明日は回らない寿司屋で、豪華に鯨飲馬食パーティだよっ
思わぬ場面で、人気アイドルと会っていたのがバレて、翌日の夜くらいまで膨れていた二人だが、元々が根に持たない子達なので、次の朝には忘れたような顔でいつも通りだった。
むしろ、もう事件そのものを忘れた頃に、「この前はご馳走させてごめんねー」と軽い口調で言われ、二人の部屋で逆に手料理をご馳走になったほどだ。
とはいえ、ものはカレーだけどな。
でも俺は好物なので、なんの文句もない。
二人とも、相変わらずミニスカートとか短パンとか、俺の目の保養になる薄着だし。つか、多分わざとだよな、いつも思うけど。
このメシもそうだが、一丁前にサービスのつもりだろうか。
「にーちゃんは安上がりで助かるよねー」
キッチンのテーブルで三杯目のカレーをお代わりすると、マリアがニコニコ顔で失礼なことを言いやがる。
「いや、カレー好きは珍しくないだろ」
「そうですけど、だいたいお兄さまの好物って、回転するお寿司かカレーかラーメンか、あるいはハンバーグですよね?」
「……むっ」
言われてみると確かに。
「そういや今週、今イヴが挙げたメシのローテーションだったわー……例外はこの前の焼き肉くらいだよな」
「それなら、また行く?」
何かを期待するような顔でマリアが身を乗り出す。
「俺の奢りじゃないなら、行ってもいい」
「なぁんだ」
「残念です」
「おいっ、本気で奢らせるつもりだったのかよ!」
思わずむっとして歯を剥きだしたら、二人して人の顔を指差し、「あはははっ! 見て見て、この顔おもしろーい!」とか「やろうと思っても、なかなか出来ませんわねっ」などと吐かして素で笑い転げやがる。
特に笑いを堪えきれず、きゅうきゅう呻きながら、腹を押さえて転げ回るマリアがむかつく。無警戒にそんなことするから、ミニスカから青いパンティーが見えまくりだ。
「……人生楽しそうな君達に、この俺が人生の厳しさを教える時が来たらしい」
「はい?」
イヴがようやく真面目な顔になり、マリアもぴたっと転げ回るのをやめた。
「なにかありまして?」
「またしてもクビかな?」
「違うわあっ」
思わず怒声が洩れた。
「だいたい、まだ次の職も見つかってないし、なにが『また』だよっ」
「じゃあ、どしたん?」
頭に血が上りかけたが、マリアの質問で辛うじて冷静さを取り戻し、ぼそっと述べた。
「宝くじ、外れた」
「まあまあっ!」
「で、伝説の奥の手があっ」
「しょ、しょうがないだろ、外れちまったものは」
だいたい、三人の間でしか広まってないのに、なにが伝説か。
「もう発表でしたっけ?」
諦めの悪いイヴに、俺は頷く。
「ああ。とはいえ、ネットで確認したんだけどな」
「その宝くじ、今持ってる?」
「諦めが超悪いおまえらが必ずそう言うと思って、抜かりなくここに」
小さな紙袋に入れた用ナシくじを、そのまま渡してやった。
引ったくるようにして、二人で奥の部屋へ駆け込んでいったけど、多分、本気でPC立ち上げて、ネットで調べるらしいな。
いやだから、外れたっつーのに。
「ははは、そこへ行くと諦めのよい俺は、もうほとんど生活費二ヶ月分ショックから立ち直ってるぜ……」
乾いた声で言いつつ、せめて多少なりとも元を回収すべく、立ち上がってカレーが入った鍋を覗いた……やあ、ツキがない時はとことん駄目だ。カレーも空だ。
しょうがないので、勝手知ったる冷蔵庫を開けて、マリアのものと思われるコーラの缶を拝借した。
……ショートケーキが二つ入ってたけど、これはイヴのだろうから、ちょろまかすと後がうるさいな。仕方ない、コーラだけで我慢するか。
「ぷはー」
冷えたコーラのお陰で、少しだけ気分が戻ったところで、なぜか奥の部屋から真っ黄色な絶叫が聞こえた。しかも、二重奏で。
さすが、箸が転げてもおかしい年頃、外れてたの確認しても、嬉しいらしい……いや、それはちょっとアレすぎるか?
俺がコーラの缶持ったまま眉根を寄せると、次に「ドドドドドッ」と走る音……これも二重奏で聞こえた。
待つほどもなく、イヴとマリアがキッチン走り込んできて、しかも二人揃って敷居で蹴躓き、ドカドカ倒れた。
……なにやってんだかな、こいつら。
まあ俺は、またマリアのパンティーが見られたけど。
「に、にーちゃん、あたあたあたっ」
「ははは、ナントカ新拳の真似か? 古いな、相変わらず!」
「そうじゃなくっ」
マリアを押しのけて、イヴがぶわっと身体を起こす。
しかも、マリアの胸に手をついて。
「痛い痛いっ。まだ使ってないおっぱいが、ひしゃげるって!」
「当たってましたああああああっ」
マリアの抗議を無視して、イヴが叫ぶ。
「ふうう」
俺は哀愁漂う笑みが洩れてしまい、コーラ缶を最後まで呷った。
「そういうギャグ……寒いと思わない?」
「本当の本当だってばああああっ」
マリアが絶叫した。
「当たりです、大当たりっ。奥の手は今回も伝説を残してくれましたわあっ」
イヴも絶叫……て、しかも涙ぐんでるぞ。え、まさか本当?
俺は落ち着くために立ち上がり、また冷蔵庫からコーラを出した。
「二本も取られたし!」
早速、マリアが喚く……倒れたまま。
宝くじの件ががホントなら、コーラの二缶くらい、せこいこと言うなっ。
「本当に……ほんっとうに……当たったのか? 俺をぬか喜びさせて、絶望に落とすつもりじゃなく?」
「あたし達、そこまで性格悪くないもんっ」
「そうですっ。本気の大当たりです……有り得ない幸運ですわ」
「俺、ちゃんと見たはずなのに」
う……やべえぇええ……リアルで手が震えてきた。
俺は麻薬中毒患者がヤクを求めるごとく、あわあわとコーラのプルトップを開け、急いで一口飲んだ。
お、落ち着け俺、ここでミスると駄目だぞ。
とにかく、今思いついたみたいに、いきなり不動産のサイトを見ようとするなっ。
俺のことだから、必ずヘタを掴まされるっ。家を買うにしても、都内は駄目だ、最低三ヶ月は検討しろっ。
もうすっかり、宝くじを買った当初の計画など、頭から吹っ飛んでいる。欲に塗れた俺がぐるぐると考え込んでいると、二人の声がした。
「百万とか、普通は一生当たらないよね!」
「ええっ。望外の幸運ですわ。さすがは奥の手っ」
「……えっ。当たったのって、ヒャクマン?」
「そう! 大幸運の三等賞ですわっ」
「やったね、にーちゃん! 明日は回らない寿司屋で、豪華に鯨飲馬食パーティだよっ」
「賛成です、大賛成ですわっ」
……なんか馬鹿みたいにはしゃぐ二人の声が聞こえたが、その辺はもうどうでもいい。
数億を掴んだ束の間の夢が破れた俺は、膝の力が抜けて、素で床にへたり込んでいた。手元からコーラ缶が抜け落ち、転がって尻が冷たくなったが――。
それさえ、すぐには気付かなかったね。




