97.星降る夜に ~罰ゲームに体当たり~
さあ隣に座って座って、と。
敷き物の上でぺちぺち私の隣を叩きます。ぺちぺちぺちぺち。
勇者様はまだ釈然としないような、怪訝と唖然を混ぜ捏ねた顔のまま。
それでも大人しく、私の隣に座しました。
慰労慰労、労を慰める会ですからね!
私もすかさずクッションを差し出します。
勇者様がさりげなく密かに気に入っている、にゃんこクッション。
脊髄反射みたいに茫然としつつも受け取って、ぎゅむっと掴んでいます。
ちなみに製作者である母がクッションだと意見を押し通していましたが、私の目には何となくクッションというより縫いぐるみといった方が近い様に思えます。
まあ、座布団代りに使っても問題はないでしょう。
私は同じ型紙で作った色違いのクッションを、腕に抱えて抱きしめてますけどね! 何この安定感! びっくりするくらい、抱っこがしっくりきます。
上半身を凭せ掛けると良い感じ。
「リアンカ……今日は見物だけ、って本当に?」
「はい!」
「そんな馬鹿な……!」
「えっと、なんでそんな真顔で否定するんですか?」
「今までの経験則が有り得ないと叫ぶから、かな……」
「いつもお疲れの勇者様に休んでもらおうって企画で、流石に衝突の勢いで隕石抱き込めとは言いませんよ」
何やら良くわからない葛藤に苛まれているご様子です。
勇者様、疑い過ぎですよ!
落ち着いてもらおうと、私は勇者様のコップに飲み物を継ぎ足しました。
「今日の飲み物担当はせっちゃん達だけど――実は、私も二瓶だけご用意してきたんですよね! お酒が飲めない子もいるのでノンアルコール自信作です♪」
「ああ、有難う。自信作か」
自作の飲み物(特に果実酒)に関しては、ちょっと自信があります!
勇者様もそれを知っているので、キラキラした瞳でコップを覗き込み……
そこには、青いような緑っぽいような。
そうかと思えば黄色いような。
なんとも言えない色合いが小宇宙を形成していました。
魔法の明かりに照らされて、夜だというのに鮮やかに混沌を広げています。
「……そうか、自信作か」
「あ、あれぇー?」
え、私が持ってきたのって……ベリー系8種と蜂蜜のジュースだった筈…………あ!
しまった、という気持ちで手元を急いで確認です!
注いだ飲み物が入っていたのは、家から持参した瓢箪の水筒。
貼っていたラベルを確認すると、そこには自分の筆跡で、
――『ロシアンルーレット・罰ゲーム用 特性薬味ジュース』
……ちゃんとしっかりくっきり、正体が明記してありました。
しまった! 余興の罰ゲーム用に持ってきた水筒と間違えた!
慌てて、飲み物を入れておいた篭を漁ります。
だけど手元が焦って、慌てて、中々欲しいモノが見つからない。
本命ベリージュース、どこー!?
「なんだか得も言われぬ色合いなんだけど……」
「あ、その……勇者様ー? 実はですね?」
引き気味怪訝なお顔で、顔を引き攣らせる勇者様。
私は気まずい感情を誤魔化すように、乾いた笑いを浮かべて……
勇者様に謝ろうとしたんですけどね?
弁解しようとしたのに。
「……うん」
何故か、悲壮な決意を一足遅く決められちゃったらしく。
勇者様が覚悟を決めて一度頷いた、後。
間違えて注いだ罰ゲーム用ジュースを、一気飲みしました。
ちなみに主な原料は『薬味ジュース』の名に違わぬラインナップを取り揃えちゃっていまして。
擦り下し生山葵、生姜、削り節、粒マスタード、荒く擦り下した大根、梅干し、刻み海苔、紫蘇の混合汁。
それにマンドラゴラとセロリとアスパラガス多目で作った野菜ジュースを隠し味に混入したブツになります。
それぞれの味の特性を殺さないよう、むしろ相乗効果を生みながら高めあうように、何度も何度も味見して、涙目になりながら作った……別の意味で、自信作です!
これで健康に良い効果を生むように調整してあるんですけど、それでも絶対に二度とは飲みたくないと後悔だけを生み出す衝撃的な味に仕上がっております。
そんな、どんな味になっちゃっているのか味見も怖いジュースを。
本来無用な腹のくくり方をした勇者様が、一気飲み。
「あ、あの……勇者様?」
無言で飲み下した勇者様の目が、カッと強く見開かれ。
「その、勇者様? 勇者様ー……」
ごく、ごく、と居た堪れなく思える程の時間をかけて。
「あ、ああ……あぅ、勇者様……無理しないでー……」
狼狽えて、無為にわたわたと手を振り、どうしたものかとおろおろする私を尻目に。
全てを飲み干した勇者様が、やたらと力の入った腕でドンッと強くコップを置きました。
なんというか、力が入り過ぎて叩き付ける勢いです。
恐る恐るとしか接することのできない私に、だけど勇者様は優しく目尻を緩めて下さって。
「……っ美味しかったよ」
そう言って微笑む勇者様の、額に大量の脂汗。
だ、だから無理するなとー……!!
どうやら勇者様は。
私の『自信作』という言葉を気にしてくれたみたいで。
こっちの心が痛くなる優しさをくれました。
今更本当のことを言うべきか、隠すべきか……どうしたものでしょう。
こうなると、無性に言い難い。
だけどその逡巡が、更なる被害を生んだ。
「――リアンカ、俺もソレを呑む。分けてくれ!」
「え゛っ?」
い、今の勇者様の反応を見ていたでしょうにー!?
言い出したレイちゃんが、私の手からひったくるように瓢箪を奪い……ああ、そんなに並々と……!!
自ら望んで苦行を負おうと言うのでしょうか。
何故か、本当に何故か。
レイちゃんが、自分のコップに罰ゲームジュースを注ぐ。
零れそうなギリギリ、まで。
「れ、レイちゃん……?」
「いただきます!」
「えー!?」
そしてレイちゃんも、また。
私が制止する間もなく、一気に……
……飲もうとして、咽込んだ。
それでもコップの八割に相当する量が、飲み干されていたけれど。
ああ、うん。
うん、そうだよね……。
人間よりもずっと感覚の鋭敏な獣人さんだもん。
レイちゃんには勇者様以上に、刺激的な味に脳髄をやられてしまったのかもしれない。
だから、本当なら。
何故か無理と明らかな無謀に走っちゃったレイちゃんを励ましてあげるべき場面、なんだろうけれど。
なのに何故か、「やめとけやめとけ」という周囲の声を振り切り、最後の一滴まで目を潤ませながら飲み干すレイちゃん……という謎の光景が目の前で展開しております。
え、なんで更に無理したの???
全部飲み干した頃には、息も絶え絶えでした。
「う、美m……美味い、よ。リアンカ」
二カッと、明らかに無理をした笑顔で述べるレイちゃん。
そのギラッと尖った八重歯がキラリ☆
レイちゃん、本当に何がしたいの……?
「だ、い、大丈夫だ、リアンカ……例えリアンカの飯が不味くったって、俺は全く気にしないから。料理なんざ特殊技能だよな。誰もが出来る訳ねーよ」
……しかも、何か妙な誤解をされている気がする。
私の理解を、従弟が超えてきます。
この上、何をしようというのか。
何故か、挑戦的な目つきで。
何故か、たったいま罰ゲームジュースを飲み干すのに使ったばかりのコップを、ずいっとロロイに突き付ける。
そんなレイちゃんの行動が、なんなのかわからない。
えっと、状況的に見て、ロロイにも呑めって言っているのかな?
えぇー……?
どんな意図があっての行動なのか……。
だけど何故か。
勇者様とレイちゃんの惨状を見ていて、なお。
何故か、ロロイがコップを受け取り……瓢箪から、得体の知れない『特性薬味ジュース』を注ぎ出す。
え、ろろい……え?
貴方もなの、ロロイ!?
男の子の行動が、女の子の私には謎過ぎる。
最早私には、止めずに見守ることしか出来ません。
周囲の沈黙と視線を一身に浴びて、ロロイがコップを傾け……
中の液体を、一滴残らず飲み干した。
……速い!
まさにそれは、一気飲み。
未だかつて(前例二件)ない速度で、コップの中身がみるみる減っていきます。
僅か数秒でコップは空です。
そしてロロイは、おかしなことに涼しい顔をしていました。
勇者様とレイちゃんの、驚愕の眼差しがロロイを凝視しています。
ロロイは、何事もなかったかのように言いました。
「割と美味かった。リャン姉、もう一杯飲んでいいか?」
「いや、量を制限した覚えh……」
「「う、うそだぁぁぁあああああああああああっ!!」」
「……やっぱり不味いよね、うん」
勇者様もレイちゃんも、反応が素直でよろしい!
でもロロイも嘘をついている素振りはないし……?
だけど考えてみれば、程なく理由は見つかった。
「…………ああ、竜って、人間より味覚おおざっぱだもんね」
「正直に申告すると、人間の料理は美味いと思うけど複雑な味がわかる舌じゃないことは確かだな」
竜族はみんな、味音痴。
そんな言葉を思い出しました。
その後、勘違いして酷い目に遭った勇者様達の誤解を、なんとか解き。
ついでに今度こそ間違いはないはずだと念を押した上で、お詫びもかねてジュースをたんと御馳走して。
そうこうしている間にも、『星』は降っている訳ですが。
「そんじゃ、そろそろやるとすっか」
おもむろに、まぁちゃんが立ち上がった。
理由は勿論、今夜の祭りに参加するため。
なんとも気軽に、『星』を捕まえる為に。
リアンカちゃんも、悪戯の為とはいえ、見えないところで色々と無茶を重ねていたようです。




