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幕間⑧ 田舎が恋しい




 目の前の敵を倒し、戦線をかける。

 俺よりも強い奴らが軒並み消えていたということもあるが、何度もそれを続けるうちに戦線を支える傑物とまで言われるようになっていた。


 俺が今まで生き残ってこれたのは、兵士の訓戒を死に目に会うことで実感したことと生まれつき持っている二つの魔眼のおかげだろう。

 兵士の訓戒のことを爺臭いもんだと思って、ろくにその教えがある意味を考えなかった昔の俺をぶん殴ってやりたい。


 必要を取り続ける。常に生と死の間におかれる極限状態でこれを貫き続けることは並大抵のことではないのだ。

 大概は願望に従順になり、刹那的な衝動に身を任せる。

 強い兵士ほどその傾向が強く、国の略奪途中に潜伏兵に罠に嵌められて殺される奴が後を絶たない。


 食物に毒を入れることでの毒殺、宝物庫での二階吹き抜け――こちらの手の届かないところからの魔術師の狙撃、占領した民家で眠りについたところでの焼き払い。


 敵はいつも欲望に付け入る罠を張り巡らせている。

 一瞬でも願望に飲まれれば、破滅する。生き残りたければ必要なものだけを考え、それ以外の考えは排除しなければならない。


 強いだけではだめなのだ。ここでは願望を排除し、必要なものを取り続けなければならない。


 俺のすぐあとに戦線に送られた兄貴が心配だった。奴は頭は切れるが、腕っ節が弱く、願望に従順なのだ。

 兄貴が兵士の訓戒を覚えたてのころ、俺の耳がタコになるまで覚えたことを自慢してきたので覚えていると思うが、あいつが願望を取らない様が想像できない。

 まあなんだかんだで生きてそうだが。



 国に帰ったらどうせひょっこり出てくるだろう。


「やっと敵さん落として退却だな、ショット。国帰ったら何する?」


 兄のことを考えていると、仲間――キルダがそう問いかけていた。


「ずいぶん気が早えな。退却つっても、こいつに揺られて帰るのは二、三か月後だろう」


 こちらに振動を送り続ける馬車の荷台を示す。


「うるせえな。お前だって退却て聞いて、国に帰ってやりたいことで頭一杯だろう。冷めたこと言ってねえで素直に答えろよ」


 ムスっとした顔でキルダは唾を飛ばしてくる。


「国に帰ってやりてえことか。家族に会って、ドリスと結婚だな」


 そういうとキルダはげんなりした顔をした。

 素直に言ったというのになんて顔をしやがるんだこいつは。


「なんだよ……?」

「お前なあ。国は戦場じゃねえんだぞ。兵士の訓戒みてえな真面目腐ったようなこと言いやがって。それにお前、ドリスなんてあの大女のどこがいいんだよ。お前は功績上げて国の英雄なったんだからもっといい女にしとけよ。お前からの申し出なら誰も断わりゃしねえよ」

「んだと、この野郎! ヒトの女を悪く言うんじゃねえよ!」


 言っていいことと悪いことがあるだろうが。キルダの胸倉をつかんで持ちあげる。


「いてえ! 何すんだ! 正直に言っただけじゃねえか。それに俺はお前の事を思っていってやたんだぞ!」


 キルダは唾を飛ばしながら俺の胸倉をつかみかかてくる。

 お互いににらみ合い、取っ組み合いになるなと覚悟をきめる。

 するとなぜか車輪の軋む音がし、正面ではなく後頭部に衝撃が走った。


「お前に胸倉をつかまれるし、馭者は急に止まりやがるし、踏んだり蹴ったりだよ」


 キルダが情けない顔でそういう。


「ぼやいている場合じゃあねえぞ……。なんかあったてことだ。外に出て確認するぞ」


 煽られたと思ったら荷台に殴られ、うんざりした気分でそこから降りる。

 外に出ても馬車に何も問題はなかった。

 馭者に問題があるらしい。とっちめてやろうと馭者のところに行くと、奴は青い顔をして空を見上げていた。

 その視線の先を追うと、赤い髪の女が宙に浮かんでいた。


「高位の魔術師が移動してただけじゃねえか。なにビビてんだ、おっさん……」


 キルダが呆れたように馭者に向けてそういう。


「高位の魔術師? あれはそんなもんじゃねえぞ。坊主ども。あれはな。絶対に会っちゃいけねえもん。魔王の中の魔王ラルフだ……!」


 馭者のおっさんは血走った目で、キルダの推測を否定し目の前のものがなにか説明した。

 その顔と言葉がどれだけやばいものかを告げていた。

 キルダはおっさんの態度に、ゴクリと生唾を飲み込む。


「会っちゃてんじゃねえか! おっさんどうすんだよ!」

「知るか! とりあえず通り過ぎるまで待っとけ」


 おっさんとキルダがそんな応酬を繰り返しているとラルフはこちらに視線を向けてきた。

 場が凍り付き、キルダとおっさんの応酬の声が止まった。

 静寂が訪れた。その静寂の中で奴はしばらくこちらを凝視すると口を開いた。


「そこの猫耳のあなた。名はなんていいますか?」

「……」


 最初何故俺に聞いてきたのかわからず、固まるとキルダに肘で小突かれた。

 それで硬直が解ける。


「俺はショット・ディンクス……」

「ショット・ディンクス……。やっぱりですか……。早くビスタス王国に戻って上げた方がいいですよ」


 奴の予言めいた言葉とこちらの故郷を言い当てたことに衝撃が走る。

 奴を思わず凝視すると、ラルフは口を開いた。


「では、私はエスカ帝国に用があるので」


 そういうとエスカ帝国に向けて奴は飛んでいた。


 当然現れたかと思うとすぐに消えた。

 ラルフ自体は消えたが、奴の言葉だけ俺の中に残った。

 戯言だと信じたいというのに、奴の意味ありげな凝視と故郷を言い当てたという事実がそれを邪魔する。


 それに兄貴のことを心配していた俺には、奴が言っていたことは兄貴に何かがあったと伝えているような気がした。


 考えれば考えるほど奴の言葉は真実味を増していく。


「おい、ショット! どこに行くんだ? あんなの戯言だ戻ってこい!」


 気付いたら俺は走りだしていた。

 キルダの声が聞えたが無視する。

 兄貴は俺のただ一人の家族なのだ。戯言と断じて、本当だった時には取り返しがつかない。

 アイツは俺にとって必要なものなのだ。

 絶対に失う訳にはいかない。

 このまま疾走して、故郷まで帰る。馬車で行くよりもそちらの方が速い。

 体はボロボロになるが、四の五は言ってられない。




―|―|―




 二週間ひたすらに走り続けた。

 途中で足の疲労のせいか、足がもつれやすくなって何度もこけ、身体も服もボロボロになってしまった。

 酷い見た目のせいで衛兵に止められたが、兵士の証である剣を見せたらしぶしぶながら国に入れてもらえた。


 足をひきずりながら街の通りを進んでいると目の前から知り合いの神父――エルビスが駆けてくる。


「ボロボロじゃないか……。すぐに神聖術をかけてやる。じっとしてろ」


 そういうとエルビスは祈りの構えを取り、神聖術を俺にかけた。

 疲労は抜けなかったが、身体は全快した。

 それだけでもだいぶ楽になる。


「まったくお前ら仲がいいと思ったがそこまでとはな。戦線からそこそこ離れているのに飛んで戻って来るとは」


 神聖術をかけ終わると奴の顔は、しかつめらしい顔から笑顔に変わった。


「弟のショットとドリスが結婚するからって、張り切り過ぎだぞ。セフト」





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