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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
星降る夜に遭いましょう
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95.星降る(物理)夜に ~漢祭の由来~



 暫くは気まずさの為か、黙々とご飯を食べていた訳ですが。

 この面子で、いつまでも大人しい時間が進む訳もなく。

「リャン姉様ぁ、この鴨さん美味しいですのー」

「せっちゃんの為に育てたんだよー☆ 卵から」

「姉様、大好きですのー!」

 野郎共が涙目でも、気にすることなくご飯を食べる私やせっちゃん。

 リリフだって従兄妹に当たるロロイのことを呆れた目で見ていますが、だからと言って手を止めることもなく。

 ロロイの取り分を掠め取る勢いで、さっきから唐揚げを貪っています。

 賑やかな場の空気に、気にしていても仕方がないと思ったのか。

 やがて意を決したように、ずっと無言だった勇者様が口を開きました。

「――なあ、リアンカ?」

「はい、勇者様。どうかしました?」

 なんだか神妙な口調なので、改まってどうしたのかな、と。

 私も食器を置いて、居住まいを正します。

 首を傾げてしまうのは御愛嬌。

 勇者様は聞く準備を整えた私に、憂いを含んだ眼差しで……

「そろそろ、本当のことを教えてくれないか?」

「本当のこと、ですか……?」

「ああ。今夜の趣旨だが……本当の目的は、一体何なんだ?」

 そう言った瞬間の、勇者様の眼差しは。


 なんだか悟りを開いた時のアディオンさん(状態異常)と、とてもよく似た空虚な深淵を宿していました。


「今のこの和やかな空気も、どうせ仮初のものなんだろう!? 今夜は一体、どんなトラップがあるって言うんだ……! ナニかある時は心の準備の為にも事前申告してくれって、あんなに言ったじゃないか!」

 あれ、勇者様がいきなり取り乱した。

「勇者様、勇者様がご乱心……!」

「おい、落ち着け馬鹿。トラップなんざねぇよ」

「そんなことを言って、また何か斜め上の騒動が待ち受けてるんだろう!?」

「被害妄想走り過ぎですよ、勇者様?! 今日は何も隠してませんし、誰も嘘なんて吐いていませんから!」

「嘘はついていないが、肝心のことも言っていない。君達はそういう奴だ!」

「断言された!? それ疑心暗鬼にはまってますって!」

「おいおい勇者、今日はマジで誰もお前のことを騙して遊んだりなんてしてねーぞ?」

「……っじゃあ! あの屈強な男達はなんなんだ!」


 ずびっしぃーと、勇者様が叫んで指さした先。

 そこには臨戦態勢で「ふぉぉおおおおおお……」と深い呼気を響かせながら、槍を握って武道の型をなぞる……全身甲冑の、ドワーフの古(つわもの)が。


「アレどう見ても、今から流星群の観察するぞ☆なんて雰囲気じゃあないじゃないかーっ!!」

 その言い分は、御尤も。

 周囲がアレだけ剣呑なのに、私達が平和そのものだから。

 どうも私達の和やか一色の空気と周囲との差異が気になったようです。

 物騒で血気に逸る、決戦前といわんばかりの空気バリバリな周囲。

 過度の温度差に疑問符が踊り、悪い予想による重圧が勇者様を襲った模様。

 これは絶対に、何かとんでもない罠が隠されていると勝手に思い込んでしまわれたようです。

「どこもかしこも、見れば見るほど……今から攻城戦が始まるといわれてもおかしくない空気だぞ!?」

「いやいや、戦とか始まりませんから。戦になるとなったら、もっと沢山、魔族の大軍勢が意気揚々とスキップで参加しに来ますから」

「おいおい良く見ろよ、勇者。周りはほとんどドワーフばっかじゃねーか。魔族や妖精、人間もいるにゃいるが……割合的に、これから戦争って感じじゃねぇだろ?」

 だけど、今日は勇者様に無理を強いる気がこれっぽっちもないのも本当で。

 私は宥める様に勇者様の肩を叩き、慈愛の眼差しを装備して微笑み告げました。

「あのドワーフさん達は……降って来る星目当てに集まっているんですよ。勇者様」

「絶対に嘘だ。あんなに入念な戦支度をする戦士が沢山いるんだぞ? これから絶対に大騒動があるに決まっている!」

「いえ、本当に星が降る(物理)だけなんですが」

「だから――……待て。(物理)ってなんだ!? (物理)って!」

「言葉通りの意味ですが」

「平然と何を言って……」

 絶句、と。

 勇者様の想定する事態を何かが振り切ってしまったのか。

 言葉を失って、唖然とする勇者様。

 何やら言葉を探すように、勇者様の目線が彷徨いかけた、刹那。


 星見の丘全体に、重低音の叫びが響き渡りました。


「――『一番星』が降ってきたぞぉぉおおおおおおおおおっ!!」


 ざわりざわ、どよっと。

 その言葉を待ち望んでいたのは、この場のほぼ全員。

「お……」

 誰かの息をのむ音が複数聞こえ……


「「「「「おおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」

 次いで、大熱狂の雄叫びが丘全体を激震させました。


 楽しみにしていた知らせを受けて、場の空気が一気に盛り上がります。

 主にドワーフさん達を中心に。

 各々方が、待ち受けていたこの時に。

 歓喜の興奮と戦意に満ち満ちた雄叫びが、丘の周囲全域を震わせた。

 いきなりのことに驚いた勇者様が、思わずと耳を塞ぎます。

 慌て、戸惑う勇者様の理解が追いつくより先に。

 今日の一番名乗りが声を上げる。


「一番! あの星はぁ、儂が獲ったぁぁあーっ!!」


 毎年、最初に降って来る『一番星』は、願かけの意味で確実に捕まえる(・・・・)ことが望ましいとされます。

 一番目から『失敗』じゃ、皆の意気にも関わるから。

 絶対に最初は失敗するな、捕まえろ、と。

 周囲から野次が大合唱。

 これだけは本当に、絶対に失敗出来ません。

 だって失敗したら、この場にいる全員にがっかりされるから。

 それもあって『一番星』は、絶対に失敗せず捕まえられる人員……『前回』の『星』入手率一位を獲得した人が挑戦するのが習いです。

 これも願かけ……というかジンクスみたいなものかな?

 挑戦するのはドワーフの鍛冶職人ハンクスさんと、巨人族のミルクさん、あとゴーレム職人ミュゼの作品『超大型クレイゴーレム』のトリオです。

 一昨年の実績は確かな実力に裏打ちされていて、安心して見ていられますね!



 ごうごうと、木々を薙倒す嵐のような轟音を撒き散らし。

 空から赤熱して怪しい光を纏う、『星』が降って来る。

 それは、大した速度がないように見えるけど。

 そんなことは、勿論ない。

 『星』が大きすぎて錯覚しているだけ。

 実際には凄まじい速度で、地上めがけて降って来る。


 初めて見る魔境の外から来た人は、アレをこう表現します。

 『世界の終りの様な光景だ』……と。

 そんな光景を目にした勇者様のお顔は、と拝見してみると。


 何だかとても口では表現し難い顔をしています。

 顔中からだらだらと汗を止め処なく流し。

 大きく見開いた目は、でも感情の色が見えなくて。

 最早言葉もないのか、噤んだ口。

 全体的に見ると無表情だけど、焦りも感じられる。


 空からやって来た『星』を凝視する勇者様は、全身が硬直していた。

 というか思考停止しているように見えました。


 そんな勇者様の眼前で。

 開けた草原に躍り出るハンクスさん。

 厚みのある身体を、諸肌脱ぎで惜しげもなく曝し。

 頑強さが見ただけで窺える足鎧から地へと延びる、不自然な突起はきっと滑り止めでしょう。

 腰をしっかりと落とした時、それは大地に深く刺さって足を固定させ、上半身を安定させる。

 ハンクスさんの背後に少し場を開けて、クレイゴーレムが。

 その更に後方にミルクさんが。

 ハンクスさんと同じような構えで、配置について腰を落としました。


 準備は整った。

 ハンクスさんの口が小さく動き、声なき声が告げる。

 そのままハンクスさんが両腕を大きく広げて……



「さあ………………っ 来 い !!!!」



 熱く気迫の籠った眼差しが、逸らされることなく『星』を射貫く。

 それはどこからどう見ても、疑いようもなく。


 受け止めちゃうぞ☆という構えで。


 ハンクスさんの覚悟が、勇者様にも伝わったのか。

 衝撃を受けた顔で、勇者様が愕然としつつも叫びました。

 心なしか、その顔を引き攣らせて。


「ちょ……っと、待てぇぇえええええええええええええっ!?」


 この場に、待てといわれて待つ人はいませんでした。

 それは勿論、『お星様』だって同じこと。

 



 今から数千年、数万年……もしかしたら、もっと大昔から。

 何故か二年に一度、決まってこの季節に降って来る『星』。

 何が『(かれら)』にそうさせるのかは謎ですが、何故かとにかく降って来ます。

 勿論そのまま降らせっぱなしだと、周囲を巻き込み大惨事か……と思われるのですが。

 此処は、人間の常識を軽々と越えて羽ばたく魔境なので。

 こちらも何故か当然のように、いつも被害は軽微で済みます。

 魔境の大地から染みだす大量の魔力が、どうやらバリアーか何かみたいな……目に見えない緩衝材となっているらしく。

 大地に近づくごとに目に見えて速度も勢いも減退し、大地にぶつかる頃には抑え込まれるように被害も軽微。

 それでも矮小な人の身からすると凄まじい威力ですけどね!

 軽微と言っても、それは環境規模で語った場合。

 そのまま放置して好き放題に降らせたら、地面がぼっこぼこになるのは保証します。

 そもそも降って来るアレらが、本物の『隕石(ほし)』なのかすら、誰も知りませんしね。

 もしかしたら星に似た何か別の現象かもしれないと、誰かの説を聞いたこともありますが……この魔境の住民は、みんな良くも悪くも細かいことを気にしないので。

 現象の謎や原理を誰も解明しようとしないまま、時代は流れに流れて今現在。


 そんな傍迷惑な『星の降る夜』。

 遥か古代は『星祀り』と呼んで何某かの儀式が行われていた、という記録も僅かに残っています。


 今はドワーフ達の漢祭と化していますが。


 アレが本物の『隕石(ほし)』なのかどうかも、不明瞭なまま。

 だけどいつの時代も創意工夫に長けた人はいるものです。

 好奇心と言っても良いですね!

 とにかく、誰かが試した訳ですよ。


 降って来た『星』を、素材にすることを。


 そうしてみたら、あら不思議。

 『星』は良質な、刀剣類にぴったりな不思議金属を多量に含んでいることが判明しました。

 鉄のようでいてドワーフ達曰く「なんか違う」らしく、未だ不思議金属の正体は判明していません。

 加工前は鉄にそっくりなんですが、刀剣類に鍛えたら途端黄金色に輝き出すので、なんか似て非なるナニかだという認識です。

 とりあえず適当に、みんな『隕鉄』って呼んでいます。

 魔境の住民はみんな適当なので、それで(まか)り通っています。


 『隕鉄』は刀剣類にするだけじゃありません。

 他にも使い道は多様です。

 特に大地と接触寸前まで迫った『星』は魔境の魔力に干渉を受け、多量の魔力を取り込むことが判明しています。それがわかってからは多種多様な分野に歓迎されました。

 小さい欠片でも多量の魔力を含む。

 お陰で魔法や錬金術の触媒としても大人気です。

 様々な分野の職人さん達にとっても垂涎の素材。

 それを少しでも多く得ようと乗り出したのは、ドワーフの鍛冶職人さん達でした。

 色々な分野に応用されるようになりましたけど、やっぱり一番適した使い道は刀剣類。

 鍛冶師以外の元にも欲しがる人が増えてしまったので、誰かが持ってきてくれるのを待つのではなく……自分達の力で得ようと張り切って星見の丘にやって来ます。


 そんな状況になって、既に軽~く数千年以上。

 人間には気の遠くなる時間が経過しているそうですが。


 最初は大地に落ちてきた『星』を拾うだけだった。

 だけど次第に、『星』を取りにきた職人同士の争いに発展します。

 完全なる早い者勝ち状態だったらしく、どっちが先に見つけただの、どっちが先に触っただのと……

 まあ、争いますよね。

 あちこちで諍いが頻発し、困ったドワーフさん達が当時の魔王さんに仲裁をお願いしたそうな。


「戦って勝ちとれ!」


 ただ残念ながら、当時の魔王陛下は真正の脳筋(バトルジャンキー)でした。

 戦利品は勝利の後に得ることこそ重要、とか言っちゃう人だったとか。

 そんな当時の魔王さんのお言葉のせいで、二年に一晩、星見の丘は戦場と化しました。

 わあ、血生臭い。

 それをどうか、と思ったのが次の代の魔王さん。

 武力による独占を許してしまった為、『隕鉄』を入手する職人にも偏りが生じてしまったらしく。

 占有権を勝負の勝敗に依存させちゃった父君の行いに、頭を痛めていたのでしょう。

 お父さんの後を継いで早速、今更感を漂わせながらも『星獲り合戦』のルールを制定したそうな。

 早い者勝ち、という基本は従来と変わらず。

 ただ地に落ちた『星』の所有権をどの時点で認めるのかはっきりしないから争いになるのだ、と考えたんでしょうね。

 その時の魔王さんは言いました。


「星を確実に確保……空から降って来た星をキャッチしたモノが、星の所有権を得ることとする」


 えらいことを言ったものです。


 流石は魔王、規格外。

 自分を基準に考えてませんかー?

 大昔の方ですが……この人、猛烈な勢いで空から降って来る星をキャッチしろって簡単に言い放ちましたよ。

 人には出来ることと出来ないことがありますが……存在自体が冗談みたいな魔族さんと頑固一徹なドワーフさん達を一緒にしてはいけません。彼らはその宣言を受けて、例外なく頭を抱えたそうな。

 うん、そりゃ抱えるよ。

 誰だって、その時は無茶苦茶だと叫んだそうですが……

 

 試してみたら、あら不思議。

 人って、やろうと思えば意外となんだか上手くいくものです。


 だけど当然、それまで争って星を奪い合っていた職人さん達は争うどころじゃなくなりました。

 不可能じゃなかったけど、それでも荷が重く、無茶な試練が降りかかった訳ですし。

 おまけに、魔王さんが更なるルールに付け足した。

「争いの元になるので……誰にも受け止められることなく取りこぼされた星は、土地のモノ……星見の丘一帯の所有者のものとする」

 多分それ、零れ落ちた『星』に関して無用な争いを出さないように、との配慮だったんだろうけど。

 星見の丘一帯の土地を所有しているひと?

 

 ちなみにそれ、魔王さん家のことですね。


 欲しい『星』は受け止め(キャッチし)ろ。

 出来なかった『星』は魔王家の所有物にする。

 そう言われたらドワーフさん達も頑張って『星』を捕まえるしかなくなります。

 星というか……うん、威力が減退しても『星』は『星』だったけど。

 というかむしろ、『(メテオ)』だったけど。

 

 簡単には星の独占所有なんて出来なくなって。

 そうなるとみんな、知恵を巡らせ策を弄します。

 勿論、争いごとになると魔王が出てくるようになったので、平和的に。

 更に言うと、協力的に。

 自分単独で取ることが難しい……と、なると。

 喧嘩を止めて、目的を同じくする人同士で協力し合う関係が生まれて。

 『隕鉄』の武器が欲しい武人や、ドワーフさんに雇われた魔法使いやら錬金術師やらも輪に加わって。

 二年に一度、『星』を受け止めるという無茶苦茶すぎる難題をクリアする為に、方々からより多くの人々が集うようになった訳です。

 助け合い精神って素晴らしいですね☆


 まあ、協力し合うようになった今でも。

 より多くの星を得ようとしたって……精々二桁が限界だそうですが。

 どんだけ頑張っても、一つ一つ確実に捕まえていったって。

 やっぱり『(メテオ)』を生身で受け止めるなんて無茶過ぎたようです。

 例え此処が魔境でも。

 



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