしてやったら、思い詰めた声で『あの方が本当にマネージャーになるなら……考えてみます!』と答えたぞ? あのやる気からして、わしは真面目に期待しているのだが。霧島君の条件は、事務所移転の後、即座に君が、あの子のマネージメントも担当すること、だそうな。その程度でトップアイドルが来てくれるなら、お安いご用じゃて」
「待って待って、じいさーんっ」
「なんて余計なことを口走るんですかっ」
マリア達がぎょっとしたように叫んだが、じーさんはどこ吹く風だった。
「わしは社長に復帰したのだから、そりゃチャンスと見れば、逃さぬとも」
「なんという裏切り者っ」
「切腹ものですわあっ」
「はははっ。社長とはつらいものよのぅ」
『笑うなあっ』
しまいには、二人で叫んでいた。
「ちょっと待て!」
壮絶な喧嘩になる前に、俺は二人を止めた。
「少し、考える時間をくれませんか……というより、心の整理をつけたい。お返事は明日の夕刻まででどうでしょう」
「即断即決ではないのか?」
やや不満そうに言われた。
「……いま言ったように、心の整理をつけたいだけです」
俺が声を低めて言うと、ようやく表情を和らげてくれた。
「そうか……うん、そういうことなら。では、今夜はもう家に戻るのだな?」
「……そうですね、やむを得ないです」
「うむ。ならば、待っておる」
最後に握手を求めてきて、俺はじーさんとようやく円満に別れた。
「ねえ、霧島さんのことだけどっ」
「さっきのお話は!」
社長じーさんが悠然とロビーを退出した途端、二人が俺の袖を引っ張った。
「そんなの、その場の返事に決まってるだろ?」
俺は呆れて二人を見やる。
「仮にもトップアイドルが、そんな簡単に移籍できてたまるもんか」
「わからないよー……あたしらと同じく、仮契約って可能性もあるし」
「ないないっ。アイドル活動、おまえらより長いのに!」
俺がきっぱり言い切ると、今度はイヴが言った。
「では……それはそれとして、もちろん、今のお話は受けてくださるのでしょうね?」
「まだ少しは迷っているけど」
俺は珍しく自分からイブとマリアの肩を抱き、揃って引き寄せた。
「でも、今までずっと放置だったし、おわびの印に、今度は俺がおまえ達を手伝うよ……というか、手伝いたい」
俺が正直に伝えると――。
イヴもマリアも息を詰めたような顔になり、次の瞬間、同時に叫んだ。
「や、やったあああああっ」
「これでゴールまでの道筋ができましたわっ」
俺を巻き添えにして、薄暗いロビーでくるくる回り出す。
これまた珍しく、俺は文句を言わずに付き合い、あまつさえ、自然と笑み崩れていた。
前の会社では役立たず社員だったが、もしこいつらに必要とされているなら……新たな世界でやり直してみるのもいいよな?
やり直しというか……新しい人生ってヤツかね?
いやぁ、柄にもなく期待してしまうな。楽だとは微塵も思わないが、やりがいだけはあるような気がする、うん。
ちなみに、この時の俺はまだ知らずにいるが――。
俺が、マネージャー目指して正式に付き人から始めた直後、いきなり大事件に見舞われることになる。
あの、朝日奈桜子さんこと霧島英美里が、どんな魔法を使ったのか、電撃的にじーさんの事務所に移籍を果たしたのだ。
お陰で当初の予想とは違い、いろんな意味で賑やかすぎる日常が待っていたのである。
どうやら俺の気ままな無職生活は、当分戻ってこないらしい。
自由な時間は激減したが……不思議と、全く後悔していない。
というわけで、当初予定した終了まで来ました。
書こうと思えば、工夫次第でいつまでも書けそうな物語ですが、そろそろ読者様の数も頭打ちですし、予定通り終えるのがいい気がします。
途中で止まったこともありましたが、とにもかくにも予定した終わりまで来られたのは、読んでくださった人達のお陰です。
ありがとうございました。
最後にお願いですが、やる気に繋がるので、気が向いたら評価などお願いします。
11月5日追記
予想以上にアクセス多かったので、今だけ新作の告知に使わせてください。
今日、新たな連載を始めたので、よろしければチラ見など。
「君と僕を隔てる、時間の壁」というタイトルです。
心は10歳で、年齢的には16歳の女の子がヒロイン。




