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21 打ち上げは下戸にはキツイ



 稽古がない。

 痛苦がない。

 怒られることもない。

 たかだか三つのことがないだけで、どうしてこうも平穏な気分になれるのだろうか。

 騒がしい声をBGMにして、リラックスした気分で食卓に用意された食事をつまむ。


  現在俺たちは屋敷の酒宴にお邪魔している。

 邪魔と表現したのは本来こういう家の酒宴は身内だけで執り行い、第三者が参加するのはおかしなことだからだ。

 ましてやここは貴族の屋敷、本来ならそんなことは絶対に許されないはずだ。

 

 それなのに俺たちがここにいるのはメビウス家の人々に出るように言われたからだ。

 第三者の俺たちを招待するとは、《騎士の栄光》攻略の功労者はそれほどまでに大きな意味を持っていたのだろう。

 貴族家からの誘いを断れないのもあるが、俺も迷宮を攻略できたことは嬉しかったのでこの宴に邪魔するのは満更でもない。


「おお、よくもまあ、お前らのパーティが攻略できたもんだな」


 酒樽をラッパ飲みしながら、ショットがこちらに近づいてきた。

 酒をがぶ飲みしているというのに、その顔は普段とあまり変わっていないような気がする。

 つまみを取りに来る次いでに俺に声をかけてきたという感じだろう。


「まあ、運が良かったからな。お前が情報を出し惜しみしなかったら、もう少し楽に行けたような気がするけどな」


 それを聞いてショットはニヤニヤとしながら、酒樽を置いて、食卓にあるつまみを取っていく。

 山のようなベーコンを皿に盛るのを見るとこっちの口の中がしょっぱくなってくる。

 魔王て結構な年だと思うけど、生活習慣病とかの心配はないんだろうか。


「その口調だとやっぱりお前も、『ドッペルゲンガー』にやられたか。

あれはわかってても、どうにもならん類のもんだ。弱い自分をそのまま押し付けてくるからな。言ったところで楽になったりしねえよ」


 食卓の近くの椅子にショットは腰かけた。

 先ほどまではあそこでドンちゃん騒ぎをしていたが、しばらくはここに腰を下ろすらしい。


「だけどなあ。それでも、遭遇する前にわかっていれば、ある程度、心構えができただろうに」

「心構えがしたところで、キツイもんはキツイ。あれは想像の斜め上をいってるんだ。俺が言ったところで、お前は俺に前評判と違うてつかかって来るだけだからな」


 絶賛つかかり中なので、そういわれるとぐうの音も出ない。

 おそらくもしそうだった場合、ショットに鬱憤を晴らすためにつかかったあげく、無駄な時間を消費し、焦っていたダウニーと確実に衝突したことが予想できる。

 しかもそんな状態でダウニーに「辞退してくれ」などといわれたら、さしもの俺もダウニーと取っ組み合いになっていただろう。

 ショットの判断は悪手だと思ったが意外に最善手だったかもしれない。


「まあ、そうかもしれないがなあ……」


 頭ではわかっているが、何だか納得できない。

 そうごねているとショットがイラついたように頭をボリボリとかき始めた。


「あぁー。酒の席でなじるんじゃねえよ。こんな下らねえことよりも、どうやって幻術を破ったとかあんだろうが」


 ショットは弱った顔をして、唸る。

 確かに祝いの席でなじるのもなんか嫌な感じだ。

 俺も別に責める気はなかったのだが、どうしてか、恨み言を言う方に流れてしまった。

 おそらく、恨みがましい性格か何かなんだろう。

 幻術を打ち破ったことを話せと言われても特にこれといった事はなく、誤解を解いただけで特段話すこともない。


「お二人とも、こんなところで何をやってるんですか」


 声の主を見ると、このパーティの主役であるダウニーだった。

 迷宮の終わりからと比べると、だいぶ血色が回復した気がする。

 『騎士の栄光』が、精神的にも肉体的にも追い詰めていたんだろう。


「リードがつかかって来るんだ。ダウニー何とかしてくれ」


 ショットが在らぬ誤解を招きそうなことを言う。

 確かにつかかったのは確かだが、別に故意にやったわけではないのだ。


「すいません、僕のせいです。今日の僕は不甲斐なかったですからね。リード殿がイラついているのも無理のないことかもしれないです」


 ダウニーが覇気のない声でそう言った。

 少年はまだ幻術を打ち破れなかったことを気にしているようだ。

 なまじ有能なだけに、つまずくと、立ち直るのに不慣れだから引きずってしまうのだろう。


「ダウニー様、ショットのたわごとなど気にせずに。それに幻術とは相性が悪かっただけのことです。後々克服すればいいじゃないですか」


 俺がフォローを入れるがダウニーの表情は硬いままだ。

 何か思いつめたものを感じる。


「そういってもらえると助かりますが、僕はこのままではいけないような気がするんです。僕が大きく依存していることもわかりましたし」


 子供なのだから依存するくらい当たり前のことだと思うが、ダウニーはそれではダメだという。

 まだいくらでも周りの大人に甘える権利があるだろうに、今からそんなに自分を律しなくても……。

 ショットも同じ気持ちなのではないかと、みてみるとダウニーを肯定するようにうなずいていた。


「お前は克服までは出来なかったが、それでも何かしらやることが見えてきたみてえだな」


 どうやら、ダウニーの考えはこの世界では支持されるようなものらしい。

 早とちりせずにとどまって助かった。

 言っていたら、非難轟轟の有様だっただろう。


「まあ、今は宴だからな。明日まで待って」


 ショットはダウニーに意味深な言葉を投げかける。

 師弟にしかわからないコミュニケーションという奴だろう。

 奴らの様子から、テレパシーが両者の間で開通しているのは間違いない。


 ダウニーは群衆の中に戻っていき、ショットが酒を五樽ほど開けたら宴はお開きになった。

 俺は下戸のくせにショットに付き合ったせいで、平行感覚が怪しくえっちらおっちらしながら部屋に帰る。

 ベッドにダイブした時にはもう朝になっていた。意味がわからない。おそらくダイブしたときに寝て、今起きたのだろう。

 寝た覚えがないというのは一種の恐怖になることを俺は久しぶりに実感した。


 ひどく頭が痛い。

 どこぞのドラマよろしく、隣に謎の美女が寝転がっているわけもなく、眠気も冷めない。

 眠気を覚ますために顔を洗うことにする。

 

 廊下に出ると、執事のバイツさんがため息を吐いて、武器庫の前に立っていた。

 話かけたら、イベントが発生しそうなのだが、二日酔いの俺にはフラグ回収はキツイ。

 おとなしく向かいにある手洗いに入る。





 講習に行こうかと思ったが、いかんせん体をゆすられるとひどく頭が痛くなるのでやめた。

 椅子に座って、ぼんやりと大樹を眺める。

 土地から栄養吸い上げすぎだろあれと思っていると、ノックをする音がした。


「入っていいですよ」


 入室を許可する。

 そうすると、バイツさんが入って来た。


「リード殿、お坊ちゃまが起たれるので下に」


 ――起たれる?

 ここから出奔するてことだよな?いきなりすぎやしないか。


「そうですか、今すぐ下に行きます」


 少し驚いたが、表には出さず返事をする。

 昨日の宴を思い出してみれば、ショットと話していた意味の分からない会話と符合したのでそういうことだろう。



 庭先に出っていくと俺以外全員集まっていた。

 二日酔いを治すためにバイツさんに神聖術をかけてもらったのがあだになったようだ。


 人垣の中に入っていくと馬車が見え、その隣にダウニーとショットがいた。

 ショットが主役の横にいて目立っていたので、何やってんだこいつ……とみていると、目が合った。


「おお、やっと来たのかよ。俺とこいつが出張るんだから早く来いよ」

「お前もか?迷宮を作るのを学ぶんじゃなかったのか?」

「こいつを家にもってけば、そんなことをする必要はねえからな」


 なるほど。出奔にあやかって、ショットはダウニーを子供たちとの好敵手にするつもりということか。

 自立するつもりだったダウニーもよその家に出張るれるので都合がいいかもしれないが、なんかずるいと思わずにいられない。


「お前、ずるい奴だな」

「ずるかねえよ。強欲は得をするて、弟子に学ばせてるだけだ」


 文句を言うとショットは減らず口をたたいた。


「ディンクス卿、馬車に荷物を載せることができました。行きましょうか」


 機を狙っていたのかダウニーがそうショットに言う。

 そろそろかと思うと、


「ダウニー様、お待ちください!」


 バイツさんが、慌てた様子で人垣の中から現れた。

 手には古ぼけた剣が握られている。


「旦那様から、ダウニー様が《騎士の栄光》を踏破された時、渡せと仰せつかったものです。お受け取りください」


 バイツさんが掲げた剣をダウニーは恐る恐る受け取った。

 その目は信じられないものを見るような眼をしている。


「その剣に銘は在りません。ダウニー様が名付けろとのことです」


 バイツさんは剣に見入っているダウニーにそう告げる。

 彼の顔は少し期待したような顔をしているように感じた。

 どういう名前を付けるのかひそかに楽しみにしていたのかもしれない。


「僕にはまだこの剣に名をつけることはできません」


 バイツさんはその言葉に顔を曇らせた。

 少しかわいそうだ。


「僕は《騎士の栄光》を自分が踏破したとは思えません。僕が一人で、踏破した時。そのときのために銘をつけるのは取っておきます」


 ダウニーそう言って、腰のベルトに剣を刺した。

 バイツさんには申し訳ないが、銘をつけるのを断ったダウニーはさらに精悍になったような気がした。


「では行ってまいります」

「じゃあな」


 二人が別れを告げると、馬車は旅立った。

 もしかしたら今生の別れとなるかもしれないが、またどこかで会うような気がした。






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