12 土下座はチート
「お願いします!僕を迷宮へいけるようにしてください」
そう言って侯爵の息子――ダウニーは土下座した。
それは誰も予想していなかった行動だった。
トリシュは口に咥えていたパンを落とし、家人たちは青い顔で目を見開いている。
たとえ子供であろうと貴族が、土下座するというのは大きな意味を持つ。
大臣クラスの官僚が外国の首相の前で土下座をすること。それと同じだ。
その行為は個人だけでなく、その者が所属する団体まで累を及ぼす。
ましてや、ダウニーの土下座は魔王に対する行為、メビウス侯爵家が魔王ショット・ディンクスに従属すると取られてもおかしくない行いだった。
他の者の例に漏れず、今まで泰然としていた魔王――ショットまでもが、その姿を凝視して固まっている。
「お願いです。ディンクス伯爵、それができるのはあなたしかいないんです」
ダウニーは固まっているショットを名指しして、畳みかける。
少年の自棄を起こしたような行為にショットは困った顔をして、その姿を見下ろす。
しばらくすると諦めたようにため息を吐いて
「貴族がやすやすと頭を下げるな。お前の行動が侯爵家の沽券に直結してるんだぞ」
とショットは言った。
俺は貴族らしい態度をとってないお前に言う権利はないだろと思ったが、ダウニーは素直に立ち上がった。
その姿を見て、家人たちの青い顔に血色が戻る。
「俺の言うことが聞けるか? 聞けないのならお前の面倒は見ない」
ショットはダウニーの目を見て、問いかける。
目にはとても少年に向けるものとは思えないような剣呑な光が宿っていた。
俺は改めて目の前にいるものが危険な存在だということを思いだした。
だが、それにも屈せず、ダウニーはそれを見つめ返す。
「はい!ディンクス伯爵の言うことを聞きます」
そして、
「その言葉に嘘はないな。ならばいやといってもお前に稽古をつけてやろう」
「よろしくお願いいたします!」
ショットの低い声と、ダウニーの快活な声が響いた。
―|―|―
昨晩はあわただしかったが、今現在はどうしようもないくらいやることがない。
早朝の講習会に参加するために会場に来たのだが、いかんせん早く着きすぎて手持ち無沙汰になってしまった。
暇なので例の大樹を見ていると、俺とダウニーが足で纏いになる理由を聞いてなかったことを思い出した。
足で纏いになるのを分かっているのに、それがどういう理由かわからない。
こいつをそのままにして、迷宮に入るのはぞっとしない。
怖気に押されるような形で、ショットに尋ねる。
「俺とダウニーが足手まといになる理由て何なんだ?わからんまま、迷宮に入るのはえぐすぎる、教えてくれよ」
「そういえば、あの時、言ってなかったな。俺の弟子なら、ためにならんから『自分でわかれ』て言うがお前は弟子じゃないしいいか」
ショットは砥石で剣を手入れしながら、柄でもなく長広舌をふるった。
弟子のことを言ったのは、「ダウニーには言うなよ」と暗に言われている気がする。
ショットはこちらの様子を一瞥すると言葉を続けた。
「お前ら二人はメンタル弱いからな」
「何を根拠に言ってるんだお前……」
「根拠はお前らの所作だ。お前ら動くたびに、ブレてるからな」
動きがブレるて俺はポンコツなロボットか、なにかか……。
確かにメンタルが弱いと言われれば心あたりは在るし、現状に当てはまる。
だけど、動作がブレてると言われても思い当たることはない。
そんな奴路上にいたら、衛兵にとがめられるだろう。
「ブレてたら衛兵に―」
「皆さん、今日の講習を始めます!」
ショットに文句を言おうとすると、その声は講師に遮られてしまった。
糞、忌々しいタイミングで……。このままじゃ、ショットの中で俺はシバリングし続ける変態のままなんだぞ……。
不平があるが講義を邪魔するほどの事でもない。
邪魔をしたくないと思った手前、後ろを振り向いたまま注意を飛ばされても面白くないので、しっかりと前を向いて座りなおす。
講師は黒板の前で一同の様子を確認して、
「今日は、二級魔法の原理の説明と実演を行ってもらいます」
といった。
あの悪名高いエルフが授業を真面目に行っている。
前は普通にやったから、てっきり、今回は追加授業料とかを要求してくると思っていたのに。
さすがに、アルテマイヤの情報に、講師の勤勉な様子からすると、エルフ全員が悪い奴と思っていたのは間違いだったのかもしれない。
俺も精神的に追い込まれて、偏見に拍車がかかっていた感はあるし、野良エルフの洗礼を受けたこと後で色眼鏡を通して、見ていたのもある。
エルフの事は授業でだけなら信用するようにしよう。
いつまでも片意地を張ってもしょうがないのだから。
エルフの講習に耳を傾ける。
「二級魔法に入る前に三級魔法のおさらいをしておきましょう。皆さん、三級魔法で使ったマナのことを覚えていますか?覚えている人は手を挙げてください」
マナ?
そんなもん俺は知らん。
師匠から習った事は、魔法は使えば、使うほどそれに応じて上手くなるということである。
「じゃあ、手を挙げている、そこの君答えてみてください」
手を挙げた生徒の中から人族の男子生徒を指名した。
生徒は苦虫を噛み潰した顔をしながらも立ち上がった。
「ええっと、マナはこの空気中に漂う力のことで、火、土、水、風、空の五種類に分けられます」
「よく覚えてましたね。今の説明で百点満点です」
なるほど。
そんなものが空気の中に漂っていたのか。
俺の師匠はそんなことを言わずにひたすら、魔法を愛せとしか言わなかった。
今思うと、奴は魔法が使えるだけで、師匠としてはダメダメだったのかもしれない。
そういう流派なのかもしれないし、ハッキリとしたことは言えないが。
「三級ではひたすらに一種類のマナに魔力を通すだけでよかったのですが、今回の二級からは二種類のマナを組み合わせてもらうものになります。配分がとても難しく発動することもままならないと思いますが、練習あるのみです。それぞれの魔法で使うマナは実演する時に追って説明しますので、まず実演場に移動しましょう」
ぞろぞろと生徒が立って、近くにあるだろう実演場に向かていく。
最初の土台から早速相違が生じ、気後れするが生徒たちの背中を追って実演場にに移動する。
緑生い茂るエルフの森には珍しく、そこは草の根一本ない更地になっていた。
その更地の中央に講師が立ち、少し離れた位置で俺ら生徒はその様子を見ている。
「では、皆さん今から二級火魔法『ボム』を使います。よく見ていてくださいね」
そういうと、講師は地面に手をかざした。
次の瞬間、破裂音と地面にクレーターが生じた。
言われた通り見ていたが、何をやっているのか理解できない。
俺の目が捕らえたのはクレーターだけだ。
「おそらくクレーターしか見えなかったと思いますが、これを使うということは、こういうことになるということを覚えておいてください。これを人に向ければどうなるかは言わずともわかりますよね。人に向けた場合は取り押さえて、衛兵に突き出しますのでご了承お願いします」
講師は終始柔らかい声で忠告をした。
周りの奴らはおっかなびっくりといった反応の奴、どうでもよさそうな反応をする奴。
そんな奴らの中、俺は隣にいる猫耳のナイスガイを見ながら打ち震えていた。
こいつは昨日、三級土魔法をしくじって俺を生き埋めにしようとした実績があるのだ。
事故で俺を爆発させることも考えられなくもない。
「では、皆さん『ボム』の実演を始めてください。配分は火のマナ7、水のマナ3です」
こちらの心配をよそに開始の合図は告げられた。
「ショット……」
「あん、どうした?」
「魔法の練習の前の約束事を決めようと思う」
「いいけど、約束てなんだ?」
「お互い魔法の練習をするときは一定の間隔をあけて使うてことだ。もし事故ってあてたら衛兵を呼ばれていろいろ面倒になるからな」
「OK。用心するに越したことはねえしな」
そう言って、ショットは二メートルくらい俺から距離を取った。
おそらくこの距離なら、事故ってひどい目にあうことはないだろう。
もしあったとしてもこれくらいの距離だったら、諦めもつきそうだ。
さて、早速練習に取り掛かることにしよう。
まず、最初は魔力の限定からだ。
いつものようにぶっ放しては、確実に被害が及ぶ、魔力を手だけに制限しなければならない。
微量の魔力を手に集中させる。
パン!
突然、ショットの方から破裂音が聞こえて、手に集中させた魔力が散っていく。
音源である奴を見ると近くの地面にはクレーターができていた。
「俺は火のマナと相性がいいからな。こんなクレーター作るくらい余裕だぜ!」
ショットはどや顔でそんなことを言った。
悔しいが言うだけの事は在る。
俺は二級土魔法を習得するのに一か月はかかったというのに、奴は瞬きの瞬間にマスター。
おそらく、土魔法のあれは何かの間違いだったのだろう。
でなければ、この状況が説明できない。
自分よりできないと思っていたショットに先を越され、こなくそと思いながら魔力を手に集中させる。
火のマナ7、水のマナ3
マナというのが聞きなれないので想像でしかないが、おそらく、火魔法と水魔法と同時に発動するときの力の割合と思えばいいだろう。
火魔法を強め、水魔法を微量にして同時に発動する。
バン!
突然浮遊感に襲われ、周りの景色が青一色に変わる。
風に踊らされながら、事態を把握した。
おそらく、俺は魔力の分量を間違えた上に、ビキナーズラックで『ボム』成功させてしまったのだろう。
それで地面が大爆発。その爆風で空に打ち上げられた。
そうでなければ、この状況は説明できない。
あくまで想像でしかないが経緯はわかった。
だが経緯が分かったところでこの状況に何の変化もない。
「うおおおおおおおおお!」
俺は間抜けな声を挙げながら硬そうな地面に向けて落ちていた。




