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幕間⑫ 有能な身内には嫉妬せざる負えない




 僕――ダウニー・メビウスには妹がいた。剣術の才能に恵まれた妹が。

 当時、剣術に興味はあったが、特段のめり込んでいなかった僕はその才能を「いいなあ」とは思ったが妬んだりするほどではなかった。

 おおよそ、それには妹が他の才能では振るわず、他の面では僕よりも劣っていたことも要因としてあるだろう。

 だがそれも7歳までだった。

 その時分のある日を境にして、僕は妹を妬むようになった。


 その日は父と客人が会談をしていて、父に僕と妹は遊んでなさいと久しぶりに暇を出されていた。


 僕はいつものように庭に出て、妹に木々のことや虫、鳥のことを教えていた。

 これをしているのは僕が単純に教えるのが好きなのもあるが、当時、物事を知るごとにすべてのものに意味があると理解し始め、感動し、それを妹に伝えることを責務だと思っていたことが大きい。

 自分の中ですべてのことは説明できるということが絶対だった。


「ノーバル、これはアシトミ草といって、傷を癒す効果があるんだ。……うん?」


 アシトミ草について説明し終わると、妹が消えていることに気づいた。

 何処にいったかと周りを見回すと、向こうの木々の間から妹の姿が見え隠れしていた。

 妹の先には蝶が飛んでいるので、おそらくあれを捕まえようと駆けまわっているのだろう。


 人が説明しているのに、ほっぽて蝶を追いかけるなんて失礼な奴だ。

 文句を言ってやろうと妹の元に駆けていく。

 妹のもとに行くと奴の状況を見て、背筋が冷える感覚に襲われる。


 妹は地割れの近くで、蝶を追いかけて跳ね回っていた。

 その地割れは父が


「あの段差は向こうに地面が見るかもしれんが、一歩踏み出せば地の底だ。気をつけろよ」


 そう注意を促すくらいわかりにくいものだった。

 あの時妹も共に父の注意を聞いていたはずだが、あそこで縦横無尽に跳ね回る様子を見るとおそらく覚えていないのだろう。

 地割れに気付いていない可能性が高かった。


「ノーバル、蝶を追いかけるのをやめろ!」

「やだ! お兄様のはなし、キザたらしいしつまらないんだもの!」


 こちらがそう叫んでも、僕がまた説明をしようとしてると思ったのか嫌々しながら蝶を追いかけ続けた。


「違う、崖があるんだ!」

 

 そう言いながら妹を追いかけていくと、妹は跳ねて、そのまま姿を消した。

 それで地割れに落ちたと理解した。

 頭が冷えるような感覚に襲われながら、妹が消えた地点に走り寄っていく。


「うぅ……!」


 妹はかろうじて、地割れの端に指を掛けていた。

 すぐに引き上げてやるために妹の左腕を右手で掴み、次に左手で掴んで両手で上げようと思い立つ。

 だが妹の左腕に右手を添えると、妹は僕の右腕を右手で掴んでしまった。

 妹の全体重が右腕にかかる。


「くっ!」


 体を妹もろとも、地割れの中に放り出しそうになったが。

 左手で何とか踏ん張る。

 何とか落ちずに済んだが、うつぶせになってしまう。

 これでは足が使いものにならず、自分と妹の運命を左手に任せることになってしまう。

 僕の腕は人二人分の命を支えるにはあまりにも頼りない。

 だがこの腕しか支えるものなど存在しなかった。


「誰か、助けて!」


 ダメもとでそう叫ぶ。

 ここから屋敷からはあまりにも離れているから聞こえないのはわかっていたがそうしないと気が済まなかった。


 生まれて初めてだった。どうあがいても、どんな手段を取ろうとどうにもならない状況に陥るのは。


 踏ん張るだけで精一杯の左手に力を込め、持ち上げようとするが動かない。

 助けを呼ぶにも屋敷には声が届かない。

 踏ん張ることで体力を使い、それを止める手立てもない。


 どうしようもなかった。

 後はもう僕の体力が切れて、二人もろとも地の底に落ちていくしかなかった。


「兄さま、助けて!」


 妹の声が聞こえる。妹は何度もそう叫んでいる。

 助けたい。でも無理だった。

 もう腕が限界なのだ。

 時間稼ぎももう出来ない。


 2人もろともあの黒く見える奈落のむこうに飲み込まれるのが、鮮明に想像できた。

 そうすると死にたくないという思いが湧いてくる。

 奥歯がガタガタ音を立て始めた。


 左手が力を失い、地面と自分の体から逃れるように前方になげ出される。

 落ちる!

 そう思うと右手を捉えていた妹の手の感触が消えた。

 僕は奈落に肘と顔だけを投げ出されただけにとどまった。

 その代わりに奈落の向こうで鈍い音が聞こえた。




―|―|―




 妹が亡くなって多くの人が悲しんだ。

 両親はもちろん、自分も、手伝いたちも。


 世の中にあるものにはすべて意味がある。

 僕は信条に従って、妹が死んだ意味を考えた。

 だが何もみつからなかった。


 だから僕は自分で意味をつけることにした。

 あのことは僕が剣を上達させるために必要だったのだと。

 妹が得意だった剣を僕が極めるために必要な犠牲だったと。


 そう意味付けし、剣にのめりこんだというのに、今現在も僕は彼女を越えられていない。

 彼女の才能にずっと嫉妬し続けている。才能が有りすぎたのだ。

 このままでは、意味付けは消失したまま、自分はただの人殺しだ。

 妹にも、妹を失って悲しんだ父様、母様にも申し訳が立たない。


 意味付けが達成されるまで僕は嫉妬し剣を振り続ける。





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